01 ―はじまったの日―
『00 ―プロローグー』と同時更新しております。
私の世界は一変する。
フューシャ子爵令嬢からウイスタリア伯爵令嬢へと変わった日
ヒロインではなく悪役だと思い出したあの日
――― カチリと世界の歯車が動いた気がした ―――
◇※◇※◇
「今日からここが君の家だよ、フリージア」
「……わたしのいえ?」
右上から聞こえたテノールに見上げれば、優しげに微笑むこの屋敷の主でオペディルム・ウイスタリア伯爵。
私の叔父でこれからの私のお義父様になる。
「そうよ、今日から私達は家族よ」
「かぞく……」
ドレスが汚れるのも構わないと私に視線合わせるためにしゃがんで、私の頬を両手で包み込むのはルピナス・ウイスタリア伯爵夫人。
これからの私のお義母様。
私の名前はフリージア・フューシャ子爵令嬢だった。
私が8歳になったあの雨の日。
出掛けた帰り道で乗っていた馬車が事故に遭い私一人だけ助かった。
独りになってしまった私はお祖父様のところで何をするのでもなく、ただひたすらに悲しんでいた。
そんな私をお母様の兄のオペディルム・ウイスタリア伯爵様が私を引き取ってくれた。
これから私はフリージア・ウイスタリア。
伯爵家の令嬢となる。
ん? “フリージア・ウイスタリア伯爵令嬢”?
どこかで聞いたような……?
あぁ、そうそう。乙女ゲームのヒロイン名前と一緒だ。
菫色の髪とアクアマリンの瞳で私と……同じ?
確かに私の髪の毛の色はウイスタリア家の血縁にしか現れないという菫色。
だから引き取ってもらえたようなもので。
でもゲームってなに?
ヒロインってどういうこと?
訳が分からない言葉が浮かび混乱する。
固まった私を緊張してると思ったのか、ことさら明るい声でウイスタリア伯爵……お義父様が言います。
「家族はもう一人いるんだよ! ……あぁ、ほら“飛んで”来た」
飛んで来た? と不思議に思いつつ「あの子は……」と呆れ声のお義父様の指をさす方向へ視線を上げれば、屋敷のバルコニーから今まさに飛び立ったと思われる男の子がふわりと舞い、私たちのほうへ降りてきた。
え? 飛び降りていいの? これが伯爵家の普通なの!? ってこんな魔法もあるの!? それより危なくないの? と、色々予想外すぎて言葉がでません。
たぶん引きつった顔になっていると思いますが、混乱しすぎて自分がどんな表情をしているのかさえ分かりません。
「到着っ!」と私たちの前に危なげなく降り立った男の子はお義父様と同じ色合い。
私より2、3歳年上と言ったところ。背は頭一つ分違うので視線は見上げるようになります。
ダークブルーの瞳はオモチャを見つけた猫のようにキラキラしていて、お義母様似の上品な顔立ち。きっと将来は有望でしょう。
菫色の肩までの髪はくせっ毛なのか、ところどころ跳ねています。
「父上! その子が妹ですか?」
「まったく、落ち着きのない歓迎だね」
「遅いから待ちくたびれたんです」
「そうかい? 急いで帰ってきたと思うけれど」
勢いよく話し始める男の子にお義父様は苦笑い。
彼は私のほうへ視線を向けてニコッと笑いかけてくれたのですが、絶賛混乱中の私は彼の行動にビックリして思わず後ろに一歩下がってしまいました。
それに気づいたお義母様が「あらあら、しょうのないお兄様ね」と言いつつ私を落ち着かせるように背中を撫でてくれました。
あったかいなぁ。
嬉しくてお義母様を見上げればふわりと微笑んでくれたあと、彼に視線を向けました。
「お兄様なのですから、彼女を守るのですよ」
「はい、母上。お任せください」
彼は私の前に立つと「はじめまして、フリージア」と優雅にお辞儀をします。
「僕はジオラス。君の兄になる」
よろしくねと私の手を取りお義母様のようにふわりと微笑んで、すうっと息を吸ったと思ったら……。
「僕のことは、お兄様でもお兄ちゃんでもジオラスでもジオでも好きに呼んで? あぁ、妹が出来るなんて! 嬉しいなぁ」
と、矢継ぎ早に言われてしまい目を白黒させている私に彼はそれさえも嬉しくて仕方がないと言ったように笑みを深めます。
私が名前を呼ぶのを今か今かと待つその微笑みに負けて、おそるおそる「ジ、ジオ、にいさま?」と言えば彼は満面の笑みで私を抱きしめました。
えぇー!
名前を呼んだだけで抱き付くの!? これも普通なの?
