28 ―壊れた魔法具―
少々説明が多いかも……。
******
「君がアマリリスにしたことは全て分かっている」
「私ではありません!アマリリス様が!!」
「素直に罪を認めれば少しは反省の余地があると思いましたが……残念ですね」
「ボク達は全部知っているんだ。何もかも」
「彼女の物だけではなく、彼女を傷つけたことは許すことは出来ません」
「もういい加減に気が付いてくれ!」
「残念だけど証拠は全てそろっているんだ」
「私は君の事など何も思っていない。私が愛しているのは――」
『許せない!!』
―――それをしてはダメ!!
******
ハッとして飛び起きる。心臓がバクバクしてまるで全速力で走った後のようだ。
これは “あの話”のクライマックス。フリージアが断罪されるあの時の。
苦しい気持ちを押し込める。私はこれを望まなくてはいけないのだから。
大丈夫、上手くやれる。“知っている”のだもの。アレを回避する方法はあるはず。
それにあの人が幸せになれるのなら―――。
「あら、起きたのね。調子はどうかしら?」
「……メリア様」
「大丈夫。とは言い難いかしら」
顔色が悪いわと先生は私にもう一度寝るように肩を押してベッドに倒すとポンポンとあやすようにたたいてくれる。
「私……」
「階段から落ちた後に一度目覚めて、もう一度気を失ったのは覚えている?」
「……はい」
そうだ、あの場面を思い出して……殿下が急に現れて、アマリリス様がきて……隣にいたのは――。
「あ、ミモザ。…メリア様! ミモザはっ!?」
「落ち着きなさい、ミモザさんなら寮にいるわ。もう少ししたらアイビーが来るからそこで様子を聞きなさい」
でも元気だと思うわよとクスクスと笑うメリア様に疑問符を浮かべて聞けば驚く答えが返ってきた。私が倒れた後にまさかミモザ対ストレリ様とアマリリス様対ティナス殿下という構図で言い合いがあったなんて。
……アシンス様、ご愁傷様です。
「まさかあのミモザ・アムブロジア侯爵令嬢がストレリ・バーガンディ公爵令息と口喧嘩なんて。驚いて目を疑ったわ。リトマなんて呆けていたし」
あんな表情見たのは初めてよと、くつくつと笑うメリア様。お会いしてからずいぶんご一緒していますが、このように笑うのは初めて見るかもしれません。
ふと出てきた呼称が気になって質問してみた。
「リトマ・フィエスタ先生とはお知り合いなのですか?」
「ええ、リトマとは、そうね、幼馴染……というより弟のようなものかしら。途中まで魔法院にいたのだけれど次期公爵ということもあって王宮勤めになったのよ」
「そうですか……やはり凄い方なのですね」
「そうでもないわよ、結構おっちょこちょいで気が利かない子よ」
「? フィエスタ先生はタオルを貸してくださったり飲み物を用意しに行ってくださったりしましたよ。ただ残念ながらご好意を無にしてしまったようですが」
「ああ、あれはフィーのためのものだったのね。……あの子も成長したのねぇ」
じみじみと言うメリア様からはフィエスタ先生への愛情のようなものを感じられて、素敵だなと見ていたら「落ち着いた?」と頭を撫でられました。
私の気分を落ち着かせるために楽しい話をしてくれたようです。まだまだ私は淑女には遠いようです。
「……はい」
「リトマから聞いたけど……無理にじゃなくて何か思い出したら私に言って頂戴」
それともリトマのほうが良いのかしらと冗談めかして言うメリア様に、苦笑いを返しつつ「ありがとうございます」としか言えなかった。たとえ何か思い出しても言えることはないから。
「それで、身体の方はどう? 左足の捻挫と打ち身は完治させたけれど違和感はない?」
「はい、大丈夫です。ただ……」
私の言葉を遮ったのは4回のノック音と『ジオラスです、入ってもよろしいでしょうか?』という声でした。
ジオ兄様は週明けに学園に戻って来る予定だったと思うのですが、何かあったのでしょうか。
身体を起こしながらメリア様を見れば、頭を痛そうに押さえながら「誰が連絡したのよ……」とため息まじりにおっしゃいました。
メリア様は「まぁ仕方がないか」と呟きながら椅子から立ち上がり、私には『そのままで』と手で指示をして「治療室入って来られる格好なら入っても良いわ」とドアの向こうへ声をかけました。
カチャリとドアが開いて入ってきたジオ兄様は私と目が合った瞬間に少し泣きそうな顔で「良かった……」と言い床に座り込んでしまいました。
「兄様? どこか怪我をしたのですか?」
「ううん、気が抜けただけ。良かったリーア、無事なんだね」
「はい。メリア先生に治して頂いたので大丈夫です。でも無事って?」
「『フリージア・ウイスタリアが意識不明。至急戻れ』って言われたんだ」
「それはいつのこと?」
「メリア様? ……昨日の夕暮れ時だったと思います。確か西ノ森方面を掃討していたので」
「夕方……」
……わぁお。どうやらジオ兄様のお仕事は相当範囲の広い殲滅の依頼だったようですね。
でもそれを聞いたメリア様が悩み始めてしまったようです。
「色々と確認しないといけないようね……それじゃあ」
報告会と参りましょうとメリア様は〈消音結界〉をかけてジオ兄様へ椅子に座るように促し自身も椅子を持ってきて座りました。
「まずは……そうね、フィー。貴女から」
「はい」
「本当のところ、なぜ階段から落ちたの? 魔法使用の禁を律儀に守ってと言うのなら仕方がないけれど、貴女なら魔法が間に合うでしょう」
「……魔法を強制キャンセルされた、と思います」
