60―相対する―5
60
聞いたことがない筈なのに、どこかで聞いたことがあるような既視感。
あのとき
あの場所で
あの人 と一緒にこの声を――。
いいえ、違う。そんな記憶は、無い。
ある訳ない。
ある筈ないのに。そう思うのに……どうしてか『思い出したい』という気持ちが溢れて胸の奥がきゅぅと痛む。
なぜ?
どうして痛いの?
自分のことなのに分からなくてモヤモヤする。
あぁ、頭が痛い。
ズキズキと感じる痛みが思考の海から私を現実に引き戻してくれた。
そう。今は考えてはダメだ。
この状況を切りぬけない事には考えることも出来ないのだから。
魔法の衝突の余波で舞っていた土煙が晴れていき、黒いローブをまとった人影が現れた。
黒いローブの上からブレスレッドにペンダント、たくさんの黒い装飾品を身に付けている。その中でひときわ輝き目につくのは胸元にある、ハルシャちゃんが描いた、そして私があの時見た魔力を吸い取るブローチと同じ意匠に見えるモノ。
ローブに付随するフードを目深に被っているため顔の全て見ることは出来ませんが、真っ赤なルージュを引いた唇は忌々しげに歪んでいる。
背の高さは私くらい――女性としたら少し高め、男性だとしたら小柄な部類に入るといったところでしょうか。
その黒ローブの人物は辺りを見回すような動作をした後、「本当に使えない」と嘲るように言った。
「せっかくお膳立てして差し上げたのに。本来の役割を果たさないどころか救うなんて何を考えているの? 悪役のくせに」
「ふざけんな! てめぇなんぞに使われたくないって言っただろう」
「煩いわね。お前こそ何言っているの?」
憤りをぶつけるシャガに黒ローブの人物――口調からして女性なのだろうか――はまるで分からないというように小首を傾げた。
暫しの沈黙の後、「ああ」となにか納得したようで真っ赤な唇でにぃと嗤う。
「うふふ、ごめんなさいね。あなた達のことじゃないのよ? そこにいる自分の役割を全く果たさない人のことよ」
「何を言っている」
「そもそも、駒なんだからあなた達がそうすることは決まっているのよ」
「なっ!」
「何をそんなにおどろいているの? まあ、そんなことはどうでもいいわ」
怒りというより殺気を放ち今にも飛び掛からんとするシャガを苦い表情のハイショウが押さえる。
冷静沈着なアイビーでさえ不快感を隠さずむしろ怒りを表したまま相手を見据えている。
ころころと嗤う黒ローブの人物はシャガを一瞥しただけで何も言わず私のほうを見た。
その動きでアイビーが私を守るように斜め前に立つ。
「リンクが切れたから何かと思って来てみれば……術を利用せずに解術した挙句その上は仲良く、ですって? 一体何を考えているの?」
「……リンク。やはりあなたがあの魔法を、〈洗脳〉と〈暴狂戦士〉をかけたのね。私がそれを利用する? ふざけないで!!」
「ふざけないで、ですって? お前は何を言っているの? 本来なら悪役であるフリージアがしなければならないことなのに……全く行動せず、あまつさえお膳立てした私に感謝の言葉もないなんて」
「感謝なんてするわけない! こんな酷いこと。……あの魔法がどんな結果をもたらすか知らないとは言わせないわ!」
「何を馬鹿なことを。フリージアが以前したことじゃないの」
「私はそんなことしていない! あんな魔法使おうなんて一度も考えたことないわ!」
「いいえ、これが正しいの。ちゃんと前と同じにしないと。そうしないと物語は進まない」
「同じ? ……進ま、ない?」
「操って同士討ちさせた後、あの女の所為にして襲わせる。フリージアが命じた」
そうでしょう? と真っ赤な唇が嗤う。
違う! という否定の言葉は、突如に頭の中に浮かび上がった『ある映像』と『文章が映し出された画面』の衝撃で口に出すことが叶わない。
それは前世でプレイした乙女ゲームと読んだあのweb小説。
二つの世界が断罪の一場面を同時に映し出す。
紅葉した木々が世界を紅く染め、舞い上がる葉がまるで火の粉のようで。
対峙するヒロインと悪役令嬢の場面。
――フリージアとアマリリスと。
そしてティナス殿下たち攻略対象者。
私たちを取り囲む大勢の人たち。
読み上げられる事実、明かされる罪の数々。
その中のひとつ。
夏休暇中の事件に出てくる、ヒロインを襲う役割の人物たち。
攻略対象者たちに捕らえられ断罪イベントで出てくる名前。
――アマリリスがブラックウルフというならず者たちを脅し、フリージアを襲うように命令した。
――フリージアがシルバーウルフというならず者たちを脅し、アマリリスを襲うように命令した。
高らかに告げられる声が、文章が、重なり反響し溶けあっていく。
あの場面は悪役が裁かれるために必要で――。
黒ローブの言い分が正しければフリージアがブラックウルフのみなさんにアマリリス様を襲わせるように命じる。
行動は合っていてもこの世界の元でweb小説とは名前が違ってしまうことになる。
もし、ブラックウルフという名が正しければフリージアが襲われることになり立場が違ってしまう。
ではシルバーウルフという名が存在するかと情報通の二人――ハイショウとアイビーに尋ねてみたけれど、訝し気な表情の二人が出した答えは『同業者や店名など知る範囲にはその名前はない』だった。
名前が変更されただけ、なのだろうか。
その考えに違和感がぬぐえない。
……それにもう一つ気になるのは罪が暴かれるのは今よりももっと先、物語の終盤である秋――紅葉の時期だった筈。
時間のズレ? それとも私の記憶違い?
