38 ―お願い― 3
キリが悪いと詰め込んでしまい、いつもより文字数が多いです。すみません。
―――『シア』と『ラス』と言う名前に心当たりはない?
それから続けてティナス殿下の口から出た言葉。
「魔法院にいる筈なんだ」
あまりの突然の衝撃にピクリとも身体は動かず、呆然と殿下を見上げてしまう。
指一本も自分の身体じゃないような感覚。
それでいて頭の中を言葉がぐるぐると回る。
なぜ今になって殿下がシアとラスを探しているの?
接点はないハズでしょう?
なぜ魔法院の人間だと、知っているの?
あの時、魔法は使ったけれどちゃんと見せないようにしていたのに。どこで見られた?
どうして、どうして。
―――パシン
左手に軽い衝撃があり解放されたと思ったら肩を後ろに引っ張られ、たたらを踏む。
急なことだったので『あぁ今度は転ぶかもしれない』とどこか他人事のように考えていたら、いつの間にか横に移動した兄様が肩を抱くように支えてくれていた。
兄様から「大丈夫だった?」と言われたけれど、どこか平坦な声色だったので、どうかしたのかと仰ぎ見れば眉を寄せている兄様の目線は私ではなくその先の殿下達。
ジッと二人を見ながら私だけに聞こえるくらいの声で「何も言うな、表情も変えるな」と指示をした。
動けなかったのは逆に良かったのかなと思いながら、兄様へ「はい」と頷き返して体勢を整えながら視線を前へ向けると、アマリリス様がピシッと扇を殿下に突きつけていました。
美人さんが仁王立ちすると迫力が倍増する気がします。わお。
「急になに、を……ってマリー?」
「な、に、を、なさっておいでですか? 殿下」
「マ、マリー? えっと、その……し、質問を」
「わたくし、以前も申し上げましたね。女性に安易に触れてはなりませんと。しかも怯えさせるとは何事ですか!」
「は、はい」
「それに焦っても良い結果は出ないとも申し上げました」
「……でも」
「言い訳無用! 良いですか貴方は王……っとそれどころではありません! あぁ、フリージアさん、大丈夫でしたか? 貴女の手には当たらないようにしたつもりですが」
「えっと、はい。大丈夫です。ありがとうございます、アマリリス様」
殿下に向けて矢継ぎ早に話していたアマリリス様が、くるっとこちらを向いて私の手をそっと包み込むものだから驚きました。
叩かれた割に衝撃だけで痛みがないと思ったら、どうやらアマリリス様は殿下の手だけを狙って扇を打ち下ろしたようです。
桜貝のような爪にほっそりとした美しい白い手。
そんな手で、いくら扇を使ったとはいえ叩いたらアマリリス様のほうに衝撃が来てしまうのではないかと心配になりますが、段々と私の手を包み込む力が強くなってくる。
あ、何かデジャヴを感じます。
これが令嬢の嗜みってことは……ないですよね?
ちらりと殿下を見ると、未だに涙目で右手を擦っているのでかなり痛そうです。
治した方が良いのではないかと考えていたら、兄様がポツリと「必要ないからね、リーア」と冷たい声で言うものだから一瞬背筋がヒヤッとしました。
こういう声の兄様はお怒りモードなのでちょっと怖いのです。
早く解除してくれると良いのですが、何に対して怒っているのが分からないので止められません。
シアとラスについて驚きはしたけれど、そこまで怒ることではないでしょうし。
「殿下はそれを我々に聞いてどうしようと? それも隠さなければならない案件ですか?」
「いや、そうではないのだけれど……」
「ならばそれは魔法院に問い合わせください」
「……している。何年も。だけど無理だと―――」
兄様達の話合い(?)はまだ終わりそうにないので、その様子をニコニコと見ているアマリリス様へどう思っているのかを聞いて見たくなった。
「あの、アマリリス様?」
「なんでしょう?」
「アマリリス様はご存知なのですか? その、シアとラスという方のことは」
「いいえ、お会いしたことはありませんわ。ですが、どの様な方かは殿下から少しだけ。昔、お会いして世話になったらしいですわ。……殿下はそれからずっと探していらっしゃるのです」
「ずっと、なのですか?なぜ……」
「えぇ。ずっと、ですわ。理由はわたくしも全て知っている訳ではないのですが、殿下はどうしても『もう一度会いたい』と真っ直ぐに彼らを探しているのです」
「……見つからないから意地になっていると言うことは?」
「意地と言えば意地なのでしょう。絶対に見つけ出すと言ったほうの。……わたくしにはただ会いたいだけには思えませんのですけど」
「会いたいだけじゃない?」
「うふふ、……気になります?」
「……いえ、私は……。そ、それよりもアマリリス様はよろしいのですか?」
「何がかしら?」
「殿下が探している人がもし、その……女性だったら」
「心配してくださるのね、ありがとう。でも大丈夫ですわ。片方が女性だと言うことは知っておりますし、寧ろわたくしは……」
「アマリリス様?」
「あら、喋り過ぎましたわね。ふふ、そろそろ時間ですわね」
にこりと微笑んで会話を閉じたアマリリス様に疑問は募りますが、兄様達のほうも気になるので視線を向けるとまだ話している最中のようです。
会話の端に聞こえたのは『髪色と瞳の色』『許可石の色?』『相応の理由』などの言葉。
食い下がる殿下に兄様のお怒りモードは継続中のようで、足元がヒヤリとする気がする。
「―――魔法師や魔法院の不利益になりますから」
「私はただ彼らに……」
「殿下がなぜ彼らを探しているのかは存じませんが、どうしてもと言うのなら国王陛下になれば早いですよ。魔法院に所属していない人物で魔法院を動かせるのは国王陛下のみですから」
「それでは間に ――リン・ゴーン―― 」
「……時間切れのようですね」
殿下の言葉の最後は予鈴の音にかき消され、同時にこの話を打ち切る音にもなったようです。
予鈴が鳴り終わった後には、なぜか悔しそうに目を伏せる殿下と考え込むように片手を口元にあてる兄様。
兄様には最後の言葉が聞こえたのでしょうか?
