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アタタカイヤミ 6

 瀬野駅に行って駐輪場にお金を払って、切符を買って僕たちは岡山に向かって、それで岡山に着いた。確かに岡山は変わっていた。前は地下と新幹線に入る道しかなかったのに2回にいろんな店があって、一階にもレストランなどの飲食物系の店がたくさんあった。それを見ているとブナシメジを思い出す。無造作に群集しているブナシメジにように節操がなかった。そしてその中にドトールがあったのだ。それで僕たちはそこに入った。

 ドトールの店内はオレンジ色の明かりが店内を包み、なかなかおしゃれな店だった。4月だというのにまだ、寒かったので僕たちはそろってホットコーヒーを頼んで席に着いた。

「…………………」

 それで座ったものの誰も、何も言わなかった。真部は至って冷静だし、フレイジャーは我関せずという風にコーヒーを飲んでいるし、寺島さんは何か言いたいようにそわそわしていた。

 それがみんなの様子だったので、仕方ないので僕が口火を切ることにした。

「あの、真部さん。僕はあなたたちのグループに入りたいんですが、なぜなら、あなたたちが政治とかに興味があるからというので、僕もそれに興味があるのですが、あなたたちはどれくらい教養が深いのですか?僕はあまりそれほど詳しくないんです。日々の勉強とかもありますから、あまり本を読む時間がないんです」

 僕は一気呵成にしゃべった。あまり、人と話したことがないんで、どう話したらいいのかわからなくて一気にしゃべってしまったのだ。

 それはともかく、真部さんは僕の問いに落ち着いて話したと思う。これは不思議なことなのだが、僕はそのとき、人と話したことがないから16年の人生の中で本気で初めて一生懸命(いっしょうけんめい)しゃべったのだが、わかる人にはわかると思うのだが、本気でハイにしゃべると目は見ているようで何もみていない。頭の中に言葉の羅列や、自分のしゃべる声と、自分が何を言おうかということに全部気をとらわれて相手のことなぞあまりみていないのが普通なのだが、おかしな事に僕はそのときの光の様子を事細かく覚えている。光は座ったまま腕を組んで僕の話に何も遮ることはなく、静かに淡々と聞いていた。そして、それが結果的によかったと僕は思っている。下手に優しげな言葉をかけられるとあとで恥ずかしすぎて気がおかしくなりそうな経験を大人になってから何度かしたが、そのときの光、真部さんにはそういうことはなかった。至って冷静だからこそ、僕は全然恥ずかしくなかったのだろう。

 それはともかく、真部さんは僕の話を全部聞いて冷静に言った。

「笹原君が心配することはないと思う。まあ、僕たちはそこまで硬派なところじゃあないから、時々談笑する延長線上にここがあると考えてくれたらいい。まあ、時々俺がみんなにお勧めな本を紹介して討論をすることもあるけど、特にそこまでのめり込んで政治の話はしない。俺は本をよく読むけど、美春は女友達のつきあいがあるし、キャサリンぐらいが読む方だよ。笹原君も気軽にうちのグループに入って、ほかに気に入ったところがあるなら、ほかのところと兼用していいから、その、ここはそんなに堅い所じゃあないから心配することはないよ」

 そう真部さんは言った。そのときの真部さんの表情があまり変わらなかったことを覚えている。無表情ではないが、微笑んで(ほほえんで)るわけではない、至ってクールな表情。そういうこともよく覚えていたのだ。

「そうですか………それを聞いた安心しました。それであなたたちのグループに入ってもいいですか?」

 それに真部さんが手で制していった。

「まあ、待て。確かに入りたい人は入っていいけどこっちにもルールがあるからそれを聞いておいてくれ。まず、うちのグループのまあ、友だち内で私闘の類は禁ずる、しかも女性に暴力をふるったら即刻引いてもらう」

「はい、いいですよ」

「まあ、これは大丈夫かと思うけど、次は重要だから聞いておいてくれ。言葉の暴力も禁ずる、言葉の暴力というのは相手の行為に対しての批判ではなく相手の人格性を批判することを禁ずる。あと、当の人が持っている何かに引きつけてその人を批判することをだいたいにおいて禁ずる。たとえば、マルキストだからあいつはだめだとか、ということを表面的に禁ずる。もし、それ相応な理由があるときはグループの人たちにわかるような理由を挙げないといけない。いいね、一樹君?」

「はい、いいですよ」

「あと、このグループ内で何か問題が起きたときは話し合って解決すること、もし、誰かを嫌いになって、その人をこのグループから排除したいときはグループ内でわかるように訳を述べること、これはいいか、笹原君?」

