アタタカイヤミ 35
真部の部屋の前に来たので、まずペットボトルを置くとぼくはドアを開けようとした。
ドアの向こうから笑い声が聞こえてくる。
「あー!なにこれー!これ、チョーなつかしーぃ」
ドアを開けると寺島さんが何かを見ていた。ぼくはそれよりもまずお茶を運んだ。
「お茶をお届けに来ました」
「あ、はい、お疲れ様です」
ぼくの猿芝居に早速ノリの良い寺島さんが飛びついてきた。
「いやー、今日も暑いですね、配達員さん」
「ええ、まあ。だけど、これも仕事ですから。あ、ここにサインをお願いします」
「ああ、はいはい」
寺島さんはサインするふりをした。
「品物はこれらです」
そう言って緑茶とウーロン茶をわたした。
「あ、はい、どうもありがとうございます。…………ねえ、どう落ちをするの?」
「ああ、ぼくが入るから、そこで『どうしているんですか』て聞いてみ」
それでぼく真部の部屋に入った。寺島さんの隣に座る。
「あの、配達員さん、どうしてうちに入ってくるの?」
「ああ、うちら、配達員でもこの酷暑の中動き回って、疲れているんですわ。それで休憩しようかと思いましてな。ほら、あれですわ。企業戦士にも休息が必要ですわい」
それに寺島さんが一言。
「配達員さん、古い」
そのあと、二人して爆笑をした。
「いや、古い、古いかぁ。でも、即興コントって難しいな。落ちがなかなかうまくできない」
「うん、そうだね」
僕たちはそう言って笑いあったあと、ぼくは寺島さんに聞いた。
「そういえば、さっきは何を見て騒いでいたの?」
「うん、それはね、これなの?」
そう言って、寺島さんはテーブルを指さした、そこには。
「これは、ダイヤモンドゲーム?」
「うん、そうなの〜。すっごくなつかしくて思わず叫んじゃったの〜」
「へぇ…………」
名称はよく覚えてないが、確かダイヤモンドゲームというのは菱形上に玉が一つずつ並んでいて、それで真ん中のを一つ抜いて、それで一つの玉をほかのたまをくぐらすとくぐらされた玉が一つ抜けるという物だった。それでこれは最後に玉が残っていない状態になった方が勝つという物だったはず。
「へ〜、なつかし〜」
ぼくはそう言った。本当にこれは懐かしかった。小学生やった以来かな?
「さて、これするか、それとも大富豪やるか、どっちがいい?」
見るとトランプもおいてあった。
「これ!これこれ、大富豪いつもやっているから、これがいいよ〜。みんなはどれがいい?」
「私もダイヤモンドゲームでいいわ。大富豪はまたの機会にしましょう」
「ぼくはどちらでもいいですよ」
「じゃあ、ダイヤモンドゲームで決まりだね!私一番手ー!」
そう言って寺島さんは元気よく言いつつ、盤を自分の所に持ってきた。
「まあ、いいけどな。でも、俺の意見ぐらい聞いたらどうなんだ?」
「ええ?でも賛成2で棄権が1なんだから反対しても変わらないよ〜。………ほっ!」
と、寺島さんは玉をくぐらせながら話していた。
ごぉぉぉぉ。
クーラーの効いた部屋は涼しい。四角の区切られた部屋と外にある闇の世界、それに白の蛍光灯のある部屋はどこか非生活的で、まるでこの部屋以外にどこにも世界はないようなそんな気をさせてくれる。一面の宇宙に一つだけこの部屋があるような、そんな気分だ。
それはともかく、蝋燭のような無機質の部屋で寺島さんはダイヤモンドゲームに熱中していた。ただ、残念なことにあと、10コぐらいでそれもほとんどばらばらなところが残念なところだ。本人は熟考しているが、ここで熟考してもどうなんだろ、と思ってしまう今日この頃だ。
「あちゃー!7つしか残らなかったよー!」
そう言って寺島さんは頭を抱えていた。
「ある意味、7つも残せるのはすごいわね」
「ああ、そうだな。じゃあ、次はだれがやる?」
「そうね、私がやるわ」
「じゃあ、次はキャサリンだな」
それで今度はフレイジャーがやることになった。
かた、こと。
