27 ―友人たちの変化― ミモザ視点
ミモザ視点。
前回の後書きに視点変更のお知らせが間に合わなくてすみません。
読まなくてもそこまで影響はないですが、閑話扱いではなく一応本編扱いです。
「「どうして!?」」
そう叫んだ声は私とマリー様だった。
マリー様。アマリリス・スカーレット公爵令嬢は宰相の娘であり、殿下の幼馴染の一人で婚約者。
月の光を集めたようなストレートの銀髪にローズピンクの煌めく瞳。月の女神の化身とまで評される淑女の憧れの女性。黙っていれば彫刻のようでもひとたび微笑めば花もほころぶ……らしい。
私も殿下の幼馴染の一員だからそれが噂に過ぎずマリー様は結構激情家なところもある。怒ると一番コワイかも。皆のお姉さんというか最近はお母様のようで……。
そんなことは今はいい。フィーちゃんを守らないと!
「殿下、フィーちゃんに触らないで。近づかないで!」
「ミモザ? でも……」
「でもじゃないです。離れて!!」
昨日のこともあって殿下が許せない。
殿下が動揺してフィーちゃんを運んだっていうのはわかる。助けたいって思っての行動だって。
でも殿下は王太子なんだよ? マリー様という婚約者がいるんだよ?
フィーちゃんを巻き込んで傷つけないで!
◇※◇※◇
フィーちゃんが戻ってこない。
間違えて持ってきてしまった歴史の資料を返しに行っただけでこんなに時間がかかるとは思えない。
何かあったのかな? それとも魔法院からの呼び出し?
やっぱり一緒に行っておけば良かった。胸騒ぎが収まらない。
「ミモザ、そろそろ教室に入ろうよ」
「……ニコは入ればいいじゃない。私はギリギリまでここにいる」
「前みたいに魔法院がらみじゃないの?」
「そうかもしれないけど……ここにいるの!」
「残念だけど時間切れだよ、ミモザ様。先生が来る」
イセンの差す方向を見れば数学の先生が歩いて来るのが見えた。
ニコも心配してくれているのはわかるけど……。
「でも……」
「フリージアってさ、実は数学苦手だよね。ミモザがノート貸したら喜ぶんじゃない? ってなんで叩くの!?」
「それは知ってるし、そうするつもりよ。ニコに言われたのが嫌」
「ヒドイ……」
「まあまあ、この授業が終わったら職員室へでも行ってみようぜ。詳しくは教えてもらえなくてもどこにいるかくらいは教えてくれるでしょ」
イセンの言葉に渋々ながら頷く。
本当は今すぐにでも職員室に突撃したいという気持ちを押し込めて、授業を受けられないフィーちゃんのために教室に入った。
ニコの前を通り過ぎる時に小声で「ありがと」と言ったらニコはキョトンとしたあとにニヤリと笑い「菓子一つ」。相変わらず甘党なのは変わらないのね。
いつもより真剣に取り組んだおかげか授業が早く終わった気がして少し複雑な気分だわ。
ロッカーに荷物を入れて廊下へ出るとニコとイセンがいて、ニコにさっきの意趣返しのように「遅いぞミモザ」と言われた。しょうがないじゃない一番窓側なのだもの。前言撤回! お菓子一つもあげるもんですか!
口喧嘩のなんてしている時間が勿体ないから無視して階段へ向かうとアシーが私の名を呼びながら向かって来た。
アシーが来るなんてあの時以来だわと思いながら、少し早歩きで彼の近くへ行くと小声で「フリージア嬢のところへ案内する」と言われた。
なんでアシーが? と考えつつも目線で続きを促すと聞き取れるギリギリの音量で「治療室」と言って歩き出したので慌てて後についていく。
フィーちゃんが治療室? メリア先生の代わりに? 言葉に出して聞きたいのに、アシーの後ろ姿からは『ここでは何も聞くな』と言われているようで無言のまま進む。
アシーが歩みを止めた場所は“特別治療室”。
フィーちゃんには関係はない場所のはず。あるとしたら“治療室”のほうで……嫌な予感が拭えない。
アシーが先に部屋に入り許可をもらって私、ニコ、イセンが部屋に入るとリトマ・フィエスタ公爵令息――王太子殿下が在籍している間のみ配属されている王宮の治療魔法師。数回しかあったことはないけれど間違いない――とティナス殿下?
