35 ―お茶会―
薔薇のアーチを抜けた先は、四方をぐるっと薔薇の生け垣に覆われていて、中心には噴水がある空間。奥と左右に生け垣にも小さいながらアーチがあるのでそこからも何処かに通じているのでしょう。
その先にどんな空間が広がっているのかも気になりますが、今日の会場はこの噴水のある場所のようです。
噴水のほうへ歩くティナス殿下とアマリリス様の後に付いて行くと丸テーブルが置いてありその上に用意されているのはこれまた色とりどりの料理やお菓子の数々。
パンも具材も凝られたサンドイッチに可愛い手毬寿司――この風景に対してツッコミたいっ! けど無理!――肉料理に魚料理、サラダやフルーツ、それからデザートまで多岐にわたっています。
薔薇も料理やデザートのアクセントに使われていて、薔薇尽くしと言っても良いかもしれません。他のエディブルフラワーと一緒のサラダなんてカラフルで可愛くて美味しそう!
丸テーブルなのでお好きな席にと言われ、ミモザに連れられた私は彼女とジオ兄様に挟まれた席になりました。
席順は私から右に兄様、イセン、ニコティ様、アマリリス様、ティナス殿下、アシンス様、ミモザで私に戻ってくる配置です。
そのため私の正面はアマリリス様で兄様の正面は殿下。
殿下が正面じゃないのは助かったけれど、前を向くと高確率でアマリリス様と目が合って毎回にこりと微笑まれる。
あまりにも回数が多いからなるべく見ないようにニコティ様のほうを向いたり、前を向かないように兄様やミモザに話しかけるけれど、ミモザのほうを向くと殿下がこちらを見ているようにみえて心臓に悪い。
私が気にしているから見られている気分になるのかな。
それでも関係性を探るために参加したんだからと笑顔を意識して作り、興味津々を装うように彼らを観察する。
アシンス様はミモザを大切にしつつ、アマリリス様には慕うというか尊敬している感じが垣間見えます。
先程のニコティ様の言っていたことを参考にすれば、幼馴染のまとめ役のアマリリス様を補佐しているって感じかな。アシンス様はお兄ちゃんタイプですからね。……まぁ苦労性とも言うけれど。
ミモザもアマリリス様に対しては懐いているって言うのがピッタリかな。いつもならイセンがいる時は外向き用の喋り方なのに今は親しい人に話しかけるあの語尾を伸ばす喋り方をしているし。
イセンはビックリしていたけど、ニコティ様に説明されてすぐに対応していた。実はイセンって結構大物かもしれない。
ニコティ様はアマリリス様の隣の席だからか終始笑顔で楽しそう。イセンはもちろん席が遠いのに私にも気を配ってくれていて、それが不自然じゃないところが流石公爵令息と言ったところでしょうか。
急に席を立ったと思ったら私のところまで来て、「ボクのオススメだよ」と給仕に頼まずにわざわざ白イチゴを持ってきてくれた時はビックリしました。でもお勧めとあってとても美味しかったです。
ミモザにこっそりとこれがニコティ様の普通なのかを聞いたら、ミモザはニヤリと笑って「少し緊張してるかも~」とのこと。好きな人の前だとやっぱりイイところを見せたいですものね。
これできっとアマリリス様の中で株が上がったと思いますよ、ニコティ様! こちらも好感度は高そうです。
それからティナス殿下。
寄り添って話をしている姿は本当にお似合いで……。会話の内容は分からないけれど、一言二言話してアマリリス様がクスリと笑ったり、逆に殿下が微笑んだり。
いいなぁ……って違う!
そ、そうだ。あの話の最後のほうの一場面――薔薇の庭園にある噴水の前で夕暮れの中、見つめ合う二人――が現実になったようで目の保養になる。
うん、そう、そのはずなんだけど……何か、ほんの少しだけど違和感のような感じがする。
なんだろう? ティナス殿下のアマリリス様への好感度は良いみたいだけど、まだラブラブじゃないからかな。
きっとそうだ。それならちゃんと邪魔して固い絆を結ぶお手伝いを悪役としてしないとね!
