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アタタカイヤミ 4

  結局その本は寺島さんが買った。書店を出ると、寺島さんは僕に向かって、ごめんね、と謝ったあと、こう切り出した。

「ねえ、笹原君。私たちのことなんだけどさ、私はね、笹原君といろいろ話したいの。私たちって趣味が案外(あんがい)似ているかも知れないし、考えてみれば今までクラスメートだったのに私たちが話した時って、あのサッカーの授業の時だけだったじゃない?それって考えてみれば寂しいことだったし、もしかしたら私たちってさ、話が合うかも知れないし、とにかく、一緒に話をしたいんだけど、笹原君どうかな?」

 その申し出はこっちも願ったりだった。僕はすぐに返事をした。

「うん。もちろん、いいよ。こっちももっと寺島さんのこと知りたいし、話すことは大歓迎だよ」

 すぐにそのことを言った。あの寺島さんと話しているのだ、これが興奮しないわけにはいかなかった。興奮というのは少し語弊がある。こう言えばいいか、今の僕の状態は感情の波がすごく激しいのだ。喜びと苦しみの感情がごっちゃまぜになった状態ですごく高ぶっている、今、僕はそんな状態だった。

 そんな僕を寺島さんはさわやかな笑顔をして、こう提案してきた。

「それじゃあさ、ここで立ち話のもなんだから、イズミのミスドに行こうか?」

「うん。いいよ」

 それで僕たちは宮脇書店をあとにした。




 イズミに行く道は宮脇書店の隣のスーパーの東側に道があって、そこを少し行くと南側に曲がる小道がある。そこをずーっと行って、車が通る道を渡って、その道を行くとイズミの裏道に到達できる。

 そのイズミの中にミスドがあるのだ。

 僕はその道を自転車でこぎながら、横をちらりと見る。あの、あこがれの寺島さんがいる。

 いつもあこがれ続けていた、寺島さんが目の前にいるのだ。僕はそれだけで心臓がばくばくしていた。それで有頂天になっていたのだ。

 どうしよう。心臓の鼓動が止まらない。

 そう、僕が不安に思うほど、胸が高鳴っていた。とりあえず、僕は寺島さんじゃなくて、周囲の風景に気を配る。

 この春一番の少し暖かく、こちらを抱擁してくれるような感覚になるような春の気候だった。僕たちは春の鼓動を感じながらミスドに向かって進んでいった。




 僕たちはイズミに着いた。寺島さんと僕は自転車を駐輪場に置く。

 隣り合って自転車を置いたとき、ふっ、とローズのにおいのようないい香りが鼻をくすぐった。それは寺島さんの香だった。それにまた心臓がばくばくする。僕が緊張した様子に寺島さんは不思議に思ったのか、きょとんとした表情して僕に向かってこう言った。

「ねえ、どうしたの?笹原君?」

「いや!なんでもないよ!さあ、寺島さん、早くミスドに入ろう!」

 僕がすかさず目いっぱい否定すると、寺島さんはそんな僕を不思議そうに笑った。

「変な、笹原君」

 そして、僕たちがミスドに入るかたわら、寺島さんが僕に話しかけてきた。

「ねえ、笹原君はミスドで何を頼む?」

 よかった。こういう当たり障りの話が来て。僕はそう安堵しながら、すぐに頭を回転させて答えた。

「まあ、僕はコーヒーとチョコファションかな?そういう寺島さんは?」

「私?私はね〜、コーヒーとエンゼルクリームだよ。私エンゼルクリームが大好きなの。おいしいし、何よりかわいらしいじゃない?だからね、ミスドにはそう行かないけど行ったらエンゼルクリームを必ず注文するんだ〜。そういう笹原君は何でチョコファッションなの?」

