アタタカイヤミ 2
中庭に着くと先客がいた。僕ぐらい身長がある美少女。確かフレイジャーといういう名前の人。その人がご飯を食べていた。丁寧に箸を使って礼儀正しく食べていた。フレイジャーはどう見てもアングロサクソン系の人で、その人が箸を使って礼儀正しく食べている様子には、何かギャップがあった。
それはともかく、中庭のベンチはここしかないから、確認をとってここで食べることにした。
「君」
フレイジャーさんが箸を止め、こちらを見上げる。
「あのさ、僕は中庭で食べたいんだけど、よかったら君の隣に座っていいかな?」
「どうぞ」
それでフレイジャーさんは横にずれてくれた。
「どうも、ありがとう」
「いいえ」
それで僕はベンチに座った。僕の心臓はなりっぱなしだった。人にこんな風にお願いするのが、僕のこれまでの人生になかったから、ほんとどきどきした。
それで心臓は高鳴っていたけど、僕は平静を装うってパンを食べた。パンを食べながら、ちらりとフレイジャーさんをみると本当に美人だった。透き通るような色の白さ整った鼻梁と日の光を受けて輝き出す金髪が彼女の美しさを際立てていた。当時も今も僕は美人に弱かった。美人と対峙するときに現れる、あの何ともいえない気恥ずかしさがいつも表れるのだ。しかも、この当時は何というか今よりも、青いというか、純情みたいなものだったので美人に遭遇するとほんと心臓が高鳴って仕方なかった。
たとえば寺島さんだとかはちょっとそばにいるだけですごく気恥ずかしくてしょうがないのだ。それくらい僕は美人に弱かった。
そうこうしてる間にフレイジャーさんはベンチから立って、教室に戻っていった。
僕はフレイジャーさんにどぎまぎして全然食べていなかったので、慌ててパンを食べた。
教室に戻るとクラスメートのおしゃべりの渦がまだあった。渦は一つの波が発生して、それが同時多発的に発生し、ぶつかり飲み込まれ、波以外の人を混乱させる渦を作っているのだ。それは先生が授業をしない限り止められないだろう。
僕はこの渦を無視して席に座ろうとした。席の近くに立ったとき、ある声が聞こえた。
「ええー!それはないよう!香奈ちゃん!」
その明るい声に僕は足を止めざるを得なかった。
寺島さん。
僕の好きな人。いつもその明るい笑顔に心が洗われる。寺島さんと話したときと言えば、あの夏の出来事ぐらいなもので、それ以外には何も話したことはなかった。
でも、僕はそれで十分だった。彼女の笑顔をみるだけで、…………いや、違う。本当は彼女と話したい気持ちがすごく高まってるけど、彼女に話しかけると考えただけで気恥ずかしくてしょうがないのだ。僕の心はそうやってすごくぶれていたのだ。
寺島さんはまだ笑っている。僕はそれをみながらひっそりと席に着いた。
夜。僕は家に帰って、宿題をして、それが一段落したところで僕の唯一の趣味、本を読むことにした。
読む本は昔はライトノベルだったけど、今は重松清だ。彼が書く登場人物はかっこよくないけど、素直に共感できる設定と、人としての倫理を問うストーリーに当時は圧倒されてしまったのだ。ほかにも夏目漱石の『心』とか、ドストエフスキーの『罪と罰』を読んだがいまいちおもしろくなかった。
今は重松など読まないが、名だたる古典文学をおもしろいと感じたことは今もない。
ともかく当時は本当に重松が好きだったのだ。『ナイフ』を読んでいつもその話に圧倒されたのだ。それで僕はいじめをもし受けてしまったらどうしよう。どういう選択をするのだろう。どうすればいいのだろうと、寝る前にそういうことが自然に浮かぶほど重松の世界に入り込んでいったのだ。