47 ―Shall we dance・・・?―2
大変遅くなり申し訳ありません!
私事や体調を崩したりと思うように時間が取れずご迷惑をおかけしております。
ニコティ様に手を取られて始まった曲は、先程よりも曲調も早くステップも難易度が上がったダンス。
あまり練習していない曲だったらどうしようかと思いましたが、この曲なら……アイビーからダンスを習い始めて少し経った頃に色々な曲を聞かせてもらった時、その中で『難易度の高めな曲なんですよ』と言われたもの。前世で好きだった『乙女ゲーム』で流れていたもので、懐かしくなって完璧に踊りたいと一生懸命練習して覚えた曲。だから身体が覚えているみたいで良かった。
でもまだアイビーや兄様としか踊ったことがないから、本番のような会場の雰囲気で……しかも家族以外の人――ニコティ様と踊るのは不思議な感覚。
昨日の特訓(?)の成果でしょうか――私が言ってはおこがましいですが――ニコティ様のリードは背の差で踊り難いということはなく“この人になら任せられる”というような安心感があります。
はじめに『厳しくいきますよ?』なんて言ってしまったけれど、何も言えないくらいニコティ様のダンスは素晴らしいものです。……先程の冗談で言ったひと言を撤回したい。
踊りはじめた時には余裕がなくて、兎にも角にもステップを間違えないようにと“ダンスを踊る”ことしか頭にありませんでしたが、次第に心に余裕が出来てきたので他の組み合わせが気になってきました。
どんな組み合わせになったのだろうと思って周りに視線を巡らせると、楽しそうに軽やかなステップを踏むミモザをより魅力的に見せるようにリードをする兄様。
やっぱりミモザくらい上手な人とのダンスのほうが兄様も楽しいのでしょう。私と踊っている時よりも笑顔で会話しているような気がします。
それから殿下はメリア様と、アマリリス様はヘリオトロープ先生と踊っているのが見えました。
アマリリス様もメリア様も公爵令嬢ですから殿下のお相手に相応しいですね。もちろん爵位以外にも素晴らしく尊敬する女性ですけれど。
相手が変わっても完璧な踊りを披露する彼らは見学している人々をウットリとさせています。
そう言う私も、出来れば今すぐにもダンスを終了させてゆっくりと皆様達のダンスを眺めていたいですが、ニコティ様が楽しそうに踊っているので、僭越ながら最後までパートナーを努めたいと思います。
それに――最初の兄様のエスコートからではありますが――ダンス終了後にたくさんのご令嬢から鋭い 視線をいただきそうで……これは悪役ヒロインとしては願ったり叶ったりの状況でしょうし。
ちょっと怖い気もしますケド。
くるりくるくる、と回る連続ターンはこの曲の醍醐味でもあり私の一番好きなところなので、楽しくて無意識に口角が上がる。
けれどターンが終わったあたりからか、ふとした瞬間にチラチラとした視線を感じる。気になってこっそりと探してみると……その人物は目の前――今のダンスパートナーのニコティ様?
