42 ―花の行方― 1
タイトルは変更するかもしれません。
特別閲覧室から出て、ジオ兄様専用の個室へ向かったのですが、途中で食堂に寄るとジオ兄様は何かを頼んでいたのかそれを受け取っていました。
久しぶりに兄様の部屋へ入ると、以前と変わらずたくさんの魔法書と作り掛けらしき魔法具の数々がどっさりと。
相変わらず兄様は片づけが苦手なようです。
以前片づけた時の約束はどうなったのかとジト目で見れば、『鍵を返してくるからご飯を食べててね!』といって食堂で受け取ったトレイを置いて部屋の外へ……逃げた!!
兄様はさっき約束を守ることが大事というようなことを言っていたのに、自分はどうなのですか!? とちょっと腑に落ちない! と思いながらトレイを見れば蓋付きの小ぶりの丼とそれに使うと思われるレンゲ、それからポットと急須に湯呑が二つ。
空腹には勝てませんし、兄様も食べているようにと言っていたのでそそくさと椅子に座って丼の蓋を開けると中身はどうやら野菜あんかけのお粥。
とっても美味しそう!
兄様は少し遅い時間だからと胃に優しいものを用意してくれていたようです。
……これでは兄様を怒れませんね。逆に気配り上手を見習わないと。
でもいつお粥の用意のお願いをしたのだろう。時間がかかるものなのに。
まあ、お腹が空いては良い考えも浮かびませんのでまずは頂きましょう。
長ネギ・玉ネギ・人参・椎茸・白菜の入った琥珀色のあんかけがお粥の上にかかっていて、一口食べると予想よりしっかりとした鰹と鶏の出汁の味。和風と中華風の合わさったような不思議な味で……家庭的と言いましょうか優しい味と暖かさにお腹も心もぽかぽかします。
ふぅふぅと冷ましながら食べていると半分くらい食べ終わったくらいで兄様が戻ってきて、少々お行儀が悪いですが寮へ帰る時間もあるので食べながら報告。
兄様にも何時ストレリ様を診るかは伝えていませんでした。
今日診たことも、ユクサのところへ行ったことも黙っているつもりでしたが、見つかってしまったので濁しながら伝える他ありません。
兄様への報告は―――『ストレリ様を診たけれど距離が遠かったのと魔力不足だったのでまた日を改めて診る』、『ユクサとは〈妖精ノ瞳〉の強化について相談している』の2点のみ。
兄様は「なんでユクサと……」とぶつぶつ言って不貞腐れてしまいましたが、何故か来週いっぱい私の手作りお弁当でランチを一緒にということで落ち着きました。
お詫び(?)がそんなもので良いとは。兄様に秘密にしている後ろめたさもありますし、お弁当は気合を入れて作ることに致しましょう!
あとの『魔力枯渇寸前から回復で胸が痛い』ことは治療魔法師の領分ですし、『〈時空〉』については……あの話の中で兄様は使っていなかったから言わないほうが良いと思う。
そんな報告会と夕食が終わるともう8時半。
兄様の淹れてくれた緑茶を飲みながらひと息つきます。
ちなみに『後でね』と言われたあのビタートリュフはお土産にもらいました。
ものすごく食べたいですが、遅い時間ですからね。……一応、色々と気になるお年頃なのです。
あと10分ほどでここを出なければ9時前に寮へもどれませんのでお説教はないと思ったのですが、チラリと時計を見た兄様はにこりと笑って、それから8時40分までキッチリと『なぜ〈認識阻害〉か〈幻惑ノ檻〉をかけなければならないか』と言うことをクドクド……いえ、ビシビシ……ええと、詳細に教えていただきました。
もう絶対、忘れませんから許してください~!!
