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悪役なのかヒロインなのか、教えてください。  作者: たばさ むぎ
二章 悪役ヒロインとして頑張ります!
33/64

31 ―噂話― 1


 

 

 

 昇降口で靴を履き換えて教室への道を歩く……のだけれど、初日に味わった視線と似ているようで違う視線を感じる。興味と言う意味では同じかもしれないけれど、ひそひそと会話をしながらの視線がどことなく攻撃的な思えて嫌な感じだ。

 ジオ兄様が迎えに来てくれたから? でもそれだけじゃないような……。


「ねえミモザ……」

「うん、なんか変だね」


 ミモザと共に頭に疑問符を浮かべながら教室への道を行く。

 階段の途中でも登り切った廊下でも視線が付きまとう。

 教室に入ってやっと息が吐けるかと思いきや、教室内も微妙な雰囲気。

 前のほうから入ったので、すぐ近くに座る――珍しく早く来ている――ニコティ様とイセンに挨拶をすると『おはよう』と返してくれたけど、どことなくピリピリしている?


「身体のほうは大丈夫なの?」

「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます、ニコティ様」

「……あのさ、フリージア」

「ん? なに? イセン」

「あの時さ……」

「ミモザ? あ、イセンごめん。先に荷物置いて来て良い?」

「あ、ああ。うん」


 ミモザに腕を引かれて荷物を置いてから話そうと目で訴えられて、彼らに断りを入れ荷物を置くために席へ行くとホリゾン様を率いてネープルス侯爵令嬢が寄ってきた。

 ホリゾン様だけなら一応顔見知りだけれど、侯爵令嬢がなぜ? お二人は仲が良いらしいとはミモザから聞いたけど、私になんの用だろう?

 ……センカ・ネープルス侯爵令嬢はミモザのアムブロジア侯爵家に次ぐ侯爵家の令嬢で王太子殿下の婚約者候補にも上がったらしい。ローズグレイの髪を優雅に結い上げた――頭重そう――ちょっときつめな美人さんで瞳はトパーズ。

 センカ・ネープルス侯爵令嬢の取り巻きがシレネ・ホリゾン伯爵令嬢という構図にも見える。


 私の隣にきたホリゾン様が私の手を取って「ウイスタリア様、わたくし達はあのような噂は信じておりません!」と言い、隣のネープルス侯爵令嬢も「噂を鵜呑みするなど貴族としての品性に欠けるしか言えませんわ」と扇を揺らめかせる。


 ……噂ってどういう事? 何が起こっているの??


 急な展開に付いていけず『なんなの!?』と叫び出したい衝動を抑えて、噂とは何のことかと質問しようと口を開く寸前に「フィーちゃん!」とミモザが慌てたように来てホリゾン様から私の手を奪い取り「どういうことですの?」と二人に聞く。

 

「ボク達にも教えてくれるかな? その『噂』ってやつ」

「そうそう、ひそひそ話じゃあ断片的にしか分からないからさ」


 いつの間にか側に来ていたニコティ様とイセンが私とミモザの一歩前に立つ。

 ネープルス侯爵令嬢は軽く目を見開いた後に優雅に微笑み「えぇ。わたくしが今朝、人づてに聞いたことですが……」と話してくれた『噂』の内容は『ウイスタリア伯爵令嬢がわざと階段から落ちて王太子殿下に助けてもらった』と言うこと。

 ……何もしなくても勝手に始まったということ? 強制力?


「ちょっと待ってください、その噂はどこから?」

「わたくしもお話されている方から聞いたので、どこからとは……」

「ミモザ、落ち着け。“本当”だと思われるよ」

「~!」


 ミモザがネープルス侯爵令嬢に詰め寄りそうになるのをニコティ様が押さえてくれた。

 私のほうはホリゾン様に詰め寄られていて身動きが取れず、こういう時にイセンでは止めることは出来ないからないから助かった。


「ウイスタリア様がそのようなことはなさらないですわ!」

「えっと、ホリゾン様? ちょっと近い……」

「どうなのですか!?」

「えぇと、その『噂』に関しては半分正解半分間違いという所でしょうか」

「と言うと?」


 ミモザに目配せすれば頷いてくれたので、言っても良いということなのだろう。

 昨日のうちに何か聞かれた場合の答えを用意しておいて良かった。

 でも、ホリゾン様に言うのは気が引ける……。


「先週末に階段から落ちたのは本当です。そこに偶然通りかかった殿下とアシンス・オーカー様が運んでくれたそうです。すぐに先生に診てもらえたそうですし。そのあたりはミモザのほうが知っています」

