アタタカイヤミ 19
どうしてこうなってしまったのだろう?
波田さんのいじめを目撃した日の翌日。僕はそう考えながらコンビニで昼食を買った。しかし、頭にうかんだことは昨日のことだ。もう、ハッキリといじめは深刻化している。重松清の世界が今自分の現実に起きていることに僕はハッキリと認識せざるをえなかった。そして、これからどうすればいい?
そうなのだ、これからどうするか、それが問題なのだ。重松の世界の主人公たちは何をしていたか?そして、僕には何ができるか?
僕はそういうことをぐるぐる考えながら中庭に来た。今日は教室に入るつもりはない。ここで食べるのだ。
そのとき、僕は中庭のベンチを見ると先客がいた。
「あれは…………」
その人は氷のように表情を変えず、ただ黙然と弁当を食べていた。
そして、僕は一つの決意を浮かべて彼女に向かって足を進めた。あることを話すために。
「フレイジャー!」
フレイジャーに声をかける。フレイジャーは振り向いた。
「ああ、あなた。どうしたの?」
フレイジャーの氷の視線を受けてたじろぐ。氷は人を拒絶しない、ただ、水が凍ったら氷になるのだ。フレイジャーはただ凍っている。それは人に安易に足を踏みいらせないが、かといって攻撃はしてこない。むしろ人によっては涼しげでいいという人もいるかもしれない。
ただ、敵意はなくてもあくまでも氷、人と融解することはない。フレイジャーといていつも思うことはこの人はあくまでも、あなたと私しかないのだ。私たちはないのだ、ということを痛感させられる。
「何か用?一樹」
「いや、用はないんだが一緒に食べてもいいか?」
フレイジャーはうつむいて少し考えたが、すぐに頭を上げていった。
「いやよ」
「な、何でだよ!」
ここ何日かでフレイジャーと一緒に話したことで少しは距離が縮まったと思っていたのに、いったいこの人は何を言うのだ。
「そりゃあ、簡単よ。私はあなたが好きではないからいやなの」
フレイジャーは淡々と言った。ぼくはフレイジャーに好きではないといわれた瞬間すごく頭が真っ白になった。別に敵意は感じられないのに、自分が揺らされているように感じたのだ。
しかし、今はどうしてもフレイジャーに話し交ったので何とかこらえて、こう言った。
「どうしても話したいことがあるんだ。単刀直入に言うと波田さんのことで。いや、波田さんについて」
「………………………」
フレイジャーは少し黙ってそして言った。
「波田さんの事なんて知らないわ」
「フレイジャー!」
「でも」
フレイジャーはぼくの呼びかけを遮るように言う。
「でも、私の隣に他人が座ってもかまわないわ。そして、その他人が『独り言』を言っても私は何も止めるつもりはない。私からの回答はそれだけよ、笹原」
それだけいうと、フレイジャーはまた弁当を食べることに集中した。ぼくも慌てて座って『独り言』をいう。
(なんだかんだで、フレイジャーのやつに話を聞いてもらったな。こいつって案外いいやつ?)
そう僕は思いつつ、しかし、急いで話した。
「波田さん、苦しそうだね。それは普通に考えればだれもがわかっているはずだ。だけど、それがわからない人もいる。つまり、村田たちや金田君だ。彼らが何を考えているのかぼくはいまいちわかっていない。まあ、だれだって人の変なところや、失敗を笑うことはある。だけど、あそこまで人をいじめるという感覚がぼくにはわからない」
フレイジャーは我関せず(われかんせず)という風に黙々とご飯を食べていた。ぼくもその態度にはやはり黙って聞いてくれているのか?と思いつつ話を続ける。
「なぜ、彼らはわからないのだろう?あれだけ、波田さんが悲惨な姿を見ればわかるはずなのに、そこがぼくにはわからない」
「…………………………」
「彼らがわかってくれればいじめはなくなる。でも、実際には進んでいる。どうすればいいのか。誰が彼らに人としての優しさを教えることができるのだろう?」
「………………………」
「彼らが容赦のないいじめが例え楽しい物であっても、そんなことを容認すれば自分たちがいじめられるという危険性になぜ、気づかないのか?それがわかれば、彼らがいじめるということはないはずなのに」
ぼくは一気にまくし立てながら話した。それだけ、強い違和感を覚えながらすごしていた気持ちを、ここで一気に話したのだ。
フレイジャーは黙々と食べていたが、もう食べ終わり弁当を片付けていた。
そして、何か意見を言ってくれるのかと思ったら、そんな気配はみじんも見せずに黙々と弁当を片付けて、立ち上がった。
何か、本当に『独り言』をいっていただけか。と思い僕は脱力したら、そのとき、一輪の菊が凛と立ったようなそんな姿勢の良さを感じさせる立ち方をしてキャサリンがこちらに向いていった。
「あなた、一ついっておくけど、そんなに人は簡単な物じゃないわ。人を数式と同じようにできると思ったら、大間違いよ」
フレイジャーさんはそう言って立ち上がり、昼の光に溶け込んでいった。
ぼくはフレイジャーさんの言葉がわかったが、わからなかった。フレイジャーが言った言葉の意味はわかったが、それがどういう風にぼくを批判しているのかがわからなかった。
人は機械ではないことは当たり前だったけど、人は痛がることは万人同じようにいやなはずだ。ならばみんないじめはいやだ、でいいじゃないか。フレイジャーが何を言いたいのかがぼくにはいまいちわからなかった。
6月の湿りがあたりを漂う。明日から雨だったな、これからカビがもっと増えそうだ。ぼくは不吉な予感を持ったままコンビニのパンを食べた。
波田さんのいじめはやはりまだ続いていた。教室で波田さんに対してくさい、くさいといっていたり、彼女の下駄箱を焼却炉に入れてたりするのだ。そして、その日、波田さんはソックスで学園をうろついた。
教師はそんな波田さんをみて注意をした。しかし、波田さんは家に忘れたといって、それで終わった。普通に考えて下駄箱を家に持ち帰るわけがないのだが、この教師はそれを納得してしまった。普通に考えたら納得できるわけがないのだが……………。心なしか、波田さんの体型もやせているように見えた。
それでいじめは続いていく、雨も降り続く。