「ええ、いいです」

 真部さんは次に移ろうとしているときに寺島さんが横やりを入れた。

「ええ、でも光。ここで誰かをやめさせたいという人はいないと思うけど」

「もしもの話だよ、もしもの話。それで次の話しに行くけどいいかな、笹原君?」

「ええ、いいですよ」

 それで真部さんが次のルールについて行った。

「あと、このグループ同士で金銭のやりとりを禁ずる。物ならかまわないが、金銭だと後々面倒になるから」

「ああ、そのくらいならいいですよ」

 それで真部さんは少し笑った。振り返ってみるとこれが光の笑顔をみた最初の時だったのだ。

「そうか、それならよかった。それじゃあ、一応君はこちらのグループの仲間入りだ。まあ、気軽に入って、合わなかったらやめてくれればいいから、まず、いろんな事について話そう」

「わかりました。じゃあ………どうしましょう」

 まず、このグループに合うかどうかにはいろんな事を話さなくてはならないというのはいいのだが、何を話せばいいのか、戸惑ってしまう面があった。自由に話していいよと言われると逆に話せなくなるというあれだ。これには真部さんも僕と同じように戸惑っているし、フレイジャーさんは我関せずという対応をとっているし、どうしようかと思ったら、寺島さんが間に入ってきてくれた。

「そういえば、前言い忘れていたけれど、あれ、『エイリアンズ』の文庫版をね、あれ、私が読んでいいかな。それで読み終えたら、あなたに貸すというのはどうかしら?」

 あ、そうだ、そのことがあったな。僕は一も二もなく同意した。

「いいよ、それくらい。そうだ!ところで寺島さん達はいつもなにを読んでいるの?その知識人とか、文学とか、そういうのよければ聞かせてくれないか?」

 それにまず、真部さんが答えた。

「私はまあ、知識人なら何でも読むがだいたい宮崎哲哉かな。だいたい。あと読んでいるのは仏教に関する本とかだな。まあ、でも何でも読む。文学はいろいろ読んでいるけどぴったりくるのはそうないな。ああ、でも宮崎氏の影響で山本周五郎あたりを読んでいる」

 それで寺島さんも言った。

「私は特にこれといった物は読んでないな。読んでる本はフェミニスト系のちょこちょこ、ああ、シンスゴみたいな物を読んでいるね。文学だったら、桜井亜美とか、村上由加あたりかな?じゃあ、次はリンちゃん」

 それで寺島さんはフレイジャーさんに振った。しかし、フレイジャーさんの様子は芳しくなかった。

「私?」

 フレイジャーさんは頭を振って、僕に対してこう言った。

「私はそういうのを答えたくないんだけど、知らない人に対して自分の趣味を教えたくないわ。あなたがよろしければ私は言いたくないんだけどそれでいいかしら?」

「別に、かまわないけど」

 僕は冷静を装っていったが、なにぶん、人に拒否された経験があまりなくて心臓が高鳴っていた。どきどきしてしょうがなかった。これが僕とキャサリンの初めての会話だった。これは別に普通の会話だったが当時の僕にとって、次の会話の方が衝撃的な事だったことはよく覚えている。

