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アタタカイヤミ 68

 空洞のパンク。 奈留瀬川優人。


 空洞の音がする。それはいじめにあったときからそうしている。学校に行っても、飯食っても、ゲームしても空洞の音ががんがん聞こえてくるのだ。

 夜も寝れない。テレビを見ても空洞の音がますますひどくなっていく。そいつはからっぽにするんだ。空っぽの人が聞こえて、すべてを空っぽにするんだ。

 空っぽのパンク。空洞のパンクが鳴り響く。そして、俺は空洞になっていく。空っぽになっていく。

 そんなときに俺は死のうと思った。




「おまえ達、これを見て、どう思うか?」

 みんなは黙った。当然だ。アメーバ達が答えられる質問ではないからだ。

「おまえ達が何を考えてるか知らんが、まず、俺の意見から言わせてもらおう。こんな事になった人間をおまえらは許せると思うか?言い方が変だな、これでは奈留瀬川が悪人みたいだがそうじゃない。


 奈留瀬川のようなこれほどまでつらい、人の存在をおまえらは容認できるかと聞いている。つまり、奈留瀬川のような苦悶があってはならない、とおまえ達が考えれるかどうかだ。今のような状態になった人を容認できるか?


 いや、否だ。こんなのは容認できるはずじゃないんだ!奈留瀬川がどんな人間であるかどうかは知らないが、そのことは俺にとってどうでもいいことだ。どんな人間であってもこれほどの人間の尊厳を奪うことはあってはならないんだ!とにかく俺が言いたいことはそれなんだ。だから、どんな理由があってもいじめをなくさないといけない。おまえら分かったか!!」

 それにみんなはイナゴの大群になって成田先生から逃げようとした。みんなで黙れば怖くないというのか?

「よし、おまえらにもこの詩の感想を言ってもらおう。金田!おまえはどう思う?」

「え?」

 金田くんは最初に当てられたときは何を言われたのか分からず、きょとんとしていたが、慌てて立った。

「あ、はい。奈留瀬川くんはこんなに苦しんでいるから、いじめはいけないと思います」

 そう金田くんは言った。だが、先生は金田くんが行ったあることを指摘する。

「そうか、金田。おまえはいじめはよくないというのか。なら、何で波田(はた)をいじめた?」

「え、それは……………」

 金田くんは黙った。弱い人をいじめることができても強いやつに立ち向かうことができないんだ。

 そのとき、また成田先生の怒号が飛んできた。


「なら、何でいじめた!おまえにはいじめられる苦しみを知らなかったのか!しかし、知らなくてもいじめが悪いと思っているだろ!それをなぜ、いじめたんだ、ゴラァ!!ちゃんと答えろや!!」

 そう成田先生は言った。金田くんは地上に落とされた魚のように血の気がどんどん小さくなっていた。

「おい、なんか言え」

 金田くんは口をぱくぱくさせて死すべき魚になっていた。本当にこいつはこのまま死ぬかも知れないな。そういうことを僕はふと感じた。

 成田先生はその恥ずべき汚物に向かってこう言った。

「もう、いい座れ」

 金田くんは死人のような顔をして座った。

 それで成田先生は最後の人を当てて、この授業を終わろうと言った。

「フレイジャー」

「はい」

 フレイジャーが成田先生に当てられ立ち上がった。流れるような金髪、服が張ってある胸、170センチある身長は、僕と同じ身長なはずなのに、自分よりも大きな存在に見えた。

「フレイジャー。この遺書をどう思う」

 フレイジャーの横顔を見る。真っ白の肌に、夕暮れに光に染まる金髪、澄み切った目。その瞬間、僕はこの少女こそがこの腐った沼を浄化できるのではないか、と思った。

 フレイジャーがなにかを言おうとして言葉を発する空気を纏った。

 そうだ、言え!

 しかし、フレイジャーが言った言葉は僕が求めていた者とは全く違っていた。

「私の意見を言わせてもらうなら、自殺をして死んだ奈留瀬川は弱い人です。弱い人に同情するほど私は余裕を持っていませんので、簡単に言うといじめで自殺した奈留瀬川や波田(はた)は愚かな人と言わざるをえません」

 そのとき場の空気が固まった。一点に凝縮(ぎょうしゅく)して僕たちを閉じ込めたのだ。




 この、女なんて言った?

