06 ―魔法の練習―
オレガノから属性の講義を受けた3日後、伯爵家で全属性持ちの登録をしました。
本来は魔法院に出向くそうですが、お父様があの事件のことが引っかかっていて私の外出に難色を示したのです。
ですがウイスタリア家ということと魔法院で一目置かれているオレガノがいるので特例ということで許可が下りました。
登録は思ったよりも単純な作業で紋様の写し換えというものです。
特殊な紋様が描かれた魔法紙に血を垂らすと紋様が光り、指示されたとおりにその紙の上に左手を置きます。
痛くも熱くもなく、じわじわと紙に接した手のひらから何かが侵食していく。
“光”というものが物質として体内に入っていくのならこんな感じなのかな? という気分になる。
光が消えたらオレガノに確認してもらって――今日もモノクル型の判定魔法具は大活躍です――無事に登録完了。
自動的に魔法院への仮登録も出来ているそうです。これに関してはまた今度。
これで魔法の練習の準備ができました!
ちなみに魔法院でも“全属性持ち”以外には秘密なので登録時には属性4種持ちで登録されます。
試験の時の私は同じく全属性持ちの治療魔法師長様が担当されるとのこと。
まだまだ先のことなのにドキドキします。
閑話休題
魔法の練習ということでドレスではなく、ベージュの膝丈のワンピースの下にズボンを穿いています。
ちなみに、すぐ次の日から始まった朝のランニングもこの衣装と同じものです。色違いでずらっとクローゼットの一角を占めていたのには驚きました。
用意が 早 す ぎ る!!
……それにしても若いっていいですね、ランニングをしたその日の夕方に筋肉痛が出ましたが、一晩寝たらスッキリ!
疲労回復を促進する料理を作ってくれる料理人さんに感謝ですね。
そうそう、テーブルマナーに関してはフリージアの身体が覚えてくれていたようでひとまず安心です。
さて、魔法の基礎練習の開始です。
場所は例の訓練室。
ちょっとぐったりしたジオ兄様も復習という名目で一緒です。
ジオ兄様がお疲れなのは先日から次期伯爵になるための勉強時間が増えた事と、この時間に間に合うように早朝に草むしりをしたからだそうです。
私も始めて3日ですがこの世界の貴族は小さい頃から覚えることや、しなければならないことが多く転生者の私でさえ余裕は皆無に等しい。お兄様は凄いです。
私も目標があると頑張れる気がします。
「さて。お嬢様は初めてなので、まずは基本4属性を感じるとことからですね」
と言うオレガノの説明ではじまり、最初にするのは通称“種の魔法”。
この魔法は属性そのものを顕現させるものでイメージが大切です。
火属性なら〈火〉で――これからするのですが――用意された紙を燃やすための量をイメージして具現させます。
私以上に力が入っているジオ兄様に見守られながら、オレガノの指示で紙に火をともすイメージを浮かべます。
火……マッチくらいで良いかな?
薪に向かって人差し指を突き付けて、属性の名前の呪文――魔法の言葉を唱える。
〈火〉
ぱふん
「あれ?」
一瞬、火が生まれたと思ったらすぐに消えてしまいました。2度3度と同じようにしてみましたが全て同じ結果。うむむ。
お手上げですとオレガノを見れば、彼は暫し思案すると「他の属性を試してみましょう」と言い、水属性のためのカップを私に渡します。
オレガノから受け取り、ジオ兄様から魔法の言葉を教えてもらいカップに水がなみなみと溜まるようにイメージして〈水〉と唱えるとちゃんとイメージどおりに水が生まれました。
続いて風属性と土属性。〈風〉でカーテンを揺らめかせ、〈土〉で植木鉢の球根に土を被せました。
3属性は順調に出来たので今度こそはと再び火属性にチャレンジ!
マッチじゃ威力が弱いのかと考えて、今度はバーナーをイメージしていきます!!
〈火〉
ぽふっ!
……火はつきました。が、真ん中に穴が開いて消えました。
な ぜ に !?
微妙すぎてオレガノもジオ兄様も何も言えないようです。
3人で悩んでいると「イメージ不足かも?」とジオ兄様がポツリと。
「イメージ不足ですか?」
「リーアは何をイメージしたの?」
「えーと、小さな火が紙に付くように……」
「それだ! 紙を燃やし尽くすイメージが足りないんだ。火を継続してイメージしてごらん」
燃やし尽くすって……10歳児の台詞ではないような。
でも確かに、火以外は条件を満たすようにイメージしました。最後までというのが足りなかったのですね。
では今度は最後までとイメージするも、何かに邪魔されるように上手く火の継続が想像できない。
困りましたね。
ストーブの時期ではないですし……ある程度の火が燃えるのを見られるところは――。
「オレガノ、厨房に行っても良いですか?」
「厨房、でございますか?」
「はい。火が見たいのです」
厨房ならば料理中は火を絶やさないですし、継続しているのを見られます。
前世も料理をするのが好きでしたし、フリージアも料理を手伝っていたようなので厨房は気になる場所。
一石二鳥な作戦です!
邪魔は絶対にしません! 見るだけですから!! と説得して厨房へ行かせてもらいました。
夕食の支度をはじめる時間帯だったようですが、まだ休憩している人も見えたのでちょっと安心。
オレガノに説明をしてもらって、下拵えのために使うお湯を沸かす火を見ても良いと許可を料理長からもらい、じーっと見ます。
後ろにいるジオ兄様からの視線を受けつつ――暇じゃないのかな?――火を継続するイメージを練ります。
10分くらい見ているとだんだんイメージが固定されてきました。
炎の揺らぎにちょっと眠たくなったけど、今度は上手くいきそう!
