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悪役なのかヒロインなのか、教えてください。  作者: たばさ むぎ
二章 悪役ヒロインとして頑張ります!
43/64

41 ―ユクサ―

 

 

 

 殿下から見えないところまで走り、壁に寄りかかって息を整える。


 まさか殿下があんなところにいるなんて思わなかった。

 アマリリス様達が生徒会室にいるから一緒だと思っていたのだけれど……中庭に一体なんの用があったのだろう?


 ちゃんとアマリリス様へ花をプレゼント出来るといいなぁ。


 そういえば殿下は最後に何を言おうとしていたのだろう。

 考え込んでいたようだけど。

 


 次々と浮かぶ先程の思いに蓋をして、そろそろ魔法院の特別閲覧室に行かないと。

 外出禁止時間の始まる9時までに寮へ戻らないと行けないから……移動時間を考えると2時間半くらいしか使えないか。

 予定ではもう1時間余裕があると思っていたのだけれど。


―――あの花を見に行かなかったら。

―――あの場所で殿下に会わなかったら。


 なんて今思ってもしょうがないこと。

 気持ちを切り替えよう。



 ストレリ様にはどんなものかは分からないけれど『禁術』がかかっている。

 もっとよくあの禁術がどんなものか。その内容をちゃんと把握しないと対処方法も探せない。

 けど〈集中強化(コンセントレート)〉を追加した〈妖精ノ瞳(グラムサイト)〉でもぼんやりとしか見えないとなると困った事態。


 兄様に相談する? ……それはまだダメ。

 中途半端に兄様に相談して『交代しようか』なんて言われてしまったら、殿下とアマリリス様との魔法修行のほうに影響が出てしまう。

 そこは絶対に譲れない。


 今日の情報だけではヒントを探すくらいしか出来そうにないけど、一歩ずつ着実に進まないと。

 これが解決しないと悪役に集中できませんからね!



 息の乱れと胸のドキドキがようやく治まってきたので、治療室までの道を早歩きで進む。


 治療室に急いで入ってしまったからメリア様にちょっと怒られてしまったけれど「異常なしです」と報告して〔ゲート〕を通り魔法院へ。


 ササっと着替えて今度は治療魔法師のローブを羽織って上級の特権を使って図書室の特別閲覧室へ行き、司書さんに挨拶をしてから他に人がいないかを確認して奥の方へ進む。


 一番奥の書架まで行き、青紫色の背表紙の本を取り出しついでに隠しておいたクッションも引っ張りだして床に置き、その上に座って壁に背を預ければ準備完了。

 本の表紙についたアイオライトの装飾に触れて魔力を込めると、本が淡く光りはじめ、私の意識は引っ張られるように堕ちていった。




 柔らかな光を感じて目を開けると、無数の本が浮く不思議な空間が目に飛び込んでくる。

 今日も無事に潜れたみたいです。


「本当にいつ来てもすごいなぁ……」


 うっそりと息を吐く。

 この浮かぶ本は私に当たることはないのですが、逆に許可がないと手に取れず読むことが出来ません。

 私も本のようにふわふわと浮いているので移動するには、どこに行くかイメージする必要があります。

 いつも向こうが見つけてくれるので、実は自分からは移動したことないのですよね。


 でも今日はあまり長い時間ここにはいられないので、探そうと周りきょろきょろと見回すと《おや、今日は(ひぃ)さん一人かえ?》と声が響き、ふわりと目の前に薄い生地を重ねた十二単衣のような衣装を纏った羽毛のような青紫色の髪とアイオライトのように煌めく瞳の中性的な顔立ちの女性が現れた。


 良かった、今日も向こうから見つけてくれたようです。

 探す手間が省けたなんて思っていませんよ?



