37 ―お願い― 2
前話修正 東屋→ガゼボ
内容の変更はありません。
ガゼボへ戻り、椅子に座り直していた殿下に「何かありましたか?」と尋ねると少し不機嫌そうな声で「何でもない、気のせいだ」とのこと。
それを聞いた隣のアマリリス様は楽しそうにクスクスと笑いはじめてしまって、殿下はほんのり赤かった耳を真っ赤にして横を向いてしまいました。
謎だらけで私は頭の中が疑問符でいっぱいです。
思わずそのことに対して質問しそうになりましたが、パンっという手の叩く音と兄様の「さて、話し合いを始めましょうか」の声で、兄様以外の3人はハッとして慌てて居住まいを正します。
そろそろ昼休憩の時間も残り少ないでしょうから、急がないといけませんね。
ピリッとした空気の中、上級魔法師としての顔になった兄様が話し始めます。
「本来なら魔法院に届けなければならない案件です。それはご承知おきください」
「分かっている」
「はっきり申し上げて、解決できる保証もありません」
「それも承知している。どうしてもの場合は……」
「えぇ、我々の手に負えないと判断した場合は、報告します。よろしいですね」
「……あぁ、その時は私が出来うる責任は取るつもりだ」
「そのお覚悟を期待しておきます」
「そうならないように願うよ」
クスリと笑い合う兄様と殿下を眩しく思う。
……きっともう私は見られない光景だと思うから。
兄様は殿下とアマリリス様に『使用できる属性』と『何かきっかけのようなものがあったはずだから思い出して欲しい』と言い、属性を聞くと目を伏せて考えはじめました。
殿下の使用できる属性は設定どおりの火、水、風、土、光の5属性。ただし合成魔法は苦手だそうです。
アマリリス様は、火、水、光の3属性。気になるのはあの話より使用属性が少ないこと。これから覚醒するのかな?
そしてストレリ様は設定どおりの火、水、風の3属性。魔法院でコッソリ調べなければならないかと思いましたが、アマリリス様がご存知で助かりました。
そう考えるとストレリ様の症状に関係がありそうなのは、光属性が使えない事でしょうか。
確かに悪役ヒロインの得意属性は闇ですし、禁術は闇と光に多いですからね。
全てではありませんが、反対属性を持っていると効きにくいということもありますから。
私も兄様に倣うように目を伏せてあの話についての記憶をたどる。
あの話の終盤でアマリリス様に危害を加えるために悪役ヒロインが魔物を操る描写はあったけれど人ではなかった。今の私はそんな魔法は知らない……。
どこでフリージアはその知識を得たのだろう?
魔法院の蔵書の……まだ読めていない魔法書にその魔法またはヒントでもあればいいのだけれど。
ユクサのところまで潜らないとダメかなぁ。うぅむ。
考えがまとまったのか、兄様は私に「リーア、彼らの魔法の強化を頼める?」と言われたので頷こうとして慌ててストップ。
ストレリ様の症状のことではなく殿下達へ魔法の強化をする?
もしかして兄様は先に殿下やアマリリス様が同じようにならない対策を考えたのかな。お二人はストレリ様と一緒のことが多いですし。
万が一、次期国王とその婚約者に何かあっても困るので、特訓を通して彼らの想いの強さがどのくらいか確かめるつもりなのでしょう。
それならこれは私の役目じゃない。未来を示す光は兄様だもの。
物語の内容の進み具合が少し早いこともありますし、兄様とアマリリス様を近づけるチャンスかもしれません!
魔物に襲われてはいませんが、アマリリス様が兄様に魔法の教えを請うのは内容通りですから。
ワガママな妹は間に合わなかったけど、これから挽回する方法は考えてあるので何とかなるでしょう。
否定のために首を横に振り「それは兄様が」と返すと兄様は困惑気な表情。
兄様は自分がストレリ様の状態を探るほうを引き受けるつもりでしょうが、この役割は譲れません。
先程のように不敵に無邪気に見えるように笑うと、今度は不満そうに私を見る。
「それは兄様のほうが得意なはずです。なので兄様が殿下とアマリリス様の魔法の強化を……無属性の〈魔法壁〉は必須ですね。レベルによっては万能ですから。それから中級の光属性は覚えていたほうが安心でしょうね。最低でも〈光聖壁〉と〈浄化ノ光〉あたりでしょうか」
「リーア?」
確かそのあたりは使っていたなぁと思い出しながら言うと、スラスラと提案するように見えたのか兄様は私を訝しげに見る。
言い過ぎたかなと内心焦りつつ――これは物語に必要なことなので疑問に思われないように――落ち着いて見えるように心がけて笑いますが、心臓はバクバクです!
「……兄様は魔法師で私は治療魔法師なのです。私がストレリ様のほうを担当します。“治療”なら兄様に負けませんよ。それに多分ユクサまで潜らないと情報は出てこないと思うのです」
「うっ。ユクサかぁ……そう、だね。分かったよ、リーア。君に任せる」
ユクサの名を聞いて一瞬ひるんだ兄様は、渋々といった表情ですが任せてくれると言ってくれました。
私は好きですが、兄様はユクサが苦手ですからね~。
項垂れてしまった兄様の肩を勝ち誇ったようにポンポンと叩いていると「あの……」と遠慮がちにアマリリス様から声をかけられました。
わ! ビックリしました。……しまった! お二人がいるのを一瞬忘れていました!!
動揺を隠そうとしたら兄様の肩を掴んでしまったようで、兄様の肩がピクリと動いたと思ったら段々と振動してきた。……笑っていますね、兄様! ヒドイ!!
