61―相対する―6
一日お時間頂きましてありがとうございました。
長くなってしまったので二話に分けて投稿しております。
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61
〈極寒迷宮〉準備が整い、手を上げて合図をすると三人ともサッと魔物から距離を取る。
こちらが退いたことに戸惑ったのか魔物の動きが止まった。
よし、今だ!
「〈極寒 〉……え!?」
照準を合わせるように魔物の方へ手を向け発動のためのキィワードを紡ごうとすると魔物の前の空間が歪み、茶色の髪に水色のドレスを着た女性が現れた。
慌てて発動を止め、魔力を抑え込む。
顔をベールで隠していて表情はわかりませんが不安そうに辺りをきょろきょろと見回している。
助けなければと〈極寒迷宮〉をキャンセルしようとするとシャガから制止の声が飛んで来た。
「何やってるっ! そのまま撃て!」
「シャガ、人がいるのよ! 見えないの!?」
「アレは人間じゃねぇ!」
「でも……」
シャガの言葉は信じたいけれど、偽物という確信が持てない。
迷う私に舌打ちをしたシャガは落ちていたアイビーの投擲ナイフを拾い上げすかさず女性の方へ投げた。
制止の声を上げる間もなくナイフは女性へ向かい、スッと通り抜け魔物に弾かれたのか氷の地面へカランと落ちる。
落ちたナイフへ視線を移せば、女性の足元には影がない。
……これは合成無属性の〈身代幻影〉だ!
『闇属性』ばかりを使われていたことに囚われて他の属性の可能性を無意識のうちに排除してしまっていた。
幻影ならばと発動を再開しようとすると背筋がヒヤリとし「虫唾が走るくらいお優しいことで」と嘲るような声が後ろから聞こえた。
あの黒ローブの声だ、と振り向かずに距離を取ろうとするが首の後ろを掴まれ何か金属のような冷たいものを押し付けられる。
途端、あの時と同じように――否、それ以上の速度で魔力が失われていく。
意識が、身体が、闇に引きずり込まれるように。
おちる
落ちる
堕ちていく
この感覚はどこかで――……ああ、あの人を、あの人だけは助けないと。
―――あの人は、だれ?
そんな記憶は、無い。
なのに。
……どうして思い出したいと願っているだろう。
頭が、心が、痛い。
思い出したい。
思い出してはいけない。
思い出したら、わたしは―――。
……ああ、誰か。
―――たす、けて。 す、 さ、ま。
意識が闇に取りこまれそうになるのを断ち切るような風切り音が聞こえた。
舌打ちと共に私の首を掴んでいた手と押し付けられていたものが離れ魔力が吸収されるのが止まった。が、急に支えがなくなりそれ加え急激な魔力の喪失により力の入らない身体が崩れ落ちる。
あ、これ、地面に倒れ込むなぁとぼんやり考えていると腰に手が回り引き寄せられたと思ったら身体が宙に浮いた。
私を抱き上げた人物は敵から距離を取るためかそのまま跳躍をしたようで、急な浮遊感に眩暈を起こしたように感じ目の前の服をぎゅっと握ると大丈夫だというように抱きしめる力を強くした。
私を落とさないようにと抱きしめる腕があの時とは違うという分からない感覚に心がかき乱されて、苦しい。
息苦しさに強めた手の力に比例するかのように抱きしめる腕の力も増して……あの人とは違うという感覚がさらに強くなり混乱が広がる。
私は一体どうしてしまったのだろう。
二度ほどの浮遊感の後、地面に足が着きゆっくりと身体が離された。
冷静になれ。今は考えない。と繰り返したせいか少しは落ち着けた、と思う。
大丈夫かと言う心配の声に頷き、多少ふらつきながらもひとりで立つと上からホッとしたような吐息が漏れた。
「……本当に大丈夫か?」
「もう平気よ。ありがとう、シャガ」
私を助けてくれたのはシャガだった。
彼の話によればハイショウが魔物の攻撃を一手に引き受けアイビーが投げナイフで隙を作ったので素早くこちらに来られたとのこと。
すぐにでも二人の加勢に行くかと思えば、シャガは動かず先程のようなバツの悪そうな顔で私を見る。
「悪かったな、守るって言ったのに守れなくて」
「そんなことないです。私がシャガの言うことを信じ切れなかったせいだもの。……ごめんなさい」
「いいや、気にするな俺がちゃんと……って堂々巡りだな。この件は後でな。で、何があった? 魔力の変な流れが視えたんだが……」
「見えた?」
「あ……。外傷はないようだが倒れる寸前だったな。アレに何をされたんだ?」
「え、えーと。魔力をごっそり取られちゃった」
「そうか魔力をね……って本当に大丈夫なのか!?」
見えたという言葉が気になって聞き返すけれど、あからさまに話を逸らされた?
