アタタカイヤミ 48
真夏の照りつける日差しの中、蒸した熱さの中を僕たちは立っていた。
「えー、これは大変残念なお知らせを皆さんにしないといけません」
休校があった翌日。僕たちは学校から呼び出しがあって、明日学校集会があるので学校のグラウンドに集合して欲しいとのことだった。
それを聞いた瞬間ぼくはわかった。自分が光の世界から遠ざかるのを。
「波田貴理子さんという2年B組の生徒がいましたが、一昨日自殺をしました」
みーん、みーん、みんみん。
蝉の声がやけにうるさい。
真夏の日差しがぼくをじりじりと焦がす。いや、焦がしているのではない。
「波田さんはだれからも好かれる生徒でした。彼女の明るい笑顔を見るたびに…………」
焦がしているのではない。ぼくを焼いているのだ。
「波田さんや、その家族の痛み計り知れないと思います。皆さんもその人達に向けて哀悼の年を……………」
太陽がぼくを罰している。日差しが自分の首を焼き、体が贖罪の涙を流す。それでも天は許しくれない。涙を流せ、苦しめと言わんばかりにぼくを熱湯の刑をかぶせる。熱さが自分を閉じ込め熱気の中、自分の悪の血をすべて出せようとする。
だが、そんな物はできない。だって、血を蒸発させたら死んでしまう。しかし、天はそれを全て出せようとする。干上がらせようとする。ぼくは体内が沸騰する感覚を覚えながら苦しみの叫び声を上げる。そして…………。
「笹原、笹原!」
半透明の水面が揺れる。何かがぼくを揺さぶってるようだ。やがてぼくは水面へ浮上した。
そうしたら、真部がぼくを揺さぶっていた。
「笹原、どうしたんだ?体調はいいのか?」
「ああ。ちょっと、内容にショックを受けてさ、頭がふらふらしたんだ」
「ああ、そうか」
真部は頷いていた。それで、横を向きながらこう言った。
「うん、そうだな。確かにこれにショックを受けるのが、言葉はアバウトだが、よい人間だよな。ほかの人たちは校長の話が終わるとさっさと帰っていったよ。いくら他人の上に起きた出来事とはいえ、そういうのはよくないだろう。と俺は思うんだがな、どう思う、笹原?」
「うん、そうだね。そういうのはよくない。でも、ぼくの場合はクラスメートだから、よりショックが大きかったよ」
それを言うと真部も納得したように頷いた。
「ああ、そうだな。笹原のクラスメートだったな、彼女は」
そう言って真部はしきりに頷いていた。ぼくは自転車を取りに向かうべく、駐輪場に向かって歩き出した。そうしたら、真部がぼくに声をかけてきた。
「おい、どこに行くんだ。笹原」
「自転車を取りに行くんだよ。家に帰らないと」
そうだ、家に帰ろう。そして、そして。何をするんだ?よくわからない感情の紙片がマイクロチップのような一つの回路に無数の回路が結びあわせ、一つ考えようとしたら、ほかの思念もどっとこれについてきて、ぼくをこんがらかせ、縛り付ける。
「家に帰らなくては、それで、それで…………」
そう言ってぼくは歩いて行った。それで、それでどうするんだ?
「おい、おい!」
突然ぼくの体が反転した。最初は何が起こったのかわからなかったが、すぐに真部がぼくを振り返らせたのだ、ということがわかった。
「しっかりしろ、笹原。おまえ、本当に大丈夫か?」
真部の目がぼくをのぞき込んでいた。その黒々とした瞳はしっかりとした土に見えた。
「あ、ああ」
あれ、自分は今なんと考えていた。
どうにか、ぼくは正気を取り戻すことができた。今、さっきぼくは何をしようと思ったのか?
「笹原。珈琲館に行こう。今日のおまえはちょっと変だ。少し、カフェに入って休もう。これでいいか?」
「うん、わかった。確かにぼくは疲れていた。ちょっと、どうにかなってしまいそうだったよ。少し、休もう。それでいいかな、真部」
それに真部も。
「ああ」
頷いてくれた。
僕たちはいつものメンツで珈琲館に集っていた。燦々(さんさん)と照らす陽光がカフェを純白で清潔な保健室の部屋と思わせるくらい明るい場所だった。
その明るさは不純な菌を殺せるくらい清潔なところなのだ。
僕たちはそんな明るい場所にいた。ここで冷を取りながらのんびりしていくのが目的だ。
「リンちゃん、リンちゃん。涼しいね」
「ええ、そうだわね、美春」
美春とフレイジャーはいつも通りに話していた。ぼくと真部でさっさと品を注文して席に着く。
席は片面にソファーがフレイジャーってある4人用のテーブルだった。そこに僕たちは腰掛けた。女性陣をソファー側に座らせて。
「うわー。リンちゃん、リンちゃん。このソファー、ふわふわだよ」
「こんな、ソファーぐらい。どこでもあるでしょう、美春」
そんな女性達の囀りを聞きながら、ぼくは思考の沼へ足を踏み入れた。
波田さんが死んだ。それは間違いない。それで…………。
そのあと、どうする?調べれば、やがていじめの自殺もわかるだろう。なんて言ったって波田さんはいじめを受ける前に太った体型をしていたのに、いじめを受けてから、激やせになったのだ。
すぐ、いじめた事実がわかるはずだ。それで。
それで、これからどうする?波田さんがいじめで自殺したあとこれからどう生きる?
