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悪役なのかヒロインなのか、教えてください。  作者: たばさ むぎ
二章 悪役ヒロインとして頑張ります!
38/64

36 ―お願い― 1

 

 

 

 ティナス殿下とアマリリス様の後に続いて奥にある薔薇の生け垣にあるアーチを潜ると、白い蔓バラで覆われた小さなガゼボがありました。

 先程4人しか入ることが出来ないと言ったのはこの場所のことなのでしょう。


 その奥にも先程通ってきたようなアーチがあり、ジッと見ていたら『そこは薔薇の生け垣が迷路のように入り組んで作られているから、初めての人は迷って出られない。入らないようにね』とティナス殿下に忠告されました。


 分かりましたと頷きながらも私はその方向からしばらく目が離せなかった。


 あの小説の中では出てこない。もし、その先に石碑があるのならゲームの最後に出てくる場所。


―――その薔薇の迷路の先にある石碑の前に立つ二人が、見つめ合って愛を交わす……。



 確かめても意味のないことだと頭を振ってガゼボへ足を向ける3人の後に続いて足を進める。


 やはりここに来ることは決まっていたようで、4人分のティーカップと火属性の魔法を付加したポット型魔法具が置いてありました。ある意味、本物の魔法瓶ですね。

 どうぞと席を勧められたので入口を背にして二席あるうちの左側に手をかけると右にジオ兄様が、奥側の二席のうち私の正面にアマリリス様その隣――兄様の正面――に殿下が座りました。


 私が一番年齢も位も下なので、席に座る前に念のため〈判別(ディスティンクション)〉を使って調べたポットから紅茶をティーカップに注ぎ、全員に配って席に座ります。


 緊張感からか喉が渇いてしまったので紅茶を一口飲み、カップをソーサーにカチャリと戻すとそれがきっかけのように「では教えていただけますね」と兄様が口火を開いた。


「なぜこのような事を?」

「二人と話がしたいから」


 兄様は真っ直ぐに殿下を……まるで敵対する相手を観察するかのように目を細めて見る。

 その視線を受けても殿下は軽く笑みを浮かべたまま揺るがない。


「昨日も申し上げたように、私達兄妹とただ単に話がしたいとは思えません。しかもわざわざ一年の階まで来るのは疑問しか浮かびませんので」

「彼女に返すものがあったからという理由ではいけないかい?」

「それも、例えばアシンス殿からミモザ嬢へ渡すのでも、伝言などで呼び出すのでも良い。王太子殿下(・・・・・)ともあろう人物が例え婚約者と一緒でも一介の伯爵令嬢へ会いに来るのがおかしいのです」

「次期魔法師長と治療魔法師長と目される人物に会っておこうと思った」

「他人からそう言われていますが、実際にそうなるとも限らないでしょう。魔法師長と治療魔法師長に拘るならば、もう少し確実になってからでも貴方が王になっても十二分に間に合う」

「友人になりたかった」

「いい加減、真実をおっしゃっていただけませんか。私達兄妹になんの用ですか? ……貴方の幼馴染であり妹の友人を利用してまで」

「兄様?」


 私が自分の思惑でこのお茶会に参加したことを、私と兄様をこの場に呼ぶためにミモザ達が利用されたことになっているの?

 私そんなこと思ってもみなかった。


「ミモザ達を口実にすることを決めたのはわたくしです。それに関して殿下は関係ありませんわ」

「スカーレット公爵令嬢……?」

「よろしければアマリリスとお呼びくださいませ、ジオラス様。フリージアさんも。……殿下、彼のような受け答えをしてもらえたからといって、はしゃぐのはどうかと思いましてよ」