それでも魔力が取られたことを答えると、急にシャガは慌てた様子で私の額に手を置いて熱を測ったり頬を触ったり、肩や腕をポンポンと軽く叩いてきた。
その様子の変化に呆気に取られポカンとしてしまう。
小さい子を心配する様な手つきで……段々恥ずかしくなってきた。
「ちょっ、シャガ! 魔力、減ってるだけで私は元気!」
「そう、なのか?」
「そうなのっ。だから落ち着いて! 大丈夫だってばー!」
「……そっちの方が良いな」
「どうしたの?」
「喋り方」
「喋り方?」
「そ。そーゆーもっと砕けた方が好きだわ。オレ」
慌てたと思ったらキョトンと私を見返して。更に今度は二カッと屈託なく笑う。
シャガの初めて見せる表情に目を瞠る。
こんなこと言ったら怒られそうだけど……ちょっと可愛い。
「何をしているのですか?」
「うわっ!」
「あ、アイビー!?」
「戦闘中だということをお忘れなく」
「「はいっ!」」
音もなく側に立ち冷ややかな声を出すアイビーにシャガと二人揃ってコクコクと頷く。
本当にごめんなさい!
……でも、ハイショウは笑い過ぎだと思うの。
「本当に人の邪魔をするなんて躾がなっていないわ」
「お嬢様に返しなさいっ」
残念そうなあの黒ローブの声が響く方向へ目を向ければ、折れそうな魔物の枝に座り真っ赤な唇でクスクスと笑っている。
アイビーの声を気にした風もなくプラプラと足を振りながらまるで上空に誰かがいるように話し出す。
気の所為か先程とは少し声のトーンが落ち着いていて違う人物のように感じる。
「全部とれなかったのは残念だったけどアレと合わせれば目標値は果たせた? そう。なら良いでしょう」
「目標、値……?」
「そうね。役立たずだと思ったけれど変更すれば使えそうね。アレはもう要らない」
「貴女は、一体誰なの?」
「うふふ、待っていてね。……必ず私のモノにしてあげる。愛しい私の―――さま」
こちらを一度も見ることなく一方的に言葉を発した黒ローブは真っ赤の唇でにぃと嗤いながら空中に身を投げ出すとフッと消えてしまった。
「くそっ、待ちやがれ! ……逃げられたか。おいっシャガ!」
「ダメだ、今度は視えない。……―――するか」
「いったい何者なのでしょうか。しかし今はこちらを排除しなければなりません」
舌打ちをするハイショウと考え込んだシャガをアイビーが窘め意識を魔物のほうへ向けさせる。
あの黒ローブの人物に対しては色々と思うことは多いけれど、魔物を野放しにしておくことはできない。
魔力を回復させて今度こそ消滅させなければ。
ポケットから最後の、スイバから譲り受けた魔力回復薬を取り出し蓋に手をかける。だけど。
「リーア様、お待ちください」
「アイビー? それでは開けられないわ」
アイビーの手がやんわりと、それでいて私が開けるのを止めさせるような意志を持ち私の手を覆う。
「いけませんリーア様。それをお飲みになれば負荷が多くなります」
「大丈夫。あの魔物を倒すのには支障はないわ」
「そうではありません!」
声を荒げるアイビーに首をかしげる。
確かに魔力回復薬は一気に回復させるため、回復量が多くなればなるほど心身に負荷がかかるという副作用がある。
けれどもそれは短い時間に何度も飲めばということで。
実験では半日以内に五本までがセーフラインだった筈。今日はまだ二本目。アイビーが気にすることではないと思うのだけれど。
「今日が二本目だからという理由で止めるのではありません。リーア様は先日魔力の使い過ぎで倒れられたのですよ? そして今日も一度ならず二度も無理矢理回復させようとしている状態なのをお忘れですか?」
「それは、そうだけど……でも!」
そうでもしなきゃあの魔物は斃せない。
負荷を怖れて被害が出るなんてそっちの方が耐えられない!
