32 ―噂話― 2
二度あることは三度あるじゃなくて、三度目の正直で何もなかったら良かったのに……。
階段ホールからざわめきと共に姿を現したティナス王太子殿下とその婚約者のアマリリス公爵令嬢。
生徒会役員の白地の制服を着ているのに、どことなく正装のように優美に見えるのはお二人の存在感が大きいということでしょう。
生粋の王族とそれに近しい血筋……私には遠く、隣になんて立てない。
そんなお二人だけでなぜ1年の階へ? ストレリ様はともかく、アシンス様がいない。
通常であれば放送で呼び出すなどしていて、用事があるからと言ってわざわざ自らが足を運ぶことなんてないはず。なにか重要な案件?
いつの間にか兄様が私の後ろに、ニコティ様が左に来ていて、ニコティ様に「生徒会でしょうか」と尋ねればふるふると頭を振って困惑気に殿下達を見る。
右にいるミモザに「アシンス様がいないね」と聞くと、心此処にあらずのようで不機嫌ですといった表情で前を向いたまま「そうだね」と一言呟いた。その視線に誘われるように前向くとパチッと蒼い瞳と目が合い、囚われる。
胸元に手が伸び、指輪があることを確かめて深呼吸。こんなにすぐに会うなんて思っていなかったから気持ちの整理がついていかないよ。
彼を見ると目が離せない、怖いくらいの強制力。決断を迫られている感じがする。
私達の前まで来たティナス殿下とアマリリス様。
殿下はにこりと微笑むと「これを返そうと思って」と言い、リボンを差し出した。
それは行方不明になっていた私のリボン。ご丁寧に名前の刺繍部分が上に来るように折りたたまれている。
え? その為だけに?
困惑しながらも手を伸ばして受け取ろうとしたら、後ろから腕が伸びてきて「ありがとうございます」とジオ兄様の手がリボンを掴んでそのまま私を引き寄せた。
「に、兄様!?」
「妹の不作法をお許しください。ほら、リーアも」
ジオ兄様の行動の意味が分からず戸惑うけれど、兄様には何か考えがあるのだろうと「申し訳ございません」と頭を下げる。
兄様が体勢と戻したようなのでそれに続くように頭を上げると、殿下もアマリリス様も困惑顔でこちらを見ていて、廊下は静まり返ったまま音がしない。
この後はどうすればと兄様を見上げれば、なぜか冷ややかな眼で殿下達を見ていた。
「ご用件はこれだけでしょうか? それであれば失礼したいのですが。魔法院から呼び出されておりますので」
「魔法院から? それでは仕方がないか……でも用件はあるよ。話がしたいんだ、あなた方と」
「……私達は伯爵家の人間です。高貴な方々と話すことなどないと思われますが?」
「学園内では身分差はないことになっている。それにウイスタリアの兄妹と言えば魔法院の麒麟児と姫。活躍は聞いているよ。その二人に聞きたいことは沢山ある」
「……それであれば魔法院を通してご依頼ください。それならば依頼として魔法に関してはお答えしましょう」
麒麟児と姫って……兄様が言われるのは分かりますが、私は姫って柄じゃないですよ。
それにしても兄様の機嫌がものすごく悪い。通常なら嫌なことでも感情を押し込めて対応するのに、不機嫌さを前面に出すなんて。
この後のデモンストレーションのために魔法院へ行かなければならない時間が迫っているとはいってもおかしい。いつもと違う。
いくら身分差のない学園内とは言ってもこのままじゃ……。
ピリピリとした状況がパシリと扇が閉じる音と「あらあら」と鈴の転がるような声で場が緩んだ。
思わずふぅと息を吐くと同じような声がいくつも聞こえた。
「殿下、急ぎ過ぎてはいけませんと申し上げましたでしょう。ウイスタリア様、ご気分を悪くさせてしまいましたことは殿下に代わりましてお詫び申し上げます」
そう言って優雅に礼をするアマリリス様に全ての人目が釘付けになる。凄いと純粋に思う。
