アタタカイヤミ 60
8章 新しい、いじめ。
清らかな朝。地上でどんなことが起きていても朝それ自体は清らかな物だとぼくは信じている。その昨日と変わらない清冽さを感じさせる朝に、村田は孤立していた。
明らかにだれも村田に話しかけなかった。ぼくは村田に蝉の抜け殻みたいだと感じた。
みんなが村田のほうを見向きもせずにおしゃべりをしている、あの金村もだ。村田はそれにうつむく姿で応じていた。これは村田なりの彼らに対しての宣戦布告なのか。それとも、ただ暗くなっているだけのことなのか。
ぼくは、今、村田に話しかけようかどうか思った。ここで話しかければぼくもハブられる結果になるだろうが、それでも、ここで話しかければぼくはもういじめに荷担しないという意思表示になるし、何よりそれで村田の心の苦しみが少しでも抑えられるのなら、やるべきではないか?
ぼくはそう思いそれをやろうと思ったが、ぼくを闇から出た一つの手がつかんできた。
ーおい、兄弟、それは正気の考えか?
ーああ、正気の考えだよ。
ぼくは闇に答える。
ーいや、全く、俺にとっては正気の考えとは思えん。おまえはなぜ、わざわざ血が見る茨の道を進もうとする?ここにいれば安村田だ。
ー痛いのは承知のことだ。痛い道こそが善なる道なんだ。快楽ばかり追ってはどうしようもないし、何より村田は苦しんでいる。ここは助けてやるべきではないのか?いや、助けるべきなんだ。
そう思いぼくは体を動かそうとしたが、闇の手はまだぼくをつかんできた。
ー待て待て、何でおまえはそんなに短気なんだ。いいから落ち着け、兄弟。おまえはそんなに粋がっている気持ちでいるかもしれないが、しかし、肝心の村田がその援助の手をほしがっているとは限らないだろ?
ーえ?村田が?
確かにその可能性があり得た。肝心の村田がそういう手を払いのけるかもしれなかった。そうしたら、どうする?
ーそうだ、どうする?その可能性を考えたら。
ぼくはぐるぐる考えたが、やがてある結論にたどり着いた。
ーいや、それは可能性の話だし。相手に必要としないかもしれないけど手をさしのべることこそ、善意と呼ばれる物ではないか。ぼくは、ぼくはそれでも村田に手をさしのべよう。
そう思いぼくは立とうとしたが、そのとき予鈴が鳴った。
「よーし、おまえら、ホームルーム始めるぞ」
成田先生が早めに来て、そして僕らのクラスがホームルームを始めることとなった、結局ぼくは彼女に話せなかった。
「よし、ここで授業終了」
予鈴が鳴り昼休みになった。黄色の光中でこの光の気温が段々と気温が下がっていることは、肌で感じる。今回の秋は普段通りの秋であるらしかった。
窓の外を見ていた僕はふと村田のほうを見てみると、村田に金村さんと複数の女子が村田を取り囲んでいた。村田の顔面は蒼白だった。
やばい、これはいじめだ!早く、助けに行かなければ!
しかし、また闇の手がぼくをつかむ。
ーまあ、待てよ兄弟。これはいじめでないかもしれないだろ?これは友人達同士のつるみではないのか?
ー馬鹿言うな、村田は傍目からわかるほど、顔面蒼白だ。
ぼくの言うとおり、村田は顔面蒼白であった。
ーなるほどな、しかし、ここで冷静に考えてみてくれ、兄弟よ。今のおまえには何ができるのか?
ー何ができるか、だって?
ぼくは考えた、いったい何を言おうとしているんだ、こいつは?
ーそうだ。よ〜く、考えるんだ兄弟。今、兄弟が村田を助けようとしても、どうやってそれを助けるんだ?
ーそれはおまえら、村田に近づくな!とかそういう物だろ?
ーいや、わかっていない。わかっていないよ、兄弟。そう言ったとしても、金村達が私たち友だち同士では話すんですけど。といったらどうするんだ?
ーあ!
確かにそれは盲点だった。ぼくはてっきり話せばいじめを止めることができると思っていたのに。
ーああ、そうだぜ。わかってくれたか、兄弟?おまえには村田のいじめを止める事なんてかなわないのだ。
村田と金村さんがどんどん遠ざかっていく。そして、教室から消えてしまう。
ーどうだ、兄弟。わかってくれたか?だから、村田を救おうなんて事はあきらめな。
そういう闇の声がぼくを放さなかった。ぼくは逡巡した。確かにぼくは村田の何ができるかは知らないが、それでも。
ーいや、行こう。どうすることもできないかもしれないけど、それでもぼくはまず、やってみよう。
そして、ぼくは飛び出した。机の整理もせずに空中に跳ね上がる魚のように飛び出したのだ。
それでぼくは廊下を見た。廊下にはおしゃべりしている女子とはしゃいでいる男子が見えるだけで、村田はどこにもいなかった。