それにしても殿下は会って何を話したいのでしょうか? 今更話すことなんてないと思うのだけど。
変なことはしていないハズ……だよね。
もしかして連れまわしたから、怒られるとか?
途中から護衛任務だったことがバレたから感謝……はないか。
そうだったらそのことを魔法院に言えば良いのだもの。
う~ん、どう考えてももう一度会う意味はないように思えるのだけれど……。
私には疑問しか浮かびません。むー。
早く戻らないと授業が始まるということで歩くのを再開したのですが、私はアマリリス様に手を引かれています。
なぜかと聞こうとアマリリス様を見ると、有無を言わせない笑顔だったので何も言わず口を閉じました。
ニコティ様と言い王族に近い人々ってこういう笑みを浮かべるのですよね……特訓でもしているのではないかと疑いたくなります。
後ろを歩く兄様と殿下の会話に耳を澄ますと兄様が「殿下のおっしゃった名前には心当たりはありませんので、この件は聞かなかったことにしておきます」とぴしゃりと言っていた。
殿下は元気のなさそうな声でしたが「わかった」と言っていたので、この件は終わったことになったのでしょう。
ひと安心かな?
それにしても、本当に今日は色々あり過ぎて頭がパンクしそうだ。
午後の授業まであと10分程度しかないから急いで中庭へ戻ると、ミモザとニコティ様が手を振って出迎えてくれました。
あとの二人はと見回せば……アシンス様とイセンは少し離れたところにいて何か話しているようですが、何故かイセンはグッタリ気味。
これは関わると巻き込まれそうな気がするので近づかないほうが賢明かな。
アマリリス様へ会釈をしてから小走りでミモザの元へ行くと、いつもどおりにミモザに抱き付かれました……相変わらず見事なタックルですね。身構えていて正解でした。
このまま抱き付かれたままだと色々と大変な事態が起こるので、ミモザの背中をポンポンと叩いて合図すれば今日は時間がないのを理解してくれたのか、すんなりと離してくれました。
いつもこうだと良いんだけどなぁ……。
「フィーちゃん、大丈夫だった? 何があったのか聞いても良い?」
「詳しくは話せないけど、依頼について相談されたの」
「ふぅ~ん」
「主に兄様が答えたのだけれどね」
「そうなんだ~。あ、それより! 殿下に意地悪されなかった?」
「意地悪って……されてないよ?」
「ホント~? 何かされたらちゃんと言ってね! 殿下には前科があるんだから~!!」
「本当に大丈夫だってば」
クスクスと笑い合っていたら「前科?」とジオ兄様の声が……大変です!
さっきのことが収まったのに、これで兄様と殿下の仲が悪くなったらそれこそ物語に影響大です!!
殿下と兄様は仲良くアマリリス様を守るのですから!
「ミ、ミモザは何を言ってるのかな~? ほ、ほら、早く教室に行こう? あの階段戻らないといけないんでしょう?」
時間がかかるでしょう? と言うとミモザはキョトンと私を見上げたあと、あぁ、と笑って「大丈夫~、帰る時は秘密の扉があるんだよ~」と教えてくれました。
帰りはあの降りてきた階段を逆に昇るのか……とちょっと憂鬱な思いを抱えていましたが、こちらからしか開かない扉というものがあって出る時はそこを使うそうです。
だから皆様はあまり焦っていなかったのですね。
でもそうなら先に教えて欲しかったです!
