34 ―お茶会へ―
お待たせしました。
治療室に行くと少し驚かれましたが、メリア様から昨日のあの後のレクチャーは皆さまが話を素直に聞いてくれた、ということを聞きました。先生方も含めて。それについては素直に喜べない何かがありましたが……。
先程の昇降口の件を報告すると、あとで他の人に周囲を見回ってもらうことになりました。
“悪戯があったようだ”ということは情報の共有はするけれど、誰の上履きが被害にあったかと言うことは必要に迫られない限り私とメリア様、学院長、各魔法師長の計6名だけの情報として扱うことに。
理由は過保護な兄様対策……ではなく、他の部分で手が回らないのが現状なので、今は情報を規制しておくと言うことらしいです。魔法石のほうも魔法技師長に調べてもらうとのこと。
大事にならないことを祈るばかりです。
色々と頑張ってねとエール(?)をもらって教室へ行くと時間ぎりぎりで、話をしていたらしいミモザ達とは挨拶だけ交わして席に着きました。
今日もピシピシとした気になる視線はありますが、気にしないように慣れないと。淑女の仮面の大切さを実地訓練している気分です。
何事もなく午前の授業が終わり、約束したお茶会――兼昼食らしいとミモザに言われました――の場所はなんと生徒会役員専用のサロン。
私は知らなかったのですが、その場所から見る薔薇はとても素晴らしいと有名らしく、役員専用だけあって招かれる人物は月に一回か二回くらいだそうです。
てっきり一般生徒でも比較的入りやすいラウンジのほうだと思ったのですが、今日は特別だそうです。
生徒会役員専用のサロンへは生徒会室からしか行けないということで、生徒会室へミモザ、ニコティ様、イセンと行くと部屋のまでジオ兄様とアシンス様が待っていてくれました。
兄様に声をかけると、「大丈夫だった?」と聞かれたので、朝の件がもう連絡されたのかと思い「メリア様に報告をしてあるとおりですよ」と言ったら訝しげな顔をされてしまった。
なにか情報の行き違いがあるのかなと思った時には遅く、にっこりと目が笑っていない笑顔の兄様に窓側に追いやられ――私の顔の左側に手を置いて右側の髪の毛を掬うものだから逃げ出せない!! どうして!?――壁ドンならぬ窓ドン(言い難い!)状態で「どういう事かな?」と報告を促されました。
ミモザ達に助けを求めようと見れば全員こちらじゃない方向を見てる……援軍はないようです。
くすん。
情報を止める部分はちゃんと隠して昇降口の悪戯の件を報告すると、兄様はなぜかほっとしたように息を吐き、私の頬を撫でてやっと安心したという表情になりました。
その時の手が少し冷たいのが気にかかり、兄様のほうで何かあったのかを聞くと「何もないよ」とぴしゃりと一刀両断。
私はちゃんと答えたのに! と抗議しようとしたらミモザから「そろそろ行かないと」と言われて断念。兄様に後で教えてくださいねと目で訴えたらポンポンと頭を叩かれた。
はぐらかされた気がする。むぅ。
アシンス様の案内で生徒会室へ入ると、シンプルなのに所々意匠を凝らしたソファーセットや調度品の数々。
無造作に置いてあるクッション一つにも細かい刺繍が見えました。
王族の方が生徒会メンバーだからなのかなぁとうっとりするように見ていると、新旧生徒会メンバーにクスクスと笑われてしまいました。
ポカンと口を開けているイセンもそれに気づいて慌てて口を閉じて横を向くけど耳が真っ赤。
私も恥ずかしくなって熱くなった頬を手で覆っていたら、ニコティ様に手を取られて「フィー、案内するよ」と部屋の奥へと引っ張られる。
突然のことで目を白黒させながらもなんとか付いて行き、皆は? と後ろを振り向けば4人もこちらへと続いて来ているようで安心しました。
「おいっ! ニコ、拙いって!!」
「ニコ、ずるい~」
イセンと頬を膨らませたミモザは小走りでこちらに来ようとするけれど、焦っているようでなかなか進まないみたい。