ソファーに座り込んでいる殿下の顔色が悪い。
気にはなるけれど、今はフィーちゃんのほうが心配。
フィエスタ先生に彼女の友人だと告げると、先生はカーテン向こうに声をかけくださって私だけ入ることが出来た。
当たり前のことですけどね。
カーテンの切れ目に身体を滑り込ませて中に入るとそこには眠るフィーちゃんを診るメリア先生。
フィーちゃんに声をかけてしまいたいのを堪えて小声で容体を聞くと、怪我は足の捻挫と軽い打撲が数か所。彼女が階段から落ちたことは信じられないけれど、軽い打撲で済んだのは流石アイビーの弟子だって苦笑いを浮かべていた。
メリア先生の言うとおり、フィーちゃんが階段から落ちるなんて信じられない。あのジオラス様と軽くとはいっても打ち合いも出来るし、魔法も大人顔負けなのに。
何があったのか不思議で仕方ない。
メリア先生からはすでに怪我は完治させてあるけれど、頭を打っているのかが分からないから目覚めるまでこのまま寝かせて欲しいとのこと。
本当はずっと一緒にいたかったけれど無理らしい。本職に任せなさいと言われてしまえば何も言えません。
そのかわり、明日の朝は早めに来て良いとの許可はもぎ取った!
ついでとばかりに寮に戻った時にアイビーへ着替えを持ってくるようにと伝言も頼まれました。メリア先生とアイビーは仲が良いのかしら。今度フィーちゃんに聞いてみよう。
学生なんだから昼食を食べて午後の授業を受けなさいと言われて、渋々カーテン向こうに戻れば心配そうな男性陣。すっかり忘れていました。
ニッコリと笑って「大丈夫だって」と言うと全員がホッとした表情になった。
でも頭を打っているかもしれないから目覚めるまで起こさない方が良いって言ったら殿下がビクッてなった。
その様子にただならぬ気配を感じて、何かしたのかと詰め寄ろうとしたらフィエスタ先生にもう叱ってありますと言われた。
どういう事かとアシーへ理由を求めると、どうやら殿下は倒れているフィーちゃんを抱き上げてここまで連れてきた、ですって!?
「頭を打ってると思わなかったのですか?」
「無我夢中で……」
「ミモザ、たっぷり叱られたから勘弁してやってくれ」
「でも……」
「きっとお前だってフリージア嬢が倒れたら動揺するだろ」
「それはそうだけど……。殿下、フィーちゃんになんともなかったら先程の言葉は謝罪します。ですが貴方は王太子殿下なのです。彼女を巻き込まないで」
「私は……」
「まったく、ジオラス様がいたらどうなって……あら? ジオラス様はいらっしゃらないの?」
「「あ!」」
「「「?」」」
私の一言でアシーとイセンは「「ヤバいんじゃないか!?」」という引きつった顔になり、フィエスタ先生と殿下とニコは不思議そうな顔。
フィエスタ先生に彼女の兄という人物が来なかったかと聞けば、カーテンの向こうから出てきたメリア先生が「ジオラスは魔法院のほうで外せない依頼があって学園に戻って来るのは週明け」だとおっしゃった。
ホッと息を吐く私とアシーとイセン。
どうしても重要な案件らしくて、ジオラス様にはフィーちゃんが目覚めたら知らせるそうです。
フィーちゃんが倒れたなんて知ったらどんなことをしても戻って来るでしょう……。
その言葉を私たちに告げるメリア先生もどちらかといえば遠い目だったような。
ジオラス様が戻ってきたら色んな意味で怖いです。
次の日から学園は2日間の休み。フィーちゃんにとっては良かったのかな。
特別に6時に来ても良いとの権利をもぎ取っていたので、間に合うように学園の受付にアイビーと一緒に向かう。早く行きたくて、最低限の支度しかしなかったから侍女たちにちょっと泣かれちゃった。
受付で確認してもらうと直接、特別治療室に行って良いとのことで早速向かうとちょうどメリア先生が中に入るところだったので一緒に中に入って急いでフィーちゃんのところへ。
昨日と同じように眠っているようだけど、少し表情が硬い? 夢でも見たのかな。
胸元のリボンがない……あ、落ちてた。苦しくて取ったのかな? 昨日のうちに外してあげれば良かった。
近くのテーブルにリボンを置いて、メリア先生がフィーちゃんの診察をしているのを眺める。
早く起きて欲しい。
メリア先生の診察が終わってアイビーがフィーちゃんの顔や手を拭いているのを、うずうずと見ていたら手伝わせてもらえた!
