21 ―入学式― 2
無言でずんずんと進んでいくミモザに腕を取られて歩きながら先程のことを考えてみる。
ミモザはティナス殿下の幼馴染としてその他の人たちとも仲が良いハズなのに、ストレリ・バーガンディ公爵令息とはまるで水と油のように相容れない状態だった。
なにかあったのでしょうか。
食堂に着くともうすでに何人かが休憩しているようでした。
中へ入るとすぐに給仕から飲み物の有無を尋ねられたのでこういう時は暖かいココアが良いかなと思い、それを頼んで、人気のない奥のほうの席に座りました。
運ばれてきたココアの暖かさにホッと一息吐くとミモザが「嫌な思いさせてごめんね、フィーちゃん」と元気なく言う。
「ミモザ、どうしたの? 私は平気だよ?」
確かに公爵令息は怖かったけど、ミモザが格好良かったよと笑えば、数回瞬きをした後に照れたように笑ってくれた。
そのままの表情で「ちょっと聞いてくれる?」と言われたので頷くとミモザは居住まいを正して口を開いた。
「ストレリ様はね、殿下馬鹿でマリー様馬鹿なの~」
「ば、ばか?」
「うん。殿下達に対して危害を加えそうだったり、不利益になりそうな人、それから敬意をはらっていないと思われると排除にまわるの~」
「ミモザは幼馴染なんでしょう? それなのに?」
「だからなの。私がいつまでも殿下に親しげに話すから嫌なんだって~。殿下は良いって言ってくれたのにね。頭固いの。前まではここまであからさまじゃなかったのだけど、最近は特に言われるようになっちゃって。ついつい反発しちゃう私も悪いとは思うんだけどね。どうしても無理! それに……」
「それに?」
「ううん。だからね、ストレリ様と会ったら適当に逃げてね~」
「逃げてって、結構大袈裟だね。でもミモザがそう言うなら、わかった。元々関わり合いになりたくないし」
「……あの時もそうだけど、フィーちゃんって殿下が嫌いなの~?」
「嫌いって訳じゃないけど……畏れ多くて。近づいちゃいけない存在、かな。私にとってあの方々は雲の上のような存在だから」
そう、雲の上のような存在の人だから、ゲームで憧れた人だから。
だから会えて嬉しいと思って、胸がドキドキして苦しいだけよね。
それだけ、だよね。
『誰か、正解を教えて』
そう願うとつい胸元へと手が伸びる。
いつからかこういう時はアキレアお母様の形見の指輪に手がいってしまう。
ジオ兄様からもらった魔法具のネックレスと一緒に通したアメジストの指輪。
制服の上からそっと押さえると気持ちが落ち着く気がする。
「フィーちゃん、もしかして……?」
「ん? どうしたの、ミモザ、顔が赤いよ? 冷たいココアのほうが良かったかな」
「ううん。暖かいので大丈夫だよ~」
「そう? ならいいんだけど」
「それより~、私がフィーちゃんを守るからね~! あと応援も!!」
「どうしたの急に」
「う~ん、宣言みたいなものかな~?」
「じゃあ私もミモザを守るね、伊達に魔法院に所属してないよ?」
「わ~い♪心強い~」
クスクスと笑い合っていると、学内放送でそろそろ講堂へ集まるようにとの声が響きます。
どうやら〈呼出〉が組み込まれた魔法具がどこかにあるようですね。
この学園を覆うほどの範囲指定はかなり大変ですからアクセスポイントを作って響かせているのでしょう。
〈呼出〉は範囲指定に声を届ける魔法。個人に対しても使えますが、相手の魔力を登録して一方通行に伝えるということをしなければならないので、会話には向かずあまり使い勝手はよくないのですが、魔法具と組み合わせると使い勝手が良くなるいい例ですね。
……しかし、放送の妙に気だるげな美声にはくらっときました。こういう時は使わない方が良いのでは? と思うくらいなセクシーボイス。
あ、食堂のお姉様方がウットリしている。
誰の声だろう? 大人な感じがするから先生かな。ゲーム内でも聞いたような気がする。
