アタタカイヤミ 102
僕たちは教室に入った。朝の教室はしーんとした冬の静寂さに彩られ、とても静謐な白さに埋め尽くされていた。そして、教室に入る前にはだいぶ、村田の様態も回復したので僕たちは肩を組むのはやめにして入った。
教室の空気は冬の冷たい空気の中のさびた鉄柱みたいな空気だった。みんなの考え方が錆びていて、じめじめしていた。何人かの生徒が、ちらりちらりと村田と金村を見た。その瞳を冷たい洞窟のように暗かった。
僕はこれから起こることを予想した。それはよくない想像だったが、自然に思いついたものでもあった。
そして、授業は普段行われる授業の一時間後に行われた。クラスの中に何人かの生徒が見当たらなかった。おそらく、美春のように生徒たちが何人か倒れたのだろう。僕はいろんな考えを思いながらしかし、黙って授業を受けた。
がこ。
休み時間、僕は保健室のドアを開ける。美春の様態を聞くためにここに来たのだ。
あれから、美春のことで気に病んでいた。自分のやったことは正しかったのか?確実に正しいと言えるがそれを起こした結果について、結局自分の近しい人を傷つけたことについて気に悩み、授業中も全く先生の話が頭に入らなかった。
そして、朝の休みに入るとき、たまたま保健室の近くで授業があったので急いでこの保健室に入ったのだ。
そこには保健室のベッドをいっぱいにして人が寝ていた。僕はそこにいた保健室の先生に美春のことを聞く。そうすると先生は。
「ああ、寺島さん。さっき、出て行ったわよ」
そう、素っ気なく答えた。
「さっきですか?」
「ええ、さっき」
「そうですか、失礼しました」
そうして、僕は保健室から出ようとしたが、ふと、反転して保健室の先生にあることを尋ねた。
僕は保健室の中でぐったりとベッドに横たわっている人を漫然と指しながら言う。
「すみません。あの、この人達は全て外の取材が原因なのでしょうか?」
水越先生が振り返って答える。
「だいたい、そうかな。ほとんどの生徒が吐き気とかめまいを訴えているわ。多分、あの取材に根が負けてしまったのね。これがあとまで引きずらなければいいのだけど」
そう、水越先生は生徒を見ながら言った。その瞳にマリンブルーの色が揺らめいていた。
僕もその生徒達を見つめる。みんな、ぐったりしていて血の気がない。まるでたこが陸に上がったように生気がなかった。僕がそれを見つめていると水越先生が手をぱんぱんとはたいていった。
「はい。そろそろ教室に戻りましょうね。もう、授業が始まるから。さ、出て行った、出て行った」
そう、先生は僕に対してそう言った。僕は保健室を出て行く。教室へ目指しながら、僕はあの人達の姿が脳裏に控えめに、しかしハッキリと脳裏に焼き付いていた。
「はい、この時限の授業はここまで。日直、挨拶を」
日直の二人が挨拶をして先生が出て行く。そして、僕は弛緩した。数学の授業はハッキリ言ってきつい。外には蠅たちがいるから、これから学食へ行くか。
そう思い、ぼくは席に立ったところで、ようやくクラスの空気が何か違うと言うことに気づいた。
普段は僕と同じように暮らすが一斉に弛緩した空気になるのに、それがないのだ。みんなは弛緩せずに、重い雪を背負った庇のように黙っていた。例えるなら、それはみんなは敵の目の前で上司から攻撃の禁止を受けた兵士が、ついに発砲の任を解かれたときのように静かな殺意が空気に立ち籠めて(たちこめて)いた。そして、それは先生が出て行くと一斉に動き出した。
彼らはある一点に集まった。そう、それは村田の元に集まったのだ。
村田は思わず立ち上がって、声を震わせて言う。
「何?」
それに近藤君は威圧的な態度で前に出た。
「村田。あの外にいるマスコミ達は知っているな?」
「ええ、知っているわよ」
近藤君の威圧的な態度に、村田も負けじと胸をはって虚勢をはる。しかし、その足はわずかに震えていた。