 寺島さんの声は柔らかくて甘すぎないけど程よく甘くて、その灯籠の熱さが僕を煮詰めて、溶かし粘つく水飴になっていく。

 そういうことになっていかされそうになったので寺島さんの話を聞き逃してしまいそうになった。僕はすぐに頭を働かしていった。

「僕は別にたいした理由がある訳じゃないよ。ただ、オールドファッションの生地がおいしいし、それにチョコをかけたらお得だとは思わない?僕は本当にそれだけの理由だよ」

「ふふ」

 寺島さんは少し笑った。寺島さんの笑顔は天上のせせらぎの音だ。ささやかな音で人を癒す、僕にとって寺島さんはそういう人だった。

「男の子って、チョコファッションが好きだって言う子が多いのよ。ほとんど笹原君が言った理由でね。やっぱり、男の子って甘すぎるものがだめなのかしらね」

「うん、そうかもね」

 僕はここがどこなのか本当に確認したくなってきた。今日は現実にいたはずなのに、いつの間にか天国に来てしまいました、といわれても今の僕は何も疑いなく肯定しまうだろう。

 だけど、残念なことに(?)ミスドに入ってここが現実だと改めて認識した。しかし、駐輪場からここに来るまで5分もたっていないはずなのに、まるで何時間も経過したようなそんな気になってしまった。恋の力は欠くも恐るべし。

「笹原く〜ん」

 寺島さんが呼んでいる。こちらに手を振ってこう言った。

「早くこっちにおいでよ〜」

「もちろん」

 やっぱり、ここは天国のミスドではなかろうか、と僕は本気で思ってしまった。



 僕たちはドーナツを注文して席に着いた。それでドーナツを食べながら、僕たちは自分たちの話をした。

「だからね、私はここの瀬尾町生まれなんだ。笹原君はどこなの?」

「僕は東京の立川だよ」

 そう言うと寺島さんは大きく驚いていた。

「すご〜い。笹原君て東京の方から来たの。じゃあ、はやりのものはもうばっちりというわけ」

「いや、全然。全くはやりのものなんて知らないし、だいたい、友達なんていなかったから、全くわからないし」

 言ったあとから気づいたのだけど、友達がいないというのはまずかったかな?普通、高校生になれば友達の一人や二人できてもおかしいと思うのだが。それを全くいないというのは僕がおかしい人だと思われているのではないだろうか?と思ったが、もう言ってしまったので気にせずにコーヒーをすすっていると寺島さんも気にしたそぶりをせずにこう言ってきた。

「そうか、そうだったんだ〜。…………ねえ、笹原君。友達いなくて寂しかった?」

「もちろん、寂しいよ。だって、携帯みてもメールが一通もないんだから、それが毎日。すごく寂しいよ」

 僕は本当に実感を込めてそう言った。ああ、本当に寂しかったなぁ。寺島さんとお別れしたら、またあの日々(あの日々から2時間もたっていない)に逆戻りだな。

 でも、寺島さんは僕を言ったことを気にせずに、むしろ、スプーンでコーヒーを回しながらくすんだ表情で言った。

「でも、笹原君。友達っていてもあんましいいものじゃあないよ。一緒にいてもそんなに楽しい訳じゃないし、いたらいるで、気を使わないといけないから疲れるし。友達はそんなにいいものじゃないわ」

「そうなんですか……………」

 僕はびっくりしてしまった。岡山に来てからいろんな事にびっくりしてしまう。あんなに欲しいと思っていた、友達も寺島さんはそんなにいいものじゃあないと言うし。僕は本当に驚いていた。

「びっくりした。まさか、友達がそんなにいいものじゃないなんて…………。そんなこと考えてみたことがなかった」

 そう言うと寺島さんは含みのある微笑みをした。

「ふふ、そうか、本当に笹原君はこれまで友達いなかったんだ……………」

「ええ、そうですよ」

 僕はからになったコーヒーを回しながら寺島さんの言葉を聞いていた。そう、僕には本当に友達がいないのだ。この話で僕は寺島さんがいてくれる事への心の舞あがりから、ちょっと頭を冷ました。

 そうだ、僕には友達がいない。今までも何度か考えていたことだけど、自分には友達がいないんだ。僕はこれからどうなるのだろうと考えてしまう。これから、一生友達がいない生活が続くのか。

