23 ―学園生活初日―
姿見の前に立って全身のチェック。
紺地の制服で足元はショートブーツ。うん、ゲーム画面どおりだ。
違うのは昨日まで一つだった許可石が両耳に付いていることかな。
あのケータイもどきの魔法具は学園内では使用できないので、魔法院に行くとき以外は部屋に置いておくことにしました。
初日の授業は午前が『ホームルーム』と『教養』で午後に『淑女教育』があるので髪型は入学式と同じハーフアップ。
その時にドレスに着替えるので直してもいいのですが、私の髪は癖がつきやすいので三つ編みは断念。
アイビー達侍女は基本的に寮内で過ごしますが、淑女教育とダンスレッスンの授業がある時は学園で着替えを手伝ってくれます。
着替え専用の個室もあるんですよ! そこにドレスなどをしまっても良いそうです。鍵は寮の部屋と一緒。
共用スペースでミモザを待って一緒に登校。
昨日と同じく靴を履き変えて左棟の階段を上って教室へ向かいます。
ミモザと歩いているからなのか、心なしか色々な人の視線を感じる気がしてミモザに聞いたけれど、彼女は特に感じていないみたい。
まぁ、侯爵令嬢として人前に立つのには慣れているのかもしれませんが。
前世の心が残っている私にはちょっとこういう視線は苦手です。
ガラッと扉を開けて教室に入ると中にいた人達にジッと見られて、うっと怯む。
ミモザがスッと横から入って「おはようございます」と優雅に礼をしてくれたおかげで視線が逸れてホッとした。続けて挨拶をして――軽く会釈してくれたので、これにも安堵――ロッカーからノートと筆記用具を出して机の物入れに移動しておく。
ミモザのほうへ行って時間まで話そうかと席の間を抜けて歩くと、横から「おはよ、フリージア!」と声をかけられた。
聞いた事のある声だと振り向けば、私の席の2つ前の席に座ってこちらに手を上げている男子生徒。
クロムイエローの短髪が元気少年を現しているようで、灰色の瞳もキラキラしていて、この人懐っこそうな顔はどこかで見たような……。
あ!
「イセン!? 何でここにいるの?」
「なんでって、オレ同じクラスだぞ? 昨日自己紹介しただろ」
「ごめん、気が付かなかった」
「ひでぇ」
「ごめんってば」
「ま、ずいぶんテンパってたみたいだし。入学式の後のアレを見たら分かるけど」
「ん? アレって何?」
「ジオラスさんとイチャイチャしてたじゃん」
「イチャイチャ? そんなことしてないよ」
「マジ?」
「うん。兄様は私をからかっただけだよ。人を実験台にするの」
「あー、そう。かわいそー」
「でしょう?」
「えー、あー。どちらかと言えば向こうなんだけど……まあフリージアなら仕方ないか。イイや、うん、頑張れ?」
「ん?」
一人で何か納得しているイセンにちょっとムッとしているとミモザが隣からひょっこり出てきて、イセンと私を見比べながら「フィーちゃん、お友達?」と聞いてきたので、イセンが騎士として騎士団に所属していて、前に治療魔法師として騎士団に行った時に同い年と言うことで仲良くなったことを説明した。
「イセン・トープと申します。アムブロジア嬢、お見知り置きを」
「こちらこそ。どうぞミモザとお呼びください、トープ様」
「イセンと。すみません、オレはあまり敬語が得意じゃなくて」
「気にしませんので楽なほうで」
「ありがとうございます」
イセンが立ち上がり、ミモザへと綺麗な騎士の礼をするのを見て驚きました。悪ガキ!と怒られていたのに……やればできる子なのですねぇとお姉ちゃん気分で眺めていたら「ボクのことはニコで良いよ~」とイセンの後ろから出てきた亜麻色の髪の少年?
「あらニコじゃない」
「おはよー、ミモザにイセン」
「はよ、ニコ」
急に出てきたニコティ・シャトルーズ公爵令息にビックリして声が出なかった。ミモザとは幼馴染として気安いのはわかりますが、イセンとも親しいみたいでさらに驚いた。
不思議に思いながら挨拶を交わすのを見ていたらシャトルーズ公爵令息が私のほうをじーっと見て「噂の君か」と言って笑う。
噂されるようなことあったかな?
