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アタタカイヤミ 49

 夏休み中の授業は波田(はた)さんの事件から起きた一週間後に再開した。

 本来やるはずの授業をするんだから、もう、そう夏休みはないだろう。

 そう思いながら、授業に集中する。クラスの様子は平穏なままだった。なにも、波田(はた)さんが死んで罪責感で苦しむような雰囲気を見せなかった。表面上は波田(はた)さんの死を泣く女子もいたが、そんなのはただの演技だ。

 それよりも、クラスで張られているのはどういうことを今後行えばいいのか?どうやってクラスの中のポジションはどこで、それをどう演技すればいいのか、という事だった。

 つまり、みんな、みんなの様子をうかがっていることだ。それでクラスは表面上平穏だった。

 そういうクラスの様子もあったが、もう一つ、ぼく自身の問題があった。

 いじめのことだ。もう、ぼくは波田(はた)さんのようないじめの被害者を出すつもりはない。だから、今後、クラスがいじめをする側に回るのならその人から守らないといけない。ただ…………。

 そのときが来たら、ぼく自身がそれをできるか、まだよくわからなかった。

 いや、確実にできるようにしないといけない。そう思いながら、でも、そのことを想像するだけで、血が抜ける感じを覚えるのだ。

 かーんこーん。

「よし、じゃあ授業はこれで終わりだ。みんなお疲れさん」

 これで授業は終わった。そういうことを考えながらも、授業の内容はだいたい頭の中にしまい込んでいる。

 ぼくはかばんに教科書をしまい込み、次の授業に行こうとした。

 ふと、空を見ると一匹のヒバリが上空に向かって滑空をしていた。ぼくはそれを見ると精神を屹然(きつぜん)としなければ、と思い直した。




 僕たちは授業の最後、突如(とつじょ)クラスに集められた。前、受けていた先生が僕たちを2ーBに行くように言われてここに来たのだ。

 ほかの生徒達はみんな帰って行ったのに、なぜ、僕たちがここに集められたのか、みんなはとまどった声を上げたが、ぼくは何となく想像できた。

「みんな、来てるわね」

 三枝先生が来た。三枝先生はどこかやつれているような感じを受けた。彼女は寝ていないのだろうか。目に隈という物は見当たらないけど、事件がある以前の彼女よりも、影みたいな物が彼女の全体ににじみ出ていた。

 それで三枝先生は少し沈黙したあと、僕達の顔を見渡していった。

「みんな、聞いてくちょうだい。24日に波田(はた)さんの葬式があるからそれに参加しましょう。それでいいわね?」

 それは顔の表情に見合わず、ハッキリと三枝先生は言った。それにみんなうなだれていた。抗議とか一切でなかったが、これは殊勝な態度ではなく、自分がどんな発言をすればいいか、図りかねている態度だった。

 そうした、疑念(ぎねん)積乱雲(せきらんうん)の中、一人の少女が立った。

「はい、行きます」

 名前は三草清美。波田(はた)さんの事件のあと先生の前で泣いていた女の子だ。

「みんな、波田(はた)さんの葬式に参加しよう。このままじゃあ、波田(はた)さん、かわいそうだよ」

 春日さんはそう言った。その風に周りの雲は逆割らず、風についていき、一つの雲を作ってなびいていた。

「ああ、そうだよ。みんな行こう。彼女の葬式に参加しよう!」

「ああ、そうだ。みんなで彼女の死を悼むんだ」

「そうよ、このまま、天国に行っても波田(はた)さん寂しいだろうから、みんなで送っていこう」

 それに村田も立ち上がってこう言った。

「うん、そうだね。私も彼女の死を察知できないことを本当に悔やんでいるわ。みんな、波田(はた)さんを送っていきましょう」

 ぬけぬけと、こういう彼女も警察の調査が届けば一発で終わらせることになるのに。

 ともかく、みんなここはみんなで悼もう(いたもう)という方向性に決まった。進路が決まれば、あとはみんな、それに乗っかるだけなのだ。

 そのみんなの欺瞞(ぎまん)に三枝先生は顔ををうつぶせにして泣き出した。彼女の哀切の感情は朝の日差しを受けたつららがぽつりぽつりと水滴が垂れているように、彼女も鳴き声が大きな声で訥々(とつとつ)と嗚咽(おえつ)を漏らしたので、みんなこれには沈黙をした。

 泣きながら、彼女は言った。

「みんな、ありがとう、ありがとう。………うぅっ、みんなの優しい気持ちに先生はものすごく感謝の気持ちでいっぱいです。みんな、ありがとう、これで波田(はた)さんにきちんとしたお別れも言えるし、先生、みんなの優しい気持ちを知ってあることを確信しました」

 そう言って、三枝先生は泣くことをぴったりやめて。屹立(きつりつ)とした表情で僕たちを見ていった。僕たちはこの先生は何を言うのだろうと、おぼろげな(かすみ)の中で何かを凝視(ぎょうし)するような感じが僕たちの心の中にあった。。

