49 ― 一難去って・・・―
更新と内容の進みが遅くて申し訳ありません!
――ギシ……ギシリ――
頭上から聞こえたのはこの世界で普通に生活している時ならば、聞くことはない何か軋むような音。
前世のような木造の家なら聞こえることもありますが、この世界は西洋風で石造りの建物ばかり。他国や特殊な場所では木材を使用した部屋もあるようですが、こういったホールでは耐久性や見栄えの観点からも使われることはありません。……そういえばこの世界ってコンクリートはあるのかな? それともやっぱり石を加工して魔法+人力なのかな? なんて。建築を学んでいるわけでもないですし、今は関係ないことですね。
一度だけなら気のせいで終えるところですが、二度三度とあると聞き間違えとは思えない。
しかも今回は嫌な予感と言うか首の後ろがチリチリとするような焦燥感も襲ってきている。
それに木の軋む音というよりはもっと硬いもののようで……。気のせいだと思っても拭えないモヤモヤとした感覚に、咎められるのを覚悟して「申し訳ありません」と言いダンスを中断して上を向く。
え? ……シャンデリアが揺れている?
まさかと思い、体の動きを止めて食い入るように天井を見る。
ジッと睨むように目を細めて天井とシャンデリアを繋げている部分を見れば、一カ所……いや、二カ所繋がっていないところがある!
このホールにあるシャンデリアは大小合わせて7つ。
その中で今、繋がっているべきところが外れて落ちそうになっているのは真ん中にある最大のもの。
こういったものはちゃんと落ちないように魔法で強化していたり、定期的にメンテナンスしているハズなのに。……何故?
幸いなのは全てのものが連結されていないことですが、単独でも一番重量のあるコレが万が一落ちたら費用も怪我人の数も相当なものになってしまうでしょう。
殿下が困惑を含んだ声で私の名前を呼ぶのをどこかフィルター越しのように聞きながら、頭の中は高速で対処方法を探る。
とりあえず落ちないようにしなければと、魔力を練りはじめた途端にギシリとまた傾いでつなぎ部分が不自然に動き、欠片が落ちてくる。
今から違う魔法に切り替えるのは間に合わない! と慌てて殿下だけでもと突き飛ばすように殿下の身体を後ろへ押しやる。
殿下がたたらを踏んで後退しながらも私を引っ張ったので抱き付くような形になってしまい、そのまま数歩退がった瞬間に――カシャン――と何かが私の後ろに落ちてきた。
間一髪。
ふぅと息を吐いて、突き飛ばしてしまった謝罪しようと見上げると殿下は驚いた表情で固まっていた。
驚かせてしまったのは申し訳なかったけれど、緊急事態だったので仕方ないと心の中で言い訳をして念のために私を掴んでいる殿下の腕に手を当てて〈回復〉をかけてから「申し訳ありません」と言うと、ハッとした殿下は慌てた様子で掴んでいた腕を離し私から遠ざかる。
その時に勢いがついて軽く後ろへ押されて床に座り込む形になったけれど、ちょうど落ちてきたもの近くだったのでそれを拾い上げて見れば、手のひらサイズの鎖のような形をした天井と繋げる部品の一部のようで……端が腐食している?
腐食している部分とそうでない部分の差は明確で、まるで無理やり腐食させたように見える……。
もしそうだとしたら“自然発生”ではなく“故意”かもしれないと嫌な想像が頭をよぎり、ふるりと背筋に冷たいものが走る。最悪を考えてもう一度上を見れば、先程よりも傾いて見える。
―――このままでは落下してしまう!
シャンデリアが落ちてしまったらその衝撃で破片が弾け飛び、例え小さい破片でも人を傷つける脅威に他ならない。〈防御障壁〉を張って破片から守ることが出来れば良いのだけれど、人の数も範囲も大きすぎて私ひとりじゃ全てに届かない。だからと言って〈防御障壁〉を使える人に情報を周知する時間は、きっとない。
どうしたら良い?
