19 ―アンスリューム学園へ―
やっと学園に。
―――あれから2年。
色々ありましたね……。
ジオ兄様とのチームで魔物退治の殲滅数が1位になったり――ほとんど兄様ですよ! 私は1/3ですからね!! って集計してたんですか!?――
ミモザにお茶会に連れまわされたり――お茶会の度に侯爵家へ拉致……もとい、連れていかれるのは何故ですかー!フリフリドレスは嫌―!!――
等々の思い出したくないことも多少ありますが、気持ちを切り替えて学園寮へ行くための支度を再開。
とはいってもほとんどがアイビーの手によって終わっているのですが。
さすが優秀な侍女です。
後は私の持っていきたい私物のみ。
お父様からいただいた新しい筆記用具にお母様からは淑女の心得の本と便箋セット。
オレガノ以下使用人さん達からは調理器具。って寮の簡易キッチンで私が何か作ること決定ですか!? まあ作ると思いますけどね。ストレス発散方法ですし、ミモザと同じ部屋ですから。
ジオ兄様からは『学園で渡すからね』と言われました。
ちょっと楽しみ。
後は……一度ミモザに見つかってしまった『乙女ゲーム』の事を書いたノート。
また何か思い出すこともあるかもしれませんし、誰にも読めないから大丈夫でしょう。
「さて、これで終わりかな」
最後に軽く机の上を掃除して見慣れた部屋の中を見回す。
思えば8歳で記憶を取り戻してからここまで長いようで短かったなぁと感慨深い。
これで良いと思って色々としてきたけれど、これからの事を考えると何か不安のようなものに襲われる。
もし何か強制力のようなものがあったらと思うと怖い。
そうなったら、私は……。
「はぁ」
……ダメだ。つい嫌な方向に考えてしまった。
アイビーが付いてきてくれると言っても、やっぱり心細かったみたいだ。
目標を思い出そう。
私は治療魔法師になると決めて今までやってきた。
助けられる人がいるならその人のためにと。
だから、攻略対象者の人たちとは極力接触しないようにしないと。
少なくとも、フリージアがティナス殿下ルートに入らなければ悪役令嬢の立ち位置のスカーレット公爵令嬢は救えるはずだから。
ふと思いついて、バッグからあの手帳を取り出して日本語で先程の言葉を戒めるためにも書いておくことにした。
3回のノック音の後にアイビーが時間が迫ったことを教えてくれたので、彼女に荷物を預けて玄関ホールへ行き両親と挨拶をかわして馬車へと乗り込んだ。
馬車の中で両親の心のこもった言葉に涙したのはアイビーと私だけの秘密です。
◇※◇※◇
アンスリューム学園は約1キロのなだらかな坂の上にある。
今日が入寮日なので坂の下までずらっと馬車が並んでいる。壮観ですね。
普通の貴族の子女なら順番が来るまで待つのでしょうが、私もアイビーもこの坂くらい上るのは苦でもありません。大方の荷物は送ってありますし、手荷物は1つずつですからね。
ぶっちゃけ待ち時間が暇。
という訳で、アイビーと共に馬車から降りて学園を目指し歩きます。
アンスリューム学園の敷地の外周は約15キロ。
敷地の中心に学舎があり、その両脇に学生寮がある。
向かって右が男性寮で左が女性寮。
部屋は原則二人部屋で入った時と同じ部屋を3年間使用します。
例外は王族・公爵の子女は一人部屋が使えるということでしょうか。
部屋の同居人は授業でもペアで動けるということもあり友人同士で申請も可能。
成績の関係なのか、私にもミモザにも同室になりたいという申請が多かったらしいですが、ミモザが既に申請していました……2年前に。
学生になる人物とその家のサインが必要なのに。私、いつサインしたのだろう……。
ぼーっと歩いていたようで、気が付けばもう学園の門の前でした。
ずらっと並んでいる馬車を横目にアイビーと共にまずは学園の受付へ。
名を名乗り、入学許可証の手紙を渡すと前世にあったICカードくらいの大きさのプレートを2枚渡されました。
1枚は学生のための学生証カード――生徒手帳兼部屋のカギだそうで、もう1枚は自分の連れて来た侍女(侍従)用の通行証です。
学生証に書かれた『205』というのが部屋番号だそうで、一番前の数字が階数。
二階に上がり、部屋番号を探がそうと見れば……突き当りの部屋の前に制服を着たミモザと彼女の侍女が二人いた。
早いなぁと思いながら手を振り、「ミモザ」と声をかけると私を見つけた途端こちらに走って来て――迷わずジャンプ。
「フィーちゃん~!」
「っく、ミ、ミモザ……今日も元気だね」
いつもの通り抱き付かれました……構えておいてよかった。
そしてアイビー、支えてくれてありがとう。サンドイッチ状態にも慣れました。くすん。
「早く早く~!」と急かすミモザに手を引かれてミモザの侍女さん――シネラさんとデイジーさん――に謝られながら部屋に辿り着きました。
通常侍女は1人なのですが、侯爵位以上ならば2名付けても良いそうです。
ミモザは侯爵位の中でも上位のほうに位置する家柄ですから、年も近く私とも面識のある2人を伴ったそうです。
私たちが三年間お世話になる部屋は、貴族の子女の二人部屋ですからそれなりの広さだろうとは思いましたが、想像上の大きさ。……まさか侯爵家の力で増築なんて、ないと信じたい
ドアを開けて直ぐの場所は玄関スペースのようになっていて、プライベート空間には直ぐに繋がらないように配慮されています。
扉を抜けると共用スペース兼応接の部屋といった感じの広い部屋。その部屋の左右に扉があり、どちらかが私とアイビーの使う部屋のようです。
「部屋は決まってたみたいで~、荷物が運ばれてあったよ~。フィーちゃんは入り口から見て右側で私が左なの~」
「そうなんだ、ありがとうミモザ」
「えへへ~。あ、フィーちゃんの片づけが一区切りついたらお茶にしよ~? お母様がフィーちゃんと一緒に~って美味しい茶葉を持たせてくれたの~」
「え? 嬉しい!プリムローズ様の選ばれるお茶はいつも美味しいもの」
「ありがと~、お母様も喜ぶと思う~」
にこにこと笑うミモザは本当にお母様のことが好きなんだという感情に溢れていて見ている私まで幸せな気分になる。
ミモザの荷物は昨日のうちに片づけを終わらせたとのこと。侯爵令嬢として色々と荷物が多いみたいですね。
また後でと言ってアイビーと共に右側にある部屋へ共用スペース側から入る。
入ってすぐの場所にはキッチンがあって、人を招く時などにお茶を淹れたり簡単な調理をしたりできるそうです。
他の部屋はどこだろうと見れば、共用スペース側から見て左に扉がありその先には廊下。
向かい側に3つ扉があり、キッチン側にお風呂などのサニタリースペース。後二つは寝室で奥の方が大きかったので私の使う部屋になりました。
アイビーに荷解きを手伝ってもらって早3時間。
あっという間に時間が過ぎもうすぐ昼食といった時間帯で……不味い! ミモザのこと忘れてた!!
