アタタカイヤミ 5
家に帰るとすごく、ぐったりしてしまった。寺島さんと話して何も考えられないほどの疲れが来た。僕は少し寝ることにした。
目が覚めると夕焼けの橙色がカーテンを照らしていた。僕は目を覚まし、何かをしようとしたが、何も思い浮かばなかった。でも、何かをしようと思った。ただ、ゲームや本は気が向かなかった。仕方ないので加奈子でも聞いた。
僕ははっきり言って、混乱していた。初めて友達を得たことの喜びよりよりも、戸惑いの方が大きかった。自分は明日どうやって寺島さんに会うんだろう。明日は寺島さんの友だちも連れてくるかも知れないし、どうしよう。
加奈子を聞きながら、ゆっくり考える。考えようとしても全く何も浮かばない。なんか、今日はそんなことばっかりだ。僕はこういう風に今日を過ごした。
僕は自然と目が覚めて、ベッドから起き上がった。陽の藍色、新たな黎明の時にふさわしい色。今日は寺島さんと正式にお友達になる日。失敗するわけにはいかない。そうはいっても、僕自身今まで友だちなんていなかったから、どうすればいいのかやり方がわからない。
まあ、なんて言っても朝食を食べて、着替えの準備をするか。
僕はそう思い、自分の人生の新たな夜明けになることを願って居間に降りた。
朝食を食べて、歯磨きをして、裸になって薬を塗って、着替えていると、康子さんが少し心配そうな様子で話しかけてきた。
「どうしたの?一樹君?」
「え?どうしたって、何がですか?」
僕としては別に変わったことをしてる覚えはないのだが、どうしたのだろう。
「う〜ん、うまく言えないけど、一樹君、いつもよりそわそわしてる気がするわ」
「いつもよりですか?」
「ええ、いつもより」
康子さんにはばれたか、まだ一年あまりしか一緒の時を過ごしていないのに、よくわかるな。
僕は少し考えた。康子さんにこの事を話してもいいのだろうか?と。しかし、すぐ結論が出た。僕は康子さんにこのことを話そうと思った。康子さんなら話せる、なんだか話しやすいように思えたのだ。
「実は昨日寺島さんというクラスメートにばったりあって、それで話が意外に盛り上がったんです。それで今日もまた会おうと言うことになったんです。それでたぶん寺島さんの友だちも連れてくるから外すわけにはいかないんです。そのときが僕が寺島さんたちと友だちになれるチャンスだから。だから、たぶん落ち着かなかったんですよ」
「なるほどね」
康子さんは僕の言葉に頷いてくれた。僕はあんまり人に何かを語ることは好きではないが、康子さんなら自然に話せる。康子さんはあまりに親しすぎることはなく、あまりに遠すぎる事はない。そして康子さん自身も無理矢理僕と親子のような絆を再現しようとはしない。ただ、普通のおばさんであろうとしているのがいいのだろう。
康子さんはふんふんと頷いたあとこう言った。
「なら、一樹君。重要なことを忘れているわよ」
「重要なこと?」
重要な事って何だろう?
「一樹君、寝癖直していないじゃない。寝癖直さなくちゃ、いけないわ」
「ああ、そうですか」
そういえば、そうだった。というより、そういうことを普段から全然していないな。そういうことで僕たちは洗面所に来た。
「じゃあ、寝癖直すからじっとしていてね」
「はい」
それで寝癖を直させてもらった。シュッ、シュッと櫛が髪を整えていく。
「今日は外せないのね、まあ、確かに初めてのお友達になるかも知れない人たちだからね」
「ええ、そうです。今日は外せないんです」
僕たちはそれっきり黙ったが、僕たちにある纏わり(まと)付いている糸を櫛がゆっくりほどき、整えていく。
「よし、これ完了だわ、一樹君。バッチシ、友だちになれるように努力するのよ、一樹君」
僕は立ち上がった。緩やかな糸が二人をつな。、僕はこれで何とかなれそうな気がした。
「はい、わかりました。それで入ってきます、康子さん」
「忘れ物はない?」
「はい、携帯もさっき入れましたから、それでは」
「がんばるのよ〜」
「はい」
それで僕は出かけた。
そうはいったものの、まだ時間が十分すぎるほどある。居間はまだ9時だ。花村には20分で行けるから、どうやって暇をつぶそうか。
僕は少し考え、近くに暇をつぶせるものはないし、外で待っていようと思った。それで僕は力一杯に自転車をこぎ出した。今日もいい陽気だ。
花村について外で寺島さんたちを待つことにした。仕方ないのでiPodであいこでも聞いてよう。当時はあいこ聞いてたけど、何でそんなに好きだったのか今では思い出せないくらいだ。いや、だいたいのことはわかっている。要するに自意識だ。いくらあいこが恋愛のことばかり歌っていてもそこに隠された自意識臭がぷんぷんするから大好きだったのだ。
