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アタタカイヤミ 33

  これはきついな。

 8月三日。僕たちは真部の家にいた。前もって言っていたオーウェルの『1984』をみんなで買って、それをみんなで読んでいるのだが、これはかなりきつい。

 一応20世紀の作家だからドストエフスキーに比べればまだ、ましになっているけど、何だろうこれは。

 ビッグブラザーの独裁体制に疑問を投げかける男が主人公で、独裁政権だから、体制に疑問を覚えるだけで死刑になる体制な訳だ。

 それなんだけど、何だろうこれは、かなり凡庸と言うより、この作品が革新(かくしん)的なのか、ほとんど似たような話を見たようなそんな作品だ。

 もちろん、その作品は『1984年』のぱくりなんだろうが、そのせいでひどくこの作品が凡庸な作品に覚えてならない。

 ビッグブラザーに捕まったときに愛の大切さを強調しつつも、最後には反転する様も本当にどこかで見たことのある設定だ。

 ただ、この作品で一つ見るべき物があるとすれば言葉だ。独裁政権の言葉の軽視を扱っているのが興味深い。

 彼は実際に独裁政権を見たことがあるので説得力があるが、全体主義になったら言葉の軽視か、もしくはなる可能性があるときに言葉の軽視かが進むとすると今の日本の状況もまずいのではないだろうか?


 小泉純一郎のときは小泉劇場と呼ばれる、ただの政治をエンターテイメントの具に落とすほどのおもしろおかしく、単純で幼稚な言葉を使っていた。東北大震災のときも、もっとほかに言葉があるだろうに、と思うほどのがんばろうニッポン、がんばろう東北のラベリングみたいな言葉を使っていた。いや、実際にラベリングをしているだろう。


 東北の被災者にはもっと多様な考えを持っている人がいるはずだし、みんながみんながんばろうなどと思っているわけではないだろう。それを何だ、肉親が死んで悲しみに染まった人か、住む家や仕事がなくて困窮している人か、東電の管理責任に怒っている姿しか見せない。あと、現在の政治に対して虚無感を抱いてる人か。


 しかも、マスメディアはそれをさらっと伝えているのが一番いけないと思う。一時間ぐらい番組を作って一人の被災者を丹念(たんねん)に取材するだけでだいぶ、東北以外の日本人の意識が変わるのではないだろうか、と思う。

 一つのニュース番組で5分か10分ぐらいしか伝えず、コメンテーターもちょっとしたコメントしか残さないから全く被災者のことを丁寧に扱っていないと言うことを感じる。

 それに僕自身、ニッポンという言葉が好きじゃない。何か今までの1500ねんぐらいの歴史を感じさせない言葉だから好きじゃないしな。

 それはともかく、僕たちが読み終えるともう、時刻が6時になっていた。

「よし!もう、6時になったとこだし、ここいらで解散するか?」

 真部が足を変えながらそう言った。昨日から読んでいたとはいえ、さすがに一気読みで体の所どころに怠さが感じられる。

 だが、真部の台詞(せりふ)に手をあげる物が一人。

「はい、美春」

 真部が指さすと、寺島さんはすっと立って言った。

「あのですね、6時になったからと言ってはい、帰るというのはあんまりだとは思いませんか?それはあまりにも、いえ、官僚的です!ここは若者らしく、もっと開放的に若者の春を謳歌(おうか)しようではありませんか!脱官僚です!私はそう思います」

 そう言って寺島さんは座っていった。その姿勢は年金記録問題に対する静けさのある怒りを発露させる告発者の様相を示していた。しかし、何でこんな風に言ったんだ?

「どうしたんですか、寺島さん?何かいやなことがあったんですか?」

 そう言うと寺島さんはおどけた表情でこう言ってきた。

「いやだな〜、笹原君、あれしゃれよ、しゃれ。適当に茶化してみただけだよ〜」

「そうなんですか、いや、安心しました。てっきり、寺島さんが何か悪いものを食べたんじゃないかと思って、結構(けっこう)びびりましたよ」

 そう、ぽろっと本音を言うと次の瞬間、寺島さんはイタチのように攻撃性がありながらどこか愛嬌(あいきょう)がある怒り方をした。

「もう!なにそれ!笹原君、私を何だと思っているのよ!変なものなんて食べないし!それに食べたらあんなになるって、笹原君が考えている、私って何なのよ!」

「いや〜、まあ、その。ちょっと、明るい女子と思っているのですよ」

「もう〜。なにそれ」

 それで寺島さんはそっぽを向いてしまった。そう、そっぽを向かれたが、でもこの事を案外(あんがい)楽しんでいる自分も発見した。

「しかしだな」

 寺島さんの言葉に真部が異議を唱える。

「しかしだな。今から遊んでいるともう遅くなるわけだし、おまえやキャサリンもいるわけだし、今から帰った方が無難ではないか?」

「それは大丈夫だよ〜。私の家は近いし、リンちゃんは光が送っていけばいいよ」

「いや、しかし」

 それで真部とフレイジャーが目を合わした。

「いいか、キャサリン?」

「ええ、構わないわ。確かに安全に配慮するに越したことはないわよね」

 これで二人の間の合意ができた。

「よし!じゃあ、おまえも笹原に送ってもらえ」

「ええー!何でー!」

「いくら近いと言っても安全に配慮するに越したことはないからな」

「ううー、わかったよ。送ってもらうよ」

 そういうことになった。

「じゃあ、よろしく寺島さん。超近い距離だけど」

「うん、そうだね、よろしくね、笹原君。超近いけどね」

 それで二人してフッと風が吹くように自然と笑いあった。

「よし!話は決まったことだし、みんな家の人に連絡をするように。それじゃあ、俺はなんか遊べる物を探してくるわ」

 そう言って、真部は出て行った。キャサリンと寺島さんは携帯をとりだして、通話をしようとしているし、ぼくもしなければならないけど、携帯、持っていたかなぁ?

 ぼくはカバン中を探してみた。

 ………………。ないな。

 これまで友だちがいなかったので携帯を持ち歩く事なんてなかったから、時々、その存在を忘れる。

 ぼくは真部を追って一階に下りていった。



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