アタタカイヤミ 11
始業式が始まってから、三日目。だいたいクラスのみんなも自分たちの一がどんなものか、と言うのがわかっていた頃。その日にクラス委員を決めることとなった。それでクラス委員の立候補と推薦を募ることになったのだ。
「は〜い。注目!それではクラス委員の立候補また、推薦を行いたいと思います!」
三枝先生が言う。それに生徒も何となく流されるように聞いていた。そして、やはりというか、だれも手をあげる人はいなかった。
「誰か、してくれる人はいませんか?だれでもいいですよ?」
場がしーんとしていた。空気のないタイヤのように弛緩した空気が場を漂っていた。だれもこれをするやる気などないのだ。
「え〜、いませんか〜?………じゃあ、先生が決めたいと思いますがそれでいいですか?」
それでみんながいいだろうと思っていたとき、一つの手が上がった。
「はい、フレイジャーさん」
手をあげたのはフレイジャーだった。フレイジャーは氷山がすっとそびえるような礼儀正しい仕方で立って、こう言った。
「私はクラス委員になりたくありません」
場が止まる。何かが止まった、それは言ってはいけないことだった。それはだれもが願っていたが、実際に言ってはいけないことなのだ。それを実際に言ったから皆が驚愕したのだ。
そんなクラスの動揺を感じていたのだろうが、先生は動揺を顔に出さず、こう言った。
「え、でもフレイジャーさん。だれだってやりたくないことよ。やりたくないからやらないと言っていたら、だれもやろうとしなくなるわ」
「でも、これは自発的なことのはずです。これをやることは義務ではないのだから、どうしてもやりたくないというのなら、やりたくなくてもかまわないのではないですか?もし、仮にそれでだれもやりたくないというのなら、また後日、考えた方がいいではないですか」
そういったら、またクラスの人たちがしーんとした。ぼくもこのことをじっと見つめていた。心臓がばくばくなっていたが、なぜか吸い込まれるように見てしまった。
先生は少し考えてこう言った。
「実はね、フレイジャーさん。私がクラス委員を決めるときに成績のよい生徒にしてもらおうと思ったの。それであなたあと鈴木君にしてもらおうと思ったの。何かと勉強できる人の方がクラスもよくまとめられるし、何かと助かると思いますから。ねぇ、これはどうかしら?」
先生はこう言ったが、フレイジャーの返事は素っ気ないものだった。
「いえ、結構です」
しかし、なお先生は粘る。
「でも、私はあなたの方がいいわ。その方がよく、クラスをまとめられると思うし、そうしたら先生もうれしいわ」
三枝先生は微笑みながら言った。しかし、クラスのみんなは気づいていた。これは意地になっていると、ここで折れると示しがつかなくなるから意地でもフレイジャーにやらそうとしていると、その証拠にこれを撤回しよう、譲歩しようとする気配が見えなかったのだ。
ここまでクラスの人が考えたわけではないが、だいたいそう思っていた。しかし、フレイジャーは全くひるまなかった。
フレイジャーは先生の目を見て毅然とした態度でこう言った。
「いえ、もしこれが拒否できるのであれば、私はそれを行使したいと思います。先生がうれしくても私はうれしいわけではないですから」
三枝先生が貼り付けた笑顔のままで、ことの条理がわからない子供にわかるように、そんな口調で言った。
「でも、フレイジャーさん。フレイジャーさんはよくないことだとしてもクラスのみんなのためになることよ。みんなのためにここは推薦を受けた方が、クラス全体として気持ちよいことができるのではないかしら?」
三枝先生の笑顔がダンプカーのようにフレイジャーを押しつぶそうとしている。しかし、フレイジャーはそれをすべてはねつけるパワーを持っていた。冷たい氷山のように、冷静に先生の意見に抗議した。
「もし、これが強制ではない限り、私は断固反対します。それにクラス全体にとってよいことと言いましたが、これはクラスの人による自発的な参加なはずです。ほかによって強制される自発的な行動というものを私は知りません。また、もしあったとしてもそれはかなり歪んだものです」