 そんなことを僕が考えていると、寺島さんが信じられないことを言ってきた。

「じゃあさ、笹原君。私たち友達にならない?」

「え?」

 世界が反転した。今までの世界が溶け、判別が不可能な異界の海に混ざってしまった。

「え?ちょっと、それは…………」

「笹原君、難しく考える必要はないよ。私たち、友達になろうと言っているの」

 いや、寺島さんはそれは少し無理って言うもんですよ。僕の頭はジェットで空中を飛び対流圏を貫き、成層圏を抜け、火星を追い抜き、ちょっくら冥王星にまで旅立っていますから、もう、何というか、帰ってくることがちょっとかなり無理なんですけど。

「ねえ、聞いてる笹原君?」

「も、もちろん。え?本当にいいの?」

 すぐ、戻ってこれた。

「いいよ。私は別に」

 それで寺島さんは意味ありげにほほえんでこんな事を言ってきた。

「笹原君も、私と友達になったら、もう友達いらないや、と思うかもね」

「いいえ、決して思いません!」

 寺島さんはにやにやしながら言ってくる。

「ほんとかな〜」

「ほ。本当です」

 僕は必死に寺島さんが友達になってもいやに思わないと言うことを言った。寺島さんを嫌いになるわけがない。

「『また、寺島からメールもらったぜ、うぜえよ』って思わないかな〜?」

「そんなことは誓って思わないです」

 僕が必死に抗弁すると、寺島さんはクスクスと笑って、こう言った。

「冗談よ、笹原君。笹原君がよければ、友達の記念としてメアド交換しよ」

「あ、ごめん、寺島さん。実は今、持っていないんだ。今じゃあなくて普段携帯を持っていないんだけど、友だちいないからメールするあいていなくてほとんど持ち歩かないんだよ。それでさ、また明日、花村で待ち合わせしてさ、そのときに交換してくれたら僕としてうれしいんだけど……………」

 いきなり携帯持っていないって言って、寺島さんは怒っているかな、と思っていたけど、寺島さんはふふと笑っていた。

「そんなの気にしてないよ。というか、私も携帯忘れることが時々あるの」

「え、友だちいるのに?」

「そうなの、よく女友達から、しっかり持っとけってなんべんも言われても時々忘れちゃうのよ。なんかね、朝起きて、お日様を浴びてると心がふわふわした感じになってね。それで忘れちゃうのよ」