 彼女はこの空間の番人のような存在で、名前はユクサ。


 実はこの魔法院が出来た当時の魔法技師長だったそうですが、ありとあらゆる知識を残したいと知識を溜めこむ魔法具を作り、その核となる魔法石に自分の意識も入れて番人にしたそうです。

 前世のスパコン+AIみたいなものでしょうか。

 ある一定以上の人物だけがここに精神を潜らせることができるそうで、私と兄様があの収穫祭の報酬でもらった特別閲覧室の入室許可証を使って探検をしている時に呼ばれ……拉致られたと言うべきか。


 あの時は本当にビックリしました。不思議な空間に突然堕とされたと思ったら、むぎゅうと抱きしめられたのですから。

 ユクサは可愛いものや綺麗なものも好きらしく、私達はどうやら彼女の好みにあったことと、全属性持ちで将来性があるということで特別に呼んだそうです。


 その後、ここが意識だけの空間でユクサが気に行った人物に知識を授けてくれる場所だと言うことを教えてもらいました。

 意識だけの状態で意識を失ったらどうなるのかと聞いてみましたが、はぐらかされたのですよね……。


 此処を知っている人はこの時代にはあと数人とのこと。

 人によって本が違うそうですが私と兄様は同じ本。本が違ってもユクサの魔法石にリンクされるそうです。



「こんにちは、ユクサ。今日は一人なんですけど良いですか?」

《よいよい、(わらわ)は姫さんのことを好いておるからの》

「ありがとう」

《ほほほ、(わっぱ)は妾が苦手じゃろうしの》


 袂を口元にもっていき、にんまりと笑うユクサに私は苦笑いを返す。


―――兄様はユクサが苦手。

 最初に出会った時が子供だったこともありますが、その頃から扱いが変わらないのが嫌なんだそうです。

 未だに頭を撫でられて、怒りをぶつけてものらりくらりと躱されて、魔法勝負もこの空間内ではユクサには敵わない。

 翻弄されっぱなしなので、最近はどうしても知識が必要な時以外は潜ってきません。

 

 ユクサも兄様が嫌がることを止めればいいのに、それがまた楽しいといって止めてくれないので堂々巡りなのです。


「今日は私だけが用があっただけで」

《よいよい、妾は気にせん。今日は姫さんを一人占めじゃ。次に会うた時に自慢するでのぅ》

「そういう事するから、兄様が来なくなっちゃうのですよ」

《ほんでもまた嫌々ながら来るんが面白しゅうて。知識欲は妾と似ておる》

「ユクサ……。私としては仲良くして欲しいですが」

《ほほほ、童をからかうのは妾の楽しみじゃ。内緒にしての?》

「ふふ、わかりました」

《ほんで今日は何の用かえ?》

「ちょっとユクサに聞きたいことと言いますか……相談したいことがありまして」

《ほぅ、相談とな。久方振りよのぅ、何ぞ楽しめそうじゃ》


 くつくつと笑うユクサに苦笑いを返して、ストレリ様の症状と先程〈妖精ノ瞳(グラムサイト)〉で診た時の話をします。


 単純な属性の魔法であれば反属性を使用すれば相殺又は消滅させることが出来ますが、禁術に属性があった場合に、それを消すには同属性か反属性かは禁術の内容次第。


 あの話の中に詳細には語られませんでしたが、“禁術の解除方法が記されている”ものが存在するとありました。昨日の扉ではないですが話に出てこなかった設定というものは生きていると思うのです。