講堂に着くと演劇にも使用する場所のようで、扇状で少し段差があり壇上が見やすいようになっています。
今日は使わないようですが二階席、三階席もあります。
席は好きな場所に座って良いそうなので、ミモザと新入生が座ることが出来る範囲の中での一番後ろの右端へ座わりました。
段々と人が集まって来て時間前には全員席に着いたようですね。流石貴族の子女と言うべきでしょうか。
先程と同じように〈呼出〉――今度は女性の声でホッとしました――で講堂全体に声が響き、入学式が始まりました。
アンスリューム学園長の挨拶や陛下からの祝辞が読まれたあと、生徒会長のティナス王太子殿下が壇上に上がったのですが……。
話し始める前にアルカイックスマイルを浮かべるものだから、何人かの女子が倒れてしまい一時中断。
再開してティナス殿下が話し終え、優雅に礼をして壇上から下がると何人かの女子生徒が「こちらを向いて微笑んだ」などとキャーキャーと騒ぎ始めてしまい、強制退出されていきました。
王族の方なんて滅多にお会いできませんから浮かれてしまうのは分かる気もしますが……流石に黄色い悲鳴は貴族としてどうかと思いますね。
目線が合うなんて絶対に勘違いです。絶対に。
もしあの蒼い瞳と目が合ってしまったら先程の私のように動けなく……ってなんでこんな事考えちゃうの!?
落ち着け、私。平常心!
考えたことを追い払うように頭を振ったらミモザに「フィーちゃん、大丈夫~?」と心配させてしまった。
式の途中で頭を振るなんて変なことをしてしまったと、ため息を飲み込んで「ごめん」と苦笑いを返して前を向いたら、貴賓席の後ろにジオ兄様が立っているのが見えた。
去年の生徒会長の時に見せてもらった生徒会専用の白地の制服も素敵でしたが、やっぱり兄様には紺地の制服のほうが似合いますね。
……そういえば、ティナス殿下とジオ兄様が太陽と月に例えられたのがあったような?
女性を守るように二人の男性が立っていて、腰に佩いている剣を鞘から抜いて突きつける……。
『思色の姫を守る二人の騎士が滅色の魔女に剣を向けて―――』
その言葉と共にズキリと頭が痛む。
なにか溢れそうになる感覚を押し込めて手を握り締め、ミモザにばれないように少し俯き目を閉じて深呼吸する。
何回か繰り返しているとパチパチと拍手が聞こえ、入学式が終わったということが分かった。
拍手が終わるころには気分も落ち着いてきていて周りを見る余裕ができた。
ジオ兄様がいたなぁと視線を移せば、眉間に皺を寄せた兄様の顔が見えました。
不味い……絶対後で何か言われる。寝てたと思われたかなぁ。お説教じゃないと良いけど。
クラスごとに移動のようでCクラスから担任に連れられて講堂を出て行き、Aクラスの私たちは最後に移動。
いつ呼ばれるかと待っていると「リーア」と後ろから肩を叩かれ、ジオ兄様の声?と思い顔を横にすると――ふに――指が頬に食い込む。
唖然としつつも視線を上に向ければ来賓の方々を送って行ったはずのジオ兄様がククッと笑っている。
顔に熱が集まり、肩に置かれた手を掴んで捻ろうとすれども逃げられた。
サッと立ち上がり、兄様へ詰め寄ればニコニコと嬉しそうな顔。
「に~い~さ~ま~~~!」
「ごめん、ごめん。本当に引っかかると思わなくって」
「ヒドイです!」
「式に最中に寝る子は良いの?」
「それは……。ごめんなさい」
寝ていたように見えたのかとホッとした。
頭が痛かったなんて言ったらジオ兄様は大袈裟にするかもしれませんから。
寝ていたことにして素直に頭を下げれば、髪形を崩さないように頭を撫でてくれました。
あぁ、兄様の手だ。と安心する。
兄様の手が頭から放れたので頭を上げると「入学おめでとう、リーア」と私の頬を撫でながらふわりと笑う。
あまり見たことのない微笑みにドキッとするけれど、好きな人にするためにまた妹を実験台にしましたね! 兄様には困ったものです。