そもそも、シャンデリアが落ちなければ〈防御障壁〉を使う必要はない。
学年は違ってもAクラスには上級・中級魔法師がいます。避難の時間は稼げるハズですし、それに人がいなくなれば何かあっても怪我人は少なくて済みます。
そうと決まれば、シャンデリアを浮かせてこれ以上繋いでいる部分の負担を軽減しなくては。
私のことを嫌いになっても、魔法師としての兄様なら私の行動をすぐに理解してくれると信じて「兄様っ!」と声を張り上げ、急いで魔力を練り上げて「〈浮遊〉」と手をシャンデリアに向けて放つ。
〈浮遊〉は読んで字のごとく物体を浮かせる魔法。使用中は重さと地面から離れることに比例して魔力を消費するので、かなり装飾のあるシャンデリア(しかも最大)を天井付近で状態維持を努めるのは結構負担がかかる。兄様が気付くまで支えてみせると意気込んだけれど、すぐに負担が半分くらい減った。
視界の隅で兄様を見れば、左手を上に向けて何か言いながら右手で指示をしながらこちらのほうへ走ってくるのが見えた。
壁際にいる人たちの中から兄様の言葉を受けたと思われる3人の男女が出てきて、中央付近に集まりながら手を上に向けている。良く見れば3人の内の1人の方は兄様と一緒にいるところを見かけたことがあります。
彼らが魔法を使ってくれたおかげでぐっと負担が軽くなりました。
兄様の素早い判断に『やっぱり兄様は頼りになるなぁ』と目の奥が熱くなるけれど、まだ始まったばかりと気を引き締める。
パニックになる前に全員を素早く退避させるにはどう言ったら分かってもらえるだろうと考えていたら、戸惑ったような顔の殿下に声をかけられた。
そう言えば殿下に何も説明せずに突き飛ばしたりしてしまったままでした。
さぁっと血の気が引くけれど、緊急事態だと表情だけは冷静に努めてシャンデリアの様子を見ながら殿下へ説明をする。
心の中は嵐が吹きまくっていて余裕はまったくないですけどね!
人為的かもしれない腐食のことは伏せて、留め具が落ちたので本体が落ちてきてしまう可能性を示唆。話の途中で合流した兄様も加えて、作戦とは言えないものですが、私や兄様達魔法師とで全員が退避するまでシャンデリアを浮かせておくのでその間に人々の避難を殿下へとお願いしました。
万が一怪我をしても魔法で治せるとは言え、服などは直せませんから難癖をつけられては困りますから。そういった被害を抑えるためと、あとは魔法師が動きやすいようにですね。
殿下は何故か悔しさをにじませたような声音で「わかりました」と言うと、先生方や生徒会役員、初級の魔法師たちに先導させて避難させることを伝えるためにカサブランカ様のほうへ向かって行きました。
講師としてきているとはいえ、カサブランカ様は治療魔法師長ですのでこの場での責任者になりますからね。その方に無断で勝手に動いたので……あとでお叱りは覚悟しないと。うぅ、怖い。
兄様と私はあの3人――3-Aのバルディア様とルゲニア様。それから2-Aのキキョウ様だそうです――と合流して対処方法を相談することに。
私がお見かけしたことがあったのはバルディア様と言う名前の方で兄様とはとても仲が良いようです。
合流した瞬間に兄様と軽口を言いあって、軽い手合わせのようなじゃれ合いをしていました。
これは皆さまを不安がらせないようにというデモンストレーションも兼ねているみたいですね。流石兄様!
それにバルディア様もかなりの実力者の様です。魔法使用しながらもそういったことを出来る方は少ないと兄様も言っていましたもの。……お二人のその余裕を分けて欲しいものです。
相談中に避難のほうが一段落したそうでメリア様とヘリオトロープ先生もこちらへ来てくださいました。戦力と頭脳が一気にアップです。
対処は兄様とバルディア様が拘束や足止めによく使う〈蔓束縛〉で天井とシャンデリアを繋げて〈硬質〉で強化しておくという応急処置をするということになりました。
後日、建築士と魔法技師などのプロの方々に修復してもらうそうです。
話し合いの最中もずっと全員で〈浮遊〉をかけているのですが、じわじわと負荷がかかってきている状態。シャンデリアのつなぎ部分の数はかなり少なくなっているようなので、急いで作戦開始です!
7人で支えていたものを5人で補うために一層負荷がかかるので人数を補充したいところですが、兄様曰く一定以上のレベルがないとすぐに魔力切れで足を引っ張りかねないとのこと。
それなら一層気合を入れないと! と思っていたら少しクラッときてしまい、慌てて体勢を整える。ちらりと見回せば全員上を見ていたので誰にも気が付かれなかったようでホッと息を吐く。
人より魔力量は多いハズなのですが、昼休憩時の〈真実ノ瞳〉で消費した魔力を回復しきれなかった影響が出てきたようです。長引けば結構厳しい状況かもしれません。
終わるまでは大丈夫だと思いますが、他の方々に負荷をかけないためにも兄様とバルディア様が応急処置を素早く終わらせてくれることを期待します。
シャンデリアの真下では危ないかもしれないと言うことで、放射状に散らばるように壁際まで移動して準備完了。
「行ってくるね」と言った兄様とバルディア様が天井付近に飛んでいくのを眺めながら、『これは悪意に満ちている』とふと思う。
腐食は人為的で間違いないでしょう。となれば誰かを狙ったものか不特定多数か。どちらにしても恐ろしいことには変わらない。
もし気が付かなかったらと思うと背筋が冷えて心臓を掴まれたように苦しくなる。
こんなのゲームにもweb小説にもないハズなのに……。
それとも本当はあったことなのに私が忘れているのでしょうか。
そんなことをモヤモヤと考えていたら、ふっと負担が軽くなった。
終わったのかと上を向くと、作業を終えて降りてきたブイサインのバルディア様と笑顔の兄様から『無事作戦終了』の声を聞き、魔法を解除――しそうになったのを慌てて継続する。
浮いている破片のことを忘れていました!