あの話にはこの場所は出てきましたが、移動する描写はなかったので話の裏側を見ている気がして面白い。
あ、さっきの殿下の話もこういう事なのかな。
物語には必要ないけれど裏話的なものとか? うん、そうかも。
ミモザに案内されたのは薔薇に隠されるように佇む古めかしい重厚な扉。
その扉を抜けると中央棟の中庭――あの桜の樹がある――の一角ある倉庫のような場所が出口でした。
ふぅと息を吐き、色々あったなぁとしみじみ感じているとイセンの一言。
「なあ、午後の授業って魔術じゃね?」
「「「あ、……着替えてない!」」」
すっかりそのことを忘れていました!
魔術の授業は運動用の服に着替えて――今日は外のグラウンドに――集合なのです!!
慌てて私達1年生組は先輩方へ挨拶もそこそこに早歩きで更衣室へ向かいます。
―――だからティナス殿下が私に向けてまだ何か言いたそうだったこと、それを兄様が見ていたことには全く気がつかなかった。
◇※◇※◇
「はぁ」
「疲れた? そろそろ休憩しようか」
内容の濃かった今日のことを考えていたせいか、無意識にため息を吐いてしまったようです。
それに気づいて心配そうに見てくる兄様に、顔を横に振って「大丈夫です」と笑っておく。
今日は珍しく向かい合っての作業なので、真っ直ぐに見られると不思議な気分。
目線が一緒ということは兄様の足が長いということなのですが。
海のような殿下の蒼い瞳とは違う、夜空のような兄様のダークブルーの瞳に見つめられると、たまに胸の奥がきゅっとなって……心配させているんだなと切なくなる。
「あと2種類作れば終わるのでやっちゃいます!」
「……ん、わかった」
努めて明るくいえば、何か言いたけれど今は止めておくといったように口を閉じて作業を再開する兄様。
最近はこういったことが多いのですよね……と頭の片隅で考えながら私も作業を再開します。
兄様は本来、今日の放課後は〔マギィ〕として学園内の見回りだったのですが『急に魔法薬作りに変更なったから』と言って一緒に作業をしています。
魔法薬が足りていないのは本当ですが、でもそれは半分嘘で昼休憩時の話をするために無理に変わってもらったのでしょう。
兄様が笑顔で相手を上手く丸め込む様子が眼に浮かぶようです。
集中して作業したので思ったよりも早く――前回倒れて出来なかった分も含めて――魔法薬作りが終わったので、兄様が納品しに行ってくれている間にお茶を準備します。
今日は兄様の好きな珈琲を用意して、お茶うけはナッツタルトとクッキー数種。
日持ちするので此処にも置いてあるのですが、何種類か少なく――ベリージャム入りクッキーにおいては全てなくなっていたのでメリア様が食べつくしたと思われます……。補充しておかないと。
戻ってきた兄様とお茶をはじめたのですが、兄様は珈琲を一口飲んで「美味しいよ」と言ったままカップを見つめて黙り込んでしまいました。
兄様との静かな時間は嫌いではないのですが、どうにも何か言いたそうな雰囲気も感じられるので話しかけるかどうか迷います。
十中八九昼間のことで言いよどむ必要はないと思うのですが、私からは言い出しにくい。
……なんと言えば良いのか分からないと言ったほうが正解かもしれません。
兄様のほうへ視線を向けられなくて、なんとなしに手の中のカップを眺めたり机の木目を数えたりしていると「ねぇリーア」と兄様がポツリと零した。
内心話しかけてもらえたことにホッとして兄様へ視線を向けると、思いのほか真剣な眼差しの兄様にドキリと心臓が打つ。
思わずカップを取り落としそうになって慌ててテーブルの上に置いた。
「『シアとラス』については僕が調べるから、殿下から聞かれても反応しないでね」
「はい」
「それから……」
「兄様?」
ジッと私の瞳を射抜くように見る兄様。
ダークブルーの瞳の奥の煌めきは、私の考えを見透かそうとしているみたいで背筋がぞわぞわする。
「君は何を考えているの?」
「……どういう、意味ですか?」
「役割の件はリーアの言うとおりだと思う。けど一人で抱え込むつもり?」
「抱え込むなんて……そんな事しませんよ。何かあれば兄様に相談します」
「本当?」
「兄様こそ、いつも一人で何でもしてしまうではないですか」
「そうかな?」
そうですよ! と頬を膨らませ軽く睨むようにすれば、兄様は「はぁ。わかった……約束だよ」と諦めたような苦笑いになる。
私も笑顔を作って「はい」と言いながらも、心の中で『相談事も約束も出来なくてごめんなさい』と付け足した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




