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悪役なのかヒロインなのか、教えてください。  作者: たばさ むぎ
二章 悪役ヒロインとして頑張ります!
28/64

26 ―ヒロインから悪役へ― 2

 

 

 

 


「ん~」


 ……ウイス……アさん フィーちゃん~


「あと、ちょっと~」

 誰の声だっけ? まだ眠いよー。


「フィーちゃん、起きて~」

「ウイスタリアさん」

 ん~。あれ、この声って……?


「ん~あ~……み、もざ?」

「うん、ミモザだよ~。フィーちゃん! 良かった~起きた~」

「ミモザ!?」

「フィーちゃぁん~~」

 慌てて目を開ければ、ミモザがアプリコット色の瞳をうるうるさせて私を覗きこんでいる。ココアブラウンの髪も梳かしきれていない状態で……。いつも「癖っ毛だから朝はちゃんと梳かさなきゃ」って侍女さん達に梳いてもらっているのに。

 ああそうか、そうだよね。すぐに行くって言ったのに帰ってこないし、階段から落ちたなんて心配をかけるよね。

 私だって反対の立場だったら心配する。


「ごめん、ミモザ。心配かけちゃったみたいだね」

「心配した~でも、無事で良かったよぉ~」

「ありがとね」

「フィーちゃん!」

 上半身をベッドから起こした瞬間に私の腰辺りにギュッと抱き付いてきたミモザの頭をいつもの様に撫でて感謝を表す。ミモザはこれが好きって言うけど、ふわふわの髪を撫でるのは私の方が癒される。あー可愛いな~。



「ウイスタリアさん、もう大丈夫そうですね」

 ミモザに癒されていると上から声が……さっきミモザ以外にも声が聞こえたと思い出し、顔を上げれば……誰だっけ?

 治療医の白衣を着られるのはメリア様ともう一人だけ。と言うことはリトマ・フィエスタ特別治療医だ。

 腰くらいまであるアッシュグレイの髪を後ろで無造作に結んでいて、長めの前髪からこちらを伺う瞳はエメラルド。そういえば、珍しく王宮勤めの治療魔法師がいて、王太子殿下がこの学園に入ると言う事で3年間だけここで働くらしいとジオ兄様が言っていましたね。

 ……ってそんな人に私は診てもらってしまったのか! 一般生徒はメリア様のハズなのに? え? どうしよう…まずはお礼を言わないと!


「フィエスタ先生でいらっしゃいますよね。……すみません、ご迷惑をおかけしました」

「仕事ですから気にしないで良いのですよ。さて、身体の調子はいかがですか?」

「はい。ちょっと動きづらい気もしますが、大丈夫です。……あの、私は一般生徒なのでメリア様が診ていただくのではないのですか?」

「メリア?……あぁ、バーント女医のことですね」

「つ、つい、いつもの癖で。すみません」

「構いませんよ。貴女は治療魔法師で治療医委員とバーント女医から聞いています。運ばれたのが此処だっただけで、ちゃんと彼女が診ましたから安心してください」

 同性同士の方がよいでしょうと微笑むフィエスタ先生にバカなことを聞いたと顔が熱くなる。


 ん?ここって……と明るい部屋の中を見渡せば、高級感あふれるテーブルセットやベッドにリネン類……?

 ま、まさかここって一般生徒用の治療室じゃなくて特別治療室のほう!?

 確かにベッドのスプリングも良くて寝心地最高だったし、シーツも柔らかくて気持ちいい。

 氷属性の付加されたポット型魔法具もあったね……。

 うわ~~~なんか色々ごめんなさい!!



「す、すみませんっ! ここに居てすみません!!」

「どうしましたか? 大丈夫ですよ、緊急時はどちらでもちゃんと処置はしますから。こちらこそ配慮が足りませんでしたね。もうすぐしたらバーント女医も来ますので」

「は、はい!」

 

 私の動揺を一瞬で理解した感のよろしいフィエスタ先生は「それで」と机からファイルを取り、ベッドの近くに据えてある椅子に座り私に向き合います。

 結構、近い気が……まつ毛もキラキラして長い! って見惚れている場合じゃないですね。

 

「もし、話が出来るようであれば質問したいのですが」

 よろしいですか? とこんな素敵な先生に言われたら断れません。まあ、先生に対して断ることはしませんけど。


「はい、大丈夫です」

 微笑みから真面目な顔に変えた先生に、私も居住まいを……正したいのですが手でぽすぽすと叩いて合図してもミモザが離れてくれないので体制は変えられませんでした。なので、頷いて肯定を示します。

 すみません、先生。


「まず、頭は痛くありませんか?」

「はい、大丈夫です」

「クラクラすることは?」

「それもありません」


 上手く受け身を取ったようですねと微笑みかけられて、褒めてもらっているのに少し複雑な気分。

 曖昧な笑顔を返しておく。


「では……。階段から落ちたと言うことは覚えていますか?」


「はい」と頷き記憶を探って……あれ? どうして階段を駆け下りようとしたんだっけ?