訓練室に戻ろうと椅子から降りて作業台を見れば沢山の野菜やフルーツ。その中から料理長さんが取ったのはアスパラ、トマト、レモンなどの柑橘類。奥の方へ視線を向ければ魚介類の下拵えや鶏を捌いているのがみえます。
今日も疲労回復メニューを作ってくれるんだと思って感謝を伝えたら驚かれてしまいました。
あれ?
「えっと、疲労回復メニューですよね」
「はい?」
「魚介類と柑橘類のマリネに、鶏のトマト煮の下準備に見えたものですから」
「お嬢様?」
「……あ、えと。前にばあやが疲労回復って作ってました?」
オレガノの怪訝な声でハッとして慌ててばあやを生贄に……。
ごめんなさい! 子爵家でばあやにお世話になった記憶があるのに、なんてことを!
「お嬢様はフューシャ子爵んとこの子でしたね」
「は、はい!」
急に料理長に話しかけられて驚きます。不味いことを言ってしまったかも。
あぁ、厨房通いの夢も消え……。
「さすがですな」
「はい?」
「いやー、フューシャ子爵のばあやさんは俺らの憧れのお人なんだよ」
「はぁ」
「これからも何かレシピを教えてもらえないですかね」
「え、えっと。オレガノ?」
「勉強以外の時間であれば大丈夫ですよ」
アイビーにも通達しておきますとオレガノから許可がでたので、もしかして厨房通いもオッケーってことですか。嬉しい~。
ばあや、ありがとう!
「リーア……」と言う声に振り向けば満面の笑みのジオ兄様。
これは不味いと「凄いのはばあやですから!」と言い「訓練室に戻ります! ありがとうございました」とダッシュで言い逃げしました。
中庭に出る前に捕まりました。あぅ。
あくまで一緒に行動するときは手を繋ぐといったジオ兄様に連れられて戻った訓練室で今度はちゃんと紙に〈火〉で燃やすことができました。
今回は上手くいきませんでしたが、想像力が魔法の効果や範囲を広げられということは前世の知識を使えば面白いことが出来そうです。
でもまだ全然思い浮かびませんけどね。
特殊属性の2つは基本4属性がもう少し進んでからをいうことで魔力の練り方のポイントや基礎の復習をして今日は終わりとなりました。
横でジオ兄様とオレガノがしていた様な魔法の打ち合いにはまだまだ時間がかかりそうですが、それを目指したいです。
◇※◇※◇
ちょっと夕食まで時間が空いたので、ジオ兄様が見せたいものがあると言うので中庭に来ました。
「じゃあ、僕にしっかり捕まっててね」と言うジオ兄様は私を所謂お姫抱っこをして抱え上げます。
ちょ、ちょっと! ジオ兄様は10歳児ですよね? 2歳差で出来るとは思えないのですが!
「じ、ジオ兄様!? 私、重いです! 危ないです!!」
「大丈夫だよ? 〈強化〉も使っているし、リーアは軽いよ」
もっと食べないと体力つかないよ? と強くなりたい私が女の子として矛盾に苦しむ言い方をする。
たまにジオ兄様は意地悪です。
無言の抵抗とばかりに半目で睨めば、一瞬目を見開いた後にやり取りが楽しいというように笑って「行くよ」と言い、私を抱きしめる手に力を入れます。
何が起こるのかドキドキしていると――ジオ兄様が近いせいじゃない、たぶん――魔力を練り上げたジオ兄様の「〈飛翔〉」の魔法の言葉で風に包まれた私たちはゆっくりと上昇しはじめました。
慌ててジオ兄様の服に縋りつくように掴まれば、クスクスと上から笑う気配。
悔しくて彼とは反対のほうへ顔を向ければ「ごめんごめん」と更に笑う。
本当はジオ兄様が隠しキャラでこれも補正力なの!? あぁもう、誰か教えて! という心の中で叫びを抑えつけて、上を見ているジオ兄様を気付かれないようにチラリと見る。
私と同じ菫色の髪は夕暮れの光を浴びて幻想的な色になっている。同じく幻想的な色に染められた睫毛に縁どられたダークブルーの瞳は至極楽しそうに細められていて――学園時には妹として苦労しそうな格好良い兄様になるんだろうなと思う。
しかも魔法の多重展開……私よりも彼のほうがチートではなかろうか。
そんな風に思えるほど凄い。
ゲームの時では相当のレベルと上げないと出ないスキルだったから。
私も早く使えるようになりたいな。
ぼーっと考えていたらジオ兄様がいつの間にかこちらを向いて嬉しそうに笑ってた。
「リーア、着いたよ」とジオ兄様は私をそっと大樹の幹の上に立たせてくれたけど、ちょっと怖いのでジオ兄様の上着を掴んだまま。
終始笑顔のジオ兄様に「ほら見てごらん」と促されて見れば王都の厚い城壁の向こう側に広がる平野に日が落ちていく光景だった。
上のほうはもう夜空が広がっていて、そこから太陽に向かって瑠璃紺から輝くオレンジに向かってグラデーションの中、雲には光が反射して輝いている。
初めて見るけれど、どこか懐かしい気分になる。
でもなぜジオ兄様が私をここへ連れてきたのか分からなくて彼を見ると、私の視線に気が付いた彼はポツリと零した。
「僕はこの季節のこの景色が一番好きで、リーアと見たかったから」
「……ありがとうございます?」
疑問符付きで答えた私に「疑問形かぁ」と残念そうに、でも全然残念そうじゃなくて笑うジオ兄様と日が沈むまで景色を見ていた。
暗くなってから降りた私たちを笑顔のお母様が迎えて、その後に……雷が落ちたのは言うまでもありません。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次回は閑話を投稿予定。
これまでのジオラス視点ですが本編にはそんなに影響はないので他者視点が苦手な方は回避していただければと思います。