55 ―束の間の休日―4
お待たせいたしました。
いちおう前話のあらすじ
ミモザの提案で変装したらまさかの男装。
若干の精神的なダメージを負いつつも彼らにバレることなく作戦は成功(?)
このままのんびりといけるかと思いきや、落ちていたブローチを拾ったら何故か魔力が吸い取られ……さてどうなることやら。
さあっと血の気が引くように身体から魔力が失われていく。
「っ! まずい!」
慌ててブローチを放り投げるれば今までの事が嘘のようにピタリと魔力の搾取は止まった。けれど急激な魔力消失による貧血にも似た症状が襲ってきてベンチの背に深く体を預ける。
指先で触れた、あの瞬間だけで全体の半分くらいの魔力量は持っていかれたみたいだ。
前に症状別対処の特訓で〈魔力吸収〉をかけられた時とは――もちろんあの時は威力を抑えてのことけれど――比較にならないくらい強力だった気がする。
もし離すことが出来ずにずっと触れたままでいたら……と思うとぞっとする。
はぁと息を吐き、無意識に止めてしまっていた呼吸を再開するように深呼吸をすると微かに右手が震えていることに気付いて左手で押さえつけるように握り締めた。
いったいぜんたい、なんだってこんな事が?
強制的に魔力が取られるなんて。
水+土の合成魔法である〈魔力吸収〉は初級までしか許可されていない街中で使用されたら感知の魔法具に引っかかるし、仮に魔法師とか免除されている人物が使用したとしても緊急時以外は人に対しては使用禁止の魔法だからペナルティを受ける前提でこんな事をするなんて考えられない。
そうなると可能性は……あの時触った石が〈魔力吸収〉の魔法石だったら?
とは言っても失敗した例しか聞いた事がないのですよね。主に兄様から。
魔法石の容量いっぱいまで魔力を集めたと思ったら魔法石に溜まったままで使えない! と兄様が叫んでいましたからね。あの魔法具制作の第一人者のアンタムさんも今のところはお手上げらしいですし。
なのでそれは違うだろうし。
そうなるとブローチの宝石が空の魔法石だったっていうのが有力なんだけど……装飾品の魔法石が空の状態であるなんておかしいんだよね。
身につけるものであれば持ち主や周囲から勝手に魔力を補充するから、その魔法石から魔力がなくなることなんて聞いたことない。
作る時点で制作者の魔力を吸収するし、なによりわざわざ作る意味がわからない。
あとは作った後で魔法石の魔力を使い切ったってことになるんだけど、そこまで手間をかけるかな。
仮に当てはまったとして、なぜ、そんなものがこんなところに落ちていた?
それとも置いてあった?
何のために?
疑問は尽きないけれどブローチを回収しなくては。こんなところに放置していてはいけない。
〈魔法壁〉で囲んでじわじわと魔力を吸わせれば運べる、らしいのだけれど。忙しいと思うけどメリア様に連絡して回収を頼むべきかな。
どちらにせよ先に魔力を回復させておいたほうが良さそう。
以前より結構魔力量が増えたから半分とは言ってもそこまで切迫した状況でないのは不幸中の幸いと言うべきか。まぁ何もなければだけれど。
色々なことで頭痛がする頭を軽く振り、念のために持って来ていたものが活躍するのは如何なものかと複雑な気分を抱えながら魔力回復薬を飲もうと服を探り……あっちのスカートのポケットだったと項垂れる。
「しまった、やっちゃった」
「フィーちゃん、座ったままでどうしたの? ……え! 大丈夫!?」
「へ? あ、ミモザ。あのね……」
「気分悪いの? わたし、無理させちゃった!?」
「違う! 違うよミモザ。ごめ、ん。えっと、その、ちょ、ちょっと日差しが眩しくて立ち眩みが……」
しまった! 下を向いていたからミモザが近くまで戻ってきているのに気が付かなかった。
私の顔をのぞき込んでいるミモザに心配させてしまったとあわてて大丈夫だと言うと彼女はさらに泣きそうになってしまった。
さて、何と言うべきか。
ブローチの件は魔法院の管轄になるだろうから彼女には言えないし……魔力不足の件も内緒にしておかないと余計な心配かけそう。
うーん、うーん、どうしよう。
……そうだ!
