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悪役なのかヒロインなのか、教えてください。  作者: たばさ むぎ
二章 悪役ヒロインとして頑張ります!
27/64

25 ―ヒロインから悪役へ― 1

 

 

 

 

 ふと目が覚めて辺りを見回すと暗い部屋の中、薄っすらと月明かりがカーテンから漏れている。

 やけにその光が明るく感じられて瞳に光の線を刻み込まれた。


「夜?」

 そう呟いた声は掠れて喉が渇いているのが分かった。

 瞳に刻み込まれた光を消すために目を閉じて上を向いてふぅと息を吐く。

 しん、と物音もない静かな部屋。ひとりの世界。

 

 静かだな……。

 なんで私は寝てるんだっけ?

 ……あぁ、そうだった。


「……階段から落ちたんだっけ」


 歴史の授業の資料を間違って持ってきてしまってたから返しに行って。

 自分の教室へと帰る時に……階段から落ちそうになったから魔法を使おうとしたのに発動しなくて、落ちたんだ。

 それにしては身体が痛くないから、誰か……メリア様が治してくれたのかな。

 ここは寮の部屋? 治療室? それとも魔法院?

 目を開けてみるけれど、まだ光の線が残ったままだった。


 もう少し目を閉じて続きを思い出すと、落ちた時の……あの感覚を思い出すと背筋がぶるりとして自分自身をかき抱く。

 この魔法溢れた世界で魔法が使えない恐怖。

 私はアイビーに鍛えてもらっているから何とかなったけど、これがミモザだったらと思うと血の気が引く。

 本当に一人で良かったとため息を吐くと、いつものように不安を感じた時と同じで無意識に手が胸元を掴んでいた。

 直に触りたいと思い、制服のままだろうとあたりをつければリボンが手に当たった。そのままリボンをしゅるりと解き、ブラウスの第二ボタンまで外してチェーンを引っ張るようにして指輪を探す。

 指に引っかかった指輪を右手で包み込み、その上から左手で覆って口元まで持っていき、祈るようにするとそこからじんわりと温かくなるような気がしてホッとする。



 それから何かあったかと考えれば、記憶の欠片たちのセカイが頭に浮かぶ。

 キラキラと煌めくセカイ。二度と見ることはないと思っていた。


 小さい時に何か欠けていると思ったけれど……まさかこのタイミングで思い出すとは思わなかった。

 仕組まれているっていうのは大袈裟かもしれないけど、できれば最初に全部思い出してくれていればよかったのに。そうすれば……。


「タイミングが良いんだか、悪いんだか」


 ため息と共に出した声で喉が渇いていたのを思い出し、目を開ければもう瞳には何も刻まれていなかった。

 暗さにも慣れたようで、天井の広さで寮の自分の部屋はない場所だと分かる。

 そのまま寝たままの状態でくるりと見渡せば、治癒関係の機具が見えた。そうなると学校内の治癒室か魔法院のどちらかかな? こういう部屋って似ているから判別がつかないや。


 まあ、朝になれば分かるかなと思いながら横を向くと、近くのテーブルに水差しとコップが目に入ったので――多分飲んでいいのだろう――えいっと勢いをつけて起き上がる。


 布団から出た服を見ればブレザーは着ていないけどやはり制服のまま。皺になっていそうで――アイビーはこういった事にかなり厳しい。絶対に後で言われるんだろうなぁ――ちょっと絶望感を感じながらベッドから降りる。

 治療された後だと思うから身体は痛くないけど、制服で寝ていたからか少し動きづらい。


 階段から落ちたのは午前の授業の移動時で今は夜。

 半日くらい寝てればこうなるかと納得し、スリッパを履いて軽く伸びをしたらテーブルまで歩き、水差しからコップに注いで一気に飲み干す。氷属性の魔法を付加した魔法具なのか思ったよりも冷たい水が渇いたのどを通り過ぎ、頭が冴える気がする。


 もう一杯飲み干して、ふと時計を見つけると針が差しているのは2時半。

 変な時間に目が覚めたなと苦笑いを浮かべてコップを玩ぶ。

 眠気は来ないようだし、どうしよう。下手に外に出てもここが何処かわからないんじゃ迷いそうだし。

“記憶を思い出した”ことを思い出したのだからと、コップを戻してベッドにぽふんと――おー良いスプリング!寮のより寝心地良いはずだ――寝転がって目を閉じる。



 これからどうするか、どうするべきか、どうしなければならないか。


 この世界のヒロインはアマリリス・スカーレット公爵令嬢。

 ヒーローはティナス・ルドベキア・エクルベイジュ王太子殿下。

 悪役はフリージア・ウイスタリア伯爵令嬢。


 『乙女ゲーム』の攻略対象者のストレリ・バーガンディ公爵令息、アシンス・オーカー侯爵令息、ニコティ・シャトルーズ公爵令息。それから隠しキャラで生徒会顧問のジューム・ヘリオトロープ先生。

 この4人はアマリリス様が闇を払い彼女を慕う人たち。


 そして『web小説』で新たな役割が与えられたのが、兄様……ジオラス・ウイスタリア伯爵令息。

 学園に入り変わってしまった(フリージア)の暴走を止める人。

 彼はフリージアの暴走について悩み、それをアマリリス様に癒されて彼女を慕い、ティナス殿下と二人で悪役(フリージア)に最後を与える人。


 物語は『乙女ゲーム』の自身の最後を知っているアマリリスの幼少期から話がはじまる。

 『乙女ゲーム』では悪役令嬢であるアマリリスは闇の嫉妬の力に乗っ取られ、ヒロイン(フリージア)へ〈漆黒ノ矢(ネビュラ・ズワルトゥ)〉という禁術を発動させてしまう。

 あの禁術は発動者の記憶を奪う。そのためアマリリスは自身が亡くなったと思い、その死亡フラグを回避するために行動するというのが話の始まり。

 ヒロインとなったアマリリスは、『乙女ゲーム』の記憶を踏まえて幼い頃から攻略対象者の闇を払い、仲良くなっていく。そして悪役のフリージア――転生者の精神が入ったという設定――の闇の力による攻撃を彼らと共に打ち破っていく。

