39 ―調査―
只今私は左棟の屋根の上にいます。
う~ん、見晴らし最高! でも昔ジオ兄様と見た景色のほうが好きかも。
って今はそれ、必要ないことですね。
今日の放課後は〔マギィ〕の∫4として学園内を異常がないか見回り当番の日。
私の担当は左棟とグラウンド。
下から順に調べてきて異常がなかったので左棟の一度目は終了。
左棟の屋根まで上がって来たのは、ある重要な目的を果たすために屋根の上からしか出来ないことがあるのです。
その目的のために時間短縮ということで二か所目のグラウンドは上から異常がないかを調べます。
ここから見える範囲を指定して〈詳細検索〉を発動―――うん、異常なし!
この方法は兄様に教えてもらいました。魔力量が多い人向けのある意味力技な方法ですけど。
兄様らしいと言うか、むにゃむにゃ……。
あとは帰りにもう一度、左棟を降りながら調査すれば本日の〔マギィ〕のノルマは終了です。
さて、そろそろ予定時間なので降りて行きましょう。
トコトコと屋根の縁まで歩き、下を覗けば中庭と目的地が見えます。
見える範囲――中庭と左棟と中央棟の窓際――に誰もいないことを〈探索〉で確認したら、そのまま歩くように一歩踏み出す。
黒いローブごと身体を抱きしめるようにして〈浮遊〉を発動、ふわりとした浮遊感を数秒味わった後にトンと足が目的地――左棟の4階にあるバルコニーに到着です。
中央棟が良く見えるこの位置からは生徒会室の窓が良く見えますが、向こうからは見えないという絶好の場所。
しかもここは職員室に保管されている鍵と〈鍵解除〉の同時使用でしか開かない特別製の扉が中とを遮っているので、人が入ってくる可能性はほとんどないという姿を見られては不都合な私には最適な場所なのです。
この場所の情報提供者はやはり兄様で……他にも何ヵ所か秘密の場所を教えてもらいましたがそのうち2か所くらいは隠し部屋っぽくて、知っていては不味いのではないかという場所でした。
内緒だよ? と言われましたが本気で記憶消去の魔法がないかと考えましたよ!
今は壊れて使われていないとはいえ、国境付近への〔ゲート〕のある部屋があるなんて。
私にどうしろと言うのでしょうか……。
閑話休題
決めた時間になったらアマリリス様が窓際にストレリ様を移動させてくれる手筈です。
私が〔マギィ〕だとは知らせていないのもありますが、ストレリ様に知られないようにいつ調べるかは内緒と言うことで、あと3日間ほど場所と時間は違いますが同じようなことをしていただけるようにお願いしました。
これを決める時にストレリ様に会わないとようにと昼休憩時にアマリリス様とサロンで話していたのですが、そこから出た時にバッタリとストレリ様と会ってしまったのですよね……。
アマリリス様と一緒だったので、それについて色々と言われました。
連れ込んで脅したのだろう! と言われた時はアマリリス様も私も唖然としてしまって、生徒会室から教室へ戻るティナス殿下とアシンス様が通りかかるまでストレリ様が延々と話すのを聞いていました。
よくもまあ、あれだけ喋ることが出来るのだなぁと最後には感心しましたけど。
そんな事を思い出しながら、バルコニーから生徒会室の窓付近を眺めます。
予定時間まであと少し。
ふぅと息を吐いてまずはリラックス。
少々距離があるので、いつもより魔力を一点集中で使うようなイメージで魔力を練りはじめます。
もう少し近づきたいけど、先生方に気付かれてしまうからこれがギリギリ。
本当にストレリ様が魔法にかけられているのだとしたら、彼自身への負担などを考えると属性魔法の枠内であって欲しいな。
禁術は複雑過ぎて相殺でも解術でも負担が属性魔法よりかかる。そうじゃないことを願うばかりです。
「っと、そろそろ時間ですね」
何時でも発動できる状態でバルコニーから覗けば、時間通りにアマリリス様とストレリ様が窓から見えました。
はてさて、何が見えるのでしょうか? とさっそく発動させた光属性の〈判別〉でストレリ様を視認指定で診てみたのですが……なにか魔法にかかっているようには診えませんでした。
念のため、〈詳細検索〉も追加したけれど緊急用の〈魔防護壁〉が付加された魔法具を持っている事しか分からなかった。
そうなると可能性は2つ。本当はなにも魔法にかかっていないのか、それとも禁術か。
〈判別〉では禁術の有無は分からないのです。
禁術かどうかを調べる方法はあるにはあるのですが、扱いづらく苦手な魔法の一つ。
でもそんな事を言っていられる状況ではありません!
先程の魔法は解除して、頬をパンと叩いて気合を入れ直して新たに魔力を練ります。
今度は先程より多くの魔力を圧縮するイメージをして――無属性補助系統上位魔法〈妖精ノ瞳〉を発動。
一瞬にして世界の色が魔力の色に染まる。
元々の形や色の上に極彩色が重なり集中していないとブレが酷くなる。
くぅ~、チカチカして目が痛い!
