52 ―束の間の休日― 1
前回よりかなり時間が空いてしまって申し訳ありません。
少々説明多いです。
「フィーちゃん!このお店も可愛いよ~。あ、あっちのお店のは美味しそ~だよ~」
「わかった、わかったから。お店は逃げないからもうちょっとゆっくり歩こう? あとちょっと落ち着いて!」
「ん~、わかった~」
ぐいぐいと私の手を引っ張るミモザに「目立ってるから!」とお願いして歩くのとテンションを落としてもらった。それでもすぐに速足気味になってしまうのは楽しくて仕方がないからだと思う。
なんて言っている私も人のことは言えず、気分が高揚しているから頬が緩むのは止められない。
今日は色々なことをちょっと横に置いて楽しむぞー! ってね。
今日はダンスの授業があった日から二日後の学園の休日。
ミモザと一緒に『職人街』でカフェ巡り(食べ歩きもね~ Byミモザ)とお買い物。
もともと買い物の予定にしてありましたが、滅多に取れないというカフェの優先チケットを手に入れたらしいのでそれをメインにしてのお出かけ。そんなチケットを手に入れるなんて凄いなぁと言ったら、心優しい友人に譲ってもらったとのこと。希少なチケットを譲ってくれるなんてミモザの友人さんに感謝ですね。
今日の装いは、何故かミモザのお母様の侯爵夫人が『お出かけのために!』と用意してくださった色違いのちょっと裕福な家のお嬢さんが来ていそうなワンピース。ミモザが暖色系で私が寒色系。
パッと見はシンプルなのですが、見る人が見れば最高級品の生地に繊細なレースをふんだんに使った逸品と言うことがわかるでしょう。私には過分なものだとは思いますが、着心地は最高です。
でもベタ褒めは出来ないのですよね……言ったら最後『気にいってもらえたのね! じゃあ次はどんなのが良いかしら? またわたくしが作って良いってことなのね!』と採寸地獄が始まるのです。
……もうあれは二度としたくないのです。うふふふふ……。
それはさておき。
基本的に色々と揃っているので――たまに専門業者も来るそうなので――寮も含め学園内で生活をするのには全て事足りるのですが、週末の休みの日は申請すれば学園の外へ買い物などに出ることが可能です。
先週は階段から落ちて寝て過ごしていたから私にとっては初めての週末の自由時間。
学園に入る前もたまにミモザと一緒に出掛けることはありましたが、“侯爵令嬢で王太子殿下の友人”ということもあり数人の護衛がすぐ近くに常についていて、『貴族街』にしか出掛けられませんでした。
ミモザは不服だったようですが、伯爵令嬢の私にとっては滅多に行けない場所にも連れて行ってもらったので勉強になったのですけどね。
そのため、今日もちゃんとミモザの護衛の人はいます。
ですが以前のような仰々しいものではなく、気配を隠して少し距離を取って護衛してくれています。
その主な理由は2つ。
1つ目はここが『職人街』ということ。
『貴族街』ではそこかしこに貴族御一行様がいらっしゃいますが、『職人街』大げさな護衛はご法度。ハッキリ言って邪魔でしかありませんし、昔にそう言った事例でもめたらしく、王様が直々に諌めたそうです。そんな訳で、護衛は一人または二人の最低限でというのが暗黙の了解と言いますか。まぁ、高位貴族であれば商人や職人を自邸まで呼び出すことがほとんどですし、お店へ行く時はお忍びが主流ですけどね。
それにお祭りなどの時はともかく、よっぽどな場所に行かなければ前世の日本くらい治安は良いですし。
それから、2つ目は私とアイビーの存在です。
私については魔法院所属の治療魔法師の“上級者”ということ。
良くも悪くもあの肩書……“魔法院の姫”&“あのジオラス・ウイスタリアの妹”が、アムブロシア侯爵家の皆さまに信頼を頂けているようです。嬉しいような、かなり悲しいような……ちょっとプレッシャーと共にグッタリ感に襲われましたけどね。
噂のことがあったのでミモザとは離れるように言われると思っていたのですが、そんなことはなく、畏れ多くも御当主様直々の手紙で『侯爵家は識っている。それよりもミモザをくれぐれも(暴走させないように)よろしく』との言葉まで……ってミモザ、実の父親からこう言われていますが、良いの? あ、大丈夫なのね。うん。分かった。
……いいのかなぁ?