「食べ過ぎて貧血かなぁ、あははー」
「食べ過ぎ? 貧血? ……ほんと?」
「ホントに本当ー」
食べると血液がお腹に行くってどこかで聞いた事あるし、魔力消失の症状は貧血と似ているから間違ってはいない、はず。うん。……たぶん。
「もう大丈夫。ほら、そろそろ行かないとダメなんでしょ?」
「う、うん。でも……」
「私は平気だから、行こう!」
「うー」
努めて笑顔で明るい声を出したのにミモザはなかなか納得してくれない。
こうなれば実力行使でと立ち上がろうとしたら「だめ!」とミモザは私の肩を掴んでベンチから立ち上がるのを阻止した。
「ミモザ?」
「むー、これはダメです」
「なにがダメなの?」
「フィーちゃんがそういう表情で言う時って~信用しちゃいけないのです! ってアイビーが言ってたもん」
「へ? なんでアイビーの名前が出てくるの? って本当に何ともないから」
「なくないの! だからもうちょっと休んで。カフェは今日じゃなくてもいいから」
「でも……」
「私はフィーちゃんと一緒にいられればいいの! だから、じゃないと……ふぇ」
「わかった、わかったから! ごめん、ミモザ泣かないで? ちゃんと少し休憩するから、ね」
「ふぃ、ちゃん……ほんとう、に?」
「うん、本当。ほらちゃんと座ったままでしょ」
両手で顔を覆い、肩を震わせるミモザを宥めるように言うと「約束、守ってね」とか細い声で返答の後に顔を上げた彼女は満面の笑みでした。
「あー、えーと。ミモザさん? 泣いて、ないの?」
「ん~、なぁに~」
「イエ、ナンデモアリマセン」
はめられた!
勝てないなぁと苦笑いで額に手を当てるとミモザから「冷やすと気持ち良くなるかも」と言う声が聞こえ、次いで何か魔法を使うための魔力の気配がした。
今、ここでは魔法が使えないことがミモザに知られては不味いと「ミモザっ! まって!」慌てて彼女を止めようとして――彼女の魔法が発動し、ミモザは私の声で、私は魔法が使えたことにどちらも驚きの表情で固まった。
「あ、れ?」
「フィーちゃん? 大丈夫だよ~私だってちゃんとどのくらいの魔法が使えるかわかってるよ~」
先に動いたのはミモザで、思わず出した私の手の先で色が変わったハンカチを掲げてふふんと笑っていた。彼女の手に持っているそのハンカチからはぽたぽたと雫が落ちていて、誘われるように視線を落とせば、なにも落ちていない地面を濡らしていた。
何も落ちていない?
ブローチはどこへ行った?
食い入るように地面を見ているとミモザから探るような声で「どうしたの?」と尋ねられ、なんとか淑女スキルを総動員して笑みを浮かべ「なんでもないよ」と返答して濡れたハンカチを感謝と共に受け取った。
何か言いたそうなミモザを見ないようにして彼女から借りたハンカチを(ごめん、ちょっと絞った!)目の上に乗せる。
ひんやりとした心地よさを感じるけれど、頭の中は絶賛混乱中。
ミモザの魔力に影響がなかったのは良かったけれど、あのブローチがないなんて。
落とした後の確認はしていなかったけど風で飛ぶような軽いものではなかったし、ミモザが拾った様子はなかった。
それにここに来てから一切誰も近くには来ていない。
動物さえも。
あれは幻だった……と思いたいけれど失われたままの魔力が夢でも幻でもないことを伝えている。
考えれば考えるほど悪い方向に行きそうになってしまう。
こういうところは前世から治らないものかなと自嘲していると〈呼出〉特有の波音のようなものが聞こえ、続いてアイビーの『申し訳ありません、リーア様』という声が響いた。
珍しく焦った様子の声色に思わず目を瞬かせていると、ミモザにも何か連絡が来たようで軽く目を見開いた後にむぅと言いながらに眉間にしわを寄せた。
アイビーと連絡を取ってもよいかと尋ねる前にミモザの方から「アイビーから連絡だよね? 終わったら私にも教えて」と言われ、彼女の言葉に疑問を覚えながらもアイビーへ何かあったのかと〈呼出〉で返答し彼女からの答えを待つと申し訳なさそうな声で説明してくれた。
曰く、私達から見えなくなって少し立った頃、突風が吹いたそう。
その風で(私に化けていた)アヤメさんの帽子が飛んでしまってバレたらしいとのこと。
らしい。というのは追いかけていた彼らが急に踵を返して戻っていったのを慌ててミモザの護衛さんたちの一部が今度は逆に追いかけていったけれど、どうやら見失っているのだそうです。
もしかしたらさっきのミモザへの連絡はこれあたりかな。
この後は当初の予定どおりにアヤメさん達を送り届けてからこちらへ向かうことで良いのかということの質問でした。
あらら。上手くいったと思ったらまさか風で帽子が飛ばされるという自然現象でバレるとはビックリです。
でもこればっかりは予想できないことですし、誰も責められません。
だからミモザが不機嫌なのでしょうね。