思わず目をぱちぱちと瞬かせて疑問を口にしようとしたけれど、ちょうど一番難解なステップの場所に突入してしまい――たくさん練習したダンス曲とはいえ集中していないと間違えそうなので――出来ずに口を噤んで踊りを続けます。
ダンスは疎かにできないし、ニコティ様からの視線も気になるし、頭痛はまた襲ってくるし、笑顔は保たないといけないし……と色々と脳内を巡ってしまっていたのが悪かったのか、ステップからターンに切り替える時にヒール部分も体重をかけてしまい引っかけてしまった。
失敗したと慌てて体勢を整えようとするけれど、こういうときは悪いことは重なるようでそのままヒールが滑る。
ニコティ様を巻き込んで倒れてしまうのは不味いと身体を離そうとしたら、逆に腰に手を当てていたはずのニコティ様の手がグッと私の身体を引き寄せ、そのまま私の身体をわずかに浮かせてターンさせて次のステップへと移行させた。
この後のステップは比較的ゆっくりとした動きになるので、ほっと息を吐きステップを踏みながらひとまず落ち着けと自身に言い聞かせる。
バクバクしている心臓の音が聞こえないか心配しながらニコティ様を見ると、彼もホッとしたような表情をしていて目が合うといつものような笑顔で「ごめんね、フィー」と言った後に少し眉を下げた。
助けてくれたほうが何故謝るのかと、理由がわからなくて眉をしかめそうになるのを慌てて笑顔に変換して、「ありがとうございました」と感謝を伝えるとニコティ様はキョトンとした表情になった。
兄様から『謝罪も大切だけど感謝の言葉は嬉しいものだよ』と言われていたのでつい謝罪よりも先に感謝を告げてしまったけれど、理由はわかりませんがニコティ様の謝罪の言葉に感謝の言葉を返すのは変でしたね。
「ニコティ様、申し訳ありませんでした」
「フィー? えっと……あ、今のこと? ううん、気にしないで。それよりちょっと慌てたから上手く力のコントロールが出来なかったかも。大丈夫だった? 痛くなかった?」
ダンス中なので笑みを保ったまま、でも心配そうな眼でこちらを伺いつつ矢継ぎ早に言うニコティ様へ「大丈夫です」と返せば「良かった」と言いながらも心配そうな、加えて何かを言いたそうな眼で私を見つめる。
その視線を無視してしまうのもはばかられ「何かありましたか?」と問えば、彼はグッと言葉に詰まったように口を引き結ぶ。
なかなかニコティ様の口は開かず、長いステップで端から端まで移動した後にやっと出てきた言葉はまたも謝罪の言葉で、どう返せばいいか分からない。
「ごめん。黙ってたのは悪いと思う」
「ニコティ様?」
「でもボクはチャンスを逃したくなくて」
「ニ、ニコティ様? 一体何のお話ですか?」
「え? 皆の前で踊ることを黙っていたからフィーは怒ってたんでしょう?」
「怒って……?」
「だってフィー。君、全然ボクのほう見てくれなかったじゃないか」
硬かった表情がやっと緩んできたと思ったらティナス兄上とかミモザとか他の人たちばっかり見ているし……と視線を逸らしブツブツと小声で言うニコティ様に目をパチクリさせる。
ニコティ様と踊りはじめる時に表情が硬かったのは頭痛と兄様とのことで、ニコティ様とは関係がなかったのに。もしかして最初のことを気にしていたのでしょうか?
確かにカサブランカ様からそう言われた時は『黙っていたなんて許すまじ!』と思い、ちょっと睨んでしまいましたが、すっかり忘れていました。
―――なんだか弟が拗ねているみたいで可愛い。
流石『同い年だけど年下枠』担当さんですね!
思わず頬が緩んでしまうけれど、ニコティ様のこちらに戻した思わぬ視線の強さに緩んでいた頬も気持ちも引き締まる。
「最初はパートナーと踊るから仕方ないけれど……どうしても、先にフィーと踊りたかったんだ」
頬をうっすらと紅く染めて何かを宣言する様な……そんな意志を秘めた瞳で真っ直ぐに私を見る。
その視線と言葉で『あぁ、そう言うことか』と腑に落ちた。
アマリリス様とはパートナーである殿下の次に踊りたいけれど、ちょっと自信がなくなってしまったので先に私と踊って昨日の復習をしたいと言うことですね!
そういうことなら、ぜひお手伝いしなければ!
