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アタタカイヤミ 72

「おじゃましまーす」

 フレイジャーの部屋に入る。部屋に入るとかすかにマリーゴールドのような香りがした。フレイジャーは部屋に入るとベッドに鞄を置いて、こちらに振り向いて向かい合って聞いた。

「で、一樹。話ってなに?」

 そうフレイジャーは聞いた。飾りもなにもない、素っ気なく聞いたのだった。

 そして、この言葉と同じようにフレイジャーの部屋も素っ気ないものだった。ベッドと本棚とピンクにコーディネートされた部屋。確かに悪いものはないが、ピンクのコーディネートされた部屋もかわいいと言えばかわいかったが、それでもあまりに素っ気がなかった。

「話と言ったら、あのことだ。いじめのこと。波田(はた)さんが弱いという話だ。あれは真意か?」 

 僕はそう聞いた。聞いたけど、心臓の脈打ちさが鼓動を早くしているのを感じた。

「ああ、あれね」

 そう事も無げにフレイジャーは言った。僕はそういったフレイジャーの姿勢に怒りを発した。

「ちょっと、それはどういうことだ!人がいじめで死んでいるのに『あれね』じゃあないだろう!何を考えているんだ、お前は!」

 僕はそう怒鳴った。しかし、フレイジャーは僕の怒りを冷ややかな視線で遮断した。

「私は自分の心情を話しただけ、それで批判されても別にかまわないけど、しかし、あなたはいじめについての考えはどのようなものなの?」

「どうって………………」

 僕は少し頭を冷やさざるをえないことなのだ。まさか、こんなからみ手を使わされるとは思わなかった。しかし、あとで気づいたのだが、別にフレイジャーは絡み(からみて)など使わずに、ただ単に率直にこの事を聞いたに過ぎなかった。

「それは……………いじめはいけないことだ」

 そう言うとフレイジャーはこちらを見てふっとため息をついた。そのため息は問題を分かるだろうと思っていた生徒が実は未だ分かっていないのを見てふっとため息を見せたのに似ていた。

「そうじゃなくて」

 フレイジャーがまるで自分自身がつるで縛られて(しばられて)いて、それを一本、一本ふりほどきながら、僕に向かって言葉を届けた。

「そうじゃなくて、あなた。ちゃんと自分自身の言葉で話して下さい。そうじゃないとこっちもだれに話してしゃべればいいのか分からないから」

 そうフレイジャーはいった。しかし、僕のほうこそ、そのこと自体がよく分からなかった。ちゃんと自分の言葉で話しているつもりなのだ、僕は。

「僕はちゃんと自分の言葉で語っている。そして、いじめはいけないことだと思っているんだ。何か、文句はあるか?」

 僕はそう言った。そういったらフレイジャーが僕の顔を注視した。

「分かったわ。あなたの言葉をそれじゃあ、信じましょうか。それで、なら言うけれど、いじめについては悪いと言うことに私にも異論はないわ。だけど、自殺に関してはどうかしら?自殺に関しての責任は当人にもあるのではなくて?なぜなら、いじめを受けたならやり返すか、登校をしないようにすればいい訳なんだから、だから、自殺を行うのは当人の責任ではなくて?」

 そう、フレイジャーは言った。そして、僕はその言葉に頭を真っ赤にしながら憤激(ふんげき)していた。何を言っているのだ。この女は……………。こんなことを言うなんて、正気とは思えない。

 そう僕は思った。いじめをされるものが逃げたり、戦ったりすることができるから、自殺をすると言うことも選択の一種に数えるから自殺は一種の責任、だって?

 この女は正気とは思えない。それで、僕は言った。

「正気か、お前は!いじめを受けたものが一種の選択をできるなんて、正気だとは思えんぞ!いじめはな、それをしたやつが悪いんだ。それは絶対的に悪いんだ。それでいじめを受けたら場の色が真っ暗闇になるんだ。なにも考えれなくなるんだ。お前は、それを分かっているのか!?」

僕はそう怒鳴ってやった。しかし、フレイジャーは僕の怒鳴りに何のリアクションを見せなかった。

「では、あなたはいじめは人間の尊厳を奪うから、いじめを受けたものは自己決定できないというのね?」

「ああ」

「じゃあ、人間の尊厳を奪われたものは自己決定をしなくてもいいというのね?しかも、決定をとれないから責任を取らなくてもいいというのね?」

「ああ、そうだよ。自己決定できないから保護をしないといけないんだ」

 そう、僕はいいたいことを言ってやった。しかし、僕のこの台詞(せりふ)にフレイジャーが鋭く突いてきた。

「笹原、あなた保護を取るべきだと言ったわね?でも、だれが、この事を保護するのかしら?」

「え?」

「だれがいじめられたものの人を保護するのかしら?と聞いているの?教師かしら?でも、教師はクラスのことを平静にさせることはできても、不登校になった生徒を関わることはできないし、その子が卒業したらどう関わるのかしら。


 教師がダメなら、親が関わるのかしら?でも、親と距離を取りたい人もいるだろうし、それはちょっと慎重に考える必要があるわね。それに親子だけで解決させようとしても子供は負担になるし、親だけが保護しても最終的にその子は社会に関与できることになるのかしら?


