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悪役なのかヒロインなのか、教えてください。  作者: たばさ むぎ
二章 悪役ヒロインとして頑張ります!
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43 ―花の行方―2

 

 

 

 

 バタン! と慌ててドアを閉めたことでフィエスタ先生に「どうかしましたか?」と聞かれ、引きつった顔で「何でもありません」と答えて深呼吸。


 見間違いだと思いたいけれど、視力も悪くないですし、アイビーに動体視力も鍛えられていますからね……今はそれが少し恨めしい。

 外にいるのは確実にティナス王太子殿下です。

 さすがに閉めたままなのは怒られるかもと恐る恐るドアを開けると、継続して固まっている殿下。

 こんな事をされたことはないでしょうから、さすがの殿下も衝撃的だったようです。

 気が付かれないうちに出て行こうと思うのですが、殿下がいるのは出入り口ど真ん中。

 これが微妙に通りづらい位置なのですよね……壁に引っ付いて移動してもぶつかってしまう。


 少々の叱責は仕方がないと諦めて「殿下、通ってもよろしいですか?」と声をかけたら、殿下はパチパチと目を瞬かせ、「フリージア嬢?」とポツリと言い首を傾げた。

 なんだろうと思いながら「はい」と答えたら、ずいっと迫ってきて一歩進むたびに「なぜここに?」「どうして?」「リトマと何を?」と私をまるで追い詰めるように言うので、その度に一歩ずつ後退するしかない。


 ドアを閉めたのは申し訳ないと思いますが、ここまで怒らせてしまうなんて思いませんでした。

 謝罪しようにも、怒りを秘めたような蒼い瞳にジッと見られて―――怖い。

 心臓が痛いくらいにバクバクして言葉も形を成さず、いつもより低い殿下の声に背筋に冷たいものを感じて「あの」「えっと」と言った形の成さない言葉しか出てこない。


 これは不敬罪? 伯爵家に迷惑をかけることになっちゃうの!?


「何をしていたのですか?」

「あっ……」


 じりじりと交代していたら、カツッと左足の踵に何かが当たりこれ以上退けないのが分かってパニック寸前!

 この状態を脱するヒントはないかと左右を見ようとしたら私と殿下の顔の間にバインダーがスッと現れ「落ち着いてください、殿下」と諌めるような声が降ってきた。


「彼女はバーント女医からの届け物をしてくれたのですよ」

「リトマ? ……フィエスタ先生。そう、ですか……」

「ええ。そちらの用は終わったようですね」

「はい、終わった報告をしようと思って―――」


 見るに見兼ねたといったようにフィエスタ先生が助け舟を出してくれたので助かりました。

 殿下の注意も先生に向いてくれたので、そのままお二人の会話が始まりホッと息を吐く。

 色々と心臓に悪すぎます。


 そういえば踵は何に当たったのかとチラッと下を見れば、仮眠用のベッドの足にぶつかっていたようです。

 出入り口からの位置関係みると、これはあの時に寝ていたベッドでしょうね。

 あのまま下がっていたら前と同じ状態に近かったのかと思った瞬間に、あの時の――階段から落ちる前に感じた――ぞわりとした感覚を思い出した。

 ……あの感覚と似たようなものを、つい最近も何処かで―――。


 落ちる前を思い出そうとすると、得体のしれないモノが迫るような感覚に背筋が凍え、思わず右手で反対の腕をきつく握りしめる。



「―――それに目的も果たせたようですね」

「感謝します」


 先生と殿下の話はまだ続いているようなので、こちらにまた注意が向く前に退出してしまおうかとドアのほうへ目を向けると、チラリとこちらに視線を向けた殿下は軽く眉をひそめて私を見る。

 その視線に居たたまれなくなって視線を下に移動すると殿下が小さい花束を持っているのが目に入った。


―――あぁ、本当に花をアマリリス様へのプレゼントするんだ。



 この時期に咲く様々で色とりどりの花が楽しくて可愛い感じに仕上がっています。

 そういえば兄様もお上手でしたね。貴族の男性の嗜みなのでしょうか?