ミモザへアイビーからの連絡を簡単に説明すると、盛大なため息を吐いた後、彼女には珍しく勢いよくベンチに座り込んだ。
おぉう、ピリピリしてちょっとコワイー。
「ミ、ミモザ?」
「ん~、なぁに~?」
「えっと、ですね。アイビーへはどう言えば良いかな……」
「予定どおりでいいよ~って。でもカフェには行かない」
「え、あぁそうなのね」
「うん。鉢合わせするのは嫌だし~、ここでアイビーを待ちつつのんびりしよ~」
「ここで良いの? まあミモザがそう言うのなら。お任せします」
「任されました~」
ん~と伸びをしたミモザがはっと何かに気が付きピタっと静止して「やっぱり行ったほうがいいのかも」と真面目な顔で言う。
急な正反対の言葉に私が目をパチクリさせると、それを見たミモザは某しましまネコのように『にしし~』と笑う。
「さっき全然気付かれなかったから行っても平気だと思うのです~」
「それは……」
「服も違うし!」
「まあ、仮に変装しててもこういう衣装だとは思わないでしょうね」
そういえば男装(?)していたんだったなぁと若干遠い目になりながらコートを触わると魔力の流れを感じ、ちゃんと〈魔防護壁〉が展開されているのが分かった。
さっきのはコートには影響がなかったみたい。もし効果がなくなっていたら兄様たちの研究とか費用とかが更に追加されてたかも? ……ホントに良かった。
「でしょでしょ~。それに、ニコって結構抜けてるもん」
「ニコティ様が抜けてる? って、そんなことないでしょう」
「あるの~。だってこの前……」
「へぇ、ミモザってボクのことそう思ってたんだぁ」
「へ?」
「あ」
「ども」
声が聞こえた方向――後ろを振り向けば、そこには「そうか、そうかぁ」と笑顔なのに目が笑っていないニコティ様と苦笑いのイセンがいた。
あらまぁ、見つかっちゃいましたね。
つかつかとこちらに来たニコティ様はミモザの前に仁王立ちになり珍しく不機嫌を顔に張り付けたままで見下ろす。
怒られるのを覚悟していたはずでしたが、実際になるとちょっと凹みますね。
「ミ~モ~ザぁ~」
「うひゃ! ……ひ、人違いではないでしょうか」
「この期に及んでとぼけるきか!?」
「ち~が~います~」
つんとそっぽを向くミモザの行動が余計にニコティ様を煽っているようで……止めた方が良いのかなとイセンを見上げれば触らぬ神に祟りなしといった疲れた表情で答えてくれた。
「お疲れ様、です?」
「お疲れ様だぜ、まったく」
「あはは。でもどうして後をつけるような真似したの?」
「オレはさっさと話しかけようぜって言ったんだけどな。ニコのヤツ「それだと何だか負けた気がする!」って言って聞かなくってさ」
「そ、そうなんだ……」
プライドってことかしら。男の子ってムズカシイ。
そんなことを話していたらミモザが根負けしたようで、ニコティ様を向き合い睨みあいのようになっていた。
「ニコ、しつこい!」
「ミモザ!」
「……なによぉ、ニコのくせに! このヘタレお菓子どろぼー」
「なっ! 人聞きの悪いこと言わないでよ! フィーの前で! ってミモザだってボクからチケット奪ったじゃないか! か、え、せ!」
「違いますー。あれは正当な交換ですよ~!」
「どこが正当?! たかがお菓子一個食べたくらいで「たかが、ですって?」……え?」
「私が、大切に、食べていた、あの、お菓子を、『たかが』、ですって? 今、そう、言ったの? ニコ?」
「な、なんでそんなに怖い顔っじゃなくて。い、言ったよ。なにが悪いのさ。お菓子くらいで怒るなんてミモザは子供だね」
「子供上等! だって怒るわよ。あのお菓子はフィーちゃんが私のためだけに作ってくれたのだもの。ね~、フィーちゃん」
「え?」
ニコティ様と言い合っていたミモザが急に私に振ったものだから、一瞬心臓が止まったかと思った。まさかこっちに来るとは思ってもみなかったので微妙に話をスルーしてイセンと話していたのですよね。
うわー、不味い。ミモザの期待の目がプレッシャーだよぅ。
えーとミモザに作ったお菓子だよね。最近のでいいのかな。それだと……。
「ミモザへのお菓子、だよね? ん~とちょっと待って。最近の、だと……あぁ、ショコラとかの詰合せのかな?そういえば色々作ったなぁ。あ、どうだった? 味見はしたけどミモザの好みになってるか心配だったの」
「まだ全部食べてないけど~、食べたのは全部美味しかったよ~。幸せ~。特にあのビターチョコとレモンの組み合わせのが好き~」
「良かった。私もあの組み合わせは好きなんだ」
「一緒だね~。……その一番気に入ったのを食べたのよ、ニコは! だからあのチケットとの交換なの!」
「フィーの手作り……!?」
「え、ちょっとミモザ! 私のお菓子一つとカフェのチケットを交換させちゃったの!?」
今度は私が驚く番で。
本日最大級の頭痛がする。
なにをやってるのよミモザ! それはニコティ様怒るでしょう!