「ふぅん」
「あーあ。どうなっても知らんぞ」
笑顔のジオ兄様とすでに疲れたようなアシンス様が後ろからゆったりと歩いて来るのが見えたところで、ニコティ様に「危ないから」と促されて前を向きました。
ニコティ様が奥の扉を開けると下に続く階段があり、手を引かれたままひたすら降りて行く。
生徒会室は中央棟の3階にあるから、その階数分降りるのかなと考えながら所々にある明かり取りの窓を視界に入れる。
そこからは色とりどりの薔薇の回廊が見え、その中央へ続く道を数人の侍女たちが行ったり来たりしているのが見えました。
ミモザ達がまだ追いついていないので、二人きりのあいだにニコティ様から見たアマリリス様の印象を聞いておこうかなと思い「聞きたいことがあるのですが?」と声をかけてみました。
ニコティ様は立ち止まってチラリと私を見てから「フィーから質問って珍しいね」と言い、握っていた手を離して横に並び直してエスコートするように手を取る体勢に変えました。
私のほうを見ながら降りるニコティ様に少しヒヤヒヤしながら足を進めるのを再開すると「質問をどうぞ」と促された。
「アマリリス様ってどんな方ですか」
「マリー? ティナス兄上のことじゃなくて?」
「え? えぇ、アマリリス様のことをお聞きしたいです」
「ふーん、まあいっか。マリーは姉上みたいな人だね」
「お姉様ですか?」
「兄上の婚約者だからって意味じゃないよ。それこそ幼い頃から兄上たちと一緒にいて、ボクやミモザに気を配ってくれた尊敬できる人ってことで」
「素晴らしい方なんですね」
「……そうだね。マリーは素敵な人で……でも」
「ニコティ様?」
「ううん、何でもない。他に質問は? 兄上のこととか良いの?」
ボクに質問する女性ってほとんどティナス兄上に関してばっかりだからさ~とウンザリ気味に言うニコティ様に、「お疲れさまです」と苦笑いを返して他の質問を考えてみる。
もう少し好感度のようなものを知りたいな。
「殿下のことは特には。そうですね……、皆さまはどのくらい前から仲が良いのですか?」
「う~ん、ボクが5歳くらいの頃からかな。フィーは知っていると思うけど母上は魔法院勤めだからボクはそっちには行けなくて、父上によく王宮に連れて行ってもらっていたんだ」
「魔法院は残念ながら、そういったところは厳しいですから」
「だね。それで兄上にも兄弟はいかったから従兄弟としてよりは弟みたいに遊んでもらっていて、その延長で兄上達の集まりに混ぜてもらった。て感じだと思うよ」
「ふふ、楽しそうですね」
「うん。あ、そういえばその時に、ボクがイタズラしてマリーに叱られたんだっけ。あの時のマリーは怖かったけど優しかったな」
「怖いのに優しい……ですか?」
「うん。別に母上からの愛情がなかったわけじゃない。でも寂しかったのは事実で。……今の僕の感想になるけど、あれが愛情なのかなって」
「素敵な思い出ですね」
「昔のことを話すってちょっと恥ずかしいな。……でも、ありがとう」
「え?」
「フィーに言われて昔を思い出せた。ボクがあの時感じた思いってやつ。それから違い」
「違い……ですか?」
歩みを止めてこちらを見るニコティ様と視線を合わせるようにすると、彼の萌葱色の瞳は窓からの光を受けて深緑の森の様に力強く輝いている。
なにかこれから一歩進むような、未来を目指すようなそんな眼差し。
その瞳に吸い込まれるように見つめていると、ニコティ様の手の上にあった私の手が取られて腕ごと抱え込まれました。ん? この状態っていつもと同じ感覚が……。
「『ボクはマリーちゃんが好きです~』って言ってたこと?」
「「ミモザ!?」」
私の腕にくっ付いたのはやはりミモザで、2、3段上に「やっと追いついたー」とイセンの姿も見えました。
「まったく、先に行くなんて酷いわ! しかもフィーちゃんと二人なんてズルイ~!!」