これは妹として色々なパターンを返してあげるのが親切というものでしょう。
今回は……動じなかったパターンで行くことにして、私もにっこりと微笑んで――スカートだとちょっと難しいですが――淑女の礼を返します。
「ありがとうございます、ジオ兄様。カードも頂きました」
「リーア? あぁ、カードはプレゼントじゃないからね。後で渡すから」
「そうなのですか? では楽しみにしています」
楽しみにしててと笑い、今度はミモザに向き直り祝辞を述べてから「またね」と壇上のほうへ片付けの手伝いに行ってしまいました。
風のようなジオ兄様にミモザが顔を見合わせて笑っていると、廊下へ続く扉から一人の眼鏡をかけた男性が「Aクラス、ついて来いよー」と顔を覗かせて言った。
その声は食堂で聞いたあの声で、ゲームの中では担任の教師だったと思い当たった。
どおりで聞いた事があると印象に残っていたわけです。
1年は3階、2年と3年は2階に教室があります。
私たちは1-Aなので3階の一番手前の教室でした。
今年のクラスの人数はAクラス16名、Bクラス24名、Cクラス24名。
Aクラスは王族・公爵・侯爵位と魔法院や騎士団の上位実力者。しかし例外もあるようですが……。
BクラスはAクラス以外の貴族が比較的多く、Cクラスは魔法院や騎士団に所属している子女が多いようです。
席順は始めということで、窓際から『1-A:No.01』のミモザから順に4列×4列の席に座ります。
私は『1-A:No.16』なので一番廊下側の後ろ。
全員が席に着くと担任の教師から自己紹介がはじまりました。
「俺は担任のジューム・ヘリオトロープだ。担当は魔法実技。細かいのは……後で良いか。まずは自己紹介してくれ、NO.01から」
少々投げやりなあの声で話す担任のヘリオトロープ先生は、結構背が高いので前の席人は威圧感を感じるでしょうね。
ネイビーブルーの髪(襟足長めのウルフカット)と眼鏡の奥のアメジストの瞳が特徴。整った顔で心持ち釣りあがった目なのに左目の下の泣きぼくろがあるせいか妙な色気が……。
先生に促されて自己紹介を始めるのはミモザで、流石侯爵令嬢といった完璧な礼を披露しました。
続けて自己紹介が続いていき……あのシレネ・ホリゾン伯爵令嬢も同じクラスでした。
「ニコティ・シャトルーズです。よろしくね~」
ひらひらと手を振って挨拶するのは攻略対象者の一人で王太子殿下の従弟、ニコティ・シャトルーズ公爵令息。
柔らかそうな肩くらいまでの亜麻色の髪で中性的な顔をしています。萌葱色の瞳は垂れ目で格好良いというよりは可愛いと言われるのが多い。同年代でありながら弟キャラの立ち位置。少々気分屋なところもあり。
既に生徒会入りが決定しているので白地の制服を着用しています。会計らしいです。
……同じクラスで出会いを回避って難しいよね。
それとも何か特別な事があるのかな。こんな事なら最初だけでも全員分プレイしておけば良かった!
なんて考えていたら私の番で、慌てて立ち上がり淑女の礼をして「フリージア・ウイスタリアと申します。よろしくお願い致します」と名乗る。
終わったと気を抜いて体勢を戻せば全員の視線が向いている?
え? なんで? 全員私を見たままなの??
ミモザのほうに向いて挨拶したから、前方ではミモザがニコニコと手を振っているし、左からはホリゾン伯爵令嬢の視線を感じ、右のほうからはシャトルーズ公爵令息がジーと見ているのが視界に映る。
なぜか座るに座れない……。
ヘリオトロープ先生に視線で助けを求めると、なぜかククッと笑って「注意事項、説明すっぞー」と手を叩いた。
その音で全員が呪縛を解かれたように緩々と前を向く。
助かったと目線を下にして席に座ろうとした瞬間に刺すような視線を感じ、バッと前を向くけれど今度は誰も私のほうは向いていなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