アマリリス様は慈愛溢れる笑みを浮かべて自然にティナス殿下に寄り添う。信頼しきったお互いを思い合うような。
前世の私が見たかった、物語の中なのに逢いたいと憧れた二人。
この二人の幸せのためなら持てる力を尽くしたいと思える。
……けれどなぜかチクリと胸が痛んだ。
「ウイスタリア家の……ご兄妹なのでお名前でお呼びしても?」
「……構いません」
「ありがとうございます、ジオラス様。ではフリージアさん、今朝の噂には心を痛めておられると思います。それはみな、こちらの落ち度。償いをさせていただけませんか?」
「いえ、それは……スカーレット様がなさる必要を感じません」
「そうですか……。困りましたわね、これではどのようにお詫びをすれば宜しいのかしら」
白魚のようなすらっとした指を顎に当てて首を傾げるアマリリス様。イセンを含め男子生徒も女子生徒も見惚れているようです。が、さすが幼馴染の殿下、ニコティ様、ミモザは平然としています。
兄様はどうなのかなと見上げれば笑顔で私を見下ろしていました。先程の冷たい感じが薄れているような? ……アマリリス様効果なのかな。光属性もやはり強いみたいだし、ヒロインはその場にいるだけで癒す効果があるみたいですね。
パンと手を叩いて、名案を思いついたという表情のアマリリス様がにっこりとこちらを見て「花はお好きかしら?」と言った。
どういう流れで花の話になったの? ミモザやニコティ様に助けを求めるように左右を見ても二人も困惑顔……というより諦めたような表情?
「え? あ、あのそれはどういう……」
「花は心を癒してくれますもの。どうかしら、お好き?」
「あ、はい、花は好きです」
「まあそれは良かったわ。今の時期は薔薇が見頃なんですの。そこでならきっと心癒されると思いますからお茶会をしませんか?」
「お茶会、ですか?」
「えぇ、お二人だけではなくミモザやニコティ様も。フリージアさんもお友達とご一緒ならばきっと気分も癒されますでしょう?」
「今は魔法院に呼ばれておりますので……」
「無理に本日とは申しません。明日以降の放課後でも昼休憩時でも少しの時間を共に過ごしましょう」
かなり強引に誘われている気がする。アマリリス様がここまでするのにはなにか理由があるの?
でもこれは、アマリリス様と周りの人の関係性が見られるチャンスかも。
これまで避けていた殿下にもこれから嫌がられるために近づかないとならないし、この提案には乗っておくべきですね。
「明日は放課後が空いておりませんが、昼ならば参加させていただきたいです」
「まあ、嬉しい」
「リーア!?」
「フィーちゃん?」
「フリージア?」
今までのフリージアだったら絶対に断るはずだもの。だから急に意見を反転させたことには、やはり兄様達から声があがる。
演技をするのは苦手だけど、あのフリージアのように無邪気な笑顔を心がけてニッコリと笑い兄様達を見る。
少しずつ彼らと離れていく覚悟を決めないと。
この早いと思う展開と強制的に動く感じは、きっと私に悪役としての決断を迫っているのだろう。
もし私を転生させたカミサマとやらがいるのなら先に言っておいて欲しいものだ。
「だってみんなと一緒にお茶ができるのでしょう? 薔薇を見ながらなんてきっと素敵だもの。あ、イセンも一緒に行こうね」
「ってなんでそこでオレの名を出した!?」
驚くイセンに首を傾げて「道連れ?」と言えば「オイ! お前はっ」と慌てふためき、私の肩をがしっと掴む。
が、そのイセンの肩にジオ兄様は手を置いてニッコリと笑う。あ、イセンの肩からミシミシって音がする……。
「お前? イセンは随分リーアと仲が良いみたいだね」
「うわっ! 痛っ!! ジオラスさん、目が笑ってナイデスヨ?」
「そうかな? ちょっと向こうで話そうか?」
廊下の反対側へ向かう兄様とイセンに軽く手を振って、今度はミモザとニコティ様へ向き直る。