判断がつかない。
つい考え込んでしまっていたので反論せず口を噤んだ姿勢が『事実を当てられて困惑している』と捉えられたようで、黒ローブは勝ち誇ったように嗤い出した。
「あははっ、ようやくお分かり? 悪役は悪役らしく行動なさい。はやくあの女が結ばれないとあの方が私のものにならないのだから」
「あの方? ……それは誰のことを言っているの?」
「それは、「ごちゃごちゃうるせぇ!」」
黒ローブの言葉を遮りシャガが吼える。
いつの間にか剣を腰に佩いていて、スラリと抜き放つと黒ローブへと突きつける。
そのすぐ後ろには同じく剣を携えたハイショウが不敵に笑う。
「てめぇがこのお嬢に何をやらせたいのか俺にはどうでもいい。勝手にしてくれ。……と言いたいところだが、てめぇは俺の妹や仲間に変な魔法をかけやがった。しかもてめぇと同じ胸くそ悪いもんだ」
「言葉の悪い……本当に平民なんて野蛮だわ」
「へっ、どっちが野蛮だよ。でもまあ、一つだけ感謝するわ」
「はぁ?」
「探してた人物に巡り会えたこと、さ」
ポカンと真っ赤な唇を開けた黒ローブを見てケラケラと笑うハイショウがシャガの背中をパンッと叩く。
「痛ってーなっ!」
「ほんっと、お前って空気壊すの上手いよな! あー笑った。でもそこは当人に向かって言ったほうが効果的じゃねぇ? あ、もしかして照れてるのか?」
「うるせぇ」
「くくくっ。んで、ボスのオレに何か言うことはないのか」
「うっ、仕返しかよ。……あーボス。俺、やりたいこと出来た。……やってもいいか?」
「ぷっ、おま、なんでそこで疑問形になるか? ま、いいさ。やっと見つかったんだから突っ走れ」
「……ありがとな。っつーわけでお嬢!」
「え? あ、はい。なんでしょう?」
急に私に矛先が変わり何事かと目を瞬かせる。
シャガは剣を鞘に納めながら私の前に移動してくると、片膝を地面につき私を見上げるような格好になった。
真剣な表情に射抜くような視線。
思わず一歩下がりそうになるとそれを阻止するかのようにシャガは私の手をやんわりと両手で覆うように掴む。
見た目より硬い手のひら。剣を使うためにできたと思われる固い部分が指に触れる。兄様とは違う手。
どうしてこんなことをするのか。
どうしていいかわからない。
固まる私にシャガはフッと柔らかい笑みを浮かべる。
そのことが更に私を戸惑わせる。
「あんたには借りがあるがそれとは別。俺は俺の意思であんたの力になりたい。守りたい。俺のマスターになってくれ。いや、今日、この時より俺のマスターだ」
「え? な、なに? ちょ、ちょっと待って!?」
「何を言っているのです。お嬢様は私のマスターです」
「待って、アイビー。どういうこと? ちょっと待って、マスターって何??」
「いーじゃんか、減るもんでもなし」
「減ります!」
「仕方ない。じゃあ今は仮でもいいぞ」
「仮とはなんですか、仮とは。認めません。ダメなものはダメです!」
「本当に待って、アイビーもシャガも落ち着いて! 話が見えない! ハイショウ助けて!」
「あー、それは無理。オレにあの二人を止められるわけないし。ま、諦めろや嬢ちゃん」
「せめて説明して!!」
私を(ハイショウも?)置き去りにして投擲用ナイフを構えるアイビーと剣を構えるシャガが睨み合う。
ハイショウに二人を止めるように頼んでも手をひらひらと振って「無理」とひと言。説明は長くなるから勝ったほうから教えてもらえと言われ、その上どっちが勝つか賭けてみるかなんて言い始めるし! 私はどちらにも賭けませんよ!!
