アタタカイヤミ 28
朝、起きたらまず、頭に変調を感じた。
なんだろ。
とにかく、頭に鉛が押し込められたみたいに何かからだが動かない。体を動かしてみる。しかし、何か変だ。体全体が鉄の鎧でも着たみたいにすごく重い、だるい。それが今の自分の姿だった。
「ああ、体がだるい」
ぼくはそうして、階段を下りて居間に向かった。
「おはよう、笹原君」
「おはよう」
「おはようございます、おじさん、おばさん」
ぼくは朝食のトーストにチーズをのせて焼いて、コーヒーを入れて食べることにした。しかし、やはり体がだるい。
「一樹君。勉強のほうはうまくやれているかい?」
「はい、友だちと勉強会をして、それがうまくいっています」
「そうか、そうか」
おじさんは優しく頷いた。
おじさんのことはいいのだが、しかし、本当に体がだるい。今日はまた勉強会があるのに、体調をコントロールしなければ。
窓を見ると空も曇天だった。重く、暗い濁り(にごり)の中の空気でぼくはあがく。何とか体調が戻れるように、何とか体を動かせるように、ひたすら濁りの海で体を動かしていた。
朝食を片付け、着替えをしようとするが、あまりにも体が動かないそれでも何とか動かそうとした。居間の上の蛍光灯がちかちかと電気が切れかかっている状態になっていた。。
灰色の空気の中をぼくは自転車でこいでいた。今日はもう日は昇らないだろう。ぼくはそう思い自転車をこぐ、灰色に染まった自分の体を使って。灰色ははっきりしない世界だ。灰色になるということは自分がはっきりしない。起きているのに体が寝ているかのように動かない。灰色はそんな矛盾を抱えた物の場所だ。
ぼくはそんな世界で泳いでいた。見えない川で。
「おはよう、笹原君」
「ああ、おはようございます」
真部の家に行こうとすると寺島家から寺島さんが徒歩で出てきたところに偶然鉢合わせして挨拶をした。ぼくは自転車を止め、降り、自転車をこぎながら寺島さんと会話をした。
「今日は残念な天気だね。笹原君」
「はい。そうですね。降らなきゃいいけど」
「たぶん、それは大丈夫だと思うよ。今日の降水確率は低いから」
そう言って、寺島さんは笑った。
「今日も勉強か。なんだかいやになるな」
「なに?笹原君、勉強がいやになったの?」
寺島さんがおどけた調子で言ってくる。
「ああ、そうだよ。だって勉強いやでしょ?」
そう軽い感じでぼくは言った。寺島さんはそれにイエスともノーとも言わなかった。
「う〜ん。確かにおもしろくないけど、でもできないと言うことはないでしょ?」
「いや~。かなりできない」
そう言ってぼくは笑ったら、それに続いて寺島さんも笑った。
「そうか、できないか~。わかる、わかる。私も中学は勉強なんてからっきしダメだったからね」
そう言って、ふんふんと頷いていた。
「そういえば、真部が言った事って事実だったの?」
ふとした疑問からそう言った。それに寺島さんは恥ずかしそうに答えた。
「ま、まあね。あれは事実なの。私、中学のとき勉強がダメでね。それで勉強が嫌いになったの。そうしたらいつだったかすごい悪いテストの結果をもらってね。それで親が光に勉強を教えてくれって頼んできて、それで光に勉強を教わることになったの。まあ、最初はいやだった、いやだったよ。でも、光が言うようなあそこまでひどい状態じゃあないんだからね!わかった!笹原君!」
寺島さんは親が自分のために残しておいたケーキを妹に食われそうになるのを必死で追い払うような、鬼の形相でこちらに迫ってきた。そういうことなのでぼくは思わず、首を縦に振った。
「そう。よかった。笹原君がわかってくれて、私うれしいよ」
僕が必至に首を縦に振ったら、寺島さんはさっきの鬼の形相から一転して、天使の微笑みで言った。だけど、さっきはマジで怖かった。
そんなことをしているうちに真部の家に来た。それで自転車を止めるために裏庭にくるとフレイジャーがもういた。
「おはよう、フレイジャー」
「おはよう、リンちゃん」
「おはよう」
フレイジャーもいつも通りに氷のような透き通った空気をまとっていた。
「今日はよろしくね、リンちゃん」
「ええ、よろしく」
これもいつも通り、ぼくの方には向かずに寺島さんのほうだけを見て話した。
そうこうしてるうちに真部家のドアが開いた。真部家のドアはガラスが張っているスライド式の古風なドアなのだが、それが開いて真部が出てきた。
「おはよう、みんな」
『おはよう』
みんなで挨拶をしてから真部はこう言った。
「さ、みんな、上がってくれ。さっさと勉強を終わらせて遊ぶことにしよう」
「おーす!」
やっぱりこれに反応したのが寺島さんだったということは言うまでもない。それでみんな真部の家に入っていた。