その後、兄様に女子寮へ送ってもらったのですが、そこで待っていたのは笑顔のアイビー。
遅くなると言っていなかったかもと思い当たり、さぁっと血の気が引いた。
兄様に助けを求めようと横を見たらポンと肩に手を置かれ、イイ笑顔で「お休み、また明日」と〈飛翔〉でさっと飛び去った。
自室でアイビーには大きな雷を落とされました。くすん。
◇※◇※◇
今日は放課後になるまでは平穏無事に終了し、ミモザに今日も遅くなると――アイビーにはちゃんと昨日のうちに――告げて魔法院へ行くために〔ゲート〕のある治療室へ向かう。
すぐにでもユクサのところへ行って魔法の練習をしたいのですが、先に魔法薬の依頼を終えないといけません。
最近の頻発する魔物の発生や魔獣も出てしまったこともあり魔力回復薬は需要が高く、後回しに出来ないのです。このところ依頼はこればっかり。
魔力回復薬は魔法薬の中でも作る時に少なくない魔力を使うので、たくさん作れないのが治療魔法師たち全員の課題。もっと効率の良い……あまり魔力の使わない作り方や回復力の高いものを探っていますが、なかなか難しい。
いい方法がないものかと考えながら治療室へ行き、メリア様に魔法院へ行くと告げると「行く前に少し時間がないかしら?」と困り顔で言われました。
とてもお困りのようなので「少しだけなら」と言い、何かあったのかと聞くと「ちょっと届け物をしてもらえない?」とのこと。
「放課後に渡そうと思っていたのだけれど、ちょっと手が放せなくて。申し訳ないのだけれど、そこのテーブルにある紙袋をリトマに届けてもらえない?」
「リトマ?……あ、フィエスタ先生にですね」
「えぇ、お願い。そうだわ、ついでにリトマに魔法薬の相談してみたらどうかしら?」
「え?」
「その中身ってあの子に頼まれていた薬草とハーブの種なの。届いたらすぐに欲しいって言われたのにすっかり忘れてて。フィーも魔法薬類の改良を考えているわよね? 私は治療魔法のほうが専門だからフィーの相談に乗ってあげられないけれど、あの子は王宮勤めだけど魔法薬の研究をしているからフィーの相談相手にはもってこいだわ」
良いアイディア! と嬉しそうに言うノリノリなメリア様の勢いに、目をぱちぱちと瞬かせていると治療医補佐の腕章をつけられて紙袋を腕に抱いた状態になっていた。
いつの間に!?
にこにこと笑って「よろしくね~」と手を振るメリア様に、苦笑いと「先生がお忙しくなければ聞いてみます」と返してペコリと頭を下げて治療室から出る。
ノリノリ状態なメリア様には逆らない方が身の為なのはこれまでの教訓です。
◇※◇※◇
特別治療室へ行く途中で通る中庭をなんとなしにと見ると、一瞬白い制服が見えたような気がした。
まさか昨日の今日で行動するとは思えませんし、見間違いだと思うことにして足を進める。
不在証は掛かっていなかったので、ドアをノックすると「どうぞ」と入室許可の声が聞こえたので「失礼いたします」と入ると、診察用の椅子に座っていたリトマ・フィエスタ先生は一瞬驚いた表情をしましたが、すぐに柔らかな笑顔になりました。
「あの時以来ですね。その後はいかがですか?」
「はい、ご無沙汰しています。その節は大変お世話になりました。恙なく過ごしております」
ペコリとお辞儀をしたら「そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ」とくすくすと笑われてしまった。
バツの悪さを味わいながら顔を上げるとフィエスタ先生は何故か懐かしそうにエメラルドのような瞳を細めて私を見ていました。
この前は後ろで結んでいたアッシュグレイの髪を今日は左肩で結んで前に持ってきているので、光に反射して淡く輝いている。この世界にエルフがいるのなら先生みたいな人かも。
ミモザ情報によると先生は私達より6歳年上の21歳。
落ち着いた物腰はやはり次期公爵なのだなぁと緊張します。
少々居心地の悪さを感じつつ、メリア様から頼まれたことは果たさねばと近くまで行き、持っていた紙袋を先生のほうへ差し出します。
「メリア様……っとバーント先生からフィエスタ先生へお届けものです」
どうぞと紙袋を渡すと、受け取りながら「呼びやすいほうで構いませんよ」と言ってふふっと笑う。
先生は受け取った紙袋の中身を覗き、中からなにかメモ用紙のものを取り出し読むと「メリア姉さん……」と呟き、遠くを見るような表情で疲れ切ったというような状態になってしまいました。
こういう表情が女子生徒に人気なのかとじっと見ていたら、私の視線に気付いた先生は途端に焦った様子で「えーと、メリア姉……じゃなくてバーント女医は」と言い訳のように関係性を教えてくれました。