「先生、これで確信しました。このクラスにいじめはありません」

 その瞬間マグマが猛った。地中深くあるマントルの中にあるマグマが猛ったのだ。

「みんな、この事は波田(はた)さんの親御さんからこの自殺にはいじめがあるのではないかとか、ほかの人たちもこれはいじめがなのでは、という人たちがいて、先生、夜も寝れないほどつらかったけど、今回のみんなの優しさを見て、先生は確信しました。このクラスにいじめはないと。みんな、ありがとう。私はこんなに仲間思いの生徒を持って幸せです」

 先生はそう言い、僕たちに解散を命じた。僕たちは粛々(しゅくしゅく)と帰り支度をしていたが、その内面は衝撃がさめやらぬという具合だった。

 それで一人、一人が帰っていき、僕はそれを見ながら、三枝先生は追って廊下を歩き出した。




 三枝先生はまだ、廊下にいた。ぼくはどうしようか迷った。このまま言ってもいいのだろうか?

「先生!」

 先生が振り向く。

「あら、何かしら笹原君」

 三枝先生の顔は面長顔でまつげが細い美人な顔だが、ぼくは今までの授業の中で先生のことをよく覚えていなかった。あまり印象に残る先生ではないのだ。

「なあに、笹原君」

 そうやって微笑んで(ほほえんで)彼女は言ってみたけれど、正直言って、彼女の透明感を増しただけにしか思えなかった。

「あの、先生」

 ぼくは先生にあのことを話そうかどうか迷った。おそらく、これは言えば、自分の何かが変わる。これを言えば向こう岸へと渡ることになる。それは考えてわかったことではなく、直感だった。

 それでぼくはその向こう岸へ渡ることを望んでいたはずだった。


 しかし、最後の最後になってその橋はとても危うい橋だと言うことに気がついた。その橋は風で揺れているし、いつ落ちても不思議ではない物だ。それに橋を渡ったら最後、もう戻れない。しかも、向こう岸は安全なこちら側に比べて、獣から攻撃を受けてしまう。その獣は命までは取らないけど、でも、考えただけで恐ろしいところだ。


 その岸へぼくは渡るかどうか、悩んでいたら、先生はそんなぼくを不思議そうに見てこう言った。

「どうしたの?笹原君。何か、悩みがあるのかな?でも、先生は仕事があるから早く行かなくちゃあいけないの。だから、ごめんね。また、話せる用だったらいつでも言ってくれていいから」

 そう言うと先生はきびすを返した。ぼくは何も言うまもなくその後ろ姿を見ることしかできなかった。




言えなかった。

 ぼくはその思いを引きずりながら家に帰ってきた。家に帰るなり自分の部屋に入ってベットに身を投げた。結局、この事を言えなかったのだ。

 どうしよう、また、言えるのか?また言える。きっと言える。だが、しかし、言うのは恐ろしい。いや、それでも、言わなければならない。


 ぼくはそんなことばかりをまたぐるぐる考え始めていた。その列車の終着点はなく、ひたすら発信していた。

 いや、これは大丈夫だろう。いじめのことはすぐわかるだろう。あ、でも、先生はいじめがないと言うことを確信してしまったな。それじゃあ、わからなくなるかもしれない。どうしよう。これはどうしよう。

 またぐるぐる回ってしまう。最近、こんなのばかりだ。

 はぁー。落ち着こう。まずは、あれだ。波田(はた)さんの葬式がある。そこに意識を集中しよう。

 ぼくはそう思って心を落ち着かせた。


 波田(はた)さんはどんな気持ちで死んだんだろう。いじめられた気持ちはどんなものだろうか?

 考えた。しかし、あまりよく分からなかった。だいたい、(もや)のような想像ができるが、それ以上実感としてわからなかった。

 簡単にはわからない。わかったふりをしない方がいいのか?まあ、それには限らず、やはりよくわからなかった。


 ぼくも中学生の不登校時代、自殺を真剣に考えたことがあったが、結局できなかった。

 どのビルの屋上も出入り禁止だし、頑丈なひもも用意できないし、たとえばコードを使って自殺をしようとしてもひもを結ぶのは得意ではないし、薬はよく手に入れるすべは中学生の時はよくわからなかった。

 でも、自殺する方法は簡単に見つけれた。飛び込みだ。

 列車に向かって飛びんだらいいのだ、駅は親切だから、列車が来たらすぐアナウンスしてくれる。

 でも、できなかった、やはり、死ぬと言うことが恐ろしかった。未来に対してなにも望みがないとはいえ、やはり死ぬのは恐ろしかったのだ。


 だから、実際死んだ人の気持ちはぼくにはちょっとよくわからないのだ。彼らはなぜ死んだのか。どうして、あちら側に踏ん切りをつけたのかよくわからないのだ。

 はぁ。やっぱり、何かよくわからない。結局、堂々巡りを起こすだけだ。

 そう思い、ぼくは何かやることはないかと思い、宿題をすることにした。

 葬式に参加して………。いや、考えるのはやめるか。

 そのまま、シャーペンの斜線を書く音が闇に訥々(とつとつ)と吸い込まれていった。






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