 いつの間にか取り出した扇でパタパタと殿下を扇ぎながら注意するアマリリス様。

 うっと言葉に詰まり眉を下げて頬をかく殿下は一瞬にして16歳の年相応になったようです。

 恋人同士と言うより姉と弟みたいで思わずクスッと笑ってしまいました。


 兄様もその変わりように毒気が抜かれたようで、少し緊張感が解けたように軽く椅子の背に身体を預けました。

 でも私は少し和やかな雰囲気になっても3人の会話に入っていけません。何かまた失敗しそうなので、とりあえずは兄様にお任せしておきます。


「申し訳なかった、ジオラス殿。……つい彼と話しているように思えて止まらなくて」

「彼?」

「えーと……まぁ、とにかく君たちと話したかった。と言うより相談をしたいと言うべきかな」

「……相談、ですか」

「魔法というものに関して聞きたいことがある。……人に聞かれない場所で」

「わたくし達は魔法院の方々のように魔法に詳しくありません。使える属性が多くとも殿下は次期国王ですし、わたくしは魔力量がそこまで多くありませんので魔法院に所属するのは不可能なのです。ですからどうか、わたくしたちに魔法に関する知識を教えていただきたいのです」


 両手を握りしめて私達を見るアマリリス様の真剣な表情で、ティナス殿下も笑顔ではなく真面目な表情に変わっていて私と兄様は困惑するばかり。


 いくら私達が魔法院に所属しているとは言っても、私は7年で兄様は9年。

 兄様は上級になって2年経っていますが、私は上級になったばかりとまだまだ勉強途中の身でしかありません。

 同い年の魔法師よりも先に行っているとは思いますが、人様に教えるなんて兄様はともかく私には絶対に無理です!


「……私達は魔法院に所属していると言っても人に知識を披露するほど長けてはいません。それこそ王宮に勤めている古参の魔法師がいるでしょう」

「彼らに聞くことは出来ません。……いえ、王宮内で話題に出したくないのです」

「……でしたら魔法院へ依頼してはいかがですか? 秘密厳守は徹底しています」

「それでも、依頼内容は資料としては残るはずだ。出来ることなら大事にしたくない」

「そこまでのするのは……ストレリ・バーガンディ公爵令息のためですか?」

「ジオラス殿? どうして……」

「今までの話を聞けば分かることです。……彼の身に何かが起こっているのですね」

「まいったな、流石と言うべきか。……はっきりと魔法の所為という訳じゃないんだ。私達では分からない。でも、何か魔法の影響じゃないかと……そうだとしか思えなくて」


 そう言ってティナス殿下は以前と少し違ってしまったというストレリ様の様子を教えてくれました。

 今年の入学式準備くらいから波はあるらしいのですが、ストレリ様が急に感情的に――特に怒りの感情を露わにすると言うのです。

 今までなら辛辣な言い方はするものの、相手を貶める言い方ではなかった。

 そこで急に変わってしまったのは何か魔法のようなものに掛かってしまったのではないかと考えたそうです。

 ですが下手に相談して公爵令息であるストレリ様の不名誉になるのは避けたい。でも殿下もアマリリス様も魔法に関しては疎い。

 そこで目を付けたのが“学生であり魔法院で噂されるウイスタリア兄妹”という訳だそうです。


 ただ私を助けたのは偶然で、アシンス様から名前を聞いてウイスタリア家の人間だと知って会ってみたいと思ったこと。

 そして昨日の朝、アシンス様から私を迎えに兄様が昼休憩時に教室まで来るということを聞いたので、二人揃っているところを誘うために1年の教室まで来たそうです。


 冷静であれば先程兄様が言ったように他にやりようはあったと思いますが、心穏やかではなかったのですね。

 少し焦っていたように見えたり何か言いたそうだったのは、この理由だったのかと納得しました。


 ちなみにこれを知っているのは殿下とアマリリス様とアシンス様のみだそうで、ミモザとニコティ様には今のところ伝えることはないそうです。

 後で知ったらミモザはきっと怒るでしょうね。



 話を聞き終わると兄様は「考えさせてください」と席を立ち、私の肩を叩いてガゼボの外へ歩き出した。

 私も続けて席を立ち「失礼いたします」と頭を下げてから兄様の後を追う。


 ガゼボを出る前にふと立ち止まり、チラッと後ろを振り返るとアマリリス様は手を胸元でギュッと握ってまるで祈るように目を伏せ、殿下はティーカップを持ったまま飲もうとせずにその水面に思いを馳せるようにじっと見ています。

