33 ―最初の一手―
〔マギィ〕の黒いローブを羽織り、フードを目深に被る。これでほとんど私とは分からない。何人かはフードを外しているようですが、黒いローブの人物が10人並ぶって向こう側からみたら異様に見えるかもしれない。
悪の軍団とか? なんてね。
∫1――メリア様から全学園生徒へ『魔法具の大規模メンテナンスで街中と同じようになる』『魔法院から特別に〔マギィ〕が見回る』『いたずらに魔法を使用すればそれなりの罰を受けること』と説明。
そう言うことで、〔マギィ〕が侮られないようにと魔法のデモンストレーションをしたのですが……。
結果としては成功です。全員引いていたので。
理由は……、ジオ兄様がノリノリで魔法をこれでもかと放ってくれたおかげでしょう。
一応〈魔法壁〉を重ね掛けした向こう側で魔法を発動させていたのですが……。
兄様が魔法を放ち、もう一人――∫10と言う偽名の兄様の同僚さん――が相殺するようにしていたのですが兄様の魔法の威力のほうが強く、8人で張った〈魔法壁〉の何枚かを消滅させる事態に陥りました。
そこで急遽、私が∫10さんと交代して兄様の魔法の相手をすることに。
メリア様は妹なので手加減してくれると思っての判断だと思うのですが、兄様にとっては逆効果でした。
先程までと同じように兄様の放つ魔法の属性の反属性で打ち消そうとしたのですが、私に代わったことで対魔物戦の練習のような魔法の打ち合いに兄様が方向転換したのです。
私もちょっと悪乗りした感は否めません。全力とはいきませんでしたが、久々に兄様と魔法の打ち合いだったのですもの。
昼間のことで少しストレス発散したかったのかもしれません。
まずは軽くと言ったように、〈火球〉を数十個生み出してきたので同じ数だけの〈水球〉を発生させて対抗。威力も同じだったようで当たった瞬間に掻き消えた。
お返しとばかりに〈土ノ槍〉で地中から兄様を目掛けて土製の槍を打ち出せば、クスッと笑った兄様は〈飛翔〉で飛び上がり〈風ノ刃〉でご丁寧に切り刻む。
ふわりと地上に降り立った兄様は私を見てニヤリと笑い、得意の火属性の上位魔法〈火炎弾幕〉を通常より魔力を乗せて放つ。まさか上位魔法を使ってくると思わなかったので魔力制御が甘くなってしまい――打消しも反射も不可能だ!――慌てて発動させた〈水霞壁〉でなんとか防いだものの、無駄に厚く張ってしまったようで水蒸気を発生させてしまった。
霞む世界。その大量の水蒸気を利用して〈氷槍〉を大量に生み出して放ってくる。魔力だけで生み出せるとはいっても、媒介があった方が威力も高い。兄様は私に息つく暇も与えてくれないらしい。
魔法師として妥協しない時の兄様は私が対処できるギリギリの範囲をしてくるから性質が悪い。
ヒドイ! 私は治療魔法師なんですけど!! という文句を心の中で叫びつつ〈暴風ノ渦〉で氷を風の渦の中に絡めとり同時に発動の準備をしていた〈火炎壁〉を次いで解放、火柱の状態にして水蒸気が出ないように氷の槍たちを消した。
あの威力だと一本でも〈魔法壁〉が一枚のところだったら突き破ってしまうでしょう。成功して良かったー。
次の大技が最後! というように魔力を練り上げはじめたらメリア様が『というように、〔マギィ〕は容赦しない時もあるので十分に注意するように』と破壊をまぬがれた〈呼出〉の魔法具で放送して強制終了となりました。
残念。と言うジオ兄様に私を含め残りの〔マギィ〕がやってられるか! と思ったことでしょう。
終わった後に「やり過ぎよ!!」と私まで叱られて、本来はこの後の時間は学生たちに魔法使用の際の注意事項とレクチャーもお手伝いだったのですが、私とジオ兄様は魔法院へ強制的に移動。
これから大量に必要になるであろう魔力回復薬を罰とばかりに夕方まで延々と作りました。
全力で臨んではいけない時もあることを学んだ午後のひと時でした。
ぐったり状態で寮の部屋に帰ると、待ち構えたミモザから〔マギィ〕の魔法が怖かったけど凄かった~という感想と共にその時のことを身振り手振り交えて教えてくれました。
傍目から見るとそうなのかと新しい発見を得て、良くも悪くも学生たちの印象に残ったようで何よりと安堵しました。
今日は朝から色々あって疲れました。
でも、兄様と魔法の打ち合いが出来て良かった。
フリージアはジオラスより弱いということが確認できたから。
◇※◇※◇
朝ごはんをどうしようかとミモザに尋ねるために共用スペースの扉を開けたら、慌てた様子でミモザの髪を結う侍女さんとそれを気にせずサンドイッチを頬張りながら何か資料を読んでいるミモザがソファーに座っているのが目に入った。
淑女の鏡のように躾けられているはずの彼女が読みながら食べるなんて。
珍しいというか初めて見る姿に挨拶も出来ず思わず唖然として見ていると、目が合ったミモザがもきゅもきゅごっくんとサンドイッチを食べ紅茶を飲み干し立ち上がり、「ごめん、フィーちゃん。今日は先に行くね~、迎えは頼んでおいたから~!」と言い置いて侍女さん達と二言三言話をして飛び出していった。
デイジーさん(ミモザの侍女の一人)の説明によると、侯爵家の関連の用で朝から学園に行かなければならないこと。たまに侯爵家から用があるとは聞いてはいたけど、朝からなんてよっぽどのことなのかな。
まぁ、あまり詮索してはいいことではないから今度お菓子でも作ってプレゼントしよう。いつまで出来るかわからないけどね。
学園へ行く時間はいつもと同じでいいと言われたので、女子寮の入り口に行くと何故かそこにはアシンス様の姿。ミモザは先に行ってしまったから連絡ミス?