 ……でも、アマリリス様へのプレゼントならチューリップとかラナンキュラスかと思っていたのに、時期的には早く咲いていたマーガレットやデイジーなどの小さくて可愛らしいものが多い。

 あ、アキレアの花も入ってるんだ……。


 殿下のアマリリス様に対するイメージはこういう可愛らしいものなのですね。

 これでもっと親密に……あ! この花束を奪ったらフリージア(わたし)は“嫌な女”になる、よね。

 ストレリ様の件でもう少し関わり合いがあるかもしれないけれど、少しずつ布石を打っておくことは大切。

 それに……。



 無邪気に見えるようにニッコリと笑い、先生との会話が一区切りついた殿下へと言葉を投げかける。


「殿下。素敵なお花ですね、プレゼントですか?」

「え? えぇ、フィエスタ先生の花壇の手伝いに花をもらえると教えていただいたので。……これはどうしても自分の手でしたかったものですから」

「……そうですか」


 大事そうに花束を見ている殿下と受け取るべきアマリリス様ヘの罪悪感にかられない訳じゃないけど、これを奪えば私は悪役に一歩近付けます!

 

 チクリとした胸の痛みには気が付かないふりをして「それ、欲しいです」と笑って言うと、殿下はポカンとした表情になった。


 その顔が昔と同じで可愛くて、ふふっと勝手に声が出てしまい慌てて取り繕うけれど気が付かれなかったようで、殿下は目をぱちぱちと瞬かせている状態。

 これならすぐには対処できないだろうと、殿下の手から花束を取り上げて出入り口のドアまで走り、くるっと殿下達のほうを向く。


 呆気に取られている殿下とフィエスタ先生へにこりと笑い「失礼いたしました」と淑女の礼をしてさっと出入り口から出てドアを閉め、足早に治療室への廊下を進む。



 予想以上に上手くいきました!

 フィエスタ先生まで驚かせてしまったのは申し訳なかったけれど、この件は次にお会いした時に謝罪することにします。



  ◇※◇※◇



 中央棟の昇降口を過ぎ、左棟の廊下まで来ても殿下が追いかけて来る様子はなく、ホッと胸をなでおろす。


「それにしても……」


 殿下の作った花束を眺める。

 本当に“王太子殿下の身の回りのもの”は一切使わなかったようで、花束を一つに纏めているのもリボン等ではなく白詰草の葉のみ。

 ここに白詰草の花もあったらもっと可愛いのになぁ。


 そんな感想を抱きつつ、クルクルと回しながら眺めていたら「ちょっと待って!」と横から声がしたのでその方向へ振り向くと、中庭に通じる吹き抜け部分から息を弾ませたティナス殿下が現れて驚いた。

 ここで追いつかれるとは思いませんでした。


 確かに右塔の特別治療室から左棟の治療室へ最短距離は中庭を突っ切ることです。

 それを王太子殿下ともあろう人物が、そんなショートカットをするなんて。

 しかも息を弾ませてまで追いかけてくるとは……よっぽどこの花束を取り返したいのですね。


 このルートを使う可能性を考えなかったわけじゃないけれど、少々殿下を侮っていました。

 色々なことを対処出来るようにしてきたはずなのに……学園に入ってからこういった事に関しては気が緩んでいるのかもしれない。

 のんびりした雰囲気に流されているのか、それとも注意力散漫なのか。

 

 最近はアイビーとの鍛錬を後回しにしてしまっていたから感覚が鈍っているのかも。

 今日は魔法院から帰ったら一度手合わせしてもらおう。



 そんなことを考えていたら目の前まで殿下が来ていて、彼の視線は私の持っている花束に注がれている。

 