 急がないと、と思っていたのは確かなんだけど、どうにも靄がかかったようになっている。


「急いでいた、はず。なので、駆け下りようとして……たぶん、踏み外したんだと思います」

「はず?……たぶん?」

「……あまり良く覚えていないのです。すみません」


 何か書きながら質問し始める先生。

 うわ~指がスラっとして綺麗。私なんかより爪も艶々しているし……初めて近くから見るけど、フィエスタ先生って中性的だから下手な女性より綺麗だな~。

 思案する顔は憂いを帯びて……これは女子生徒が憧れるのは分かります。

 ん? これって誰からの情報だっけ?


「覚えていない……少しもですか?」

 先生の言葉にハッとして考える――思い出せ、思い出せ――何があった?


「確か……教室に帰らないとって……階段を下っていて……」

――何かに急かされるように 走った


「踊り場に着いて……右手を手すりに……置いて?」

――落ちていく身体  右手で掴んだはずの手すり 


「手すりが掴めなくて……」

――伸ばした 左手の先に


    誰か―――




「落ちた……かな?」

 これ以上は思い出せないと先生の方を向けば、なぜか先生が悲しそうな顔をしている?

 どうしたんだろうと、先生をじっと見ると段々とぼやけていく。


「そうですか……すみません、怖い事を思い出させてしまったようですね」

「こわい……?」

 私のお腹に抱き付くミモザの力が強くなった気がする。


「泣いていますよ」

 フィエスタ先生がそっと私の目尻を拭う。先生の手が触れたことで頬に意識がいき、私は泣いているのかとそこで初めて気がついた。

 どうぞと先生が真っ白なタオルを差しだしてくれたので、遠慮しつつもそのふわふわ感に抗えず顔を埋めてみる。ふわふわの心地良さが何か私の中にある強張ったものを溶かしてくれていくようで……。

 あったかいな。


 やっぱり一晩じゃ心の整理がつかなかったのかなぁ。情けない。

 しっかりしなきゃ。


 先生が席を立つ音が聞こえたあとに「飲み物もありませんでしたね」と言う声が聞こえたけれど、少し距離があるからカーテンの向こう側へ行ったみたい。

 急に泣き出したらいくら先生でも気にしちゃうよね。申し訳ないと思いつつ、もうちょっとふわふわのタオルの心地良さに浸ってみる。


 ……しかし。


「ミモザさーん、そろそろ頭で私の胸をぐりぐりするの、止めてもらえませんかー」

 抱き付かれるのはいつもの事だから良いのだけれど、何故かお腹から段々と上に上がってきて今は胸の辺りって…偶然なのかわざとなのか……。ミモザは後者だ。絶対に確信犯だ!!


「え~だってフィーちゃん気持ちいいんだもん。おっき……むぐ」

 慌ててミモザの口をタオルを当てて最後まで言わせないようにした。

――おいコラ、ミモザ! 人が気にしていることを口に出すな!! くすん。

 

 ガタン!

 何か大きな音がしたのでビックリしてミモザと目を合わせ、二人とも目をパチクリ。

 そのおかげで涙も引っ込んだ。


「……先生?」

「な、何でもありません。飲み物を持ってきますので少し待っていてください。すぐ戻ります」

「はい。……あの~、大丈夫ですか?」

「えぇ、問題ありません。では」


 かちゃっ、ぱたんとドアの開閉する音が聞こえて静かになる室内。えーと、どうしよう?


 するとミモザは急にニヤ~と笑って私にタオルを押し付けて少し距離をとるとベッドに腰掛ける。しかも「くふふ~」と足をぷらぷらと――小柄だから足が届かないんだね――させて楽しそうな顔。


「ミモザ?」

「ん~、なぁに~」

「どうしたの急に。しかも楽しそう」

「何でもないよ~」

「……そう?」

「そうそう~!」

 訝しげに見るけれど、こうなったミモザは絶対に話してくれないからな~。諦めるしかない。

 悔しい気分が抜けないままだけど、ちょっと気分が落ち着いてきたので暗い中では見られなかった周りを見てみる。

 間違いなく一般生徒用とはランクが違うお金がかかってそうな内装。こののタオルも手触り抜群でふわふわだし、特別な人だけしか入ることが出来ない空間だと言う事が改めてヒシヒシと感じられてきた。

 ……先生はああ言ってくれていたけれど、本当に居たたまれない。

 それにしても、緊急時と先生は言っていたけどなんで特別治療室(ここ)なんだろう。確か私が落ちたあの場所はここと治療室(あっち)の中間のくらいの距離だったはず。普通だったらこの紺地の制服ならあっちの治療室に運ばれるはずなのに……。