「ああ、そういうのってある。僕もそういう感覚になって忘れ物することが何度かあるよ」

「そうかー!じゃあ、私たち同じだね〜」

 ああ、物忘れがあってよかった。

 僕が感激してる間に寺島さんは店員にコーヒーのお代わりを注文し座り直して、もう、何もないコーヒーを飲みながらこんな事を言ってきた。

「そうか、こんなところに仲間がいたんだ〜。それでさ、私って男子からよくドジっ娘だね、っていわれているんだけど、笹原君はドジっ娘って好き?」

「……………ドジっ娘って何?」

 僕がそう言うと寺島さんは本当に驚いた(おどろいた)様子を見せた。

「え!笹原君てアニメとかみないの!」

「いや、ゲームとかはするけど、別にアニメはあんましみないよ」

「え、ゲームってRPG系?」

「ああ、そうだよ」

「そうかぁ、じゃあ恋愛アドべンチャーとかはしないんだね」

「恋愛アドベンチャー?それってあれかな、ゲーム内で女の子と恋愛するって言う……………」

「そうそう、そのことだよ」

 僕はまたびっくりした。まさか、寺島さんがこんなにもゲームのことに詳しいなんて。しかし、寺島さんの方も何か驚いている様子だった。

「そうかぁ、以外だな。笹原君はそういうのに詳しいと思っていたけど、全然知らないなんて」

 寺島さんは注文したコーヒーを飲みながらしきりに頷いていた。

「別に嫌いな訳じゃあないけど、何か縁がなくてね。そう言うのっておもしろいの?」

 僕がそう言うと寺島さんは苦笑してこんな事を言った。

「いや、全然。女の私からみればあんましおもしろいものじゃあないよ」

「じゃあ、何でしたの?」

「だって、出てくる女の子がかわいいから、でも、男性用はあんましおもしろくないけどね、恋愛アドベンチャーの乙女用があるんだ。それ、時々やってる」

「へ〜」

 なんか、この数時間で僕の生活がほとんど変わったような気がした。寺島さんと話して間違いなく僕の見識が広がった。というより、今までが知らなさすぎただけか。

「ところでさ。RPGだったら何やる?」

「そうだなぁ、EFとかフォルクスとかバリラティとかおもしろかったな」

 そう言うと寺島さんも少し頷いていた。

「へ〜。メジャーなところだね。今もゲームやってる?」

「いや、今はほとんど本を読んでる」

「やっぱり、そうか〜。私も中学まではゲームとかしてたけどさ、今は本を読んでいるの」

 やっぱりおかしい。寺島さんが本とか読んでいる風には思えない。だって、もう本を読む高校生なんてほとんどいないし、いてもそれは僕のようなイケてない男女に決まっている。それぐらいなものなのに、何で寺島さんは本を読んでいるのだろう?

 僕は思いきってそのことを聞いてみることにした。

「ねえ、寺島さん。本当に本を読んでいるの?失礼だけど、何か、寺島さんが本を読んでいるなんてどうしても思えなくて。本当にしてるの?」

 僕がそういうとまた、寺島さんは明るい笑顔をした。

「もう、笹原君は疑い深いなぁ。うん、してるよ。そう言っても、もし私のような人が実際に現れて、本読んでいますと言っても私は絶対に信じないけどね」

 そう言って、寺島さんは爆笑した。僕もつられて爆笑した。そうして、引き利子に爆笑したあと、僕は眠りから目が覚めた感覚を覚えた。

「うん。寺島さんは本を読んでいるよ。だって、こんなにも知的だだから、絶対、本とかを呼んでいるよ」

「やだぁ、笹原君。私が知的だなんて、そんな、お世辞言っちゃって」

 寺島さんは口元に左手を当て、右手をこちらに向けて振りながら、照れ隠しで笑っていた。

「いいえ、お世辞ではありませんよ。本当に寺島さんが知的な女性だと思っていったまでです」

「またぁ。笹原君手見かけによらずお世辞がうまいのね」

 寺島さんはひとしきり照れたあと、冷めたコーヒーを一口飲んで、仕切り直していった。

「まじめな話をするわね。私も実はさ、本来なら本とか読むタイプじゃないと思っていたけどさ、実は私の友人にこれがまた本好きな人がいるのよ。そいつに影響されて今、本を読んでいるって訳。あいつがいなきゃ、私はゲームしてたり、ファッションにうつつを抜かしたりしていたかもね」

「ふ〜ん、そうなんだ……………」

 僕はまた、縁は奇なるものと思ってしまう。これは僕の創作だ。さっき、辞書で『縁は異なるもの』を引いてみるとあれは主に男女の縁の奇なることの意味であるが、僕は普通に人の縁の不思議さを考えた。

 僕は寺島さんがどんな本を読んでいるのか聞こうとしているとき、寺島さんが声を上げた。

「あ、おトイレに行きたくなった。ごめんね、笹原君、今日はこのくらいでいいかしら?」

「もちろん、いいですよ。まあ、あんなにコーヒーを飲んだらそうなりますよね」

「そうよね」

 それで僕たちはミスドから出て、お手洗いに向かった。寺島さんは一直線にトイレに向かっていった。そういう姿を見ながら、僕も。

 僕もトイレに行くか。

 そう思い、僕もトイレに行った。

 トイレに行って用を足していると、いきなりどっと疲れてきた。たとえるなら、身体を使って猛練習していて、それをしてる間には疲れが感じないけど、休んだらいきなりその疲れが体に来たという感じだ。

 僕はすごくだるくなったが、それを振り切って手洗いを済ませ、トイレを出た。手洗いから出た僕は寺島さんを見つけて、明日の予定を確認する。

「寺島さん、明日は花村で集合だね。時間は何時にする」

「10時でいい?」

「いいですよ」

 僕たちはそれを話し終えて、駐輪場まで歩くことにした。

 駐輪場に来て、自転車に乗って僕たちは家路に帰る。僕たちは宮脇書店のところで別れた。ここらあたりに寺島さんの家があるのだ。

「じゃあ、さよならだね、笹原君。笹原君といろいろ話せてよかったよ」

「こちらこそ、寺島さんと話せて楽しかったよ。じゃあ、さよなら、寺島さん」

「うん。さようなら」

 それで僕たちは別れた。



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