悔しいので兄様の肩を一度ぺしんと叩いてから「なんでしょうか」とちょっぴり引きつった感のある笑顔をアマリリス様に向けると、恐る恐るといった表情で質問されました。
「ユクサとは……」
「申し訳ありません。残念ながらお答えできかねます」
「いえ、詮索してしまい申し訳ありません。それでフリージアさんは、先程“治療”という言葉を使っていましたが、ストレリ様がどうなってしまったのか分かったのですか?」
「いいえ、分かりません」
「ではなぜ?」
「この場合の“治療”というものには色々とあるのです。傷を治したり魔法の解除だったりと……正常に戻すお手伝いをすると言ったほうが良いでしょうか」
「正常に戻す……」
「アマリリス様。ストレリ様がどのような状態なのかは分かりません。でも私は治療魔法師としてやるべきことをしたいと思います。ですから……」
信じてくださいとは言えない。言ってはいけない。
でも今まで人を助けたいと思って生きてきたという道には私のもので、これだけは悪役ヒロインとは違ってしまうけれど譲れない想い。
ストレリ様が本当に魔法にかかっているのか、私にそれを解くことができるのか不安は尽きない。
それでも彼がそんな状態になるのはあの話とは違うから、正さないといけないと思う。
「全力を尽くします。ですからアマリリス様はご自分のできることをなさってください」
「フリージアさん……あの」
「そのあとに続く言葉は言わないでください。まだ終わっていませんので」
ニコリと笑ってアマリリス様の言葉を止める。
眉尻を下げたアマリリス様でしたが、私の言う意味を――謝罪も感謝もいらないという――ちゃんと捉えてくれたようで「わかりました」と微笑んでくれました。
―――お願いですから、全てが終わっても言わないでくださいね。アマリリス様。
そう心の中では願う。
「そうですね、わたくし達は自分が出来ることをしなくてはいけません」
「あぁ、精々足手まといにならないようにしないと」
「では殿下、アマリリス嬢。魔法院へお二人の連名で指定依頼をしてください」
「でも魔法院へは……」
「大丈夫です。これはある意味カモフラージュですから。余計な詮索をされずに話し合いをできる状況をつくります。まぁちゃんと魔法も覚えていただきますが」
「なるほど……わかった。」
「依頼内容は『魔法強化の限定依頼:学園内:ジオラス・ウイスタリア指名』と。こちらで根回しをしておくので2日後、アルメリア・バーント先生に申請書を渡してください」
「分かりました。よろしくお願い致します、ジオラス様」
「感謝します、ジオラス殿」
「これから始まるのですから感謝は不要です」
「す、すまない」
兄様のほうは方針が決まったみたいですね。
最後にチクリと言う兄様に少し怯んだような殿下ですが、最初に比べて少し打ち解けたみたいで男性同士は仲良くなるのが早いなぁとしみじみと思いました。
私のほうは、まずストレリ様がどんな状態なのか見なければ始まりません。
幸い明日の午後は〔マギィ〕として見回りがありますからその時に調べてみましょうか。〔マギィ〕ならある意味魔法が使いたい放題ですし、百聞は一見に如かずと言いますからね。
それから魔法院の図書室へ潜ることにしましょう。
当面のやるべきことが決まったので、はぁと気を抜こうとした時に「もうすぐ予鈴がなるね」と言う兄様の一言でどっと疲れが。
これから午後の授業も、今日は魔法院で魔法薬作り――この前倒れた時の保留分があるので通常の1.5倍作らないと――があるのです!
今日は色々と朝からあって半日しか経っていないのにすでに一日分の疲れが襲ってきている気分です。
あとでこっそり〈状態回復〉を使おうかな~なんて考えていたら兄様に「ズルはダメ」と言われてしまいました。
なぜ考えがバレたのでしょうか……むぅ。
それにしても、兄様があまり反対せずに納得してくれて良かった。
兄様は感が良いのでヒヤヒヤしましたが思惑はバレずに済んだようです。
一人で調べることになれば忙しいという理由で皆から離れやすくもなりますからね。
悪役ヒロインが使っていた魔法のことを調べる事と、皆から距離を置きやすくもなるという、一石二鳥作戦なのです!
明日から悪役に向けての一歩進みましょう!
と意気込んでいたのですが、ここを出る前にまたもや混乱する事態になるとは思ってもみませんでした。
ここへ来るときとは逆に兄様と私が先に歩いて噴水のある広間へ向かっていると、後ろのティナス殿下から「あ、あの、もう一つ!」と焦ったような声が聞こえてきた。
なんだろうと振り返ると、予想よりも近く目の前にいた殿下の姿。
近さにビックリして思わずのけ反ると、振り返ったために後ろになった兄様にもたれ掛かるようになってしまい、兄様の手が私の肩を支えるように置かれた。
それを転ぶと勘違いしたのか、殿下は私の左手を掴んで自分のほうへ引き寄せ、蒼い瞳が何かを探すように私をジッと見る。
―――触れられた部分が熱くて、瞳がそらせなくて、どうしたら良いのか分からない。
息も吐けない展開に戸惑う私に、追い打ちをかけるように殿下は言葉を発した。
「……もう一つだけ聞きたいことがある。君は……君たちは『シア』と『ラス』と言う名前に心当たりはない?」
「!」
殿下の言葉に息が詰まり、頭が真っ白になる。
どうして、今、その名前が貴方の口から出てくるの?
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
なかなか更新速度が戻せず、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。




