07 ―ある一日―
今回も説明が多いので少々長めです。
すみません。
本日2回目の更新。
前話は閑話で今までジオラス視点なので読まなくても本編にはあまり影響はありません。
あれから1年が経ち、私は9歳、ジオ兄様は11歳になりました。
毎日欠かさず、アイビーとオレガノが立ててくれた例のスケジュールをこなしています。
そのおかげか体力も付いてきた気がします!
フリージアにはやっぱり補正力があるのかなぁ、前世の私には考えられないくらい走れる!
5キロどころか20キロ走りきれた時は嬉しくて泣いてしまって、ジオ兄様やアイビーを驚かせてしまいましたね。前世では3キロで息も絶え絶えでしたから……。あはは。
ハイスペック魔女に一歩近づいたかな。
近づいたといえば、治療魔法師初級になりました!
初級になると、魔法院で修行させてもらったり、簡単な依頼を受けることができます。
本来、仮登録して一年間与えられた課題をこなせば本登録。
見習いから始め、初級に上がるには試験をという流れなのですが、“全属性持ち”なこととオレガノの指導を受けていて――コツコツと魔力の練り方や基本4属性の初級魔法の使用(火属性が苦手なのでなかなか大変でした)、光・闇の種魔法、合成魔法の基礎が終了―― 一定のレベルを超えたので見習いではなく本登録と同時に初級になることができました。
これはジオ兄様以来のことだそうで、魔法院でのオレガノの株は増々上がったそうです。
その話を聞いたオレガノは「もっと依頼料を吹っ掛けられますね。ありがとうございます、お嬢様」とのこと。
最近、私のおこづかいが増えたのはそのせいだったりして?
家族も使用人さん達もみんな喜んでましたが、兄様にまた抱きしめられてからの回転地獄を贈られました。あぅ。
週に何回かの魔法院へ行くのはジオ兄様と一緒。
同じ初級でもジオ兄様は魔法師。そちらの部署の仕事のはずなのですが、年齢が近いと言う理由で二人一緒に行動するようにと言われて同じ作業をすることが多いです。
(同じ作業とは言っても薬草採取や魔法の修行なのですが)
確かに家でも一緒に修行をしていますし、知っている人のほうが安心するので私にとっては願ったりかなったりなのですが、ジオ兄様にとってはそれで良いのかと聞けば「僕以外がリーアと組むなんて(許せるわけないでしょ)……。リーアは僕とは嫌なの?」とうるうるとした目で見られてしまっては何も言えませんでした。
◇※◇※◇
―――コンコンコン
「リーア様、失礼します」
カチャリとドアが開く音がしてアイビーが入ってきたと同時に今日も目覚めました。
“寝る前に起きる時間のことを考えて眠るとなぜか時間ピッタリに起きられる”という前世の体質がこの世界でも通用するとは……不思議。
ベッドから降りて、ん~と背伸びをして「おはよう、アイビー」と挨拶をしてから色違いで揃っている練習着に着替えて――今日は気分的に萌黄色――用意してくれたレモン水を飲んでからランニング開始!
……と言いたいところですが、ランニング前のひと仕事。
寝起きが悪いジオ兄様を起こさねばなりません。
アイビーと一緒に部屋を出て二つ隣りのジオ兄様の部屋のドアをノックします。
――コンコンコン
返事がない。ただの……じゃなくて、やっぱり起きていないみたいです。
許可はもらっているのでカチャリとドアを開けて中を覗くとベッドの上に布団のかたまり。
ベッド近くにはジオ兄様の侍従がこちらを見て、いつものように手を合わせて「お願いします!お嬢様~」と。
毎朝、お疲れ様です。
「ジーオーに―さまー」
ジオ兄様の手の届かないところから声をかけます。
最初に揺り起こしたら捕獲されて抱き枕と化し、私もそのまま寝てしまった事があったので回避するために遠くからするようにしています。
「……んー」
「おはよーございますー」
「あー、うー」
「先に行きますよー」
「……りーあ?」
あ、今日はそろそろ起きそうですね。
アイビーに合図を送って最後の仕上げです。
「では、リーア様。私と二人だけで開始いたしましょう」
「そうですね、ジオ兄様は起きられないみたいですので」
アイビーと行ってきますね~と言って部屋から出てドアを閉めれば部屋の中から「ちょ、待って! うわぁ!! っ痛てー!」とジオ兄様がベッドから落ちて慌てる声と痛がる声が聞こえます。
うん、今日もジオ兄様は起きたようですのでランニングを開始しましょう~。
玄関でジオ兄様を待てば寝ぐせの直りきっていない状態。
ジオ兄様とは頭一つ分違うので背伸びして〈霧〉で湿らせてから〈風〉で乾かしながら手櫛で整えます。
ジオ兄様の髪は跳ねているけれど柔らかくて気持ちが良いので、実は寝ぐせの時は嬉しかったりするのです。
秘密ですけどね。