「こういうのは早い者勝ちだよ。ってミモザ、何てこと言うんだよ!」
「何のこと? あ、だってあの時マリー様のこと好きって言っていたじゃない」
「それは昔のこと! 6歳児のことよく覚えてるよね」
「ふふふ~、ミモザ様を舐めてもらっては困るわ~」
「ホント、嫌なくらいだよ……」
「ニコもちゃんと覚えているじゃない、今だって好きなんでしょう? 生徒会でもマリー様にベッタリだし~」
「誤解を生むようなことを言わないでよ! マリーは前回会計だったから仕事内容を聞いているだけ。フィー、マリーのことは好き嫌いでは好きってことで、今は尊敬している人だから。そこのところ勘違いしないでね!」
「えっと、はい。分かりました」
乗り出すように私に向かって言うニコティ様に、そんなに焦って言わなくてもアマリリス様には好きだってことを隠そうとしているのは分かっていますから、安心してくださいね! と言う意味を込めてにっこりと笑ったら、ニコティ様は疲れたような顔になってしまいました。
ミモザとイセンには笑われるし、私変なこと言っていないのに。むぅ。
続けて追いついて来たジオ兄様とアシンス様に「何があった?」と聞かれるとニコティ様は「何でもない!!」と返しずんずんと降りて行ってしまったのでイセンが慌てて続いて行った。
私はミモザと顔を合わせてふふっと笑い合ってから――ミモザに腕を取られたまま――続くように降りて行くと古めかしい扉がありました。
兄様とアシンス様が開けてくれたその扉を抜けると、薔薇が咲き乱れる庭園風景が眼に飛び込んできて私を圧倒する。
先程上から見たときも凄いと思いましたが、下から見る方が空まで薔薇に覆われているようで幻想的な雰囲気。
全部は見えませんが、色とりどりの薔薇がグラデーションになっている場所や品種別になっている場所など見どころもたくさんありそうです。
生徒会室から驚きの連続の私とイセンは呆然とするしかなく、兄様から肩を叩かれて息を吸うことを思い出したくらいです。
兄様に慌てないようにと忠告を受けたので深呼吸すると強すぎない品の良い薔薇の香りに包まれる。
こういう所もちゃんと考えられて植えられているんだなと庭師の手腕に感動する。
「ふわ~、本当に凄い薔薇ですね。兄様が生徒会長の時もここでお茶をしたのですか?」
「数回だけどね。その時よりも手が込んでいるみたいだ。王太子殿下が生徒会長になったから増やしたり整備し直したのかもしれない」
「そうなんですか」
「だから僕もリーアと一緒で新鮮な景色だよ」
一緒で嬉しいですと笑い合っていたらミモザが「私も初めてだよ~」と抱き付いてきたので二人で「一緒だね~」とはしゃいでいたら「喜んでもらえたようで」と他の音をかき分けて私の耳に入ってきた、あの人の声。
ピクリと身体が反応してしまい、ミモザが心配そうに私を見上げるのに何でもないよと笑顔を返してゆっくりとミモザから身体を離しながら振り向くと、薔薇のアーチから颯爽と歩いて来るティナス王太子殿下と優雅に歩くアマリリス様。
私たちの前に立つお二人の姿は風景と相まって絵画のように素敵で……。
美しくて感動的だから胸がちくちくと痛んで泣きたくなるんだ。きっと。
お二人は優雅に礼をすると「こちらへ」と薔薇のアーチの向こうへと誘ってくれます。
ティナス殿下のあの蒼い瞳を見てしまうと動けなくなりそうで、意図してアマリリス様のほうを見るようにした。
身体の前で組んだ手をキュッと握り締めてから背筋を伸ばし、あのフリージアをイメージして不敵で無邪気な笑顔を作って「お招きありがとうございます」と頭を下げる。
だから、誰がどんな顔をしていたのかは私には分からない。
私以外の人々がティナス殿下を見ていたのに、殿下の視線が私だけに注がれていたなんて。
――知らない。
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