 あとは臨床心理士が関わるのかしら、でも、本当に彼らが本当にいじめた人の存在に関わることができるのかしら?自分を出さずにひたすら人の話を聞き出す汚い連中が彼らを保護することができるのかしら?あと、彼らが話をするだけで救うことができるのかしら?それで彼らの人生が何か変わるのかしら?


 やはり、自分で何かを救うのは自分の力で何かを得なければ、ならないのではないじゃなくて?いや、むしろ、自分の力で得た何かではないと何も彼らを回復することができないと思うわ」

 そう言う言葉を僕は黙って聞いていたが、すぐに反論を試みた。

「ちょっと、何を根拠に臨床心理士が汚いやつというのさ。彼女たちはすごく親切に人の話を聞いてくれるよ。彼女たちがいるから、当人の心の傷は少し落ち着くんじゃないの?」

 そう、僕はいった。当時はまだカウンセラーや、精神医学に対して好意的な目をしていたのだ。

 そして、僕がそれを言ったらフレイジャーはすっと目を細めた。

「あなた、カウンセラーにはかかったことがある?」

「あるよ」

 僕には真部や寺島さんに話してないけど、僕は精神科医にかかっているのだ。そこでカウンセリングをしてもらっているのだが、ここからフレイジャーはいったい何を言うつもりなのか?

「それであなた」

 フレイジャーは僕の決定的な弱点を突いてきた。

「そのカウンセラーと話して、心が楽になった?」

 そのようなフレイジャーの銃撃が確実に僕を打ち抜いた。

「うっ!………それは………………」

 そうなのだ。それについては僕は答えられないのだ。僕はカウンセラーと話をしたりはするが、正直言って自分の悩みを打ち明けたことなど、全くと言っていいほどないのだ。カウンセラーと話そう、話そうと思っていてもつい話せない。全然知らない人にこの事を話そうと思っていても、なかなかできない相談なのだ。相手のことをうまく知らないと悩みを伝えると言うことができないのだ。

「分かったようね。そう、あなたはカウンセラーに対して、うまく自分の話を伝えることができない。


 あなたが悪いというわけではないのよ。ただ、カウンセラーという職業はどこか異質な職業なの。金を払ったりするだけで悩みを相談する方がどこかおかしいのよ。それで、あなた自身。カウンセラーでなにも救われない、と感じているのね?なら、どうしてカウンセラーがいじめを救えるのかしら?私にはそっちのほうが疑問だわ。今のあなたがいるのはあなた自身の力じゃあないかしら?」

 僕はそれには黙った。全身を羞恥(しゅうち)に染め、オオカミにおびえる子鹿のように、内心おびえたまま、聞いた。

「じゃあ、お前はいじめた者は自分自身の力で立ち上がらないといけない、と言うのか?」

「ええ、そうよ」

 フレイジャーは相撲取りが(こし)を低くして相手をがっしりつかんでいるように、僕にも重量感が感じさせるほどの言葉を発した。

 当時の僕はそれには納得できなかった。何か、傷つけられたものは当然の何かの権利があるように思えてならなかったのだ。

「あり得ない。それは絶対にあり得ないことだ!いじめを受けたら心に傷があるわけだから、それを絶対に回復させなければならないはずだ!それを放っておいて、いじめられても立ち上がれ、何て言うことは絶対におかしいはずだ!違うか!」

 しかし、僕の怒鳴り声にフレイジャーは素っ気なく返事をした。

「違うわ」

 僕は次の言葉を言うために何かを言おうとしたが、その前にフレイジャーがいった。

「笹原、あなたはいじめを受けたり、心の傷を受けたらどこかで回復できるといったわね。しかし、そんなものはどこにあるかしら?いったい、日本のどこにそんなものがあるのかしら?


 むしろ、そんなところに入ったら自分の病状や心の傷を認識して、さらに症状が深まるだけだわ。やはり、私は自分の力で立ち直るしかないわね。どんな傷も他人に癒されるとは期待しないで、自分の力で立ち直るべきよ。あなただって、そうだったはず。だから、私は波田(はた)さんを弱い人だといったのよ」

 僕は口をぱくぱくさせていたが、やがて、聞きたいことも聞いたし、言いたいことも言った。まだ、反論をしたい気持ちになったけど、今日の所はいったん引こうという気になった。

「分かった。いろいろと言いたいこともあるけれど、今回の所はいったん引くわ。もう遅いしな」

「ええ、そうね」

 それでぼくはフレイジャーの部屋を出た瞬間、フレイジャーの母がお茶を持ってきて、僕たちの前に立っていた。

「おお!話は終わりましたか?」

 フレイジャーはははにっこりと笑ってそう言った。

「ええ、終ったわ、母さん」

「そうですか、ではついでにお菓子も食べませんか?」

「そうよ、あなたも食べていけば?」

 フレイジャーも、これに同調するようにいってきた。それに僕も好意の申し出を断るほど、野暮(やぼ)ではないので承諾をした。

「ええ、構いません」

 それから、3人してコーヒーとマドレーヌを食べた。雑談しながら食べるマドレーヌの甘さがどこか僕の味覚に引っかかっていた。

 




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