54 ―束の間の休日― 3
大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。
一応前回のあらすじ(のようなもの)。
ミモザと侍女のアイビーと出掛けたフリージア。
その途中で珍しい人物――服飾デザイナーのバニアナさんに会い、彼女のアトリエへ。
そのときミモザが何かを思い付いて……嫌な予感しかしないのはなんでだろう。
そんな続きです。
「うふふ~、作戦成功~」
「……いいのかなぁ」
「いいの! これで気にせずゆっくりと回れるもん」
ぜんっぜん気が付かないね! とウキウキとした表情で通りの向こう側を眺めるミモザ。
後で怒られても知らないよと言いながら同じく視線を向ければ、色違いのワンピースを着て帽子を目深に被った二人の女性とその後に続く侍女――アイビーが角を曲がって行くのが見えた。その彼女たちの後を追うように例の二人組とミモザの家の護衛さんたちの半分もその向こう側へ消えていった。
コレ結構美味しい~とパンケーキを頬張るミモザの食欲――また食べるの!?――に感嘆しつつも「なんでこうなったのかなぁ」と熱いレモネードを冷ますようにふぅとため息一つ。
ミモザから提案された時は、まさか引っかからないでしょうと思っていたのですが、こんなにすんなりと事が運ぶとは。
う~ん、本当に良かったのかな。まあアイビーと護衛さんたちの半分がいるから危険はないと思うし、とりあえず今はこのままでいこうかな。
でもミモザってこんな策士の様なことをするキャラだったっけ?
◇※◇※◇
ミモザが提案したのは一言で言えば『変装して騙しちゃおう!』。
私たちが来ている服を誰かに着てもらって、さらにこれから行く目的地とは反対方向へ行ってもらい彼らの追跡を撒いてしまおうということ。
そんな変装してくれる人なんて……と思っていたら何故か乗り気なバニアナさんがアトリエのスタッフさんを呼んできて作戦(?)が決行されることになってしまいました。
ちなみに、ちょうど背格好が似ているスタッフさんというのは私たちの服をミモザのお母様経由で仕立てる時にも活躍してくれる人たちだそうです。
その二人はアヤメさん、エリカちゃんという親子で働いているスタッフさん――ミモザの服の担当の娘さん、エリカちゃんは10歳だそうで――紹介された時にミモザがビシッと固まり私も何も言えず微妙な空気が流れたのは言わずもがなでしょう。
最近の若い子は発育が良いのか、それともミモザが……。これは口に出してはイケナイ!!
ミモザの無茶な計画(?)に乗ってくれたアヤメさんとエリカちゃんは私たちの服を着てアイビーと共にバニアナさんのお使いも兼ねてこれから私たちが行く方向と逆にある2号店のほうへ行ってくれるそうです。
アイビーはそこで私たちの服を回収して後で合流してくれる予定。
では私たちの服はどうしようか? というところで「変装だったらコレでしょう!」とイイ笑顔のバニアナさんが用意してくれたのは、男物の洋服一式でした。
私としては動きやすくて願ったり叶ったりですが、貴族令嬢のミモザは受け付けないんじゃと思って横を見れば……意気揚々と服を脱ぎはじめ――って室内で私たちしかいないけど窓はあるんだからカーテン閉めるまで待ちなさーい!!
慌ててカーテンを引きもう一度ミモザに注意しようと後ろを向くと、そこにはミモザではなく笑顔のアイビーがさらしを手に持――ちょっと待ってアイビー、なんでそんなに笑顔なの!? 服は自分で脱ぎますから! 引っ張らないで! そんなに締めな……ぐぇ。
必要なこととはわかっていますが、あんなに締めなくても……うぅ、魂まで出て行ってしまった気がします。
そんな疲労感を抱えつつ、用意された服に袖を通すとピッタリで驚いた。
私のサイズを知っているから男物でも着られるものを用意してくれたのだと思っていたのですが、これは女性が着る前提で作られたもの。
男性ものとはダーツの位置も袖の長さもボタンの位置も違う。
まさかと顔を引きつらせた状態でバニアナさんを見れば、ブイサインで出迎えてくれました。わぁお。
「いやー、想像以上にお嬢様に似合うねぇ~」
「……一応お聞きします。どうして、ピッタリ、なんでしょう?」
「あっはっはー。似合うかなーって試しに作っておいて良かったよ。まさか有効活用してもらえるとは思ってもみなかったさね」
ケラケラと笑うバニアナさんに今ならアイビーの気持ちがわかった気がします。
あははーそうですねーと遠い目になりながら渇いた笑いを浮かべて現実逃避していると後ろから衝撃。
身構えていなかったのでちょっぴり痛かったけど、いつものように後ろ手でポンポンと離してと合図を送ればパッと手を放してぴょこんと私の前に来るミモザ。わぁ、可愛い!