そして私の侍女のアイビー。
アイビーはアキレアお母様の弟子として有名なことが主な理由だそうです。
実際、私が学園に入るまではたまに侍女や従者の護衛の心得を乞われて教えに行っていましたし。
今は私たちが授業を受けている時など、用がない時は他の侍女さんに護身術のようなものを教えているそうです。結構好評でその内授業でも取り入れようとか何とか。
騎士団の女性陣とも仲が良いそうで、慕われているみたいですよ。
細かいところでは私たちの年齢も上がり、学生になったことも含まれるでしょうか。
なんにせよ、ある程度自由に動けるのは嬉しいことですね。
そうそう、アイビーが一緒に来ることになった理由には護衛能力の他に私たちの個人的にお願いしたことがあるのです。
私もよく魔法院の仕事などで『職人街』へ来ていましたが、行くところが限られていたので表面上しか知りません。それに、ここ何年かは魔法院の中での作業や魔物退治で街の外でしたからね。その辺、アイビーは伯爵家の用事や個人的に来ていたり、侍女さんネットワークもあるので最新の穴場のお店などを熟知しているのです。
まぁ、要するにガイドさんなんですけどね。
アイビーも私たちと一緒ということで遠慮しながらも嬉しく思っていてくれているみたいで、いつもより張り切っている感じがします。頼もしいな。
「リーア様、ミモザ様。目的地はそちらではなく、あちらの通りですよ」
「ありがとう、アイビー」
「お気になさらず。そうそう、この時間なら焼き立てが食べられますよ」
「ほんと!? 楽しみ~。さすがフィーちゃんの侍女! 侯爵家にも欲しい~」
「お褒めに預かり光栄ですが、私はリーア様のものなので」
「ア、アイビー!?」
「そっか~、残念だけどフィーちゃんのものなら仕方ない」
「ちょ、ちょっと、ミモザも変なこと言わないの!」
「冗談だよぉ~?」
「私がリーア様のものなのは事実ですから」
からかい完了! といったようにクスクスと笑い合うミモザとアイビーにジト目を送ってから、まったくもうと息をはいて上を向く。
澄んだ雲一つない濃い青空。……あの人の瞳の色よりは薄いけど、きれいな空の色。絶好のお出かけ日和。
そのままゆっくり深呼吸する。なんだか涙が出そうになるのは眩しいからかな。
何事もないような日常が改めて幸せに感じる。
学園が始まって2週間。“まだ”なのか“もう”なのかはこのところの怒涛な出来事によって違うけど、どちらにせよ少し疲れ気味。だから今日のミモザとアイビーとの外出はとても楽しみ。
リフレッシュして週明けからのユクサとの特訓に備えなきゃ! とふと昨日のやり取りを思い出す。
―――ダンスの授業のあった次の日。
禁術に関して何か進展があったかなと、治療魔法師の依頼をこなしてからユクサのところへ行くと、グッタリ気味で出迎えてくれました。
どうしたの!? と聞けば、禁術関連の魔法書はユクサでも直ぐに取り出せないような特殊な場所に置いてあるそうで、見つけるのに苦労したとこのと。
必要ないと思って複雑にし過ぎたと言っていましたが、本来なら使われては欲しくないものですからその当時のユクサの行動は良かったのだと思います。
まあ、『複雑な暗号を何度も重ねて最後のほうで一回振出しに戻り、その上最終的にはひたすら計算問題を解く』なんてノリと勢いの産物は控えたほうが良いとは思いますが。
そんな経緯を経て判明した禁術の名は『〈闇瑕ノ烙印〉』。
かけた人物を術者の意に沿って行動させる禁術。伝承では嫉妬の女神から授かる……なんてことも書いてあるらしい。
一見、闇属性の上位〈洗脳〉(対魔物・魔獣用/人に対しては禁術指定)と似ていますが、これと違うのは〈洗脳〉は光属性上位の〈月光ノ聖域〉や成功率は低いですが〈魔法壁〉で防御可能ですし〈魔法解除〉で解除できます。意志の強さでも破れるという事例もありますね。
特徴はもう一つ。意識を乗っ取って行動させるのでその時の記憶は残らないという点でしょう。
その凶悪版が〈闇瑕ノ烙印〉と言うところでしょうか。
禁術と言うだけあって防御魔法は効かないようです。防ぐには『精霊の囁き』や『神の加護』なんて書いてあるようですが、ユクサも知らないそうなので“防げない”のでしょう。