ジオ兄様とアマリリス様の出会いは最初にちょっと会ったくらいで、親密になるのは夏休暇時の魔物から助けてから魔法を教える時なんだよね。
それまでに私は兄様と離れないと。
魔法院の仕事はどうしよう。魔物退治以外は違う仕事に割り振ってもらえるようにメリア様に相談してみようかな。
「リーア?」
「は、はい。なんですか、ジオ兄様?」
兄様のことを考えていたから話しかけられてビックリした。
食事が済んだのか、足を組んで優雅に紅茶のカップを持ちながら少し憂い顔の兄様は、殿下に負けず劣らず貴公子然としているのですよね。
背景が薔薇園なのも相乗効果でついつい見惚れちゃう……って今はそんな事は置いておいて、私!!
どうしたのでしょう、兄様は少し心配そうに私を見ていました。
「無理をしているのではないの?」
「いえ、そんな事はないですよ。ちゃんと美味しく食べていますし」
「そっちじゃなくて」
「? どっちですか?」
「……後にするよ」
そう言うと兄様は紅茶を飲むのを再開して何か思案に耽ってしまいました。
いつもなら最後まで言ってくれるのが多いのに。
ここに来る前の事といい、兄様のほうが無理をしているんじゃないかと心配になる。
心の中でため息をついてデザートとして取ってもらった桃のムースを食べるのを再開するけれど、さっきまでの味と違うように感じた。
食後にと用意されたミントティーを飲みながら周りを見回して、今更だけどストレリ・バーガンディ公爵令息様がいないことになぜだろうと疑問が浮かぶ。
けれどミモザには――彼と馬が合わないらしいので――聞けないし……誰に聞こうかと視線を彷徨わせているとアマリリス様と目が合ってしまい、声をかけられた。
「なにかお探しでしょうか?」
「いえ、あの。その、今日はバーガンディ様はいらっしゃらないのですか?」
「ストレリ様ですか?」
目をパチパチとさせて驚いたといった表情のアマリリス様は「そうですね……」と判断を仰ぐようにティナス殿下を見る。
すると殿下は一つ頷き、私と兄様を交互に見てから私に視線を合わせようとするので視線が絡まりそうになる前に殿下の蘇芳色のタイを――確か就活で相手の目が見られない時はそのあたりを見れば、相手からは顔を見ているように見えると聞いた記憶が――慌てて見る。
あの蒼い瞳に見つめられると、フリージアでなくなるような気がして、怖い。
なぜ怖いのかが分からなくて。でも『なぜか』が分かってしまったら戻れなくなりそうで不安になる。
こんな状態で役割が務まるのかっていう不安なのかな……。
「ストレリは今日、王宮に用があっていないんだ。フリージア嬢はストレリが気になるの?」
「い、いえ、違います。仲が良いと聞いていたもので」
「そう。……良かった」
「殿下?」
最後が聞こえなくて聞き返したのですが答えてはくれず、殿下は曖昧に微笑む。
しかもなぜか――アマリリス様や兄様まで――全員「はぁ」と息を吐きホッとした表情。
どうして? 私がストレリ様を探るのは何か彼らにとって不都合があるのかな。
でもそれだと兄様とイセンがホッとするのは変だし。
ストレリ・バーガンディといえば『乙女ゲーム』でも『web小説』で殿下といつも一緒にいる人物なのにいないなんて。今回だけ別行動なのかな。
入学式の時に一度しか会っていないから何ともいえないけど、あんなに怒っているキャラクターではなかったと思う。けどあまり詮索しては悪い気もするし。
アマリリス様との好感度だけ知る方法ってないかな。ミモザは絶対に無理だし、アマリリス様のことが好きなニコティ様には聞きにくい。アシンス様には今朝聞いた時に仲が良いとしか聞けなかった。ストレリ様本人には私は嫌われているみたいだし話しかけることは出来そうにない。
そうだ! ヘリオトロープ先生に聞いてみようかな、生徒会顧問だからアマリリス様とストレリ様が話しているのを見ているかもしれないし。
ストレリ様がアマリリス様のことを好き、または大切に思っているのなら後は殿下と兄様を残すのみ。
他の人はどうやらあの話の最後のような感じだし、ある意味順調?
