アタタカイヤミ 64
僕は荒いざら全部ぶちまけた。前にあった波田さんのいじめのこと。そして、今ある村田のいじめのことを全部話したのだ。
成田先生は僕の話をよく聞いてくれて、そのあと、いくつか質問をした。
「笹原の言うことは信じがたい内容だが、整理すると波田が死んだのは村田のいじめのせいだと?」
「はい、そうです」
「それで今度は当の村田が金村によっていじめられているのだと?」
「はい、そうです」
「ふ〜ん」
成田先生は何かでメモをしていた。僕はそれを見ていていたが、見てなかった。時空が歪み場所がきしんでいた。どの風景も熟したあめ玉みたいのように場が溶けていた。
「じゃあ、もうちょっとだけ詳しく聞こうか。村田は最初、どういじめられていた?」
「最初はよく分かりません。でも、僕が最初に気づいたのは村田が教科書を忘れていて、それでクラスに回ったメモに貸すな、と書いてあったときにいじめがあると言うことに気づいたのです」
「ふんふん」
成田先生の手首が丹念に動いていた。それを見ていると食料を加えているありを思い起こした。
「じゃあ、次に聞くけど今はどんないじめをされている?」
「分かりません。昼食のときや、放課後のときに女子達と一緒に村田が消えるのです。陰でどんないじめがなされていたのか、僕は見たことはありません。あ、でも、一度放課後のとき泥だらけになって涙を浮かべている彼女に出会ったことがありました。そのときはなにも言葉を交わさなかったけど、彼女はつらそうでした」
僕がそういったら、成田先生は黙ってメモを取っていた。いつもは厳しい背中が、寡黙さのある北風を吹雪かせていた。
しかし、メモを書き終わると一転して爽やかな南風を吹かせた。
「よし!うん、もういいぞ、笹原。今日はいろいろと聞かせてもらってよかったよ。しかも、笹原が言ってくれるなんて先生は驚いた(おどろいた)。これからも、何かあったら、先生に相談してくれ。今日は助かった、ありがとう」
そう言って、先生は握手を求めてきた。僕は急いで立って握手をした。そのあと先生は反省室のドアを開けてくれた。
「今日はこのまま、帰るのか?」
「あ、はい。友だちに遊べないことを連絡して、そのまま帰る予定です」
「そうか」
そのあと、僕が反省室を出ようとしたときに、バン!と背中に衝撃があった。先生が僕の背中をたたいたのだ。
僕が先生を見ると先生はからっとした笑顔を見せていった。
「あれだ。なんか元気が出ていなさそうだったから、活を入れといた。元気を出せよ、笹原」
「はい。そうですね」
そのあと、僕は成田先生にお辞儀をして職員室をあとにした。
色彩がねじれ、壁が発光し、時間の圧縮と空間が歪んでいる中、僕は歩いていた。
今日は一線を越えた。村田を直接庇う(かばう)ことはしなかったとは言え、先生に話した。この事がばれたら今度は僕が逆にいじめられるだろう。
僕はそのことに対する何の感慨もなかった。正義を自分の手でつかみ取ったという達成感も、いじめられるかもしれないという将来の不安も、なにもなかった。
ただ、ゆがめられた時空を歩いているに過ぎなかった。ずっと、さまよっていた。
だが、それも階段の前あたりに移動したらだいぶそれも薄らいできた。それで正気に返った。
まず、真部に連絡をして、今日の遊びに出れないということを伝えて、それで家に帰って寝よう。そう僕は思った。
僕はそう思い、2階の廊下に達したときに、向こうに寺島さんがいるのが見て取れた。二人の女子と一緒に仲良くおしゃべりをしているようだった。
僕はついでに寺島さんに言付けをしてもらおうと思い、近づいた。そうすると彼女たちの会話の内容が聞こえてきた。
「ええー!マジー!美春ー!あんた、波田さんが死んだのはいじめだって言うのー!」
身長が160ぐらいの髪を肩にまで伸ばしパーマをかけた女の子が大げさに驚いた(おどろいた)。
「うん!杏ちゃん。私の情報網だと、いじめだというネタが挙がっているわ!間違いない、情報よ!」
3人の中で一番噂話の中心にいる人物。それは寺島さんだった。
「じゃあ、美春ちゃん。どうして、波田さんがいじめられていたの?」
今度は髪をおかっぱにした、小柄な女の子が聞いてきた。
寺島さんは得意げにはなを膨らませると、こう言った。
「ふっふっふ、それはねぇ〜。私の情報網によれば、ずばり!三角関係の修羅場よ!ある女子学生Hの彼を波田さんが奪って、それを妬んだHが友人のUに頼んでいじめをしたといわれているわ!」
それに女子は一斉にキャーと言い始めた。なおも得意げに寺島さんをいってきた。
「それで、それでね!その中でかわいそうなのは彼!こんな、女同士の諍いに彼は何もできない自分を責めたそうよ。それでHに何度も止めてくれと言ったらしいわよ。でも、Hは…………」
そこで寺島さんは僕に気づいて、はっとこちらを見た。僕はサルの食料の奪い合いでも見ているかのように寺島さんを見た。そして、一言。
「なにしているの寺島さん」
それは自分でもぞっとするほど、冷たい声だった。いや、本当にこの女には見切りがついていたのだ。もう、すでに腐っていることが目にとれていたから。
「あ。あ、これはね。笹原君、違うの。これは違うことなの」
寺島さんは僕がよく好む、あの知的な女性の笑顔を見せながら急いで弁明をした。しかし、僕はそういう仮面を見れば見るほど、この女は汚らわしい者だという感を強くした。
そして、何か僕の中でマグマが噴火した。今までたまっていたマグマが一気に地表に出たのだ。
「何で、おまえは噂話何てしてるんだ!もうしないと言っていたじゃあないか!しかも、波田さんにこんな事言うなんて、おまえはどうかしてるよ!」
そう僕は言ってやった。寺島さんは顔を俯け唇を結んでいたが、やがて機械のきしみのような低い声で言った。
「ならいい」
「なに?」
寺島さんは公然と顔を上に向けてこう言った。
「なら、もういいと言ったの!もう、もう笹原君の事なんて知らないよ!噂を止めたいなら勝手にすれば!?もう、私はあなたとは一生口なんて聞かないから!」
そう言って寺島さんは吐き捨てて横に向いた。
僕も言いっぱなしでは気が済まないから、こんな一言を添えた。
「ああ、こっちだって望むところだ。おまえとは口も聞きたくねぇ」
そう言って、僕らは互いに背を向けて別れた。窓の外にトンボが一人で飛んでいた。