 誰が見つけてくれたんだろう。お礼言わないといけないよね。


「どうしたの~? フィーちゃん」

「いや、なんでここに運ばれたんだろうって思って」

 誰が私を見つけてくれたのかなと言ったら、ミモザがさっきまでのニコニコした表情から一転してむくれながら私を見て爆弾を投下した。


「殿下が見つけたんだって」

「はい?」

「ティナス殿下がフィーちゃんを見つけて運んだんだって」

「ちょ、ちょっと! み、ミモザさん!? な、なにを?」

「だ~か~ら~、ティナス殿下がね、フィーちゃんを抱き上げてこの特別治療室に運んだんだって」

 まったく、フィーちゃんが無事だったから良いもののとぶつぶつと独り言を言うミモザに頭が真っ白になる。


 ティナス殿下が私を見つけて運んだ?

 

 ベッドに腰掛けているミモザのほうへにじり寄って彼女の肩を掴みこちらの方へ向かせ問い詰める。


「冗談でしょ!? 嘘だよね、ねぇ、ミモザ!」

「嘘じゃないの。アシーから聞いたから」

 殿下と一緒にいたのはアシーだから嘘じゃないよ~と答えるミモザ。


 アシンス様はそんな冗談を言う方じゃない。と言うことは嘘ではなく真実なの……?



 ミモザの肩を掴んでいた手からも身体からも力が抜け、ぺたんと座る。……これは話にあった? ティナス殿下がフリージアを助けるなんてないハズ。ダメだ、最初のほうの内容が出てこない。助けるとしたらアマリリス様のほうで……物語の途中では階段から突き落とされる描写はあった。でもそれを助けたのは殿下じゃなくて……。

 早く思い出さなくちゃ。対応を間違えたら物語を変えてしまうかもしれない。

 ああそうだ、魔法が使えなかったことも報告しなくちゃいけなくて……。

 これも話のとおり?


 考えれば考えるほど、頭が上手く働いてくれない。ぐちゃぐちゃだ。




「…なんで……ダメだよ」

「フィーちゃん?」

 うわ言のように言葉を繰り返すしかない私に、様子が変化したとミモザが困った顔をするけれど、ごめん。余裕ない。


「ティナス殿下がフリージア(わたし)を助ける? そんなの……“違う”……」

「どうしたの? フィーちゃん」


 考えたことがすり抜けて落ちていく感じがする。

 嫌われるために近づかなくちゃいけないんだっけ? それとも避けるべきなんだっけ?



 

「そうかな?」

「え?」


「助けられるのに助けない方が“違う”と思うけれど」



 スッと頭に浸み込む心地の良い響きの――私の心を切なく締め付けるあの人の声。

 これも決められたことなの?



 俯いていた顔を上げた私の目に映るのは……半開きのカーテンから顔を覗かせる――光量の抑えられた治癒室でも光輝く襟足で整えられた金の髪。南国の海のような澄んだ蒼い瞳。誰もが目を奪われる憧れの王太子――ティナス殿下。



 なぜ貴方がここにいるの? “ティナス殿下”は“アマリリス”の側にいるはずで。“フリージア”は嫌われなくてはならないのに――見つめられて身体が動かない。動けない。

 隣のミモザも固まったように動かない。


 彼は私の方を見てニッコリと微笑むとそのままベッドに近づき、先程先生が座っていた椅子に腰かける。

 そして伸ばした手を私の頬に手を置き、親指で目尻にそっと触れる。――どうして?

 


「泣いたの? 怖かったのかな?」

「な、にを」

「頭は痛くない?」

「ど、し…て……」

「どうして? 今回は動かしてしまったのはいけなかったのかもしれないけれど、倒れている人をそのままには出来ないよ」

「ち、が……」

「違う? なにが違うの?」



 蒼い瞳の中の煌めきに私の心が悲鳴をあげる――もうやめて――これ以上は近づかないで!!

 

 助けを求めるように視線を彷徨わせば、殿下の向こうに見えた部屋の入り口に黒髪で緋色の瞳を鋭くこちらに向けている男子生徒――ストレリ・バーガンディ様と彼を押さえるアシンス様。それともう一人。


 銀髪のローズピンクの煌めく瞳を見開いた女子生徒――アマリリス様?


 彼女と目が合った瞬間バチッと―――ある場面が浮かんで――頭がショートした。

 身体が横に傾いで――あの時の様に――落ちていく。


 フィーちゃん!!

 君は――




 最後に聞こえた「どうして」という声は誰の声だったのだろう。

 

 



いつもお読みいただき、ありがとうございます。




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