フレイジャーは堅実に球を取りながら縁を描くように少しずつ外縁へ玉を移動させていく。
かた、こと。
「ほう」
「ええ!」
その結果フレイジャーが残した玉は三つと言うことになった。
「う〜ん、久しぶりだからなかなかこういうのはできないわね〜」
3つかすごいな。
ぼくは素直にそう思った。これを三つというのは久しぶりでできることではないよな。
ぼくはそう素直に納得していたのに対してそれに納得できていない人が一人いた。
「何で、何で!ねえ、どうしてリンちゃんがこんなにできるのに私はあんなに残ったのよ!」
「そうだね」
寺島さんの言葉にぼくはふとある疑問を覚えた。
「寺島さんはあんなに勉強が出来るのにこのゲームであんなに残すなんて意外だよね」
そう言うと、寺島さんは慌てたそぶりを見せた。真部とフレイジャーは寺島さんを両脇からつつきながら皮肉げな口調で言った。
「どうすんの美春?あんたの馬脚がそろそろ現れているんじゃないの?」
「そうだな、笹原にはいいところしか見せたくないとよく言っていたしな。どうするんだ、美春?」
「え、ええと」
そう言って寺島さんは少ししていたがやがて、こちらに出会ったときの優等生スマイルを見せながら言ってきた。
「あのね、笹原君。これは違うの。賢明な笹原君にはわかってもらえると思うけど、これは私の本当の実力じゃないの。わかった?」
寺島さんは一面に満開の笑みを貼り付けたまま、ぼくを圧迫するかのようにこちらに迫ってきた。
「え、ええと………」
ぼくは寺島さんの圧倒的な迫力にしどろもどろになった。ぼくがそうなっているうちに真部とフレイジャーが茶々を入れる。
「美春、脅迫はいけないぞ」
「そうそう、笹原がびびっているわ」
「な!脅迫じゃないよ!私はね、さっきのが私の実力じゃないって言いたかったの!よ〜し、もう一回やるか!」
それで寺島さんは番に玉を戻していた。しかし、助かった。さっきは本当に怖かった。
「よ〜し、やるぞー!」
そうやって寺島さんが取りかかろうとすると真部がこんなことを言ってきた。
「いや、待て、美春」
「ん?」
寺島さんが何の疑問も持たずに振り返った。
「俺もしたいから美春の番は当分先な」
「ええ!そんなの聞いてないよー!」
「いや、こう言うのは友だちで順番道理にするのは小学生高学年を過ぎたらだれでもわかるはずだよ」
「ええー!…………ちぇ、仕方ないな〜」
渋々(しぶしぶ)寺島さんも理解してくれたのか、真部にわたした。
「よし、それではやるか」
腕をかぎ括弧のように組んで真部は軽く気合いを入れて言った。
寺島さんが落ち込んでいる。
ぼくはそれに気づかないふりをして番に玉を戻していた。全部戻し終えて、ふっと顔を上げて横を向くと、そこに寺島さん身を乗り出してぼくを見ていた。
「え!」
ぼくはぎょっとして後ずさる。寺島さんはそれを追いかける。
「ねえ、笹原君。私たち、友だちだよね?」
「え、ええ、まあ」
ぼくはそう同意しながらまた、後ずさる。
「私ね、友だちになったからといって、何でもしていいという訳じゃないと思うんだ」
寺島さんがしゃべっている中あまりの迫力にどんどん後ずさるが、この部屋はそんなに広くない。すぐにぼくは背中に壁を感じた。
「だからね、友だちだからってね、好き放題やっていいわけじゃないの。友だちだったら、相手のことを思いやる、優しい心が必要だと私は思うの。つまりね、おめえ、今、私が何が言いたいのか分かってんだろうなぁ!!」
スパン。
フレイジャーが丸めた新聞紙で寺島さんの頭をはたいた。
「いったーい、痛いよリンちゃん」
寺島さんが大げさにリアクションをする。
「美春、あんた自分がもしかたら、やった中で最下位だからといって八つ当たりしてんじゃないわよ。さっきのスコアは自分の物だからはっきり受け止めなさいよ」