メリア様――アルメリア・バーント公爵令嬢とはメリア様の弟君のローダンセ様と先生が同い年で仲が良く、その関係でよくバーント公爵家に行っていた時に知り合ったそうです。メリア様と実は私の担任のヘリオトロープ先生が幼馴染で、4人でよく会っていたとのこと。
そういった身近な関係性で姉や兄のように慕う人物と一緒なのは嬉しい反面、少々居心地が悪く職員室が苦手だそうでつい治療室に籠りっきりになっているというオマケ情報までいただきました。
公私を分けると言うことでメリア様のことは『バーント女医』と心掛けているそうですがなかなか治らず、動揺するとつい普段のように言ってしまってそれでまた慌ててしまうらしいです。
私もつい先生ではなくメリア様と言ってしまうのですよね……。という訳で私と話す時は呼びやすいで呼ぶことに落ち着きました。
「メリア姉さんからの手紙に貴女も薬や魔法薬の研究をしていると書いてあったのですが……」
「研究なんてそんなレベルではありません。他の方々のお手伝いをしているだけです」
「学生なのに、ですか?」
「……私には分不相応だとは思います。それでも、少しだけでも」
――今しか出来ないことかもしれないから。
悪役として動きはじめたら関われなくなるかもしれない。
だから出来るところまで。ユクサにもあの禁術の他にもこの事も調べてもらっている。
強欲だと思うけど、悪役らしくて良いかな?
微かに笑いながら少し挑むように先生を見上げると、ハッとした後に先程のような過去を懐かしむ表情になり「あぁ、やはり」と呟いた。
「貴女もそう言うのですね。……本当に似ています」
「似ている……ですか?」
「はい。貴女の生みのお母上、アキレア様に」
懐かしそうに私を見ているので先生の過去の知り合いの人だとは思いましたが、まさか亡き母の名前が出るとは思わず、絶句している私を見て先生は「あの方は私の恩人なのです」と少し泣きそうな顔で笑った。
フィエスタ先生が言うには、今から14年程前――先生が7歳の時に出掛けた先で襲われ怪我をした時に、襲撃相手を行動不能に追いやりそして怪我を治したのがアキレアお母様だったこと。次期公爵なのに治療魔法師になりたくて悩んでいた先生のために当時の治療魔法師長と宰相様、フィエスタ公爵を説き伏せたそうです。
……お母様、アグレッシブです。
「命を助けていただいた。そして道を照らしてくださった。二重の意味でアキレア様は私の恩人なのです」
「そうだったのですか……。でも先生はよく私がアキレアお母様の娘とわかりましたね」
「アキレア様に良く似てらっしゃいますよ。それに一度だけですが、アキレア様に『可愛い娘』の話を聞いた事があるので」
は、恥ずかしい……!
かぁっと一気に顔が熱くなって両手で頬を押さえると、先生が笑みを深めたので余計に恥ずかしさが増してきた。
時間もないことですので、このまま逃げようと思います!
「ええっと、先生。今日はちょっと時間がなくて、またお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「ああ、引き留めてしまってすみませんでした。ぜひ魔法薬のことも含めて話しましょう」
穏やかな笑みを浮かべた先生に頭を下げてドアへ向かい、ドアノブに手をかけた時にふと中庭の花壇を思い出した。
振り返りながら「アキレアの花は先生が植えたのですか?」と問うと、先生は頬をかきながら「あの花は私の希望ですから」と少し照れたよう言った。
だから全色揃えてくれたのかと嬉しくて涙が出そうになったけど堪えてお礼を言い、今度こそ「失礼しました」と挨拶をして内開きのドアを開く。
早く戻らないと、と出ようとしたら、今まさにノックをしようという体勢のティナス殿下が目の前に。
思わずバタン! とドアを閉めました。
ビ、ビックリしたー!
彼とはどうして、いつも驚くような出会い方しかできないのでしょうか……心臓が痛いです。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
リトマ先生が読んだメモの内容は……
『リトマへ
先日、依頼された種です。
代金はフィエスタ公爵家へ請求しておきました。
確認してください。
PS.
フィーは魔法薬の向上を考えているみたいなの。
一緒に研究して仲良くなりなさいね!!
とりあえず、特別治療室にも出入り出来るようにしておくから。
応援しているからね♪ うふふ。
アルメリアお姉様より』
※メリア様はリトマとアキレアの関係は知りません。
弟分に春が来たと喜んで暴走中。