 だからこの知識の集まる場所になら、なんらかのヒントがあるかもしれません。



 話し終えるとユクサは《そうじゃのぅ……》と呟くと真面目な顔になり、指をくいくいと動かして私の前に本を呼び出した。

 本がふわりと現れるのは『これぞファンタジー』という感じがして、いつ見ても楽しくて顔がにやけてしまう。


《話を聞くに、まずはその子が助けになると思うでな》

「ありがとうございます」

《うむ、姫さんの笑顔は愛らしゅうて……懐かしい》


 目を細めて遠くを見るように穏やかに微笑むユクサには、いつもの飄々とした雰囲気ではなく儚い美しさも感じて見惚れます。

 長い間ここにいるので色々と過去があるのでしょうね。


「懐かしい、ですか?」

《ほんにのぅ……アレに似ておって心配になるくらいじゃ》

「ユクサ?」

《なんでもありゃせぬよ。ほりゃ、読まんのかぇ? 仕舞って良いかぇ?》


 眉を寄せてユクサを見れば、ひらひらと気にするなと言うように手を振られ、次いでニヤリと笑った彼女に本をゆらゆらと動かされたので、慌てて本を手に取り読み始める。


 それは『光+闇の合成魔法〈時空(クロノス)〉』の完全版。

 やっぱり上の特別閲覧室のものはワザと読めないものだったのですね。どうりで日本語なのに解読が進まない訳です。これは本物だから抜けた部分がなくて読みやすいなぁと思いながら読み進めると〈妖精ノ瞳(グラムサイト)〉の上位魔法とも言える〈真実ノ瞳(マナサイト)〉のことが載っていた。

 あと2つほど後々に必要になりそうな魔法があったけれど、まずは〈時空(クロノス)〉を安定的に発動させないといけないでしょう。


「あの、ユクサ……」

《此処を使(つこ)うがよろしかろ》

「まだ何も言ってないのに」

《〈時空(クロノス)〉の練習やろ? 此処はそういった場所でもあるからのぅ》

「ありがとう。それで、あの」

《童には内緒にしとくよって。……まぁ童には読めんがの》

「ユクサ?」

《ん? なんじゃ? ほれほれ、そろそろ始めんと時間が無くなってしまうのではないかのぅ》

「そうだね、さっそくやってみる」

《時間になったら教えるでのぅ、精一杯おやり》

「ありがとう!」



 意識だけだから暴走しないように最初はユクサに調整を手伝ってもらいつつ、光属性と闇属性の合成から練習開始。


 カモフラージュのためと言ってアマリリス様にストレリ様を連れ出すのをあと3日間頼んでおいて良かった。

 2日間で〈真実ノ瞳(マナサイト)〉を発動出来るようになるかな……ううん、出来るようにならないと!

 最終日が勝負!!



   ◇※◇※◇



(ひぃ)さん、そろそろ外界は8時になるでのぅ》

「え、もう?」


 おぼろげながら〈時空(クロノス)〉が発動できたかな~という時にユクサの申し訳なさそうな声。

 1時間ちょっとでこの進み具合は早いのか遅いのか。

 明日の夕方は幸い魔法院で魔法薬作りなので、さっさと終わらせてまた此処に来るとしましょう。


「声をかけてくれてありがとう、ユクサ」

《そうそう、童が外に()るが、留め置いた》

「え? どうして?」

《童には秘密なんじゃろ?》

「ユクサ……ありがとう」

《ほほほ、これぞ乙女の秘密というヤツじゃ》


 そうだねと笑ってユクサを見ると、袂で口元を隠してはいるけれどにんまりと笑っているに違いない。

 兄様をからかうネタができたと思っていないと良いけど。


 また明日来るねと言えば、意地の悪いにんまり笑顔からキョトンとなってそれから花が綻ぶような笑顔に変化した。

 なかなか連続で来る人は少ないので、ユクサは続けてくることが何よりも嬉しいらしいです。


 ユクサに《また明日のぅ》と至極嬉しそうな笑顔に見送られて、ユクサの合図で来た時とは逆に光の粒子に囲まる。眩しさに目を瞑ると意識が遠のく感覚――暗闇に吸い込まれる。



 夢から覚めるように――帰ってきたんだなぁと思いながら――ゆっくりと目を開き、ぱちぱちと何回か瞬きを繰り返して焦点を合わせていくと、薄暗い書架が見え近くの壁に寄り掛かる人影……目を瞑って腕を組んでいるジオ兄様が見えた。

 

 ユクサから聞いていたから驚きはしませんが、今日は魔物退治と聞いていたので兄様ならもう寮に帰っていると思っていました。

 何か調べ物でもあったのでしょうか?