でも覚えている限りのアマリリス様への嫌がらせはしないと話が変わってしまうよね。憂鬱だ。
ひと通り私の考えがまとまり、ふぅと息を吐き目線を上げるとパチッとアマリリス様と目が合った。
アマリリス様はにこりと微笑むと私に「この場所はお気に召して頂けた?」と聞きました。
本来この場所に来た目的は『傷ついた私の心を癒す』と言うことでしたね。そう考えると畏れ多いことで今更ながら焦りを覚える。
「はい。この様な場所に呼んでいただけると思ってもみませんでした」
「ふふ、それは良かったですわ。ではもう一か所ご案内したいのですが、よろしいかしら?」
「もう一か所、ですか?」
「えぇ……。フリージアさんとジオラス様を」
私と兄様だけ?
兄様はその場所のことを知っているはずと思い、どう返答知るべきかを問うために右へ視線を向けると兄様は眉を寄せてアマリリス様を……ではなくティナス殿下を見ていました。
目を閉じて一呼吸置いた兄様は今度はアマリリス様へ視線を移して問う。
「なぜ私と妹だけかお聞きしても?」
「あの場所に入ることが出来る人数が精々4人程ですので」
「これが本題ですか」
「何のお話でしょう?」
にこにこと笑顔で対応するアマリリス様に兄様は埒が明かないと判断したのか「折角だからお誘いに乗ろうか」と私に手を差しだしました。
はいと頷き返し、兄様にエスコートされながら立ち上がると殿下にエスコートされたアマリリス様が「こちらへ」と言って奥のほうへ歩き出した。
その後ろ姿を眩しく思いながら兄様に合わせて歩きはじめると、後ろからミモザに「待ってるからね~」と声がかかったので軽く振り向いて手を振ってその場を後にする。
栗鼠のように頬を膨らませたミモザに少し肩の力が抜けた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
オマケ:残された4人
(本編にはほとんど必要ないただの会話ですので読み飛ばし可)
「あ~も~、やられた! 悔しい~!」
「ホントに」
「ミモザ様? ニコ? どういうこと?」
むき~と憤るミモザに眉間に皺を寄せてフリージア達が消えた方向を見るニコティを不思議そうに見るイセン。
そんな1年生3人組を一歩離れた場所でアシンスは苦笑いで見守りながら、向こうの4人の話が上手くいけばいいと願う。
「殿下とアマリリス様がフィーちゃんとジオラス様をここに連れてくるダシにされたのよ、私達!」
「へ? なんで?」
「私達も一緒なら警戒心も薄れるでしょう。しかもフィーちゃんが来れば必然的にお兄様のジオラス様も来る」
「それで最後には二人だけ引っ張っていく。ボクたちはお役御免ってね」
「はぁ……回りくどいなぁ」
「まあ昨日のあの状態からなら仕方ないかも~。ジオラス様が思いっ切り拒否したのをここまで持ってくるのだもの。流石マリー様~」
「でもあの時、フィーが来たいって言ったのには驚いたけど」
「そういえば、そうなのよね~……」
「フリージアだって殿下やスカーレット公爵令嬢と話がしたかったとか」
「それはない!」
「ボクもそうとは思えない」
「でもフリージアってさ……」
「また後手なんて~! アシーのバカ~!!」
「なんでそうなる!?」
「アシンスの役立たず」
「ってニコ様まで!?」
「えっと、ご愁傷様です」
「……イセン君だっけ? 向こうで話聞いてくれる?」
「え? ちょっと」
涙目のアシンスに半ば引きずられるようにして連れて行かれたイセンは、フリージア達が戻るまで延々とアシンスの語りを聞いていたという……。
お粗末様でした。