 僕の思考が凍った。そして、氷は溶け冬眠生活から復活した直後の熊のように自分の思考がふわふわとあたりをさまよっているようだった。

 フレイジャーが何を言ったのかは分かる。しかし、分かるのだけど集中力の焦点がぶれて分からなくなってきてる。

 この女は何て言った。こいつは波田(はた)や奈留瀬川を愚かな人と言ったのか?

 そんなクラスの結晶化にいち早く抜け出したのは成田先生だった。

「おい!フレイジャー、おまえなんてことを言うんだ!おまえ、正気か!」

 成田先生が昂然(こうぜん)と怒りフレイジャーを怒鳴った。対して、フレイジャーは氷山のように冷たく、少しの力では壊せないほどの頑丈だった。

「はい、全く正気の状態で話しています。問題はありません」

 そのようなことを透明なきらめきと人を凍えさす冷気を併せ持った口調で言った。どうやら、彼女は本気らしい。

「いや、そういうことを言ってるんじゃなくてな!さっきのことは正気かと聞いているんだ!」

「はい。先ほどの話は私の本心で言った台詞(せりふ)です。嘘、偽りはありません」

 そのようなことを毅然とした態度で成田先生に言った。成田先生は戸惑うように手を握り、開きをしているのが僕の目にとまった。

 成田先生は頭を振って、もう一度この事を問うた。

「改めて聞くぞ、フレイジャー。おまえは本当に波田(はた)や奈留瀬川が愚かな人というのか?」

「はい」

「あんなに苦しんでいるのに、それでもおまえはあいつらのことを愚かだというのかぁ!!あんな遺書を残して、それでもいじめをうけるひとはおろかだというのか!!違うだろ、いじめは全部悪いものだ!あそこまで苦しむいじめをすべて根絶していかないといけないんだ!違うか!」

 獅子の咆吼(ほうこう)をすべて受け止めた氷山は顔一つ換えず、訂正をして反論した。

「私はいじめは悪ではないと言っていません、いじめは悪いものだと言うことに異論はありません。ただ、それで死んだ人が愚かな人たちだと言ったのです。私は持論を変えるつもりはありません」

 フレイジャーは高い冬の山の空気みたいに僕らのクラス一陣の風のように濁った(にごった)空気を変えた。ただ、僕には涼しいと感じると同時にどこか冷たい場所だな、ということを感じた。

 成田先生はあまりに驚きの表情が強かったのだろう。成田先生の動きがからくり人形みたいにかくかくと動いた。

「おまえは死んだ人を侮辱するのか!?」

「ええ、彼らはあまりにも愚かな死を迎えましたから。学校でいじめを受けるなら、転校するか、中退して大検を取ればいいものをそれを知らず、知ろうと努力もせずに死んでしまいましたから、愚か者の最後になったのです」

 そんなフレイジャーのクールな意見にそれでもなお成田先生は食い下がった。

「しかし、いじめが原因で彼らはああなったんだ。そんな人たちを救うためにいじめは根絶していかないといけないんだ。だからこそいじめは悪でいじめを根絶しないといけない!違うかフレイジャー!」

 フレイジャーはうっすらと頬をゆがめてこう言った。

「では、先生。あなたは現にいじめられている人を全部救えるというのですか?」

「ああ、もちろんだ」

 先生はそう答えた。

「すべてのいじめなくせると?」

「ああ、それが教師のつとめだ」

 フレイジャーはゆがめていた頬を直して姿勢を屹立(きつりつ)してこう言った。

「では救って下さい。その…………………」

 村田のほうに目を向けて、そして先生に向き直りこう言った。

「村田さんを」

 空が暗みをまし、秋から本格的に冬へ移行するその狭間の風が僕たちの肌に忍び寄る。そんななか、電灯の光が僕らの真剣さを明快にしながら軽くしていた。




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