 その姿を見て治療魔法師を目指すと決めた――人を助ける魔法使いになりたい!――小さい頃の想いが甦る。



 ガゼボから出て兄様を探すと、ここから入口に向かう中間付近にある木洩れ日のある場所に兄様は腕を組んで佇んでいます。あの場所ならお二人から見えるけれど、声は届かない位置。


 近くまで行くと兄様が「僕は……」と目を伏せたままポツリと零したのが聞こえた。

 側に行っても良いのか迷い数歩前で止まっていると、兄様は伏せていた目をおもむろに上げて私を見る。

 日陰のほうへおいでというように手招きをされたので、兄様の前まで歩いていくとその動きに合わせるかのように兄様は組んでいた腕をゆっくりと外す。

 兄様とは頭一つ分違うので、目の前まで行くと見上げるようになる。


 側まで行くと弱々しい笑みの兄様は両手で私の頬を優しく包み「ねぇリーア」と言ったまま黙り込んだ。

 どことなく落ち込んだようにも見えるので殿下の願いに悩んでいるのでしょう。


 そのまま私を覗きこんだまま動かないので心配になり「兄様?」と声をかけると、兄様は一度ゆっくりと瞬きをした後に「リーアはどうしたい?」と言いました。


「君のしたいことを教えて?」

「私は……」


 魔法院所属の魔法師として考えるなら、魔法院に連絡して多数の手を借りて問題にあたるほうが良い。

 通常であれば最低でも各長と国王陛下には連絡が行くけれどそこで止められる。

 けれど今回の場合は未知の魔法かもしれないから無理でしょう。

 その場合、最悪ストレリ様は殿下から離されることになる。

 それはたぶん一番殿下が恐れていること。


 王太子殿下の要求をそのまま叶えるためには魔法院に届けずに秘密裏に事を進めることになる。

 そうなると兄様と私の負担は増えてしまう。

 兄様は優しいから殿下達の願いに沿うようにしてあげたいけれど、私の負担を懸念しているのでしょう。


 私はそんなに弱くないですよ? という意味を含めて不敵になるように笑って「私の力が役立つならば、私は受けたいです。治療魔法師ですから」と告げました。



 軽く目を見開いた兄様は苦笑いになって、こつんと額を合わせて「リーアならそう言うと思った」と切なげに息を吐くように言う。

 しばらくそのままの体勢でしたが「――た弱味かなぁ」と言い、くくっと笑い始めた兄様は額を離して「覚悟は良い?」と今度は挑戦的に私を覗きこんできた。

 私も負けないように兄様を見上げて「望むところですよ」と言って笑い返すと、兄様は左手で前髪をかき上げて「参ったね」と笑った。


「さすが僕の妹は誇らしい」

「私はワガママを言ってるだけですよ、兄様。今回のことも、もしかしたら新しい魔法の知識を得られるかもしれないという、自分のためですもの」

「ふふ、それを言ったら僕も僕がしたいことをしているよ」

「そうですか?」

「ああ、そうだよ。僕も自分のために動いているから。……―――笑顔のために」

「兄様?」


 眩しそうに言う兄様の最後の呟きが聞こえず、聞き返すと兄様はにこりと微笑み私の後ろ――ガゼボのほうを見て「そろそろ戻ろうか」と言った。


 そういえば昼休憩はあとどのくらい残っているのだろうと思いながら頷き「頼りにしていますよ、兄様?」と言えば、兄様は「お互いにね」と嬉しそうに笑い、左頬に添えられたままの兄様の手の親指が二度三度と頬を撫でる。


 兄様のスキンシップ過多を止めてくれる人はいないものかと内心項垂れつつ、兄様が元気になったのなら良いかと思っておく。


 戻ろうと言ったのに移動しないのか、と軽く睨むと「ごめんごめん」と笑って私の額にキスを落とした後、エスコートと言うより手を引っ張るように歩いていく。



 向かう先のガゼボの中では、なぜかティナス殿下が立ち上がってこちらを見ていました。

 

 何かあったのでしょうか?




いつもお読みいただき、ありがとうございます。


修正

東屋→ガゼボ

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