「そうだよ~。その価値はあるのです」
「いや、でもね、ミモザ」
「……フィーのお菓子。でも、いや、うーん」
「ニコティ様、迷わないで良いですから」
「いやー、あれは凄かった。防戦一方だったもんなー」
「うふふ~。私に口で勝とうなんてニコには一生無理~」
「なっ! 言わせておけば! 大体ミモザは昔から……」
ぎゃーぎゃーと言い合を始めてしまったミモザとニコティ様。
これは下手に口を出したらとばっりちりが来そうなのですぐに止めるのは無理そうですね。
横のイセンを見れば一歩下がって傍観を決め込んでいるので私もそれに倣おうとベンチからそろりと立ち上がり彼の側に移動する。
「二人ともすごいねぇ」
「ホント、昨日に引き続きよくやるなぁ」
「そうなんだ。……それにしてもよく分かったね。近くを通り過ぎた時に気が付かれなかったから絶対に分からないと思っていたのに」
「まあパッと見はわからんかったな。声聞こえて、髪色見たら一発でわかったけど。でもそれ以外にも結構目立ってたから注目したってのもある」
「え? そんなに変?」
「いや、変じゃなくてさ。なんつーか……中性的で目を引くって言うか」
「???」
「なんて言うか……気づく前の印象な。ミモザ様は弟みたいで、こうわしゃわしゃって可愛がりたくなるタイプに見えるだろ?」
まだまだ終わりそうにない言い合いを続ける二人を見て確かにと頷く。
私服姿のニコティ様は制服姿より幼く見えるし、ミモザは男装しても可愛い系ですし。
口には絶対に出せないけど、段々と小犬のじゃれ合いに見えてきちゃった。
「そんでもって、フリージアは綺麗な男の子? みたいな? ま、ともかく二人ともバリバリのお忍び感が隠せてない貴族のご子息に見えるわけよ。そんな風に見える奴らがいたら目を引かないわけがない。可愛いもの好きのうちのねーさんなら確実に捕獲にはいるぞ」
「ほ、捕獲って……そうかなぁ」
「そうなの、そんなもんなの、世の中は。まぁ後はニコの執念というかなんと言うか……自覚して突っ走るやつは凄いっつーか。ま、それはニコから聞いてくれ。ってか周りの目線気がつかなかったのか? 『魔法院の姫』が?」
「『姫』じゃないから。ミモザじゃないけど怒るよ? ま、色々あったのですよ。……だからじゃないけど、今はわかるよ。ちゃんとね」
「ん? なにが……って、あー、面倒だな。誰だ?」
「それは向こうに聞かないと。面倒ってだけで済めばいいけどね。アイビーには早く来てもらった方がいいかもしれない」
「そうだな、よろしく」
イセンに頷き、アイビーへ〈呼出〉で私の魔力回復薬を持って急いでこちらに来て欲しいと言うと『5分……いえ3分で向かいます』という連絡があった。
今どこにいるかを探ったところによると結構距離が――歩いて20分くらいはありそうだけど。無理しないでとは伝えたけどアイビーなら本当に3分で来ちゃうかも。連絡しながら移動しないと行き違いになりそう。
あーあ、せっかくのお休みもここで終了かな。
ここまでは楽しかったから後味よく今日を終えるために一頑張りしましょうか。
ふうと息を吐き、ミモザたちを見ればまだ言い合い継続中。
すごいなぁ……決着がつくまでさせてあげたいところだけど残念ながら今日のところは強制終了。続きは後ほどってことでお願いしましょう。
イセンの背中をポンと叩いて促すと、やれやれといった表情で彼らの方へとともに歩き始める。
さて、二人に声をかけて移動開始です。
いつもお読みいただきありがとうございます!
なかなか執筆が難しい状況になってしまい、せめて月1と思っていたのですが遅れてしまいました。
すみません。
次回からは21時ではなく出来上がり次第の投稿になるかもしれません。
よろしくお願いいたします。