「ええ、でも、これおかしいよ〜。何で真部も3つなの〜!それに、それに。…………笹原君があと七つなんて絶対おかしい〜!!!!!!!」
そう行って寺島さんは嘆いた。いや、おかしいと言われても。
「負けそうだからといって脅かさないの。勝負は厳粛に浮けと召さないとね」
「ええ〜!?でも〜〜」
そう、あと僕は七つの玉が残っている。そして、どの玉も連立している、寺島さんの最終的な成績は七つだった。だから、僕が玉をくぐらせれば………………。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
背中から無言のプレッシャーを感じる。
僕は迷ったが、覚悟を決めて玉をくぐらせる。
「ぎゃああああああああああ!!!!!!!」
ばた。
寺島さんは死んだ。
寺島さん。初恋の人でした。友達になってもその明るい性格でいっしょにいても楽しかったです。どうかあの世で安らかに眠って………………
「こらああ!!勝手に殺すな」
むくりと起き上がって寺島さんは叫んだ。
「別に僕は寺島さんが死んだなんて言ってないよ」
寺島さんは狐の目をする。
「でも、そう思っていたでしょ?」
「うん」
今度はエイの目でこちらをにらめつけていた。
「ま、でもこれで美春がびり確定だな」
「そうね」
真部とフレイジャーさんが口々に言ってるそばから、寺島さんは頬を膨らませた。
「でも、でもさ、笹原君だけには負けたくなかったよ」
そう行って、寺島さんは床にのの字を書いていた。いったい、どうしてそんなに僕に負けたくなかったんだろう?
そう思ったので僕は思いきって寺島さんに聞いてみた。
「なあ、美春。どうして、そんなに僕に負けたくなかったの?別にたった一つのゲームの勝敗ぐらいどうでもいいじゃないか。どうして、そんなに勝敗をこだわるの?」
そう僕が言ったら、寺島さんはうん、と唸った。そのあと、指をもじもじさせていった。
「いや、だって。笹原君にはいつも一歩リードした状態で、話しかけたいし、いつもお姉さんの状態になりたいの!とにかく、私が笹原君に負けるわけにはいかないの!」
寺島さんはイタチが天敵に牙をむくような黄色いヴァイオリンの声を出した。
そう言われても、どうすればいいんだ?
そう僕は思ったし、真部やフレイジャーも戸惑った空気を出していた。
「それよりさ」
そのとき、フレイジャーがマンボウの泡のようにぽつんと言う。
「笹原が手をぬかかったことがなんか私にとって意外だったな」
「え?」
「いや、だからね。何だろ、ただ、笹原君が私は手を抜くかと思っていたから、それだから手をぬかかかったことにびっくりしたの」
「そうだな、玉が少なくっているときにあれだけ美春が脅していたのに、結局手を抜かなかったことは俺も意外だったな」
そうフレイジャーと真部は意外そうな感慨をした。しかし、そう言われても。
「まあ、公正な勝負をするのは当然だからね。だから、僕は手を抜かなかったわけだよ」
僕がそう言うと二人とも納得したように肯いた。
「ふ〜ん。あなたがそういうことをいうなんてね。………………。じゃあ、第2回戦行こうか?」
「やる!」
フレイジャーが次の試合をしようというと、真っ先に寺島さんが手をあげた。
「やるやる!私、一番にやる!今度こそ………。今度こそ、笹原君には負けないんだからね!わかった!笹原君!」
そう、犬の東吠えを言うような口調で寺島さんは言った。僕はその言葉に寺島さんの関係のさざ波が走ったことに戸惑った状態のままでいることしかできなかった。
「さて!結果発表と行こうかな」
そう言って真部は立ち上がった。
「寺島さん、たかが、ゲームじゃない。そんなにいじけることはないよ」
寺島さんは部屋の片隅でのの字を書いていた。こちらの慰めにも無反応だった。
「さて、一位から行こう。一位は私とキャサリンの同率首位だな」
「………………」
キャサリンは無反応だった。まあ、こんな物で喜ぶのもねえ。