 首を傾げながら「兄様? いかがしましたか?」と声をかけると、兄様はゆっくりと目を開けてこちらに近づいて来た……けど笑顔なのに目が笑っていない!?

 背筋がぞわぞわしてきて逃げたいけど、背中は壁でこれ以上は下がれないし、左右は書架で袋のネズミ状態!!


 元々本のためにひんやりとしている部屋ですが、兄様が一歩一歩進み度にひんやりとした空気が生まれるみたいに感じます。



「兄様? じゃないよ、リーア。〈認識阻害(レキューラビジブル)〉か〈幻惑ノ檻(メイズ)〉をかけてから潜るって約束でしょう? 忘れちゃダメだよ。何かあってからじゃ遅いんだ。……今回はユクサが〈魔防護壁(バリアウォール)〉をしていたようだけど」


 おかげで僕も入れなかったけどね。と目の前まで来た兄様は、動けない私からユクサへ行くための本を抜き取っていつもの場所へ隠すようにしまい込み、私に背を向けたまま無言で動かなくなった。


「ご、ごめんなさい、兄様……」


 そういえば、ユクサに行かなければと焦っていて忘れていました。

 ユクサには意識だけしか行けませんから、身体は無防備になってしまう。

 だから『ちゃんと対策を』という約束を兄様としていました。

 それを怠ったので兄様はお怒りなのですね……。


 後ろを向いたままの兄様の背中からは拒絶のような怒りのオーラが出ているようで言葉が出ない。


 これから先は兄様には怒られて嫌われなくてはならないのに、まだ覚悟が足りないみたい。


 悲しい気持ちがあふれてきて、泣いてはいけないと思うのに目の奥が熱くなり、だんだんと頭が下がってしまう。

 俯きながら唇を噛みしめていたら、ふわっと頭に手が乗り「ごめん」と言う言葉が降ってきて、優しく撫でられた。



「怒っている訳じゃないんだよ。……ただ心配なんだ」

「……」

「此処は人があまり入って来ないとは言え、何があるか分からないからね」

「にい、さま」

「リーアは強いけど女の子なんだから」

「はい……気を付けます」

「ん。解ったなら良いよ」


 ほら顔を上げて。と頬を優しく撫でられて、顔を上げたら両頬をふにっと引っ張られた。

 軽くだけど地味に痛い!


「にーしゃま!」

「お仕置き」

「ひひょい~」


 くくくと笑う兄様の手を外そうと兄様の腕を掴んだ瞬間に、お腹が『くぅ~』と鳴った。

 慌ててお腹を押さえるけれど意味はなく一瞬の静寂の後に、兄様は大爆笑。


 そんなに笑わなくてもいいのに! 兄様のばかー!!



 着替えに寄った時に何が食べていこうと思っていたのに時間がなくてこれも忘れていました。

 いつも夕飯は6時半くらいですし、魔法もたくさん使ったのでお腹はペコペコ。

 気付いてしまったら途端に力が出なくなってきた。

 まだ笑っている兄様を恨みがましく見上げながら、何かないかとローブを探るけれど何も入っていなかった。


 はぁとため息を吐いたらポンと口の中に何かが入り、一気に広がる甘く芳醇な香りと舌の上ですぐに溶けはじめる濃厚なチョコのビター感。

 この味は滅多に手に入らないパティスリー・ヴィヴィエのビタートリュフ!。


 うっとりと味わっていると、いつの間にか私の隣に座り込んでいた兄様が「もう一つ食べる?」と問うてきた。

 コクコクと頷くと「夕食と報告会の後でね」と言われました。



 うぅ、これは絶対にお説教込みだ。






いつもお読みいただき、ありがとうございます。



なかなか更新速度が戻らず申し訳ありません。

体調を崩したのと仕事等々で思うようにままならず、ご迷惑をおかけしております。

これから年末くらいまでは週1か2のペースになるかと。

ご理解いただければ幸いです。




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