 あれだけ想い合っていたのだから、最終的にはティナス王子と結ばれると思うな。そのあたりはある意味王道? なのかな。


 そして最後のあの断罪の場面。

 何処からともなく〈漆黒ノ矢(ネビュラ・ズワルトゥ)〉がアマリリスを襲って彼女は眠りにつくがティナス殿下が目覚めさせようとするところで次回更新待ちだった。

 ……悪役(フリージア)の最後もどうなったかは結局、読めなかったんだよね。その時点でのフリージアは“消えていた”。たぶんジオ兄様が何かをしたと思うんだけど、“消えた”としか書いていなくてこれも更新分で分かるはずだった。

 よりにもよってあの日、珍しく寝坊さえしなければ読めたんだろうなぁ。

 残念。


 闇の力を上手く抑えて禁術を発動させないようには出来ないかな。

 目覚めさせることは出来るとしても、あの人に辛い思いをさせたくない。

 それに、出来れば死にたくないなぁ。

 強制力にどこまで逆らえるか……。


 

 あの人の幸せを願うなら話のとおりに悪役をしたほうが良いのだろう。

 私が騒動を起こしてあの話のようにティナス殿下とアマリリス様が幸せになるのならば。

 web小説を読んでいた時に憧れた二人だもの。きっと素敵なんだろうな……。

 近くで見られるなら悪役も捨てたもんじゃないかもね。


 ふふっと笑ってベッドの中で枕を抱きしめ丸くなると、懐かしい感じがして落ち着く。


 ただ問題はweb小説の話に沿って行動したいけれど、物語の最初のほうの記憶って結構曖昧なんだよね。

 悪役ヒロイン視点の話はなかったから『アマリリス様』が受けた嫌がらせを思い出さないと。


 それから攻略対象者から嫌われるようにしないと。

 ……あ! あの噂!! 今思えばあれもそうだったんだ。

 今回は下火にしてしまったから、次からは“噂”も活用しないと。


 ミモザとジオ兄様にはどう理解してもらおうか……難問だ。


 仲良くなったアシンス様にもニコティ様にも嫌われないといけないね。

 残念だけど仕方ない、悪役のフリージアと仲が良いのは不味いもの。

 最後のイベントが成り立たなくなってしまうかもしれないし。


 ミモザとは……小説の中のミモザとフリージアも友人だった。でもそれはフリージアの情報をティナス殿下たちが手に入れるためで……それならもう少し仲良くしていても大丈夫かな。


 それから、兄様にも迷惑をかけて嫌がられなくちゃいけないのか……。

 図々しくてワガママな女性は苦手って言っていたからそうなれば良いのかな。

 

 あの悪役ヒロインさんみたいに殿下へと迫るのは……いっそなりふり構わずできれば良いのかもしれないけど、深織の記憶もフリージアの記憶もあるから恥ずかしいし難しい。

 そういえば、あの小説の中の彼女の気持ちってどんなものだったのだろう。

 理解はできないだろうけど、一途に想えるのは羨ましいかも。


 『乙女ゲーム』の殿下も『web小説』の殿下も好き。だけど……フリージア(わたし)のこの想いは作られた設定のものなんだと気付いてしまったから。


 ……作られた好きを“本物”の好きと勘違いしなくて済んで良かった。


 ヒーロー(ティナス殿下)が好きなのはヒロイン(アマリリス)悪役(フリージア)ではないもの。

 


 キリキリと訴えるこの胸の痛みもそういう設定なんだ。

 この頬をつたう涙も私の想いからじゃない……そのはずなのに。

 どうして止まってくれないの?


 あの人を……ティナス殿下を想うのは作られた想いで。

 私は嫌われなくちゃいけなくて……。

 この『好き』は誰のものなの?


 ―――今は……今だけは泣いていいよね。

 明日からは悪役としてやっていくから。

 

 流し終ればきっとこの想いも薄れていってくれるはずだから―――。



 嗚咽が外に漏れないように〈消音結界(サイレント)〉で結界を張って子供みたいに大泣きした。


 そのくせ、目が腫れないように〈手当(ケア)〉をかけなきゃ。なんて頭の一部は冷静で。

 常に冷静を保てるようにとの我が家の家令の教えを守る自分に感心する。

 


  ◇※◇※◇



 さんざん泣いて、〈手当(ケア)〉を唱えて時間を見れば午前3時過ぎ。30分は泣いていたみたい。

 道理でスッキリしたけれど喉が異様に渇くわけだ。

 もう一度近くのテーブルへ行き、水差しからコップに注いで2杯3杯と飲み水差しを空にした。



 頬をパンッと手で叩いて気合を入れる。

 うぅ、ちょっと力を入れ過ぎてじんじんするけど気持ちは切り替えられた。


 悪役をするためにまずは嫌がらせ内容を思い出して、それからアマリリス様のことを調べないと。

 今までの私のせいで崩れてしまったイベントがあるかもしれないから、どの位記憶の中の情報と今との差を洗い出して、それに合わせて動いていこう。

 


 ひとまず、おやすみなさーい。





いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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