「それで2位は笹原だ。笹原2位になった感想を」
「ええ、勝負は時の運であり〜、これまでの訓練と時の運が勝負を決めるでしょう」
ぼくは適当なことを言った。
「なるほど!豪将笹原監督の言葉でした」
真部ははレポーター風に言った後、ジャッカルの狩りのようにフェイクを捨てて本命を狙うがごとく、ターゲットに狙いを定めた。
「さて、次は。最下位寺島選手です!寺島さん、最下位になった感想を一言」
そう言って真部は寺島さんにエアマイクを向ける。寺島さんは寺島さんで真部の話猛然と抗議をし始めた。
「ち、違うよ!最下位じゃないよ!3位だよ!三位!三位と言ったら銅メダルじゃない!表彰台に乗れるよ!」
そういう話に真部達は笑いつつこう言った。
「でも3位でもすべての出場選手の中で最下位であることは間違いないぞ。それは否定できないだろう」
そう真部は冷静に言った。真部はすごいな、と改めて思うことがある。寺島さんのこのへりくつに普通の人はとにかくあざ笑うか、説教をするかのどれかなのに、論理的にこう言ったことを話をするからな。
寺島さんは真部の言葉にしょぼーんと落ち込んでいた。
「さて、最下位になった寺島さんは何か罰ゲームをしてもらいましょう!」
「ええ!」
「ああ、それはいいわね」
寺島さんの悲鳴とフレイジャーの賛同する声が聞こえた。
「大丈夫?寺島さん?」
寺島さんは崖っぷちに追い詰められた鹿のように顔面を蒼白にしていたが、僕に手を振ってこう言った来た。
「だ、大丈夫、大丈夫。私、こういうの得意だから、心配しないで。それじゃあ、寺島美春行きます!一番!成宮清隆のまね!」
それで寺島さんは顔を覆って気合いを注入したあと、顔をどこかひょうきんな、岸部一徳みたいな顔をした。ただし、全然にてないけど、そこがどこかおかしいし、次に言う台詞もおかしかった。
「ええ、またおまえはこんな事件に首をつっこむの?少しぐらいはいらないことに首をつっこまなくてもいいと思うけどね」
何だろ、全然にてないけどそこがどこかおかしい。みんなもこれにクスクス笑っていた。
「ブラボー!よかったよ、美春!いやー、久しぶりに見たけど、また腕を上げたな、それ!」
「いやー、そうかなー?」
「そうよ、美春、おもしろかったわ」
「いやー、ありがとうみんな」
そうして、なんだかぼくがこれまで遭遇した場の盛り上げとは何か違った。どうしてこう違うのか当時はよくわからないまま、こうやって時が過ぎていったのだが、今ならどうして違っていたのかよくわかる。それは人との信頼関係だろう。
普通は信頼関係がないからとにかく場を盛り上げるために必要以上に笑ったり盛り上げるのだが、でも、美春と真部とキャサリンの間には信頼関係があるから、適度な盛り上がりですぐ次の場に移せるのだ。
ということは、やはり人にとって一番大切なのは人との信頼関係ではないだろうかと思う。
ぼくの考えだと人の生活にとって重要な物の一つにイデオロギーだと思うのだが、それだけど、どこか先ほどの場の盛り上げのようにそれだけを至上として暴走することがあるから、どこか、それを中和するような物が必要となってくる。いや、どう言えばいいのか、それの必要な論理を保存したまま毒性を和らぐそんなことが必要なのだ。
その緩和させるものの一つが人間との信頼関係ではなかろうか、と思うのだ。
ともかく、このあと真部のお母さんがカレーを持ってきて、それを食べた。
人の家で食べるカレーはいつも食べているカレーよりもどこか風味が違うように思えた。
カレーを食べたあと真部は僕たちに解散と言って帰らせた。帰らせたと言っても真部はフレイジャーを送りに行くのだが、しかし、ぼくにとって人のうちにこんなに長くいる経験は今までなかった。真部の家から出ようとして階段を下りるとき、キンモクセイのような古くて人の生活がする臭いをぼくは忘れないだろう。ぼくはそう思った。