気付くのが遅くなってしまいましたが、今までのリードの仕方は文句の一つもでません。これから最後まで気を抜かずに踊ってアドバイスしますから待っていてくださいね。
「わかりました! お任せ下さい」
「ん? フィー?」
「大丈夫ですよ、ニコティ様。今までは完璧です!」
「あのー、フィーさん?」
「フォローも素晴らしかったですし、自信を持ってください」
「……どうにも行き違いがあるようなんだけど……?」
次がどんな曲を選択されるかわかりませんが、ニコティ様ならこの曲のようにきっと上手くこなせますよと言うと、ニコティ様は照れ隠しなのか曖昧な笑みを浮かべた。
その後も完璧と言っていい程のニコティ様のリードで楽しいと思えるダンスの時間は終了しました。
ニコティ様はけろりとしていますが、私は緊張感も相まって肉体的にも精神的にも疲労を感じます。
ただ、やっと頭痛も治まってきてツキンとした痛みしかなくなったのでひとまず安心。
あと一曲くらいなら続けて踊れるけど、この後はきっとまだ授業で練習するのだからそろそろ終わって欲しいと願う。
ふぅと軽くため息をついて次はどうするのかと周りを見回すと、メリア様とヘリオトロープ先生はカサブランカ様の方へ向かい、ミモザは私から見て奥の方の壁側の――その方向にはアシンス様がいるのが見えました――方へ歩いていくのが見えました。
兄様はミモザと別れてこちらに向かって歩いているようです。
これで終了ならば私としては嬉しいですが、ニコティ様はアマリリス様と踊れません。疑問に思って質問するとニコティ様は苦笑いで「ボク達は終了なんだ」とのひと言。
「これで終わり……なのですか?」
「うん。2曲だけだよ」
「そうですか……」
残念ですがニコティ様とアマリリス様のダンスは次回に持ち越しですね。
でも2曲しか踊らないことがわかっていて先程の『先に踊りたい』と言う言葉はどういう意味だったのでしょうか?
首を捻りつつも、私には関係のないことでしょうと頭の隅に追いやってニコティ様達のダンスは次の機会を楽しみにしておこうと思います。
終わりならばさっさと壁際に移動をしようとすると、ニコティ様に右手を引かれて行動を止められるとともに『ごめん』と言う本日何度目か言葉。
今度はどういう理由かと首をかしげると「フィーは中央へ」とのこと。
「終わりではないのですか?」
「えーと、僕とミモザと先生方は2曲。フィーたちはあと1曲あるんだ」
「どうして……」
「理由は教えてもらえなかったけど、母上がフィーなら大丈夫だって言ってたから」
「カサブランカ様が、ですか?」
「うん」
上司として親しくさせては頂いていますが、ダンスの話はしたことがないのですが……。
メリア様から? でもメリア様にも細かい話はしていませんし。
一番可能性のあるのは兄様ですが、中央付近に来た兄様は薄く微笑んでいて表情を読ませないようにしているようですね……。
私に対しての不機嫌は治まっていないようです。
どうしたものかと考えていたら、肩を叩かれたのでニコティ様を見ると不機嫌そうな顔を私にではなく後方へ向けて、でも言葉は私に向けて「残念だけど時間切れ」とひと言。
意味を聞こうとニコティ様へ声をかける前に後ろから「参りましょうか」とあの人――ティナス殿下の声?
慌てて振り向くといつの間に近くに居たのでしょうか。いつもの微笑みをたたえた殿下がすぐ近くまで来ていました。
踊り終わった時に比較的近くにはいましたが、こちらに向かっていたとは全然気が付きませんでした。
ダンスホール天井のシャンデリアの煌めきを一身に受けているように、殿下の周りに光が集まっているよう見える。彼だけしか見えなくなる。
あの蒼い瞳が私を捉えて―――動けない。
どうして、どうして。まるで魔法をかけられたように―――。
急に腕を引かれて私の目に映ったのは、柔らかそうな亜麻色の波から見える萌葱色の瞳。
ニコティ様が私を覗きこみ、得意の人懐っこい笑顔で「ボクは兄上に用があるから中央へ先に行ってくれる?」と言う。
でも瞳はその笑顔に似つかわしくない有無を言わせない光を宿していた。
初めて見るその表情にドキドキする心臓を抑えつけ、ニコティ様へコクリと頷く。
ニコティ様が殿下へ話しかけるのを見てから足早に兄様とアマリリス様がいる中央付近を目指した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
あまり話が進まず、申し訳ありません。
私事や体調不良でバタバタしており、次回更新は週末までにはと思っています。
ご迷惑をおかけしており、心苦しいかぎりですがご理解いただければ幸いです。