慌てて共用スペースの扉まで行き、そぉっと扉を開けてみると―――。
「フィーちゃんが~こない~ひとり~さみしい~」
ソファーに座って大きなクッションを抱きしめながら拗ねてました。
あー、これは宥めるのにアレが必要なパターンだ。
アイビーに急いでキッチンを使えるようにお願いすれば、もう使用できると言うことで――アイビーもミモザのことが良くわかってらっしゃる――卵を保冷庫から出しておくようにお願いしてミモザに声をかけに行く。
「ごめんね、ミモザ。つい熱中しちゃった」
「フィーちゃんは~私のことなんて~」
頬を膨らませてぷいっと横を向く。
15歳なのにねぇ……似合うところがミモザらしいというか。
こういう時のミモザの対処の仕方はアシンス様とプリムローズ様から伝授済みですから!
「後でおやつ作るけど、何か良い?」
「フィーちゃんの!?」
バッとクッションを投げ捨てて――いいの!?―― 一瞬のうちに私の前まで来るミモザ。
餌付け成功? じゃなくてミモザは食べるのが大好きで拗ねた時は甘いお菓子が有効なのです。
「うん。ミモザのリクエスト聞くよ」
「じゃあ、ロールケーキが良い~!」
「オッケー、どんなのにする?」
「え~と」
迷うにミモザに彼女の侍女のシネラさんが「こちらはいかがでしょうか」と桃を持ってきてくれたのでそれに決めました。
ミモザの侍女が食堂から持ってきてくれた昼食――サンドイッチでした。美味。――を食べてから、ミモザのためにロールケーキを作ってから部屋の片付けの残りをして、おやつにロールケーキを食べてまた片づけをしたらもう夕方で。
疲れましたー。
今日の夕食は全員が食堂に集まって寮の説明と共に行われました。
メニューから選んで注文をして、食堂でも部屋で食べても良いこと。
昼は学校内に食堂があるのでそこで食べるか、前日までに連絡があればお弁当を用意してくれること。
個室サロンは予約制ですが、空いていればすぐに使うことは可能。
ここだけは家族を招くことに使用しても良い。
魔法の使用は原則禁止。魔法感知の魔法具が置いてあるので、感知されたら罰則がある。
使用できる場所は、自室と訓練室のみですが常識の範囲内で使用すること。
寮は夜9時~朝5時まで原則外出禁止。
用があって外出(外泊)の場合は先に許可を得ること。
あとは何かあれば寮母のミス・トレニアに言うこと。
その他、注意事項が終わって入寮のお祝いとして今日は食堂で全員一緒に夕食をということで出てきたメニューは……ちらし寿司にハマグリのお吸い物、香の物。
うん、お祝いだよね。この世界は和洋折衷だよね。
お祝いとしては間違っていないのは、わかる。
……わかるんだけど、でもなにか腑に落ちない!!
この食堂って、よくある魔法学校みたいな造りだから私にとってこの状態には違和感が!
とても美味しいけど、なにかモヤモヤするよー。
割り切れない気持ちを残したまま夕食を終えて最後に出されたものは、練りきりとお抹茶でした。
たぶん、何もなかったら机に頭を打ち付けていたでしょうね。あはは。
練りきりは流水とサクラをモチーフにした意匠で美しく、繊細な味で抹茶も前世で戴いたものより高級品でした。
懐かしさを感じたけれど、『なぜこうなったー!?』と叫びたくなる。
……これに関してはもう何も考えない方が心の平穏かもしれない。
若干魂が抜けつつ部屋に戻り、明日の支度や就寝の準備をしてふと窓を見れば星空が気になり窓を開けて夜空を観察する。
前世とは違い、街の光は煌々としてはいないから星が良く見える。
無数にある星の中でもひときわ輝く紅い星。
惹かれるように眺めているとその付近から星が何度も流れていった。
ただの流れ星だと思うのに、なぜかその紅い星から落ちてきたような感覚に囚われる。
何かを暗示しているようで、流れていった光が消えてもアイビーが呼びに来るまで目が離せなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