「オーカー様が……」

「はい、その後はお会いしていませんので」

「そうですか」


 アシンス様の名前を出した時にホリゾン様が恋する瞳になって、あわやと緊張したけど落ち着いているみたいで良かった。

 ミモザは少し腑に落ちないという顔をしているけれど、そちらも落ち着いたようだ。


「やはり噂は噂でしかないのですね、ご無事で何よりですわ」

「あ、ありがとうございます。ネープルス様」

「宜しければ、センカと呼んでくださいな。わたくしもフリージア様とお呼びしたいわ。あぁでも、まだ親しくないから無理かしら?」

「えぇっと、あの……はい。センカ様、よろしくお願い致します」

「まあ、ありがとう。フリージア様。ほら、シレネもお願いなさいな」

「セ、センカ様! あ、あの……」

「え~と、改めてよろしくお願い致します、シレネ様」

「あ、はい! ありがとうございます、フリージア様」


 センカ様は結構押しの強い令嬢なのね……。元日本人は押しに弱いのです、負けました。

 シレネ様も押されぎみでちょっと可愛い。親近感が湧いてしまった。

 悪い人たちじゃないと思うし、成り行きでこうなってしまったけれど巻き込まない為にも距離を置いて接するようにしないと。

 チラリとミモザを見ればむくれていたけど、目が合ったら仕方ないなぁって表情になった。


 そろそろ授業前の連絡事項が始まる時間だからと解散する時にイセンに「ニコが次の休み時間に話があるってさ」と耳打ちされた。

 なんだろうと思いながら「了解」と頷くとイセンの向こうにいたニコティ様は難しい顔をしてミモザと何かを話しているようだった。



 朝の連絡事項はジオ兄様が言っていたとおりに午後の授業の変更のお知らせ。

 教養の授業のために移動しようと席を立つと、担任のヘリオトロープ先生に「ウイスタリア、ちょっと」と呼ばれた。

 今日は色々とあるなぁと思いながら側まで行くと「大丈夫か?」と聞かれ、一瞬なんのことか理解できず首を傾げると「午後は魔法院に行くんだろう?」と言われた。


「色々と聞いた。午後に向こうに行くのはこっちにくる〔マギィ〕の代わりに魔法院で仕事なんだろう? 病み上がりで負担になっているんじゃないのか?」

「お気遣いありがとうございます。でもメリア様に治していただきましたし、今回だけなので大丈夫です」

「そうか……無理すんなよ」

「はい」


 生徒のことを考えてくれる担任で嬉しいなと笑顔で返事をしたら、ヘリオトロープ先生は苦笑いで私の頭をポンポンと軽くたたく。先生ってこれ好きなんですね~、まるでお兄ちゃんみたい……って先生もあのメンバーの一員だった!

 ミモザが呼んでくれたのでもう一度お礼を言ってそそくさと廊下へ出る。

 先生に関しては何にも考えてなかったので助かった。



 教養の授業が終わり次の数学のためにクラスに戻るとイセンに話があると言われたのを思い出し、イセンたちの席に近くに行くと、意気消沈ぎみのミモザと難しい顔のニコティ様と二人を見て困った顔のイセンが待っていた。


「えーと、みんな、どうしたの?」

「フィーちゃん、ごめんなさい。あの噂、私とストレリ様のせいかも……」

「へ? なんで?」

「あのね、フィーちゃんがベッドで倒れ込んだ時にストレリ様と言い合っちゃったの。その時に噂と同じようなことをストレリ様が言ってたのを思い出したの」

「そうなの?」

「うん……ごめんなさい」


 しゅんとしょげてしまったミモザに何と言えば良いか分からない。

 私は嘘でもこの噂が広まれば、“楽でいいかも”と考えてしまっていたから、落ち込むミモザや心配してくれる人たちに申し訳ないと思う。

 でもこれから先もこういった事は増えるだろう。

 早く彼らから離れなければと思うのに、もう少しだけ……せめてこの騒動が終わるまで彼らの傍にいたいと思ってしまう。

 悪役なのに心が弱いな。


 強くなりたい。


「ミモザにしては珍しく詰めが甘かったね」

「そうね、ニコの言うとおりよ。……後悔しているわ、確認が甘かったみたい。私としたことが情報を抑えられないなんて……悔しい!」

「ははっ、それでこそミモザだねぇ。でもまあ、タイミングが悪かったんじゃない? あの日のことは抑えたんでしょ?」

「……いいえ、抑えていないわ。と言うより誰も見ていないから噂にならなかったのよ。だから大丈夫だと高を括ってしまったわ」

「ふぅん……やっぱり。まぁこの話は置いておいて……さて、『噂』に関してどうしようか」

「このままで良いですよ」

「フィーちゃん!? どうして!」

「そうだよ、ミモザやボクならどうにか出来るよ」

「センカ様やシレネ様のような人もいると思うし、すぐに消えるよ」

「で、でも!」

「ミモザたちが『噂』って信じてくれるから。私は大丈夫」

「フィーちゃん……」


 そろそろ授業だからと話を断ち切って、何か言いたそうな3人に背を向けて席へ行く。

『噂』は利用するために残しておかないと。



 昼休憩になって、私はジオ兄様を待つから食堂へ行くように言ってもミモザもニコティ様もイセンも兄様が来るまで一緒にいると動かない。

 ミモザは随分『噂』について悔やんでいるみたいで、ニコティ様もイセンも私が見えないように前に――ニコティ様は私と同じくらいの背だけれど――立っていてくれている……『噂』を利用しようとしていることに罪悪感を覚えそうになる。


「そういえばさ、ジオラスさんはフリージアに起こったこと知ってるの? こんな噂を聞いたら前みたいに教室に来そうなもんだけど」

 実はヒヤヒヤしてたと苦笑いのイセンの言葉に首を傾げる。

 

「兄様は私が階段から落ちたことは知っているよ。なんで兄様が来るの?」

「なんでって……」

「あ、ジオラス様には私とアシーから説明しておいたわ。だから……」

「うん、リーアの不名誉な噂には怒りしか感じないけれど様子を見ようと思って」

「兄様!?」


 ミモザの声を遮った声は後ろから来たジオ兄様で、一瞬にして廊下のざわめきが消えました。

 兄様……魔物に向けるような威圧はどうかと思います。向こうの令嬢さん達が涙目なのですが。

 ジト目で見ればクスっと笑って穏やかな雰囲気に戻してくれた。

 ほぅと息を吐くと兄様は「遅くなってごめんね」と笑い、私の頭を一度撫でてから、イセンとニコティ様と3人で何か話を始めた。


 一歩離れてミモザとその様子を眺めながら、男の子の仲良くなる早さについて話していると階段のほうがざわざわとし始めた。


 今日はざわざわとすると嫌な予感しかしないと思いながらも気になってそちらを向けば、的中。

 二度あることは三度あるということらしい。


 階段から現れたのはティナス殿下とアマリリス様だった。







いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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