着替えの終わったミモザは裕福な商家の少年のような……よくある貴族の子息のお忍び風といった感じでした。髪は毛先が少し出るように帽子の中にまとめてあり、あのふわふわなミモザの髪の毛が帽子の中に納まるなんてアイビーの手はまるで魔法のようです。
「フィーちゃん、格好良い!」
「複雑な気分もありますが良くお似合いですよ、リーア様」
「あ、ありがとう。ミモザも似合っているよ。まあ、うん、アイビーの言葉どおり複雑だけどね」
「そ~だね~。でも楽しい!」
ミモザは男装が気にいったのか「面白ーい」と鏡の前でくるくると回ったりしながら眺めている。
楽しそうで何よりと見ていると櫛を持ったアイビーが「リーア様の番ですね」と化粧台の前へと誘う。
椅子に座って鏡越しに私の髪を梳くアイビーは本当に珍しく少々不服そうなと言うか悔しそう? な表情で眉間にしわを寄せている。
「どうしたの、アイビー。眉間にしわが寄ってるよ?」
「え? あ、いえ、その……すみません」
困ったように口を噤んでしまったアイビーに「大丈夫?」と声をかければふうと息を吐いたあと「申し訳ありません、ちょっと悔しいだけです」と苦笑いを浮かべた。
「悔しい?」
「はい。リーア様に似合う服は私が一番知っていると思っていたのですが、まだまだあったとは」
「ん? えーと、それは……」
「次はバニアナに負けないような服を用意してみせます!」
「いや、次はなくても良いような?」
乞うご期待です! となぜか急上昇したアイビーのテンションの高さに下手なことを言うと藪蛇になりそうなので「お手柔らかにオネガイシマス」と返すのが精一杯でした。
出来ましたとちょっと得意げなアイビーに頬が引きつりながらも感謝を述べて私も全身が映る鏡の前へ移動。先程のミモザのように後ろを向いたりして確認します。
良くも悪くも目立つ菫色の髪はアイビーの魔法の様な手によって短めに見えるようにまとめてある。髪は前世とは違い細めの髪質だとはいえ腰くらいまであるのにどうやってこうなったのか……見ていた筈なのに全然わからない。
ホント凄いなぁと感心しつつ、最後に手渡された帽子を被って準備完了!
鏡の中の私の格好もミモザと似たような衣装。動きやすいのは勿論ですが、せっかくだからといただいたコートに似合うのが嬉しい。今は薄紫色の可愛いほうではなく実用的な紫紺色の魔布が表にくるように着ています。こっちの方が格好良いので。
それにしてもとコートの表面を撫でてみれば本当に〈魔防護壁〉が展開されている魔力の流れを感じる。想像上のものを形にするなんて、やっぱり兄様は凄いなぁ。これは大切にしなきゃ。
そんなこんなで準備が整ったということで、バニアナさんたちにお礼と再会を約束して私とミモザが先にアトリエを出て近くのカフェへ。
彼らの近くを通り過ぎた時に一瞬視線が来てバレたのでは!?と緊張しましたが、気が付かれずにすんで一安心。
苦労した甲斐がありました。
そしてカフェでお茶を飲みつつアヤメさんとエリカちゃんとアイビーが出掛けて行くのを待って彼らがちゃんとついて行くのかを見守って……というところですね。
彼らが通り過ぎて行って10分ほど経ったでしょうか。
そろそろ移動するのかなと聞けばミモザは満面の笑みでうなずいた。
「今日の一番の目的地へれっつご~なのです」
「了解……ってたしかカフェだったよね? 今、食べたばっかりで行くの?」
驚きのあまり思わず声を上げるとミモザはキョトンと私を見て、不思議そうに首をかしげる。
何かあったの? と言うような表情ですが、私の記憶が確かなら先程食べていたのは三枚重ねのパンケーキにフルーツがたっぷり載ったものだった気がするんですけど……。
「うん? あれくらいなら全然平気。まだまだ食べられるよ~。だから早くいこ? あ、でも場所はまだ秘密~」
「あ、あはは。うん、わかった。気になるけど、楽しみにしておくね」
「うふふ~、きっと気にいってくれると思うよ~」
ニコニコと笑うミモザの笑顔に彼女の食欲には突っ込んではいけないと心に決めた。限界まで食べるなんて言われたら私のほうが胸やけしそうだもの。
じゃあ行こうかと席を立ち、ミモザ曰く『緊張するけど楽しみなお会計』を済ませましょうか。
私は兄様と一緒だったりひとりでフラッとカフェに入ったりするからもう緊張なんてしないけど、侯爵令嬢なミモザの場合は侍女さんがいる時は出来ない体験ですものね。
私が先に会計を済ませて一人で頑張ると言うミモザを残し少し離れた場所で見守る。