10キロのランニングを終えてストレッチしてから少し手合わせ。
最近は私とジオ兄様は軽く打ち合って、私とアイビーは型のおさらいがメイン、ジオ兄様とアイビーは少し本気モードの順でします。
焦ってはいけないと思っても早く二人みたいな動きをしてみたいなぁ。
手合わせが終わったら軽くシャワーを浴びて朝ごはん♪
家族だんらんのこのひと時はお腹も心も満たされて幸せ。
……なのですが、時々ジオ兄様とお母様が餌付けのように口元に果物を交互に持ってくるのですよ。
「はい、リーア。これ美味しいよ?」
「こちらも甘酸っぱくて美味しいわよ」
「えーと、そろそろ一人で食べようかと……」
兄様とお母様に同時に桃とアンズのコンポートを差しだされ、おそるおそる止めないかという提案をしたのですが、「「大丈夫♪」」との返答。
何が大丈夫なのですか!? という疑問は声に出す前にお二人の笑顔で消えていきました。
最初の失敗がまさか一年も引きずるとは……。
何回かに1回はぐったりとした朝食を終えればお昼まで淑女教育のお勉強。
歴史や王族・貴族同士の関係性を覚えたり、立ち居振る舞いに基本的なマナー等々。
各家でこんなに勉強するのなら学院は必要ないのではと思うのですが、新しいつながりや国を治める役職に就くための練習の意味もあるそうです。
それと魔法院はある一定の魔力がなければ入ることが出来ないのですが、貴族は平民よりも魔力があるため、対魔物のために最低レベルでも鍛えようということもあるそうです。
もう少し年齢が低くても良い気がしますが、まぁゲームの設定に突っ込むわけにもいきませんし、受け入れないと話が進みませんね。
――世界に疑問を持つことは世界を壊しかねない行為だから――
ん? 今の言葉はなんだろう。
消えていった言葉だからさして重要じゃないかな。
それよりもお勉強しないと!
続けてマナーを気にしながらの昼食。
だいぶと言いますか、フリージアの身体に染みついた動きにかなり助けられています。
最初は緊張のあまり力が入り、手の甲が筋肉痛になったのは苦い思い出。
今はもうないですよ!
威張ることじゃないですけどね。
午後は通常ならオレガノによる屋敷内での魔法の授業なのですが、今日は街に出て魔法の特訓です。
そうそう『街』についてですが、この国は王宮を中心にドーナッツ状に広がっています。
3層構造と言いますか、対魔物用でもある防護壁で3つに分かれています。
中心に近いところは貴族の屋敷が置かれる通称『貴族街』、子爵以上がこちらです。
次が『職人街』男爵家や裕福な商人、職人が多く住んでいます。←今日はここです。
そして一番外側が『平民街』。一番大きくてたくさんの人が住んでいて活気がある。
あまり行くことは出来ないけれど、前世が庶民の私には実は一番落ち着く感じがします。
防護壁には大門があり、そこで行き来がチェックされます。
平民が行くことが出来るのは、特別に許可をもらう以外は『職人街』まで。
貴族はフリーパスなので、少し申し訳ない気もしますが割り切ります。
共通事項としては、街中での魔法の使用は基本4属性の初級レベルまで。
全ての人は魔法院で属性判定をして登録され、そこで魔法を教えるのは初級までなのでそういう決まりだそうです。
登録だけなので魔法院で魔法師にならなければいけないということはありません。
好きな仕事ができます。
ですが、仕事の内容により――主に職人や商人に多いでしょうか――基本4属性の中級レベル・合成魔法下級・特殊魔法下級は許可証をもった人にしか使えません。
鉄を扱うために火力の強い魔法が必要な鍛冶屋や氷を扱う商人、それから街医者さん等と言ったところですね。
許可証はブレスレッド型の魔法具。
解呪方法は魔法院にある対になる鍵を使用しながら闇魔法上級の〈魔法解除〉。
この方法でしか外すことが出来ないものです。
まあ生活するには初級で十分ですし、魔力が強い人は魔法院でお仕事するので特に問題はないのです。
それから街中での上級魔法は緊急時以外の使用は厳禁。
反動のリスクが大きいそうです。
失敗しないなら自宅で上級魔法を使用するのは可能ですよ。
ちなみに魔法院と騎士団の魔法使用の許可証は所属していない人たちとは違います。
魔法院の登録時と似たような仕組みで階級の合格時に許可専用の紋様を写し換えつつ、小さい石の魔法具――通称・許可石――を身体に付けます。
ピアスくらいの大きさなのでほとんどの人が耳に付けているようですが、私とジオ兄様は、今はあまり目立たないほうが良いというお父様の指示で耳たぶの裏です。
色は好きなものを選べるので私は守護石のアメジストと似た紫色。
ジオ兄様は瞳の色に似たブルーですが、中級になったら変更すると言っています。
私はどうしようかな~って初級になったばっかりでした!