コレの特徴としては、意識を混濁させ術者の思惑によって曲げられた意志を正しいと行動しながらも、それ以外は普段どおりに行動するので他人から見れば『ある事柄にだけは以前とは違う行動するけど……』というようにしか見えず、気が付くのが遅くなるようです。加えて嫌なことは解術されてもその記憶が残っていること。
それを利用して散々悪い行動をさせてからわざと解術して、罪悪感で自らを害させることがあるというのがこの術の恐ろしい点だと思う。
解術した後にそれをフォローできる人物がいれば復帰は早いと思うので、殿下やアマリリス様に期待したいところですね。
それから、術にかかっている間は身体のどこかに黒百合の痣があるそうです。これも確かめてもらわないと。
この闇瑕ノ烙印〉の解術方法は、術者に解いてもらうか消滅させるかの二択。
どちらにせよ楽な方法ではありませんが、術者には見当もつかないので――探すとなると時間が過ぎるばかりなので――今回は消滅させる方法を選択せざるを得ません。
その為には〈魔法ノ消滅〉という光と闇の合成魔法――〈時空〉属性の魔法を覚えること必要だそうです。
そのためには十分な魔力量が必要だということでユクサに視てもらったら、兄様に迫るくらいまで増えていました。おぉ、びっくり!
だからあの時、以前の量の魔力回復約では魔力が十分に回復しなかったのですね。納得しました。
ユクサが言うには、一日の中でギリギリまで魔法を使った状態が2回もあったからではないか、とのこと。実はこの方法って危ないので自発的にするのは禁止項目に引っかかるのですよね。不可抗力だとしても、現在は使い手のいない〈時空〉属性の魔法――〈真実ノ瞳〉も使ったからバレたらちょっと不味いかもしれない。……気が付かれるまでは黙っておこう。
というわけで、習得条件はクリアしているのですが私の体調と精神面を考えたユクサからの忠告で、週明けに特訓です。
これさえ終われば、きっと、あの話のように進むハズだから……。
くいくいと袖を引かれて「大丈夫~?」とミモザに見上げられたので「ちょっとぼーっとしちゃった」と苦笑いを返えして「行こうか」と促す。
歩きはじめるとスッと私の横に来たアイビーが笑みをたたえたまま、ちらりと後ろに注意を向けるような目線を配り、私達に聞こえるくらいの声で「如何しますか?」と問う。
あぁ、あれか、と苦笑いを返して、ミモザへ判断を仰ぐと「ほっといて良いよぉ~」という答え。
「そのままで良いの?」
「だって、構ったらせっかくフィーちゃんと一緒のお出かけなのにすぐに台無しになっちゃうもん。だからギリギリまで気が付かないふりでもしておこう~。と言うより後で撒いちゃおう!」
学園から出た辺りから尾行……というか後をついて来る人影があるのですよね。
気配を消しきれていないので魔法を使うまでもなく分かってしまったのですが、一定以上近づいて来ないので微妙に対処しにくいというかなんと言うか。
アムブロシア侯爵家の護衛も近いところにいますので大丈夫だとも思いますけど。
とりあえずはミモザの案を採用するということで、気が付いていないふりをして当初の目的の店へ急ぐ。
食べたら~お買い物をして~、それからカフェの予定~と満面の笑みを浮かべるミモザに笑みを返して、今日は一緒にとアイビーの手も引いて歩き出す。
今朝ちょっと不安なことがあったけど、王都になら。
ここなら守られた場所で治安も良いし頼りになるアイビーもいる。
楽しい一日になると良いなぁ。
―――そう。だってココは、日本人が作ったゲームから派生した小説の世界。治安を悪くなんて設定しないハズだもの。それに魔物や魔獣がいても私たちには対抗する魔法がある。だから危ないのはあの話に沿った時だけ。そのハズだから……―――
今日は何も起こらない。
この時はそれを信じていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
体調不良でダウンしておりました。
風邪も流行っているようですので、お気をつけ下さいませ。