そんなやりとりの間にもじりじりと間合いを詰めていた二人は一触即発の状態。
ハイショウの役立たず!
こうなったら魔法を使ってでも二人を止めないと。
そう思って行動に移そうとした瞬間――。
「……なんなの? なんなのよっ!」
突然響いた若い女性の声でピタリと全員の動きが止まる。
その声の方向を見れば両手を握りしめ怒りに震えるあの黒ローブの人物の姿。
先程までのひび割れた声ではない。
これが本当の声なのだろうか。
でもなぜ急に?
「なんであんたが、悪役のフリージアがちやほやされているの? ダメよ、ダメ。あり得ない。間違っている。フリージアは悪役で皆から嫌われなくてはいけないのよ『……間違いを正さねば』」
ん? 声がぶれて聞こえた?
「間違いを、正す?」
『全ては正しき流れに。全てを正しき結末へ』
「そう、そうよね。そうすればいいわ」
私の問いには答えずまるで誰かと会話をしているように相槌を打つ黒ローブの人物。
その足元の影からユラユラと黒い靄のようなものが出現し人のようなフォルムの黒い塊になっていく。
「約束された結末を」
『フリージアがブラックウルフと手を組んだ事実さえあれば』
「あとはどうとでもなる」
『悪役は悪役らしく』
「私があの方と結ばれるために」
『物語は変えてはいけない』
「だから」
『あの方はわたしのもの』
「……死んで頂戴?」
『〈宵闇ノ門〉』
黒い靄の人型が黒ローブの人物に重なり、胸元に手を置いてから手をサッと払うような仕草をするとヴォンという音と共に彼(彼ら?)の後方に高さ二メートルほどの黒い楕円形の物体が出現した。
表面はまるで鏡のようにつるりとしていて靄がかった黒ローブの背面と警戒する私たちの表情を映し出す。
黒ローブが後ろへと飛び、その黒い鏡面の中へ消えて行った直後、そこから黒く細い棒――枝のようなものが出てきた。
黒々とした木の枝。
葉は付いていない、枯れ枝のように見える。
―――アレは、もしかして……!?
「いけないっ! みんな下がって!! ――〈氷壁〉! 〈幻惑ノ檻〉!」
まさか。とは思いながらも通常は自分たちの前に氷の防御壁として発動させる〈氷壁〉をあの黒いモノの下へ――地面に接触させないように氷の壁で地面を覆う。
続いて外部からの認識を阻害させる〈幻惑ノ檻〉を発動させた。
間もなくドンっ、と質量を持ったものが氷の地面に着地し、ペキぺキ……と僅かに氷にヒビが入る音が聞こえた。
ふぅ。ちょっと寒いけれどこれで最悪な状態は防げる。
でも、どうしてこんなものが……。
今日は嫌な予感ばかりが当たる。
「お嬢様、あれは……あの黒い木のようなものは、まさか……」
「ええ、アイビーの想像通り……魔物、です」
「どうしてこんな場所に……」
「へぇ」
「あれが……」
嫌悪を隠さずと言うよりむしろ怒りのような鋭い視線を向けるアイビー。
そんな彼女とは鋭い視線は同じでもシャガの表情は真逆でどことなく楽しそうに見え、ハイショウは興味深そうに魔物を観察している。
カサブランカ様たちに報告する案件が増えて新たな頭痛に悩まされる頭を軽く振り、すでに攻撃体勢をとったアイビーたちと同じように敵を見据える。
「お嬢様、敵の情報を」
「魔物、トレントタイプ。有効属性は火属性と光属性。水属性と地属性は吸収されます。特徴は―――」
ふるりと体躯を揺るがせて黒い枝でこちらを捕えるかのような攻撃をかわしながらアイビーたちへ情報を渡す。
出現した三メートルほどの高さで朽ち果てたような黒い大木――トレントタイプの魔物。
トレントタイプとは朽ち果てた木が魔物化したもので、特徴は魔法耐性が高いことと〈核〉――魔物の心臓のようなもの――が移動できること。攻撃耐性は弱く比較的ダメージを与えやすいが、常に移動する〈核〉を破壊しなければ滅せないという厄介な部類に入る。
いつも遭遇する僻地などであれば、敵が何体もいてそれらの核がどこにあろうとも一か所にまとめて上級の高出力・高火力・広範囲の魔法で一気に殲滅できる。けれど今この状況、郊外に近いとはいえ王都の中では威力が強すぎてそういった魔法は使えない。