「えっと、ウイスタリア嬢だっけ?」
「は、はい。フリージア・ウイスタリアと申します。シャトルーズ様」
「ニコで良いよ。ボクもフィーって呼ぶから」
「いえ、それは……」
初対面で愛称呼びって、それは流石にハードルが高すぎではないでしょうか。
それにあまり関わり合いたくないのに。
言いよどむ私にシャトルーズ公爵令息は首を傾げて「王太子の従弟のボクが言ってるのに?」と無邪気に笑う。
……これはあの時のアシンス様と一緒だ。何かを試されている。
アシンス様の件で殿下に関わらないということが伝わっているはずだと思っていたのに、なんで放っておいてくれないの!? という怒りがふつふつと湧いてくる。
ミモザも何かを試していることに気づいたようで一歩前に出ようとする彼女に手で待ってと合図して、シャトルーズ公爵令息へ向き合う。
受けて立ってやる!
「シャトルーズ公爵令息様。それはご命令でしょうか? それならばそのように致しますが」
「そうだと言ったら?」
「「ニコ!」」
笑顔でそう言うシャトルーズ公爵令息にミモザとイセンが諌めるような声を上げる。
ミモザは分かるけどなんで伯爵令息のイセンが? という疑問は頭を掠めるけれど、後回しにして笑顔を作り臣下の礼をするために膝を折り床へ――つこうとして慌てた3人に止められた。
ありゃ、反応が早くて最後までできなかった。でも、公爵令息サマをビックリさせられたから良いかな。
「何をしようとしたのさ!」
「ご命令とあらば、臣下の礼を取るべきと考えました」
「~~~!」
ニッコリと笑顔を保ったまま言うと公爵令息サマは苦虫を噛み潰したような顔。
その顔を見たイセンは苦笑いで、ミモザは勝ち誇った顔で二人同時に「ニコの負け(ね)(だね)」と言い笑った。
臣下の礼をとればシャトルーズ公爵令息は私に命令して名を呼ばせることになり、『私は貴方とは友人関係ではなく爵位の関係ですよ』と行動で示したわけです。ちょっと意地悪だったかな。
「あ~、もう! ボクが悪かった!……ごめん、ウイスタリア嬢。友人は……この状態ではまだ無理だよね。まずはクラスメイトとして、かな」
「そうですね……クラスメイトとしてよろしくお願い致します。よろしければフリージアとお呼びください、ニコティ様」
「……よろしく、フリージア」
「はい、こちらこそ……あ」
「どうしたの?」
「い、いえ何でもありません。少々思い出したことがありまして……」
出来れば叫びたい衝動を押し込めて、大したことではないと――多分引きつっている――笑顔を作る。
やっちゃったよー!
関わり合いを持たないように、サッと躱すはずだったのに怒りに任せた結果が知り合いになるなんて。友人にならなかったのは不幸中の幸い?
これからどうすれば良い? ……普通に、表面上の付き合いを心がけよう。うん、そうしよう!
あーでも私のバカ~~~!
若干魂が飛んでいるとミモザが男子二人に「それで、ニコとイセンはどういう関係なの?」と質問をしていた。
二人の説明によると、シャトルーズ公爵の騎士団視察についてきたニコティ様の案内をイセンがして、その時に意気投合。騎士の中でも “魔法特化騎士”として将来有望なこともあってかニコティ様の護衛兼ペアになったそうです。さすがに部屋は違うそうですが。
仲が良くてペア申請しても、爵位や能力でペアが認められない場合もありますからイセンははやり優秀なのですね。
兄様も『彼は結構やるね』と言っていましたし。
そんな話をしていると時間になったようでヘリオトロープ先生がいらしたので席に戻ります。
右からの視線を今は気が付かないふりをして。
ホームルームでは昨日説明し忘れたという諸注意(数学のみこの教室で授業を受け、あとは各先生の教室へ移動する。授業の間の休み時間は移動や着替えなどの準備時間だが食堂で飲み物を飲むことは可能だがサロンの使用は不可等)を聞いた後、学園内の案内になりました。
廊下に出るために席を立つと後ろから「あの……」と躊躇いがちな声が聞こえた。
とうとう来たかと言う感想しかないのですが、出来れば忘れていて欲しかったと思う。
不自然にならない程度にゆっくりと後ろを向けば、やはりそこにいたのはシレネ・ホリゾン伯爵令嬢。
プレデビュタントの時にミモザに嫉妬してドレスを汚そうとした彼女。
ミモザには何の害もなく、私もそんなに被害がなかったからもうほとんど忘れた記憶だったのに。
このタイミングで話しかけるのは彼女なりのけじめなのだと思うけれど、私としては複雑。
……それに朝のやり取りのせいでどうも自分が攻撃的なりそうで怖い。
それでも先手を打つしかないかなと考えて彼女が言葉を発する前に口を開いた。
「初めまして、ホリゾン様。私に何かご用でしょうか」
「あ、あの、ウイスタリア様。あの、その……あの時は……」
せっかく初めて会ったようにしたのに、通じなかったみたい。
あぁもう!