フィーちゃんって腕が細いのに打ち合いもして……いくら魔法で傷が治ると言っても怪我は痛いのに、すごいなぁ。
メリア先生によると一度起きて何か魔法を使ったようだから頭にも異常はないのではないかと言うこと。ちょっと安心したけど、魔法?
気になってメリア先生に聞けば、〈消音結界〉の残滓が残っていたそう。
それを聞いたアイビーがため息と共に「一人で泣いてしまわれたのですね」とポツリと言った。
「フィーちゃんはいつもそうやって泣くの?」
「最近はありませんが、小さい頃は……〈消音結界〉が使えるようになると同時に泣く時はお一人です。しかもちゃんと最後には〈手当〉まで使って。旦那様も奥様もジオラス様も屋敷の使用人全員が知っていることですが……リーア様が必死に隠しておいでなので皆黙っているのです」
「フィーちゃん……」
「ですのでミモザ様もアルメリア様も他言無用に願います」
「誰にも言わないわ」
「えぇ、解ったわ」
「ありがとうございます」
少し話をしていたら――どうやらお二人はフィーちゃんの本当のお母様の繋がりだそうです――フィエスタ先生が来て、メリア先生に魔法院から連絡が来ているということでメリア先生は職員室へ。戻って来るまではフィエスタ先生と私がフィーちゃんの様子を見ることに。
フィエスタ先生は男性ですからね、一応監視です。
アイビーは一度寮へ戻って足りないものを持ってくるそうです。
近くに椅子に座ってフィーちゃんを眺めていると身動ぎしはじめたので、フィエスタ先生に声をかけてからフィーちゃんに向き直って声をかけると寝ぼけながらも起きてくれた。嬉しくていつものように抱き付いたらフィーちゃんも頭を撫でてくれて安心した。
本当に良かった~。
フィエスタ先生と話をしていたフィーちゃんが急に泣き出しちゃってビックリしたけど、ふざけたら笑ってくれて安心した。ほんとに気持ち良かったなぁ~。
それにしてもフィエスタ先生の行動にはビックリ。フィーちゃんのことをずいぶん気にかけていたみたい。
あのリトマ・フィエスタといえば仕事人間で、丁寧に対応するけれど気が利かないっていうのが有名。
治療なら治療のみで余計なことは一切しない。まさか女性のために飲み物を持ってくるなんて……フィエスタ公爵夫妻が聞いたらたぶん驚くわ。
フィーちゃんとは接点はなかったと思うけど……不思議ね。調べておこうかしら。
フィーちゃんに見つけて運んだのが殿下だって言ったらフィーちゃんの様子がおかしくなった。
私の声も聞こえないみたいで、どうしたら良いのか分からずにいたら急に殿下が現れた。
突然のことで私まで固まってしまって対処ができず、殿下がフィーちゃんに触れて……戸惑うフィーちゃんは視線を迷わせてドアのほう――アシーとストレリ様とマリー様も来てる!?――を見て目を見開いたと思ったらベッドに倒れ込んでしまった。
婚約者のある身でどうしてフィーちゃんに近づいたの!? 昨日のこともあって、もう私には殿下に対して怒りしか感じなかった。
◇※◇※◇
「「どうして!?」」
そう叫んだ声は私とマリー様だった。
「殿下、フィーちゃんに触らないで。近づかないで!」
「ミモザ? でも……」
「でもじゃないです。離れて!!」
「そうです、殿下。女性に安易に触れてはなりません!」
「マリー?」
マリー様が殿下にお説教し始めた。もっと言ってやれ!! と一瞬頭を過るけど、今はそうじゃない。
フィーちゃんが心配。休ませてあげたいのに!