多分当時の僕がバンプとか聞いたらバンプとかによくはまると思う。自意識臭がするアーティストに。
話はそれた。とにかく音楽を聴いて待っていると、寺島さん達がやってきた。やはりというか連れてきた友だちはクラスの女の子達ではなくて、修了式にいた、フレイジャーさんと真部光だった。
「おはよう、笹原君」
「ああ、おはよう、寺島さん」
寺島さんは今日も美しかった。白のTシャツに白のロングパンツそれとピンクの何かを羽織っていた。あとで知るところのカーディガンだ。それがまた穏やかな香りを漂わせている。
いつもの明るい色ではなくてこういう色もまたすてきだった。
まあ、それはともかく後ろの二人を紹介させてもらおう。
「あの、寺島さん、後ろの二人を紹介してくれませんか?」
「ああ、そうだね、そうしましょう」
「じゃあ、紹介するね。こっちが真部光。私の古くからの友だち、まあ、仲良くしてね」
「よろしく、笹原君、だったかな?」
それで手を突き出してきたので、僕も握手をしながらいった。
「そうです。こちらこそよろしく。」
真部光。めがねをかけてよく髪を整えている、美少年。今日は黒と白のボーダーのTシャツにジーンズと黒のジャケットを着ている。それが真部光の外見だが、彼はそれだけでみんなから一目を置かれているわけではなかった。彼は何よりも勉強ができる人だった。学年ではほとんどトップに近い成績を出していて、それでスポーツもそんなに悪い方ではないからみんなから一目置かれているのだ。クラスでは特にグループを作らず、一匹狼的にすごしていると聞く。それで彼にあこがれる女子生徒はおろか、男子生徒までもいるとか。とにかく、真部光はそういうすごい少年なのだ。
「笹原君、あれを買ったんだって、「M2」を。まあ、美春みればわかるけどうちのグループは政治とかをいろいろ語るけどそんなにがちがちに勉強をするわけではないから、楽にしてていいよ」
そう、真部さんは言った。ただ、ほほえんだわけではなく、あまり表情を動かさずにいうものだから、楽にしてていいといわれても、あまり楽にはできない。しかし、そういうところがクールさがあっていいと、周りからはいわれているのだろう。
しかし、真部さんが言ったことに茶々をつけるように寺島さんが横やりをする。
「とか何とか言っちゃってさ、こないだみるとヘーゲルなんか読んでいるんだよ、こいつ。ヘーゲルなんか高校生が読むものじゃあないよね。ね?そう思わない笹原君?」
「はは…………」
とりあえず笑っておく。
それで寺島さんは気をとり直してまた、こう言った。
「ま、いっか。じゃあ、次に紹介する子はリンちゃんです。リンちゃん、こっちこっち」
それで、フレイジャーさん改め、リンさんが僕の目の前にやってきた。
「どうも、キャサリン・フレイジャーです。フレイジャーと呼んで下さい」
「わかりました。フレイジャーさん、僕の名前は笹原一樹です。笹原で結構です」
フレイジャーと呼ぶのか。僕はそう思いながら、フレイジャーさんをみた。
フレイジャーさんは白のTシャツにモカのニックセーターにライトベージュのカーゴを着ていた。服はシンプルだけど、元の素材がよかったから問題にはならない。そう本当にフレイジャーさんは美しかった。透き通る白い肌とあと無愛想な表情も、むしろ怜悧な空気を醸し(かもし)出すから問題にはならなかった。
それで僕はてっきりここ、花村に入って話すものだと思ったけど、寺島さん達は違っていた。
「やだよ、こんなださいところでお茶するなんて、ねえ、それよりも岡山の方でカフェとかみつけてそこでお茶しようよ」
それに真部も。
「そうだな、積もる話もあるしドトールにでも行くか」
「賛成」
真部の意見にフレイジャーさんも賛成の言葉を言う。
「そうだね、それでいい?笹原君?」
「別にいいけど、岡山にドトールなんてあったんだ」
去年、岡山に来たときは別に何もそういうのはなかったはずだけど?しかし、それは僕が鈍感だっただけで、みんなはさも当然のようにいった。
「岡山は去年リニューアルしたんだ。だから、いろんなものがもう置いてあるんだけど、まだ、見ていないのか?」
「いや、そういうところにはあまり行かないので」
「じゃあ、今日行っていろいろとみておこう。じゃあ、岡山に行くか」
それに寺島さんとフレイジャーさんも頷いて僕たちは岡山に向かった。