ミモザは不安そうに、ニコティ様は何か考えごとをしているようだった。
「フィーちゃん、何か無理していない?」
「そんな事ないよ? あぁでもちょっと緊張するかな、だって殿下達とお茶会でしょう。ミモザ、色々と教えてくれる?」
「うん! 私がフィーちゃんを守るからね! 安心してね」
「守るって、そんなに大袈裟にしなくていいよ。でもありがとう、頼りにしてます」
「任せて!」
やる気が漲っているミモザを眺めていると「ボクも……」と声がしたので横を向くとニコティ様がじっと私を見て何か言いたそうに、でもキュッと口を閉じて視線を横にずらした。
どうしたんだろう、なにかニコティ様に対して私はしてしまったのかな。
「ニコティ様?」
「……ボクもフリージアの友人枠?」
「ええっと、成り行きでそうなりましたね。すみません、そこは訂正「しなくていいから」……はい?」
「やっと友人になれたようで嬉しいよ。そろそろ愛称呼びは解禁してくれる?」
「えっと、ニコティ様?」
「友人ならフィーって呼んで良いハズだよね」
「ふぇ? えっと、その」
ニッコリというよりニヤリと笑うニコティ様の眼がキラリと剣呑に光る。
瞬きをすればその色は消えていてホッとするけれど、嫌な予感は継続中。
なんで今日のニコティ様は積極的なの!? ミモザに助けを求めようとしたらいつの間にかアマリリス様と話をしているし、兄様はまだイセンと話をしている。
最後の一人には助けを求められないし……。迷っている間に「ありがとう! よろしくね、フィー」と大きな声で宣言されてしまった。
ただ「ボクをニコって呼ぶのは時間をかけていいよ」と言ってもらえたのが唯一の救いかもしれない。
離れなくてはいけないのに、どうしてこうなった!?
戻ってきたジオ兄様と共に挨拶をして〔ゲート〕がある治療室へ急ぐ。
その最中に頭を過ったのは、なにか言いたげなティナス殿下と私を『フィー』と呼ぶと宣言した時のニコティ様が何かに挑むような目をしていたこと。
殿下はフリージアに会う度にいつも何かを言いたそうな顔をする。フリージアとしては会ったことはないのに。
……今は考えるべきではないと頭を振ってこの後の魔法のデモンストレーションに切り替える。
魔法院に着いて〔マギィ〕のローブを羽織る前に髪色を変える魔法具と〈認識阻害〉の魔法具を同時起動させる。
どんな容姿になったのか鏡を覗くと、そこには黒髪でアクアマリンの瞳ながら中学生時代の前世の私の顔が映っていた。
驚きのあまり動けずにいると、茶髪でダークブルーの瞳の青年が鏡越しに私を覗きこんで「リーアも東方国風に見えるんだね」と言った。
鏡の中の青年を良く見れば、どことなくジオ兄様の面影が……?
「もしかしてジオ兄様ですか?」と聞けば「正解」とにこりと微笑む。
「〈認識阻害〉って本人かどうか分からなくなるだけだと思っていました」
「普通ならそうだろうね。たぶんだけど、またアンタムが遊んだと思うよ」
「複雑にするの、好きですものね」
まぁ、それだけじゃないと思うよ。と微笑みながら兄様は私の髪を短髪に見えるように編んだりして器用にまとめていく。
器用だなぁと鏡越しに見る兄様も短髪に見えるようにしてあって、子供時代のようで懐かしい。
あの頃に戻れたらという感傷的になりかけた思いは「できたよ」と言うジオ兄様の声で蓋をして、迷いを断ち切るように〔マギィ〕の黒いローブを羽織って学園へと戻る。
―――『殿下に拾わせて話しかけてもらって気を引こうとした妹を兄が諌める』と『噂のお詫びに殿下へお茶会を強請った』という新しい二つの噂と以前のニコティ様との名前に関しての噂も水面下でユラユラと流れはじめていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