 ……こんなに一生懸命なのでやはり返すべきとは思うのですが、ここで負けては悪役としては一歩後退というか振出しに戻ってしまう。

 うーん、でもアマリリス様とは仲良くして欲しいし……悩むなぁ。

 やっぱり―――。



「あの……」

「返しません!」


 戸惑いがちに言われた殿下の言葉に、心に思ったことを反射的に言っていた。


 咄嗟に出てしまった自分の声の大きさに戸惑いながらも、驚いた表情の殿下から一歩後退して――小さな花束を壊さないように――取り上げられないように胸の前に抱え込む。


『やっぱり嫌だ。返したくない』そう思ってしまった。


 ……だって、この花束にはアキレアの花があるのだもの。


 もしこの花がなかったら返すのに躊躇いはなかったかもしれない。

 殿下は知らないことだから花束の一部に使ったのだと思うけど、さっき先生とお母様の話してしまったから余計にアキレアの花が誰かの手に渡ってしまうことに抵抗がある。

 なんで花束を良く見てしまったのだろう。気が付かなければ……。

 ワガママだって重々承知している。でも嫌なものは嫌。



 後退る私を見た殿下はふっと笑って、宥めるような声で「大丈夫だから」と言った。


 なにが大丈夫なのかと不思議に思い、足を止めて眉を寄せて殿下を見ると彼は私に手を開いて見せた。

 その手の上には3つの白詰草の花が一つの留め具のような形状になっているもの。


「本来は持ち手部分に捲いていたのですが、先程取れてしまったようで」

「……まさか、これを?」

「えぇ、忘れ物です」


 ちょっと貸してくださいと言われ、これだけのために来たの? と混乱した頭のまま花束を殿下の手の上へそっと置くと「ありがとう」と言って近くの壁沿いに設置されているベンチに座り、持ってきた白詰草の花を茎の部分へ結ぶと「できた」と満足げに微笑み、私のほうへ出来上がった花束を差し出した。


 こうやって差し出されると、逆に受け取りづらくて戸惑ってしまう。


 逡巡する私を見た殿下はクスッと笑って立ち上がり、一歩こちらへ近づいた瞬間に「あら、殿下。こんなところで何をなさっていますの?」と鈴の転がるような声――アマリリス様が先ほど私が来た方向と同じ通路から現れました。


 ビクッと固まる私と殿下。

 優雅にこちらに歩いて来るアマリリス様は笑顔なのに、いつもは暖かいローズピンクの瞳が冷たい視線となって殿下の持つ花束に注がれています。


 この場合、悪役としては花を奪って逃げるべき?

 それとも殿下からアマリリス様へプレゼントを成功させるべき?


 どう行動すれば良いのか迷っているうちに、アマリリス様がすぐ近くまで来て「御機嫌よう、フリージアさん」と花の綻ぶような笑顔で挨拶してくれました。


 あれ? そんなに怖い視線じゃないかも。


 見間違いだったのかもと心の中で思いつつ挨拶するとアマリリス様はふふっと笑い、サラリと輝く銀髪をなびかせて殿下のほうへ向いた。

 アマリリス様と向かい合った殿下は……顔を引きつらせて一歩下がった?



「マリーはどうして此処へ?」

「ジオラス様がおっしゃっていた『指定依頼』をバーント先生へお届けする途中でしたの」

「そうか、よろしく頼む」

「ええ。……それより、それはどういうことですの?」

「……それとは?」

「そちらの花束のことです。……もしかしてフリージアさんへお渡しするのでしょうか?」

「そのつもりだけど……あの、マリー。これは……」


 殿下に最後まで言わせず「そうですか……」と俯いてしまったアマリリス様は涙をこらえているのか、ふるふると身体が揺れてしまっています。

 殿下も眉根を下げて戸惑っているようでアマリリス様に声をかけられない状態のようです。



 花束は奪えなかったけれど、それ以上の悪役として“嫌な女”の行動になったようですね。

 心苦しいけれど悪役遂行のためにはこのまま立ち去るべきでしょう。

 ――ちゃんとアマリリス様を慰めてくださいね、殿下――

 と、心の中で応援して歩き出そうとしたのと同じタイミングで俯いていたアマリリス様が急にバッと顔を上げて、どこからか取り出した扇をビシッと殿下へ突き付け「73点!!」と言った。


「はい?」

「ふぇ?」


 73点ってどういう事? とぱちぱちと目を瞬かせながら首を傾げると、殿下も『何かなんだか分からない』というように首を傾げて、戸惑いの表情を濃くしてアマリリス様を見ています。


 アマリリス様は殿下の手から花束を取り上げて「いいですか?」と、花束のどこが良くてどこが悪いのか――色の配置は及第点ですけれど、フリージアさんへのものなら色数が多すぎますわ。もっと可愛らしく! それからこの花ではなくあちらを……等々――身近な誰かを思い出させるような、息をつかせぬ勢いで殿下へ指南していました。



 そんなわけで、今日の花束は練習作としていただいて、後日アマリリス様の指導の下に作られた花束を頂けるということになりました。

 アマリリス様曰く『みっちり指導してフリージアさんに相応しい花束を作らせますわ!』とのこと。

 とてもイイ笑顔で殿下と腕を組んで中庭に向かって行きました。




―――アマリリス様は楽しそうでしたし、殿下との仲も進展……した、ということで。

 奪いきれなかったけれど、ワガママなところも見せられたし。一応は成功……だよね?











いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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