「どうでもいい! みんな出て行って!!」
「どうでもいいとはどういう事だ、ミモザ!」
「……そのままの意味ですわ、ストレリ様」
「殿下に対してそのような言葉を……」
「私は間違ったことは言っていない。フィーちゃんに近づかないで。……以前のストレリ様なら意味が分かるはずでしょう」
「以前? 何を言っている。私は変わっていない。ティナスとマリー様に敬意を払わぬお前がおかしい。その友人の影響か」
「は?」
「この生徒は、助けてもらっておいて礼の一つもできない人間だろう」
「何、言ってるの?」
「もう一度言うか?」
「……フィーちゃんは目覚めたばっかりで今知ったところなのに? 起きて、怖い事思い出して、混乱してるのに……酷いのはそっちじゃない!! 急に来て!」
「それも演技だろう。ティナスの気を引こうとでも思ったか」
「巫山戯けないで!! フィーちゃんはそんな事する子じゃない!!」
「どうだか」
「ちょっと待て、ストレリ。フリージア嬢はそんなことはしない。むしろティナスを避けているぞ」
「それも計算のうちなんだろうさ」
「おい!」
「いい加減になさい!!」
私たちの騒ぎを一瞬で沈めた特別治療室に響く声に、入口の方を見ると仁王立ちで怒りの表情のメリア先生と笑顔なのに目が笑っていないフィエスタ先生。どちらが恐ろしいかは……。
「揃いも揃って生徒会役員がこんなところで何をしているの? ここは怪我人と病人のための部屋よ。あなた方の演説場所ではないわ!!」
「バーント先生、そのくらいで。みなさん、今すぐどうすれば良いか理解できますよね?」
皆が外へと移動するけれど、私は悔しさと悲しさが溢れて身体が動かない。ギュッと手を握りしめてフィーちゃんを見ていると近くにメリア先生に『貴女は貴女にしか出来ないことをしなさい』と言われてハッとした。
――私にしかできないこと――
あった。
私がフィーちゃんに出来ること。
メリア先生にお礼を言って、廊下へ出てアシーを引っ張って女子寮への道を進む。
「ねぇアシー。殿下とストレリ様のこと何か知っている~?」
「……」
「そっか~、分かった~」
「何も言っていないが」
「アシーの場合~、言わないのは言えないってことが多いのよ~」
くすくす笑うとアシーは苦虫を噛み潰したような顔になった。それも素直なアシーの悪い癖なんだけど今は判断材料にしたいから当分黙っておくわ。
「ストレリ様がああなってしまったのには理由があるのかもしれないけれど、今回のは絶対に許せない。それに殿下の行動も腑に落ちない。今考えるとマリー様も変。……アシーはそっち側なんでしょう?」
「ミモザ……」
「良いのよ、何にも言わなくても。私は勝手に動くね~」
エスコートありがと。また明日ね~と何か言いたそうなアシーを置いて女子寮の中へ入り自室への道を歩きながら考えるのは先程のこと。
ストレリ様の決めつけるような彼らしくない言動。
殿下の何か焦るような行動。
マリー様がふと漏らした『順番が違う』という言葉。
調べることがたくさんありそうね。
次の日の夕方、フィーちゃんは迎えに行ったアイビーと一緒に戻ってきた。
ちょっと疲れてるようだったけどあの日の授業のノートを渡したら喜んでくれて、教えながら一緒に勉強をして、表面上はこれまでどおりに過ごしている。
あの日から少しずつ……ううん、本当はもっと前からだったのかもしれない。
なにか強い力に引きずられるように変化していっていた。
あの日からフィーちゃんは少しみんなと距離を取りはじめた。
お兄様のジオラス様にでさえも距離があるようで……。
階段から落ちた時に、本当は何かあったのかもしれない。
誰にも言えなくて悩んでいるのかな。
言ってもらえないのはそこまでの関係しか紡げていなかったのかと思うと切ない。
でも、それでも私はフィーちゃんのために何かしたい。
そう決めた。
お父様から許可は頂いた。
情報を掌るものとしての力を有効活用してみせるわ!
フィーちゃんの心からの笑顔を取り戻して見せる!!
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次は主人公視点に戻ります。