瓶を持っていない左手をアイビーの手に乗せ、気持ちが伝わるようにじっと見つめる。
どうか届いて。
「貴族として魔法師として……アキレアお母様の娘として守りたいと。何より私がそうしたいの。分かってアイビー」
「お嬢様の、リーア様のお気持ちはわかります。ですがこれ以上の無理は看過できません」
「無理なんて……」
「紅燕の言うとおりだ。お嬢は少し休め」
「でも、私はっ!」
「あの魔物は俺に任せてくれないか。作戦がある」
「シャガ? 作戦って?」
「コレを使う」
そういってシャガが指さしたのは眼帯で覆われた左目。
何かあるのかとよく見れば、黒い眼帯に画かれた黒字の文様と目立たない位置にある黒い石――もしかして魔法具? それにこの文様はどこかで見たような……。あ、この独特な線は!
「アンタムさんの魔法具、ですよね。その眼帯。何に使う……いえ、違う。何を封じているんですか?」
「へぇ、そこまで分かるもんか。流石はウイスタリア家、といったところか」
「アンタムさんの魔法具は身近なものですから。それに少しだけですが勉強したんです。難しくて諦めましたが。兄様は凄いですよ、作ったりもしますし」
「ふぅん……。ま、オニイサマならそうだろうな。で、コレ取ってくれねぇか」
「それを、ですか? アンタムさんが貴方のために作ったものなら鍵があるはずですけど……なくしてしまったのですか?」
「いんや、ある。が、フゥロに預けたままでな。壊してもらおうかと思ったがあの偏屈ジジイの魔法具を知ってるんならまた使えるように外せるだろう? 壊すと怖いんだよ」
何か思い出したのか、嫌そうに顔をしかめるシャガ。
そういえば兄様も不用意に壊してしまい怒られたことがありましたっけ。あの時、私は離れて見ていたけれど怖かった。
「お取込み中悪いが急いでくれっ! オレは〈防御障壁〉は得意じゃねぇからそろそろヤバいぞ」
ハイショウの悲痛な声に振り向けば、〈防御障壁〉を張った範囲外からの攻撃を弾いたり切り飛ばしている姿。
……忘れていました。ごめんなさい。さっき笑われたから放置してたわけじゃないですよ?
援護を、という言葉を発する前にアイビーは自分が行くと言い、シャガへ鋭い視線を向けた。
「……シャガ。その作戦は確実、ですね」
「ああ。必ず仕留める」
「わかりました、任せます。貴方の本当の実力を見せてください」
「応。あんたに認めさせてやるさ」
シャガの言葉にうっすらと口元に笑みを浮かべたアイビーはくるりと踵を返すと、一気に跳躍し魔物に向けて何本もの紅い軌跡を煌めかせる。
ヒュゥと口笛を吹いた後「流石だな」と感嘆の息を漏らしたシャガは真剣な表情を伴い私を見る。
ギラリと光る紅い瞳に思わず背中がピッと伸びたのは秘密だ。(バレているかもしれないけれど)
「ま、とにかく眼帯を外してくれりゃあの魔物はオレが斃す」
「わかりました。でもどうやって?」
「お嬢のオニイサマと同じ手、さ」
「兄様? でもさっき〈妖精ノ瞳〉は使えないって……」
「ああ。ソレは使えない」
「え、じゃあ……」
「ま、奥の手があるんだわ。あんたなら一目見れば嫌でもわかるさ」