「女子は少ないので、クラスメイトとして仲良くしてくださると嬉しいです」
「そ、そうですね」
「皆さまがお待ちなので廊下へ出ませんか」
「はい……」
シュンとなっている彼女に罪悪感を感じないわけじゃないけれど、あの時の彼女の行動は私には理解できない。
もう考えたくないと頭を振って廊下へ出るとミモザが「大丈夫?」と私を心配して近くに来てくれたので「何でもないよ」と言って集団の一番最後に付いて歩く。
その時ミモザにこそっと教えてもらったのは、ホリゾン伯爵令嬢がAクラスなのかは一緒に歩いているセンカ・ネープルス侯爵令嬢がそう望んだからだそう。
たまにある侯爵家のごり押しらしい。ただ、一学期で成績が悪ければ侯爵家の子女でも他のクラスへ行くらしいけれど。
学園案内を終え、初めての授業を受けた。
『教養』の授業は思ったよりも細かい部分までするみたいで、予習しないと大変かも。審美眼を養うとか苦手だ。楽器も何か出来るようにならないと、とか前途多難。
授業が終わってミモザの席まで行くと、なぜか彼女は腕を組んで「う~ん」と考え込んでいた。
「どうしたの、ミモザ」と話しかけても、「う~ん。これじゃあ、まるでアレと一緒だ」「もしかして……まさか? でも……」と自分の世界に入ったままだったので、目の前で手をひらひらと振ったらやっと気が付いてくれた。
「あれ? フィーちゃん、どうしたの~?」
「どうしたのって、ミモザが考え込んでいたから」
「あ~、ごめんね~」
「何かあった?」
「う~ん、わかんない。でも、確信できたら言うね~」
「わかった、昼休みだからご飯に行こうか」
「うん! 楽しみだね~」
ミモザと揃って教室を出たら、ニコティ様とイセンがいて折角だから一緒に昼食をということになった。
向かう途中の階段で下から「ウイスタリア!」と呼ぶ声が聞こえ、その方向を見ればヘリオトロープ先生とアイビーが踊り場からこちらを見上げていた。
不思議な組み合わせだと首を傾げたくなるけれど、ちょっと焦っているみたいで嫌な予感がする。
少し慌てて階段を下りれば、困ったような顔のヘリオトロープ先生から「今すぐ魔法院へ向かってくれ」と言われた。
「何があったんですか?」
「詳しいことは分からん、ただウイスタリア兄妹を寄越してくれと連絡があった。兄のほうはもう向かっていると思うから急いで向かってくれ」
行き方は分かるだろうと言われ頷き、ミモザ達へ「ごめん」と告げる。
「ご飯、一緒に食べられなくなっちゃった」
「残念だけど、仕方ないよ。気を付けてね、フィーちゃん」
「ありがとう、ミモザ。ニコティ様もイセンもごめんなさい」
「気にしないで良いよ~」
「そうそう、明日もあるし」
「……ありがとう。じゃ、行くね。っと、アイビーはどうしてここに?」
「こちらをお届けするようにと連絡がございました」
「これは……うん、ありがとう」
アイビーからケータイもどきの魔法具とアイビー特製のお弁当を受け取って治療室へ走る。
治療室へ着くとメリア様からレクチャー前なので“中級”としてジオ兄様のサポートをするようにと指示を受けた。
今回は魔獣の出現ではないものの、澱みの発生が広い範囲だそうで人数が必要とのこと。
学園生活初日になんでなの!? という少々の怒りは魔物にぶつけるとして、急いで〔ゲート〕を越える。
ただ、発生間隔が短くなっていることが気になった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