冷や汗をかきつつ、兄様達が降りてくるのに合わせて破片たちをそっと降ろしてからようやく〈浮遊〉を解除すると、どっと疲労感が押し寄せてきて『もう限界!』と床にへたり込む。
皆さまもお疲れの様で、先生方でも壁に寄りかかっています。
私も動きたくないくらいクタクタ、と言うより魔力不足のため動けません。
あの時よりは残っているので倒れる寸前ではないですが、今の残量では初歩の初歩くらいの魔法しか使えないでしょうね。本日二度目なので余計に疲労感を感じているだけかもしれませんが。
疲れたなぁと思いながらぼーっと兄様とバルディア様が避難を完了させてこちらへ様子を見に戻ってきたカサブランカ様と話しているのを眺めていると、ピシリと音がした。
それもピシリピシリと回数が増えていく。
なんだろうとその音のする方向――上を見ると剣と盾を模した壁の装飾の一部にヒビが入っていて、最後のとどめのようにビシッと一段と大きな音がしたと思ったら一呼吸の間もなくこちらにゆっくりと向かって落ちてくるのが見えた。
避けようと手や足を動かそうとしても疲れ切った身体はまるで泥水の中にいるように重く、残り少ない魔力では破壊する魔法はおろか防御魔法も使えない。
使ったとしても威力不足で同じ結果を迎えるでしょう。
誰かの悲鳴や私の名を呼ぶ声を遠くに聞きながらも迫ってくる装飾だった石の塊から目が離せない。『当たると痛いだろうなぁ』と、そんな考えが頭を過り、苦笑いを浮かべる。出来ることはそれだけ。
魔力不足で動けないなんて初歩的なミスを防げなかった自分が情けなくて悔しくて。泣きたくないのにジワリと涙が浮かぶのを止めるように唇を噛みしめていると、顔の前を手が横切りそのまま頭を庇うように抱きしめられ『〈防御障壁〉』と言う声が頭上から聞こえた。
まばたきをする間もなく――ガシャーン!! ガラガラ――と床に重量感のあるものが叩きつけられて壊れ散らばる音が響く。
もうもうと立ち上る砂煙が〈防御障壁〉によって空気と音以外は砂の一粒さえ遮断され、魔力の壁がまるで灰色のスクリーンのように見えて……動かせない身体も相まって助かったということが映像を見ているようで現実感がない。
何が起こったんだっけ? ―――石が落ちてきて。でも防げなくて。
どうして助かった? ―――私は何もできなくて助けてもらった。
そう。助けてもらった。
けれど、その先を考えたくない。
考えてしまったら。思い出してしまったら……。
「良かった……間に合った」
いつもよりかすれ気味だけど心地の良い、ずっと好きだった声。
心配そうな声色を向けられるのは、本当は私ではないのに。
私はヒロインじゃない。
悪役にならないといけないのに。
ちゃんと理解したのに。
覚悟を決めたはずなのに……どうしたら良いのか分からなくなる。
―――どうして貴方がここにいるの?
「で、んか?」
ポツリと零した言葉に反応した殿下はピクリと肩を揺らしたあと、一度腕に力を込めてからゆっくりとした動作で私との距離を開けてくれた。
それがまるで名残惜しいかのように感じてしまい、心がぐちゃぐちゃになる。
―――傷つけたくない。傷つきたくない。
俯いて顔を上げられない私を気分が悪いと思ったのか、殿下は心配そうな声色で私の名を呼ぶ。
言葉が出なくて俯いたまま頭を横に振るしかない私に「怪我は? 痛い?」と聞きながら顔を上げるように促される。
その懇願にも似た何度も繰り返される言葉に負けて、ゆるゆると頭を上げ始めた途端――ぐらりと視界が揺れた。
「え?」
……なんで?
疑問を口にする間もなく、魔力が吸い取られる感覚がして四肢から力が抜け身体が傾いでいく。
「フリージア!」
そう叫ぶ殿下の声が聞こえ、抱き留められる感触を感じながら霞む視界で見えたのは、黒く染まった床から伸びた闇色の蔓が私と殿下に巻きついて……意識と共に闇へと引きずり込んだ。
――――――ダメよ
―――コノヒトはワタクシのモノ
―――――絶対にワタサナイ
―――ねぇ、 様?
クスクスと楽しそうに嗤う声が闇に響いた―――
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
このところ更新が遅く、大変申し訳なく思っております。
どうにも体調不良が治らず私事の調整も上手くいかず……。
不甲斐なさで自己嫌悪に陥っていますが、出来る限り早くお届け出来るように努めますのでお付き合いいただければ幸いです。
アクセス、拍手などいつも感謝でいっぱいです。ありがとうございます!




