アタタカイヤミ 27
夕刻のとき、僕らは真部家の裏庭で自転車を動かしていた。
「みんな、お疲れさん」
『お疲れ様』
真部がみんなに声をかける。みんなもそれに返事をした。
「いや~、今日はみんな、楽しかったよ。ありがとね」
自転車を出しながら、寺島さんが言った。
「いや、こちらこそ、楽しかったよ、寺島さん」
「ええ、そうね。楽しくなかったらこんな所には来ないわ」
「いや、ありがとう」
そう言って、寺島さんはフレイジャーさんと何か話しをしていた。
真部の家の地帯は何軒もの家が連なっていて、出ると道路が南北に向かって一本の線を引いている。僕は北側に行くけどみんなはどちらに行くのだろう?
真部はぼくに近づいてきた。
「笹原、今日はありがとう。一緒にいてくれて助かったよ」
「そうですか?」
「ああ、一緒に来てくれて助かった」
真部は優しい声で言ってきた。表情はあまり変わっていなかったけど、そう言ってきた。
「まあ、いつもは女子二人としているんだ。別にあの二人にはそこまで不満を覚えないけど、けれど男子がいてくれて助かったよ」
そう言って真部は微笑んだ。
ぼくはなんといったらいいのかよくわからなかった。けれど、これだけ入っておきたかった。
「いいえ、こっちが助かったよ。今まで友だちなんていなかったからこんな誘いに参加できてほんと助かった。ありがとう」
そう言って、ぼくは頭を下げた。この事は本当だ。今まで友だちなんていなかったらこんな誘いに参加できて本当に助かったのだ。
「いや、そんなかしこまらなくてもいいよ。そんなたいしたことはやっていないから」
ぼくは頭を上げた。真部は困ったような顔をしてこんなことを言った。
「まあ、何だ。とにかく気をつけて帰るんだぞ」
「わかりました。また、明日」
そうしてぼくは手を振って、自転車に乗った。真部も手を振っていた。
「ああ、また明日」
その声を聞きながらぼくは自転車に乗って帰った。今日はいいことがあった。こんなにいいことがあるなんて、今日は本当によかった。
そう思って、帰って行くと後ろから声が聞こえた。止まってみるとなんと、寺島さんがこちらにやってきたのが見えた。
「ああ、やっと止まってくれたよかった〜」
そう言いながら寺島さんはぼくの所にきた。
「お疲れ様、笹原君」
「あなたこそ、お疲れ様です。それより、寺島さんはどうしてこちらに?あっち側に行くんじゃなかったの?」
そう言ってぼくは道路の向こう側を指さしたけど、寺島さんは首を振ってこう答えた。
「ううん。あっち側に私の家はないよ、あれはただ、リンちゃんと話してただけだから、私の家はここよ」
そう言って、寺島さんはこの真部の横にある一つの現代風の一軒家を指さした。
「え?本当?」
寺島さんはこくこくと頷いた。
確かに表札に『寺島』と書いてある。
「ええ~!真部と家が近いじゃん!」
「うん、そうなの」
思わず、本気で驚いてしまった。だって、ねえ、近いし。寺島さんはぼくの言葉ににこにこしていた。
「うれしいな」
「?」
いったい、何がうれしいんだろ。ぼくの疑問にまるで答えるがごとく、寺島さんはその理由を言う。
「笹原君がそういう本気の表情をしてくれて。なんかさ、笹原君て、ちょっとおとなしいからよくわからなかったけど、そういう表情をしてくれてよかったよ」
「え?ぼくってダメだったの?」
「ううん、そう言うんじゃないけど、せっかく友だちになったのに遠慮しちゃあ、友だちとして寂しいよ、という話なだけ。笹原君がそんな表情をしてくれて私はうれしいよ」
そう言って、寺島さんは微笑んだ。ぼくはなんだか不思議な気分だった。自分としては普通にやっていただけなのに、遠慮していると思われるなんて。でも、いわれてみるとやはり、それは事実だった。確かにぼくは遠慮していた。今のぼくも一握りの友だちは遠慮をしていないけど、やはり人に対して遠慮をしているし、友だちもそんなに多くない。
遠慮と美春はいったけれど、本当にそうなのだ。ぼくは人に遠慮をしてしまう。というより、話す、タイミングがよくわからないのだ。だから、よく人にどういうときに本音を言えばよくわからない。だけど、美春達には遠慮なく話せれていると思う。
それで寺島さんはつづけてこんなことを言った。
「笹原君。笹原君はね、そんな顔をしておいた方がいいよ。そっちのほうが魅力的だし、何よりさっきの表情の方が自分にとってもいいでしょ?」
そう言って寺島さんはにっこり笑ってから、またおどけた顔を出した。
「な〜んてね、他人の私が笹原君の心中なんてわかるわけないよね。ごめんね、笹原君。でも、さっきの笹原君のほうがいつもよりも何倍も魅力的だったから、それは間違いないからね」
そう言って寺島さんは笑った。ぼくはなぜかはっとした思いだった。なんといえばいいのか、寺島さんに言われてうれしかったよりも、何か気づいたような気持ちだったのだ。自分の行動が人に影響を与えれるということに気づいたのだ。
「いや、ありがとう、寺島さん。何か心が晴れたような気がしたよ」
「そう?」
寺島さんはまた笑った。それは晴天のような晴れやかな顔だった。別に好きというわけではないけど、でも一人の友人として、友だちがこのような笑顔をしたら悪い気はしない。
「じゃあ私はこれで。また明日ね、笹原君」
「はい、また明日。寺島さん」
それで僕たちは別れた。夕焼けの赤に街を朱色に塗り染めていた。