あの魔物を倒しきれるだけの威力のある魔法を他に被害が出ないように圧縮させることは不可能ではないけれど、精密なコントロールが必要になり動きながらだと難しい。
他の方法は……。以前、一体だけはぐれたトレントタイプに遭遇した時に兄様が取った方法――高出力の魔法を一体にだけに使うのはもったいないと〈妖精ノ瞳〉で移動する〈核〉を探し出し剣で一閃! で破壊した。格好良かったなぁ――が出来れば良いのだけれど、私に兄様並みの剣技はできる筈もなく不可能に近い。
アイビーは〈妖精ノ瞳〉を使えない。シャガたちも使えないということ。
だからと言って私が〈妖精ノ瞳〉で視て彼らに指示をしてもタイムラグが生まれてしまうため難しい。
どう対処したらいいものか。
黒い枝の攻撃を避けながらの説明だったので内容が行ったり来たりしてしまったけれどなんとか大事なことは伝えられた、と思う。
「厄介この上ないな。で、わざわざこの氷の地面にしたってことはコイツは特殊事例のヤツか」
「ん? どういうことだ?」
敵も様子見なのか突如止まった攻撃に警戒しながらもハイショウは持っている幅広の剣先でコツコツと氷の地面を叩く。
自身の持つ片刃で少し反りのある剣をもてあそぶように振っていたシャガは、ハイショウにやれやれといった表情を返されている。
「属性吸収ってのは魔法だけとは限らない」
「へー」
「ってこの前! 勉強会! した、だろうがっ!」
「……そうだったか?」
「おまえはー!!」
剣を振るのを止め今度は眼帯を触りながら小首をかしげるシャガにハイショウはがくりと項垂れ、アイビーからは冷ややかな眼を向けられている。
ここで突っ込むと収拾がつかなくなりそうなので私はスルーしておきましょう。
「ええっとですね。あのトレントタイプはハイショウが言うように特殊性がある魔物です。一撃で斃せない場合に大地からエネルギーを吸収したり、稀にですが大地に核を埋め込んで再生という事例があります。今回はそちらの対策をしています。だから有効でも火属性は使わないでくださいね」
「りょーかい。増々厄介な敵さんだねぇ」
「要は魔法使わなきゃいいんだろう。で、どう斃す」
「今回は凍らせて砕きます。その方法ならば多少寒いですが被害は少なく出来ます。ただ……」
私が使おうと思っているのは合成魔法の氷属性上級〈極寒迷宮〉。
広範囲の魔法だけどあの敵一体の範囲までに圧縮させる。
狭い範囲という制限をかけるために魔力コントロールの時間がかかり、魔法を完成させるまで邪魔をさせないでほしいとお願いするとアイビーは言わずもがなですがシャガもハイショウも快く了承してくれた。
止まっていた黒い枝がゆらりと動きだした瞬間、シャガとハイショウが敵に向かい走り出し、二人を援護するようにアイビーの投げるナイフが煌めく。
三人の連携攻撃に魅入ってしまいそうになるのを振り切り、自分の役目を果たすために魔力を整えていく。
まずは〈詳細検索〉で他に人がいないか探り、この周辺には私達以外の人間がいないこと、黒ローブの人物がいないことを確認。
逃げられてしまったのが悔やまれるが今は邪魔をされないだけ良いと思うことにする。
続いて〈極寒迷宮〉の準備開始。
威力を落とさず攻撃範囲の収縮。研ぎ澄まさせていく行為はどこかプログラミングのようで――どうして今更そう思うのか。
ほとんど思い出すことなんてなかったのに、先日からどうも前世のことがチラチラと出てくるような気がする。
まるで何かを警告するかの様に。
お読みいただき、ありがとうございます。
※次話に大きな修正点を発見し、修正に時間がかかるため次回更新を明日(6日)ではなく明後日(7日)に変更させていただきます。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
次回更新時後にこのコメントは消させていただきます。