このままの状態では時間切れになってしまうので、〈集中強化〉も追加発動。この魔法は補助系などの効果を増幅しつつ安定させてくれる。
これで少しはマシになった、と思いたい。
意識が色の奔流にのまれ飛びそうになるのを、魔力を使いすぎたために起こるガンガンと鳴りはじめた頭痛が引き戻すという嫌な状態を感じながら『負けるものか!』とじっと見ているとやっと薄っすらと赤黒い鎖状のものがストレリ様の身体に巻き付いているのが見えた。
もう少し……と思ったけれど魔力を残しておかないと動けなくなってしまうので、パチンと解除する。
魔力切れで動けないなんて魔法師としては失格ですからね。
魔法の発動を止めたと同時にかなり魔力を使ってしまったようでクラリと立ち眩みが起こり、慌ててバルコニーの手摺部分にしがみつくけど身体が重くてずるずるともたれ掛かるように滑り落ちていく。
久々に感じる体全体が重くなるような倦怠感。
修行中に自分の限界を分かるようにとギリギリの線を試した時以来かも。
苦笑いも浮かべられないくらいという予想以上な状態に、本格的に不味いかもとのろのろとローブのポケットを探って持ってきた2本の『魔力回復薬:大』を取り出し、まずは1本を飲んで目を閉じる。
やっぱり横着してグラウンド付近をいっぺんに調べなければ良かったかなぁ……。
でもまぁ、一応の収穫はあったから良いか。
残りのもう1本も飲み、しばらくぼーっと空を眺めて倦怠感が消えるのを待つ。
もういいかなと手や足を動かすとスムーズに動くようになったので、〈魔法解除〉で魔法痕を消し、来た時と逆に屋根まで飛んで空けておいた窓から入り〈詳細検索〉で調べながら階段を降りて行く。
本日は全て異常なし!
メリア様へ左棟を調べ終わったと言う報告をしに治療室へ……向かう前にちょっと寄り道。
降りてくる最中にふと中庭を見たら、時期的にまだ咲いてないはずのアキレアの花が見えたのです。
私の本当のお母様と同じ名前の花。
このところ色々あり過ぎたから、元気を分けて欲しくなって見に寄った。
誰も放課後に中庭のこんな奥まったところに来るなんて思わなかったから。
ましてや彼が来るなんて少しも考えていなかった―――。
◇※◇※◇
中庭の奥の方にある小さい花壇に種類ごとに色とりどりの花が咲いていて、その一角にアキレアの花もありました。
赤、ピンク、オレンジ、黄、白。全色あるなんて珍しい。
ふふっと笑ってしゃがみ込み、花に軽く触れながらアキレアお母様を想う。
微かに残る記憶の中のお母様はいつも笑顔で……。
ねぇお母様。私、上手く出来るかな?
しばらく花を眺めていたら元気をもらえた気がした。
気合を入れようと「よし! 頑張るぞー」と勢いをつけてバッと立ち上がったら「うわっ」と声がしてバサっと誰かが草木に倒れ込むような音がした。
え? 誰もいないと思ったのに!
慌てて振り向くと区画を仕切るためにある背の低い垣根に倒れ込んだ人影が……怪我をさせてしまったかもと急いで駆け寄るとそこにいたのは、なんとティナス殿下!?
どうしてこんなところに?
とにかく助けなければと「大丈夫ですか?」と声をかけて手を差しだすと「ありがとう」と苦笑いで手を掴んでくれたので引っ張ると、殿下自身も勢いをつけてくれて立ち上がった。
服についた葉を掃う姿もそれだけで絵になるようで……って見ている場合ではないと殿下の後ろにまわって「失礼します」と背中の葉を掃う。
葉を掃い終えるとそれに気づいた殿下がこちらを向こうとしたので、変装していても顔を見られるのは不味いかもと、かぶっているフードを引っ張りながら下を向き謝罪する。
「驚かせてしまったようで、申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそ。先に声をかけるべきでした」
「私のほうが急に声を出したのがいけないのです……その、お怪我はされていませんか?」
「気にしないでください。掠り傷程度です」
「大変!」
私は治療魔法師なのに反対のことを――殿下に怪我をさせてしまったなんて!
急いで治さなければと腕を取って「治療致します!」と見上げると、殿下は蒼い瞳を見開き驚きの表情で「――ぃ?」と言った。
――ぃ? 〔マギィ〕かな?
黒いローブは〔マギィ〕の証だと知っている筈だからそんなの驚く必要があるかな? と首を傾げて考えたくなるところではありますが、治療のほうが先決です!
どこか座って治療できるところはと見回せばベンチを発見したので、殿下に移動を促がすと笑顔で了承してくださいました。
怪我をさせてしまった私に微笑むなんて、殿下は本当に優しい人だなぁ。
ベンチに座った殿下の前に跪き、殿下の右手を両手包み込むようにして治療を開始します。
殿下が倒れ込んだ樹には毒はないので毒には侵されていないとは思いますが、念のために状態異常を回復する〈状態回復〉を使い、後は〈回復〉で傷と体力を回復。
このくらいの傷を治すなら〈手当〉で十分ですが、先程、私が手を差しだした時に殿下は左手を出した。
殿下は右利きのハズなのにどうしてと思ってチラッと見たら昨日のアマリリス様からの扇の一撃を治さなかったようで腫れが残っていたのです。
時間が経った怪我には〈手当〉では治せません。
魔法をかけ終わり「いかがですか?」と声をかけると、殿下は瞳をキラキラさせて腫れの引いた手を開いたり閉じたりしていて、その様子が可愛らしくて思わずふふっと笑ってしまった。
私の笑い声で殿下がキョトンとこちらを見て……一気に血の気が引いていく。
私は何をした? 笑うなんて失礼なことを!
慌てて手で口を覆い、下を向いてしゃがみ込む。
それに、兄様にこの姿でもあまり接触すると言われていたのに。
そっと肩に手が置かれて「顔を上げて」と乞われてしまうけど頭を左右に振る。
けれど何度も「お願いだから顔を上げて」と最後には泣きそうな声で言われてしまい、根負けして緩々と顔を上げると「治してくれてありがとう」と優しく微笑む殿下の顔。
その笑顔にどきりと胸が跳ねる。
もっと見ていたい。見てはいけない。
どうして私はあの蒼い瞳から眼が逸らせないのだろう……。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