「そう、ありがとう。それであなたは自分の趣味を何か言わないの?」

「ああ、そういえば、そうですね。では言います」

 そうだよ、自分の事を言わなくちゃ仕方ないじゃあないか。そんなことが考えられないほど、てんぱっていた。もっとも、当時はそれを認識する余裕もなかったけど。

「え〜と、読んでいる本は知識人系統なら宮台真司あたりを、ああ、この人を知識人に加えるのなら斉藤環を呼んでいます。あとは文学では重松清を呼んでいます」

 そのときだった。フレイジャーさんがフッと笑った。僕は何が起きたか瞬時に理解できなかったが、すぐに理解した。

 それで僕はどう対応するか迷った。僕自身が笑われたと言うことで頭が真っ白になったが、とりあえずこれを言ってみることにした。

「何がおかしいですか」

 それにフレイジャーさんは何事もないように答える。

「いいえ、別に」

 そう言われたのではこちらも引き下がるしかなかった。しかし、僕の心にフレイジャーさんに対するわだかまりができたことは言うまでもない。

 僕たちの間に流れる、何かの溝を察したのか寺島さんが間を取り持つようにしゃべった。

「ま、まあまあ、いいじゃん。重松清も!リンちゃんだってあさのあつこが好きじゃん。ほら、岡山の出身の作家を好き同士仲良くしようよ」

 寺島さんはたぶん僕たちの間を取りなし買ったのだろうが、逆にこれが両者は別なところに反応した。

「こら!」

「へえ」

 僕たちはハモっていった。反応した場所は同じだったけど、角度が違った。

「美春!私の趣味をばらさないでよ!何であなたはそんなにおしゃべりなの!」

「へえ、フレイジャーさんて、あさのあつこが好きだったんだ。ということは『バッテリー』が好きなの?」

「え〜ん、そんなに怒らないでよリンちゃん」

 僕たちは止まってしまった。3人ともそれぞれがしゃべり出す物だから、次に誰のに反応すればいいのかよくわからない、状況になったのだ。

 ともかく、フレイジャーさんが仕切り直すように言った。

「まあ、いいわ。そうです私は『バッテリー』が好きなの。それであなたに言っておきますけど」

 フレイジャーが僕をさすように見つめた。フレイジャーの青い瞳は針のように冷たくとがっていた。

「あなたが私のグループに入るのはかまわないけど、でも、必然的にこの4人全員が仲良くなる必要性を私は感じない。あなたが光や美春と仲良くなることを止める気はありませんが、私は必ずあなたと仲良くするとは限りませんから。もちろん私だって、あまり話していないのにその人を判断するような狭量な人ではありませんが、必ず、私と仲良くなれるとは思わないで下さい」

 びっくりした。それが僕の第一の感想だった。まさか、こんな風に大胆に話す人を僕は知らなかったのでほんと二の言葉が言えなそうになったが、かろうじてこれだけは言った。

「……………わかりました」

 僕の返事にフレイジャーさんは満足したのか次にフレイジャーさんは寺島さんに向かった。

「美春、簡単に私の秘密をばらさないでよ。私も時々人のことを話すときはあるけど、でもそういうときにその当人に知らされたら、怒られる物だと私は思ってるから、私の許可なく私の秘密を知らせたら今後も怒るからね。それだけは注意してよ、美春」

「へ〜ん。わかりましたよ〜。でも、そんなに怒らなくたっていいじゃない、リンちゃん」

「怒られたくなかったら、人の秘密を話さないで」

 それで両者の会話が終了した。それから真部さんが、僕に向かって話しかけた。

「そうだ、笹原君は成績はどのくらいなの?それも知りたいのだけど」

「成績ですか。こないだの試験の結果は100位ぐらいでしたよ」

 僕の成績にみんなが驚いていた。

「ほー。そのくらいか。でも、笹原君、君は勉強が忙しくて本を読めてないと言っていたはずだが、そこの所はどういうことなんだ」

 それに寺島さんも同調する。

「うんうん、そうだよ。そこのところが腑に落ちないんだよね。笹原君てさ、みんなより先に帰るんだよ。それで友だちと遊んでいなくて勉強をしているのだったら、この成績は納得できないよ」

 寺島さんもそうはいってきたが、しかし。

「いや。本当に今言ってたことが事実だよ。本当に勉強してこの成績なんだよ。帰ってからずっと勉強してこういう成績なんだ」

「へ〜、帰ってからだと3時間ぐらいしてこの成績なんだ。……………でも、それって授業についていけれてないということだよね?」

「普通に考えればそうなるな。そうなのか?笹原君」

 それには僕も首肯するしかなかった。

「ええ、そうです。全く、ついていけれてないです」

 そのことで皆が黙ってしまった。このことをどうするかという問題に。しかし、寺島さんは明るい声を出してこう言った。

「あまり、こういう事を考えても仕方ないよね。そうだ!これから、カラオケしに行かない?今のうちにぱーっとしちゃおうよ。今まで、遊んだことないんでしょ?カラオケしてストレスを発散したら思いの外、勉強が弾むかもよ?」

 寺島さんはそれを明るく言った。僕はそういうものかな?と思った。今までカラオケには行っていなかったから、少し試して見ようかと思ったのだ。

「いいですよ。ほかの皆さんもよければ」

「俺はかまわないが」

「私もいいわ」

 そう、僕たちが言うと寺島さんはばんとテーブルを叩き、立ち上がってこう言った。

「よし!じゃあ、みんな行こうか!」

 その元気いっぱいの寺島さんにフレイジャーがついと水を差した。

「まあ、待ちなさいよ、美春。まだ、コーヒーも残っているし、これを飲んでからそこに行きましょう。みんなもその方がいいわよね?」

「ああ」

 それに僕と真部が肯いた。対する寺島さんは僕たちの言葉を聞いて、しょんぼりとしていた。

「うん、そうだね、コーヒー飲んでから行った方がいいよね。ああ、私って何てバカなんだろう。こんな単純なこともわからないなんて」

 そう言って、寺島さんは背中を丸くしてしょんぼりとコーヒーを飲んでいた。

 僕たちもコーヒーを飲んだ。僕たちが話している間にすっかり冷めたコーヒーは、舌にミルクがべったりと絡まりつつ、カフェインの苦みが舌によく引くように通った。



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