近藤君とみんなは村田を家に入り込んだ邪魔な虫でも見るように見ていった。
「あいつらが執拗に迫ってくるから保健室に運ばれた人もいるし、俺らはすごい迷惑しているんだ!それは、そもそもお前が波田をいじめたからこんな事になるんだろうが、その責任、どう取ってくれるんだ!」
それにみんなが肯く。
「そうそう、だから私あんな幼稚なマネは嫌いだったんだよね」
「うん。私もあのいじめ見ていていつも疑問に覚えていたよ。あんないじめをする人なんて品性を疑うよ、ほんとに」
「本当に、そう。あんな事で死ぬなんて波田さんカワイソー。あんな事をするなんて根が相当ひねくれているよね」
カビたちのさざ波が村田の体を冒そうと水をかぶせる。村田はそこからのがえようとしてじわじわ後退して、足が机に引っかかって転んだ。
ははは。
カビたちのざわめきがまた一段と強まった。それに村田は転んだままの姿勢で立ち上がれなかった。どうやら腰を抜かしているらしかった。
カビたちは村田を囲いながら近づいて、その代表の近藤君が村田の眼前に来て足を上げた。
僕はそろそろだと思った。
「おい!やめろよ!」
僕は集団に突進していって、村田の所へ突破した。
「ちっ。何だよ、笹原か」
カビたちがしらけた声尾を出す。僕は村田のそばに寄っていった。
「おまえ達、何やっているの?言いたいことがあるなら一人、一人面向かって言えばいいものを。なんで、そんなに集団で寄ってかかっていじめる?それじゃあ、おまえ達は村田を批判できないよ」
僕がそう言うと、彼らは舌打ちをして、その彼らの一人近藤君が濁った(にごった)目で僕を見つめてきた。
「なんでそんなやつを庇う(かばう)?笹原。というよりもとは言えばお前がいじめのことを話すからこんな事になったんだろうが!その責任どう取ってくれるんだ!」
みんながそれに肯く。どうやら、近藤君の意見にみんなが同意見のようだった。
そういうみんなの意見に、僕はこう言った。
「じゃあ、波田さんのいじめに誰が責任を取った?」
みんなが鼻白んで、目を見合わす。どうやらカビたちは強い乾風を受けて少し勢いが弱まったようだ。
しかし、そんなカビたちが戸惑っている中で、近藤君が前に出て行った。
「笹原の言いたいことはわかっているよ。だから!その村田をみんなで懲らしめて(こらしめて)いるんじゃないか!村田に責任を取らすことが波田の供養につながるはずだ」
そう近藤君は自信満々にそう言った。それにみんなが同意する。
「そうそう、波田さんの無念を晴らすには村田をつるすのが一番だわ!あのいじめの責任を取らすのよ!」
一人の女子の意見にほかの女子達も深く同意した。
それに僕は腹の中に虫がいるみたいに腹立たしい気持ちだった。僕はこう言って反論する。
「それは違う!波田さんが心で誰が一番悲しい気持ちになるか、みんなは考えたことはあるか?それはご両親だ。村田に責任を取らすと言うことは村田にご両親に前で謝らせると言うことだ。
今、みんながやっているのはマスコミ達がやってきた不快な事態に村田をいじめてガス抜きをしているだけのことだ。それは村田に責任を取らせると言うことでは断じてない!!
あと、みんなは村田をいじめの責任を取らすと言っていたけど、僕たちには責任はないのか?いじめを止めなかったという責任が。あの時いじめを止めなかったのに、いじめが終わったあと、声高に村田に責任を取らすというのは何か違うんじゃないか?せめて、あの時いじめを黙認した人は少し言葉に慎重になってもらいたい」
僕がそう言うと、みんなは黙った。そして、一人、一人が村田から離れていった。
「…………」
「…………」
近藤君がほの暗いカビの目で僕を見た。僕はそれを見つめ返す。近藤君が足を引いて離れるとき最後に僕に一瞥を加えて、離れた。