「なっ!」
「強制キャンセルね……」
言葉を失う兄様と何か思い当たることがあったのか納得気なメリア様。
メリア様に促されて、私にはそう言うしか出来なかったことを説明した。
階段から降りる時に落ちそうになった時に、魔法使用の罰を覚悟で衝撃を逃がすために〈浮遊〉を使おうとしたら発動の瞬間に霧散したこと。
それが〈魔法解除〉を使われた時のような感覚だったことを伝えました。
「だから、痕跡がなかったのね……」
「メリア様?」
「ごめんなさい、試すようなことを言って。フィーを診た後に気になって倒れていた場所に行ってみたのよ。そうしたら全くもって魔法の痕跡はなかったの」
「痕跡がない? ……誰かがあの階段で魔法を使えないように細工した? リーアが狙われた? それとも他の人が?」
「でも私で良かったです。他の方ならもっと酷い怪我だったかもしれませんし」
「そうは言ってもね、リーア。……まぁ、僕たちはアイビーに鍛えられたからね」
「ですね……」
思わず遠い目になる私たち。自分と家族を守るためにとジオ兄様と共にアイビーの指導を受けた日々――とは言っても今も継続して指導は受けていますが――えぇ、厳しかったですねぇ。
でもそのおかげで重傷にはならなくて済みました。
いくら治療魔法のある世界といえど万能ではありません。毒魔法を受けて毒を消さずに回復させれば毒が回りますし、大量に血を流せば死に至り蘇生魔法はありません。
「それからもう一つ……これは情報が上がってからにしましょう。先に強制キャンセルについて」
魔法を強制キャンセルする方法は、3つ。
1、同じ属性または反属性の魔法を使用しているものと同等かそれ以上の魔法をぶつけること。
2、空っぽの状態の魔法石の影響。
3、闇魔法の〈魔法解除〉
1番は魔法痕がなかったそうなので、可能性は低いと考えて次に行きます。
つぎに2番ですが、魔法石は魔力を溜めることが出来る貴重な石。自身に身に付けていれば勝手に補充されるので魔法石の中の魔力はなくなることはあまりありません。
ただある程度大きなもの――手のひらサイズくらい――で魔力が空っぽになると周囲の魔力や魔法を吸い取る特性があります。
お金があれば買えないことはありませんが、かなり高価なもの。屋敷が建てられるくらいの値段です。
そのようなものがあの場所にあったとしたら可能性はあります。
最後に3番。一番可能性としては考えたくないもの。
〈魔法解除〉は使うタイミングによっては発動前になかったことに出来るので痕跡もありません。しかも〈魔法解除〉は魔法痕が残らない特殊なもの。普段はそんな事を気にしないのでこういう時は嫌な魔法です。
上級に分類されるそれが使えるということは、かなり高レベルの闇魔法の使い手ということ。
そのレベルならばまず魔法院にいる人物。そしてこの学園に今いるのは数人ですが該当者はいない。
メリア様、ジオ兄様、私の3人の“全属性持ち”と闇属性に特化している中で上級まで使える学生は3人。でもこの3人はジオ兄様と一緒に今回の殲滅戦に行っていたそうです。先生の中で使える方は2、3年の受け持つ魔法授業の先生でその日は職員室で話していたそうです。
あれは独学で扱える魔法じゃない。そもそも学園では魔法は使用禁止で感知の魔法具もありますから3番もないでしょう。痕跡は残らなくとも発動時に感知されるはずですから。
そうなると2番の一番可能性が高いですが……。
話が途切れたタイミングでノック音がして、メリア様がドアまで行って何か書類のようなものを受け取ると時間が惜しいというように読みながら席まで戻ってきました。
読み終わり「最悪だわ」と呟いてジオ兄様へ書類を読むように渡して、メリア様は席に座ると「はぁ」と深いため息を吐きました。
兄様も読み終わり「困ったことになったよ」と私に渡しながら「対策は?」とメリア様に問います。
どういう事かと書類を読むとそこには報告書と書いてあり、内容は感知魔法具の動作確認について?
私が倒れた付近の――中央階段の魔法具が破壊されていたとのこと。
念のため、他の場所も調べた結果は破壊されているのが7個。残りもすべて機能停止。
いつから壊されていたのかは分かりませんが、魔法を使用しても感知されていない状態だったということ。
今は学園よりも初級しか使用できない街中のほうが安全かもしれないという状況。
「壊されたものと同等レベルの物は王宮にしかないわ。持ってくるわけにはいかないし……。機能停止と書いてある物も壊されていないだけで、部品が抜かれている物もあるみたいなのよね。作り直さないといけないものが半数以上。全て元のとおりにするのには早くても半年はかかるんじゃないかしら」
「半年……? アンタムでも?」
「えぇ、彼から聞いた事があるのよ。『アレは特殊な作り方をしているから1つ作るのに一週間かかる。再起動で4日。メンテナンス以外で機能停止させるな』ってね」
「そうなんですか……。」
まさかアンタムさんでもそんなに時間がかかるなんて……。
でも『乙女ゲーム』も『web小説』の時も学園では魔法禁止から魔法を使えるようになる時期があった。けれどそれは後半だった気がする。何かきっかけがあったはずなんだけど……コレは確か『乙女ゲーム』に同じような事があったはず。早く部屋に戻ってあのノートを見返さないと! 持ってきておいて良かった~。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




