アタタカイヤミ 31
「で、ふざけたことはこれくらいにして、今後のことを話そう」
真部はこれが一段落ついたところでこんなことを言った。
「それで、あれだ。さっきフレイジャーと話したのだが、せっかく夏なのだから、ここで一緒に読書会をしないか、という話になったんだが、どうだろう。この案に異論のある人はいるか?」
……………。だれも口を挟む人はいなかった。それを見てか、真部はさらに言った。
「いないな、じゃあ。次は何を読む?せっかく、夏休みなので古典を読みたいんだが」
「はいはい、はーい」
寺島さんが元気よく手をあげる。
「どうぞ、美春」
真部に指を刺され、元気よく答えた。
「罪と罰!」
「それもう読んだ」
「あ、ぼくも」
「え?ええ?」
僕たちのダブルパンチに寺島さんはきょとんとした。
「あれ読んだから、別の分、読みたいよな〜」
「ああ。そうだな」
「というより、美春。もうそれぐらい読んでおきなさいよね」
フレイジャーも美春を突き放した。
「そんな〜」
美春は自分が孤立無援であることを思い知って意気消沈して、肩をがっくり落とした。
そして、みんなそれを無視して話を進める。
「ねえ、それでどうする?何を読もうかしら?」
「そうだな。前にも言ったけど夏休みだから、古典で分厚いやつを読みたいな。たとえば、『カラマーゾフの兄弟』とか『オリヴァーツイツト』もいいかもしれない。どうだみんな、これは?」
それにみんなは黙った。特に否定はしないが、これといって肯定はしない沈黙だった。
「う〜ん。別に構わないけど、ほかに何かない?」
フレイジャーの言葉にぼくはなにも浮かばなかったが、寺島さんが元気よく手をあげた。
「はいはい、はーい」
「はい、美春」
フレイジャーが寺島さんを指名をすると、寺島さんは元気よく答える。
「『アンナカレーニナ』!」
「と、言ってるけど、どうする?」
「う〜ん」
ぼくと真部は目を合わせた。どうする?とどちらの目もそう書いてあった。
「う〜ん。それはなぁ。だって、あれでしょ、「アンナカレーニナ」ってあの分厚い文庫本4冊に女性が母として生きるか、女として生きるかのを、延々書いてあるんでしょ。それ読むのこたえるよ」
「ええー!だからいいじゃん。それ読みたいよ」
寺島さんは口をすぼませていった。
「美春。一応、みんなで読む物だから、それをしたければ男達にもわかる説得をしなければダメよ」
フレイジャーが寺島さんをたしなめる。寺島さんは何とか飲み込めたみたいで僕たちにこう言った。
「わかった。じゃあ、言うけれど『アンナカレーニナ』読んだ方がいいよ。結婚生活の想像力が働くよ。自分の妻が不倫していたときどうするか?というね。だから、読まない?」
寺島さんはそう言った。でも、それでぼくも何を言うべきかだいたいわかった。
「100年前のロシアと今の日本を比べても、どうかと思う。それよりも『1984』を読まないか?その方がいいよ。全体主義について書かれているから、教養の習得にもなるから、それを読まないか?」
「ああ、なるほど」
寺島さんもそれに相づちを打ってくれた。
「ふむ、それはいいな。俺は賛成だ」
「ええ、それもいいわね」
フレイジャーと真部が賛成をしてくれた。
「え?何で?リンちゃんぐらい賛成してよ!」
寺島さんにだだにキャサリンはこう言った。
「別に美春の案に反対なわけではないわ。でもね、笹原の案もいいなと思っただけ。というより、最近恋愛の物ばかり読んできたから、そういう教養物も読んでみたいわ。というか、それ読みましょう。はい私『1984』に一票を入れます」
「ええ〜!なにそれ!」
それにたまらず寺島さんが悲鳴を上げた。
「ちょっと!それはないよリンちゃん!『アンナ』読もうよ!『1984』よりもそっちのほうが興味あるでしょ?」
そう言って寺島さんはつぶらな瞳でフレイジャーを見たが、フレイジャーはそれを一蹴する冷たい瞳でばっさり切り捨てた。
「でも、こういう恋愛物よりもいいかげん教養関連も読まなきゃいけないからね。美春も恋愛物ばかりじゃなくて教養のほうも読まなきゃダメよ?」
そう、フレイジャーは言った。それが寺島さんにとって明らかに不満げだった。
「ええ〜!そんなぁ〜」
美春はまだ、名残惜しそうにフレイジャーを見るが、フレイジャーはそれを完全に無視した。
「はぁ〜。わかりました。じゃあ『1984』でいいです。」
「よし、決まりだ。じぁあ、各自買ってきてそれを読み合おう」
「真部。『1984』ってどのくらいの値段だっけ」
「それは千円ぐらいだろう。早川epi文庫で予約するかそれぐらいになると思う」
「わかった」
僕は肯いた。光も肯き、手を叩いてこう言った。
「よし、夏休みは『1984』の読書会で決まりだ!」
『おおー!』
そのあと真部はこう続けた。
「ところで、ずっと勉強ばかりも何なんだと思うから、一回市民プールに行かないか?いつもここばかりにいてもひからびてしまうだろう。どうだ、いかないか?」
そう真部が言ったら、フレイジャーと寺島さんは目を見合わせた。多分、突然こう言われて驚いているのだろう。まあ、僕はいいけど。
「僕は構わないよ。プールに行っても、確かに最近熱いしね」
そう、僕がいったら、やはりフレイジャーと寺島さんは目を見合わせた。
「どうする?美春?」
「え?どうするって言われても…………」
どうやら寺島さんがこの事で踏ん切りがつかないようだった。そんな寺島さんにフレイジャーはこう言った。
「私は行きたいけどな。でも、あなたが行かないのであれば、別に行こうとは思わないし。どうする、美春?」
「え?あ、うん……………」
寺島さんはコガネムシの幼虫の沈黙をしたあとにこくりと肯いた。
「うん、いいよ」
フレイジャーは寺島さんを列車の車窓の目で見つめて、僕達に向き直ってこう言った。
「美春がいいのなら、私は行くわ。それでいいわよね、美春?もう行かないというのは無しだからね、やめるなら今のうちよ?」
それに寺島さんは慌てて、肯く。
「行きます、行きます!私も最近熱いと思っていたし、新着の水着も着たいから。…………でも、行くのは市民プールだよ、光。普通のスパには行かないから!」
それに真部は鷹揚に肯いた。
「ああ、わかった。市民プールに行くし、本が入荷したらすぐに知らせる。ここら辺でいいな?では解散!」
それで解散となり、みんなが思い思いに立って背筋を伸ばしていた。それで帰り支度をして漫然と真部の家を出たのだ。