フレイジャーと先生の目がぶつかり合う。だが、やがて、目をそらしたのは先生だった。
「わかったわ。じゃあ、フレイジャーさんはもうしなくていいわ」
それで先生は次に成績のよい人に委員を推薦して、その人も了承したのでこのことは終了した。
フレイジャーと先生が起きたこの事件でクラスの雰囲気が何か変わった。
当時はよくわからなかったが、あの時、確かに何かノイズのような思いが音のように波及しながらざわめきを作っていたのだ。
それはクラスのみんなもフレイジャーのことも何かと探りを入れてた時期でもあった。
「ねぇ、フレイジャーさん。あなた外国人なの?」
クラスのトップクラスの美人、村田里子が言う。薄い眉毛と小さな鼻、白い肌の美少女だ。勉強もできて、髪も肩に掛かっていて、それはそれで男子からの評価が高いのだが、惜しむべきはそのほれぼった威唇が少し美しさを損ねているが、それでも十分な美少女だった。
「ねぇ、里子が聞いているのだから答えなさいよ」
こちらは金村智子。村田にいつもくっついている。ショートヘアのちょっと顔にニキビがある女の子だ。
フレイジャーは相変わらず、昼ご飯を食べている。この時はお昼の時間だった。
「ねぇ、答えてよ」
「ええ、そうですよ」
フレイジャーはあくまでご飯に目を向けたまま、こう言った。
「私の民族はアングロサクソン系だと思います。だから、あなたの言うところの『外国人』なのでしょう」
フレイジャーは言い終わるとご飯を口に運んでいた。
村田と金村さんは。外国人。外国人。といっていた。それでまた二人はフレイジャーに質問を投げかけていく。
「じゃあ、フレイジャーさんはいつもローストビーフとか食べているの?」
「それもあるし、日本で作られているものならだいたい食べるわ」
「じゃあ、すき焼きとかも?」
「いいえ、それは食べないわ。私たち鍋物は嫌いだから」
「ふ〜ん」
それでまた村田達がクスクスし始める。フレイジャーはそれを気にせず昼食を食べていた。
「ふふ、そうなんだぁ。ところでフレイジャーさていつ日本に来たの?」
「生まれた場所は日本ですよ」
「へぇ〜。じゃあ、あなたは外国人なのに日本で育ったんだ。それはなんかおかしいね?」
それでクスクス笑いながらフレイジャーに対して聞いてくる。一見、善意のように見える台詞でも、彼女たちの態度からは明らかにおもしろがっているようにしか見えなかった。
そして、これを止めるものはいなかった。クラスのみんなはそれぞれに談笑をしていたが、雪解け間近の氷のような緊迫感をそうと悟らせないようフレイジャーっていることはこの場にいたものならすぐにわかっていた。
そして、ぼくはじっとそば耳を立てていながら、冷や汗をかきながら、内心びくびくしていた。自分の事なのでもう少し語りたいが、ほんとうにこれだけしか語れないほど、自分はこれだけしか(なにも?)やっていないのだ。
「………別に」
フレイジャーが素っ気なく答えると、村田達はやはりにやにやしていた。
「ふ〜ん、そうか〜。フレイジャーさん、何か困ったことがあったら私らに言ってね。私らフレイジャーさんの相談に乗るからさ」
「そうそう、私らいつでも相談を待ってるよ」
とねこなでの声をにやにや笑いながら村田は言った。普通に考えて彼女たちに相談する人はいないと思う。しかし、それを知ってか知らずか、フレイジャーは素っ気なく答えた。
「そう、わかったわ」
「へ〜。わかってくれたんだー!私、マジ感激しちゃったな」
「私も!ねえ、フレイジャーさん大船にのったつもりでどんどん相談していいから」
そう言って二人はクスクス笑いながら、じゃあね、といって去っていった。
フレイジャーは彼女たちに手を振っていた。
授業中、ぼくは何か調子が優れなかった。さっきのことの緊張がまだ授業中にまで及んでいたのだ。気分が悪く、冷や汗が出ているんじゃないかって言うくらいぼくの体温は冷たかった。
かたや、フレイジャーは動揺を少なくとも僕らに全く見せずに平然と授業を受けているように見えた。