波田さんの両親に一生をかけて謝る?
しかし、そんなことはできるのだろうか?両親がそういうことを許してくれると思えないし、ぼくはこの事を覚えていられるだろうか?
それにもう一つ、波田さんの両親を巡ること以外にも、ぼくはこれからどう生きていればいいのだろうか?
波田さんが死んで、それは自分も波田さんを助けなかったから、だから、自分もこの自殺の片棒を担いでるわけだ。
それで、それで、どうする?
これから自分はどう生きていけばいい?自分は償えない過ちを犯した。いや、大きな過ちを放置した。それで、これからどう生きていればいい?
「笹原」
「ん?」
それでぼくは思考の紙くずの山に埋もれていたのを真部が現実に戻してくれた。
「笹原、コーヒーが来たぞ」
「ああ、ありがとう。真部」
ぼくが頼んだアイスコーヒーが出てきた。アイスコーヒーの上の氷のほうにある透き通った水色の下に深い闇がぼくを凝視していた。
それにぼくはミルクを入れてかき混ぜる。すぐにコーヒーは淡いクリーム色になった。
「美春、あんたそれ食べることができるの?」
見ると寺島さんは抹茶パフェを注文したようで、その異様に多い糖分の城は自分の身を溶かしながらもこの後ぢんまりとした場所でまさに異様な存在感を見せていた。
「へへーん。大丈夫だよ〜。リンちゃんも食べてくれるから〜」
そういう寺島さんの甘い楽観の壁をキャサリンの砲台が一撃で粉砕する。
「私、そんなに食べないわよ」
「ええ!」
残念ながら、これまで強固に作り上げられたと思っていた、寺島壁は一瞬で粉砕した(ちなみにこの壁の強度は寺島さんのあまあまの願望で作られている)。その壁が粉砕して慌てる、寺島陣営。もう少し、まともに考えとけといいたい。
「何で!だって、リンちゃん女の子でしょ?女の子はみんな甘い物が好きなはずだよ。だから、リンちゃんはパフェを食べるはず。どう?この名推理、我ながら怖いくらいの推理の切れ味だわね」
そう言って、寺島さんは身震い(みぶるい)をしていた。
そんな美春にフレイジャーがばっさり切り捨てる。
「あのね、美春。私は食事のカロリーに気をつけているの。こう言うものを食べるわけにはいかないのよ」
「ノー!」
寺島機はフレイジャーの対空砲台の前に撃墜した。
「おお、では私はどうすれば………」
寺島さんは顔を俯けにして両手を強く握って、しゃがわれた声で言った。
それにフレイジャーがぼそっと言う。
「でも、少しなら食べるわ」
そう言うと寺島さんは乾燥していたクマムシが水を与えられ生命活動を再開するように、みるみる復活していた。
「いえーい、そうこなっくちゃね。あ、そうだ光も食べる?」
「ああ、そうだな。そうしよう」
「すみませーん!店員さん。スプーンをもう二つ。あ、リンちゃんはこれ使って先に食べていいよ」
そう言って、寺島さんは最初に乗っかっていた、スプーンをフレイジャーにあげた。
「じゃあ、先にもらうわね」
そう言って、フレイジャーはスプーンを取って先に食べる。
「どう?リンちゃん?」
フレイジャーがその抹茶アイスを口の飲み込む、そして言った。
「うん。美味しいわ」
「よかったー!」
それになぜか、寺島さんがうれしそうな顔をした。そこに店員さんが来た。
「お客様、スプーンでございます」
「ああ、ありがとう。じゃあ、美春、いただくか」
「うん、そうだね」
寺島さんと真部が両隣で視線を交わして、彼らは食べていった。
僕はそれを見ながら、自分には蜃気楼みたいなことだと思った。自分には関係ない幻想だ。
そして、ぼくはコーヒーをすすった。コーヒーはあくまで苦かった。