ミモザの不在を伝えるために近くへ行くと、アシンス様も私に気が付いたようで歩いて来てくれました。
「おはようございます、アシンス様。ミモザは先に学園へ行きました。連絡が行っていませんでしたか?」
「おはよう。ミモザには会った。と言うか昨日のうちに朝迎えに来いと言われていたから」
「それはならば、なぜここへ?」
「フリージア嬢を迎えに」
「はい?」
「ミモザから『暇よね、暇でしょ、暇なのね。そんなアシーに重要任務です~』と護衛して来いと」
「護衛って……。えーと、申し訳ございません」
ミモザー、自分の婚約者に何てことをさせるの!? 早めな時間だからそんなに人はいないけれど、私はともかくアシンス様に対して変な噂でも出たら大変。後で抗議しないと!
でもアシンス様、ミモザの真似は似ていませんよ……。
「あの、アシンス様。私はひとりでも大丈夫ですので」
「いえ、ちゃんと送ります。そうでないとミモザに怒られますから」
「……すみません」
「それに俺もフリージア嬢と話したかったのもあるので」
「私とですか?」
「えぇ、貴女と会ってからミモザが楽しそうなのでお礼を、と」
「そんな! ミモザには私のほうが助けられています。彼女と知り合えて本当に良かった……」
本当に幸せだった。ずっと一緒にいたいけれど、家格のこともある。それにこれから私は……。
あぁダメだなぁ。まだ思いがフラフラとしてしまう。
手っ取り早く自身の心を抑える方法ってないかなぁ。
「フリージア嬢?」
「はい! なんでしょうか」
「貴女は……。いえ、そうそう、ジオラス殿の弱点ってないですかね」
「兄様の弱点ですか? そうですね……」
なにか言葉に詰まったアシンス様ですが、軽く頭を振るとワザと真面目な顔を作りジオ兄様に勝つための情報収集をしたいと質問し始めました。アシンス様って結構面白い方なんだなぁと思いながら兄様の話やアマリリス様への好感度を聞いたり――みんなと仲が良いとしか言われなかった。情報が少ない。残念――と学園の入り口に着くまでたわいもない話をしながら歩きました。
昇降口に着いて昼休憩時のお茶会でと言うアシンス様を見送ってから、靴を履き換えるために自分の靴箱のロックを外そうと学生証カードを当てた瞬間に違和感。
ロックが外されている?
嫌な予感がして扉を開く前に〈判別〉を使ってみると、ビンゴ。上履きの中に3ミリ程の魔法石に〈麻痺ノ針〉が仕込まれたものが入っていました。もし何も考えずに履いていたら気が付かないうちにじわじわと身体が痺れていき、この威力だと教室に着くくらいで動けなくなる。命にかかわらない程度の威力だけど誰がこんなことを……?
これって自作自演ですることだっけ? フリージアの靴に関することは汚すことで、こんなに手の込んだことはなかった。
もしあの話とは関係のない悪戯だとしたら……他の人の上履きに入っていないか心配になってきた。
今なら属性強化の魔法でも使えるはずだから、昇降口全体を範囲指定して自分の靴の入っている物と同じものがないか〈詳細検索〉で探してみる。
うわー、3箇所あるよ。人が多くなる前に取り除いておこう。
一番近くのは……『1-A:No. 11』これはセンカ様の靴箱だ。ここはロックがされたままだから〈鍵解除〉で外して魔法石を無効化してから取り出して〈鍵設定〉。
あと二つ。
一つは3年Bクラスの8番で、ここもロックされたままだから先程と同じ作業。靴から見て男子生徒みたい。
最後の一つは……2年Aクラス? 『2-A:No. 15』――この番号はアマリリス様だ。嫌がらせとしてこれはこのままにしておくべき? でもあの話にアマリリス様に対しての靴に関しての描写はなかったと思う。
どうしようか……でも、アマリリス様を傷つけたくはない。
靴箱のロックを外して無力化した魔法石を取り出した時に話し声がすぐ近くで聞こえた。
拙い! こんな場面を見られたらと慌てて扉を閉めて〈鍵設定〉をかけて、魔法石をポケットに入れつつ何事もなかった振りをして左棟へ向かう。
ギリギリセーフ、かな。
メリア様に報告をと治療室への廊下を歩きながら悪戯にしては性質の悪い犯人像を考える。
使われていたと思われる魔法は闇魔法の〈鍵解除〉と〈鍵設定〉。それから火属性と土属性の合成魔法の〈麻痺ノ針〉の二種類。
魔法石が使われていたのも気になる。高価なものをまるで消耗品のように使うなんて。学生とは思えない。
単独犯か複数犯か……魔法が使えるようになって初日からなんて。簡易の魔法感知の魔法具がどこにあるのかを聞いておかないと。
昼休憩時にはお茶会もあるのに……気が重い一日のはじまりだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ちょっと頸椎捻挫してしまい、長時間パソコンに向かえないので次の投稿には少し時間がかかります。申し訳ありません。
なるべく早く続きをお届け出来るようにしたいと思いますので、お待ちいただければ幸いです。