閑話休題。
さて、特訓内容は“かくれんぼ”。
初級魔法のみを使ってオレガノを探します。
範囲は一ブロック分、約半径30メートルの広さですね。
「ジオ兄様、どうやって探しましょうか?」
「初級魔法しか使えないとなると……風属性の〈探索〉で片っ端から探すしかないかな」
「やっぱりですかー」
「うん、やっぱり」
項垂れつつジオ兄様と魔力を練ってオレガノの姿を想像しながら〈探索〉を展開。
範囲限界は私が半径5メートルでジオ兄様は半径10メートル。
隣で発動させているので私の魔法は意味がないようですが、実はジオ兄様と魔法が重なったところだけ風+風になり、補助系無属性が追加された〈詳細検索〉になるのです!
使っているのは初級魔法なので間違っていません! 消費魔力も少なくてお得♪
これは偶然の産物で今のところジオ兄様と私の組み合わせでしか効果は出ていません。
お互いに風属性が得意だからなのか、全属性持ちだからなのか。
発動条件など、ジオ兄様の研究の題材にということで私もお手伝いをしてます。
オレガノの姿――黒茶の髪で執事服でモノクル――をイメージしながらジオ兄様と手を繋いで通りを歩きます。
〈探索〉だけだと人数やイメージに似た人の場所しか分からないけれど、〈詳細検索〉なら借りてきたオレガノの愛用ペンから魔力の残滓を重ね合わせて本人と特定できます。
この世界の魔法って使い勝手が良すぎないかなぁ……やっぱりゲームの中なのか、そんな事を考えてしまう。
呼吸も体温も食べ物も美味しいって感じられるのにこれが錯覚だったらと思うと……怖い。
自分の気持ちでさえも作られたものじゃないかと疑うことがある。
あぁ、今はこんなこと考えたくないのに。
思わず繋いだ手に力が入りジオ兄様に「リーア? どうしたの?」と心配させてしまった。
何でもないとかぶりを振って笑顔を作って向ければ、ジオ兄様は怪訝というより悲しそうな顔?
「ジオ兄様?」
「リーア、君は……いや、何でもない」
今度は反対にかぶりを振ったジオ兄様はニッコリと微笑んで「さっさとオレガノを見つけて帰ってリーアのお菓子を食べよう」と私を引っ張って歩みを進める。
ジオ兄様は甘いのが苦手なのに私のお菓子だけは甘さ控えめなのが気に入ったのか食べてくれます。
詮索せずにいてくれるジオ兄様に心の中で感謝して「今日は紅茶のシフォンケーキですよー」と努めて明るく言えば「じゃあ、それは余計に早く見つけないとダメだね」とジオ兄様も乗ってくれる。
指定場所をぐるりと回ってみてもオレガノの姿は発見できず。
ジオ兄様とどうしたものかと顔を見合わせて、ふと横を見るとカフェの窓際の席でお茶を嗜んでいるオレガノの姿!?
ジオ兄様の袖を引き「ジ、ジオ兄様……」と震える声で呼び、「なあに?」とこちらを向いた彼に「あ、あれを……」とカフェを見るように言う。
オレガノの姿を認識したジオ兄様は「建物内を範囲に入れることを忘れてたー!」と悔しそうに言いカフェを目指す。
ジオ兄様の後を追うように足を出そうとした瞬間に――ゾクリ――まるで心臓に氷の刃を突き付けられたような感覚が襲い、バッと後ろを振り返る。
そこには先程と変わらない――けれど音のない――普通の日常。
感覚は一瞬。
もう何も感じない。
でも心臓は痛いくらいバクバクしてる。
その音だけが響いている世界。
――これはなに?
早鐘を打つ心臓を押さえていると後ろから私を呼ぶジオ兄様とオレガノの声が聞こえ、それから周りの声も戻ってきた。
そのことに安堵を覚え、引きつっているであろう頬を揉みほぐしながら二人の元へ向かう。
オレガノからの批評を聞きながら帰路につく頃にはさっきの疑問はすっかり消えていて、気のせいだったと思うくらいになっていた。
――通りの向こうに一台の馬車があったことには、私たちも街のひとも誰一人、気が付かなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次はまたちょっと時間が飛びます。
誤字修正20150718
ご指摘ありがとうございました!