緊張の面持ちの彼女とそれを丁寧に対応するスタッフさんとのやり取りが微笑ましい。傍目にはお忍び貴族のお子様が頑張っているのをスタッフのお姉さんが優しく教えている図というのが何とも言えないけれどほのぼのとした雰囲気で癒されますね。
「この状態をアシンス様が見たら何て言うだろう。ふふ……わっ!っと」
ついふっと気を抜いてしまっていたので、急に現れたつば広帽子に思わず身体が一瞬硬直する。そのせいでその帽子をかぶった女性を避けきれず、お互いの体がぶつかり二人ともよろめいた。
私のほうはアイビーの指導に加え動きやすい服ということもあってすぐに体勢を立て直せたけれど、相手の女性はふらふらと今にも倒れ込みそうになっていた。
急いで女性を支えたので転ぶこともなく無事でしたが、その女性は俯いたまま反応がなくて心配になる。
「あの、どこかお怪我でも? それともご気分が悪いのですか?」
「……いえ、大丈夫です。失礼いたします」
「え? あの……」
女性は小さな声で告げると、先程とは正反対の素早い動きで私から離れるとまるで逃げるかのように小走りで行ってしまった。
私が男装しているから男の人と間違えて怖かったのかな? だとしたら申し訳なかったかも。
でもヒールで早歩きを出来るのなら怪我はないだろうと安堵の息を吐くと会計が終わったらしいミモザが急いでこちらへ来てくれたのか、軽く息を弾ませて隣にいた。
そんなに急がなくても先に外へは行かないのにと思いつつ、先程あったことを言えばミモザは私にビシッと人差し指を突き付けて「だめなの!」と言う。
「どうしたの?」
「じゃないよぉ~!」
「ミモザ?」
「フィーちゃんはもっと怒っていいの! 向こうが悪いんだし、助けたのに一言で行っちゃうし! もう!!」
いつもならこんな事で怒らないのに何故かミモザはプリプリとご立腹。しまいには追いかけようとするからビックリした。
チラチラとこちらを見てくる人も増えてきてしまったので、私は気にしてないから早く行こうとなんとか宥めてカフェの外へ出る。近くのベンチがあったのでそこに座わり落ち着くようにとミモザの背中をポンポンと軽く叩くと座ったまま器用に私にぎゅっと抱き付きついてきた。
しばらく彼女の好きなようにさせていると、落ち着いたようで私から身体を離すと、どこか困った表情で「なんかイライラしちゃった。ごめんね」と言ってから深呼吸をするとニコッと笑い、いつもの雰囲気に戻った。
私はいつまでも考え込んでしまう性質だからミモザのこういった切り替えの早さは羨ましい。
「私は大丈夫、気にしてないよ。えーと、この後は目的地の前にアイビーと合流だったよね」
「うん、そうだよ~。あそこに行く前に着替えないと。でもフィーちゃん格好良いし、このままでも良いよ~」
「いや、そこは着替えよう?」
「え~、しょうがないなぁ~。着替える許可をあげましょう~」
わざとらしく胸を反らせて偉そうに言うミモザとのやりとりが妙に面白くて顔を見合わせると同時にぷっと噴出して声を上げて笑い合う。
普段なら『上品に笑いなさい』や『淑女らしくなさい』と怒られそうですが、前世と同じように公の場でもこうやって笑えるなら男装も良いかも。なんてね。
ひとしきり笑い合い、ひと息つくとミモザが「気を取り直してれっつご~なのです!」とベンチからぴょんと飛び降り歩き出す。
そうだね、と彼女の続いて立ち上がろうとした時にカツンと足に何かが当たった感覚があった。
なんだろうと下を見れば右足の側に、薔薇の花がモチーフらしい黒い石が散りばめられているのが特徴的なブローチが落ちていた。緻密な細工と輝きに吸い寄せられるような感覚を覚える。
でもおかしいな。ここに来た時にはなかったと思うけど、ずっと下を見て歩いていたわけじゃないから見落としたのかも。
足に当たっただけで踏んではいないから見た感じは壊れているようには見えないけど……大丈夫かな。と、確認しようとそのブローチを拾い上げて砂を掃おうと黒い石の部分に触れた瞬間――接触した指先にヒヤリとまるで氷に触れたような冷たさに息を飲む。
次の瞬間クラリとめまいがして同時に起こる倦怠感。
身体から失われていく、魔力の、この感覚は、〈魔力吸収〉をかけられた時と似ている?
お読みいただきありがとうございます!
かなり不定期になってしまい、申し訳ありません。
読んでくださって本当に感謝しております。
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ありがとうございます!