何がなんだが分からなくなった頭の中に、『フリージア・ウイスタリア伯爵令嬢』、『ジオラスお兄様』、『魔法』、『学園』、『王子』、『魔女』『ゲーム』という言葉が浮かんで は渦巻いていき、“青年とフリージアが抱きしめ合う”絵が見えて―――
“あ、乙女ゲームのスチルだ”
そう思った瞬間、渦巻いていた言葉以上に膨大な何かが私の頭に押し寄せて―――
意識が押しつぶされていき、身体から力が抜けていく。
家族になる人たちの声を聴きながら意識は暗闇に沈んでいく……。
最後に思ったのは―――空は同じく青いんだな―――というものだった。
◇※◇※◇
いつまでもこの毎日が続くと、ここで一生暮らしていくと思っていた。
だけど人生なにが起こるか分からない。
良いことも 悪いことも
悲しいことも 楽しいことも
幸せなことも 辛い事も
想像もしない世界に行くことも
望むこと 望まないこと
出来ること 出来ないこと
したいこと しなきゃいけないこと
願うこと
―――あぁ、私はこの世界に転生してきたんだ。
◇※◇※◇
報量が多すぎて全ては思い出せていない気もするけど、転生前の私の名前は舞原深織、早生まれの18歳。大学1年で一人暮らしをしていた。
家族は父さん、母さん、妹の侑李。
隣の家は家族ぐるみの付き合いで幼馴染の巧弥ことタクとは大学まで一緒だったな。
趣味は料理と読書。
タクも同じ大学で近くに住んでいたからご飯の差し入れしてたなぁ。
私の最後の記憶は―――。
初夏の珍しく雨の降った日。
あの日は……珍しく寝坊して、タクに先に行ってもらって……いつもと違う時間のバスに乗った。
大学へ行く途中にあるカーブにさしかかった時に衝撃がきて炎が見えて―――たぶんそのまま、かな。
痛いとか苦しいっていう記憶がないのは助かったかも。
あと、タクと一緒じゃなくて良かった。少なくとも彼は無事だから。
……そっか、ちょっと切ないな。
父さん、母さん、侑李。それから、タク。色々ありがとう、それからごめんね。
元気でいてくれることを違う世界だけど、願っているよ。
……ん? 私が死んだってことは、家族が荷物を引き取りに来るわけで。
ということは……パソコンもだよね。
あの中身を家族に見られたら―――アレとかアレとかアレもマズイ!
でも家族はパスワード知らないはず……イヤ駄目だ。
詰んだ。
パスワード忘れないように書いた紙があったんだ! うわー見つかって欲しくない!
妹は私のパソコンを前々から欲しがってたからなー。
最近買い換えたばっかりなことバレてるし。
自分のものにして良いから、開かずにタクに頼んでくれないかな。
彼ならさっさと初期化してくれるだろう。
届かないと思うけど、タクー、頼んだよー。
でもまあ、向こうには戻れないから気にしないでおこう。
うん、そうしよう! あははー。 はぁ。
ま、まぁ過去はいったん置いておいて現在のことを考えてみよう。
今の私はフリージア。
フリージア・ウイスタリア伯爵令嬢になった8歳の女の子。
背中までの柔らかに波打つ菫色の髪。
ぱっちりとしたアクアマリンの瞳。
乙女ゲームどおりなら7年後の15歳になれば美人の部類に入るだろう。
その乙女ゲームというものは、……ちょっと記憶が戻りきっていないみたいだから確実ではないけど、『真実の愛をあなたに――』とかそんな名前だったと思う。
たしか魔法もある中世も取り入れたような学園系の乙女ゲームだったかな。
う~ん、大体のことしか覚えていないや。
まぁそのうち思い出すでしょう。
ヒロインはフリージア。
魔法の才能があり、8歳の時に親を事故で亡くしてウイスタリア伯爵家に引き取られた。←今ここ。
15歳の時に貴族の子女が通う学園に入学。
そこでゲーム……というか恋愛がはじまる。うわー、なんか恥ずかしい。
一言でザックリ言えばこんな感じ。
メインヒーローはこの国の王太子殿下、ティナス・ルドベキア・エクルベイジュ。
輝く金の髪と海のような青い瞳の優しいザ・王子様。
2年で生徒会長。
お約束ってやつですかね。
彼だけは攻略サイトを使ったけれど攻略したくらい、深織だった私の一番好きなキャラだったな。
それから公爵令息で次期宰相候補のストレリ・バーガンディ。
艶やかな紫紺の髪と切れ長の緋色の瞳でクーデレさん。
同じく2年で副会長。
ティナス殿下の幼馴染で殿下に憧れているというか、信奉者っぽい時もある。
もう一人の公爵令息で殿下の従兄弟のニコティ・シャトルーズ。
柔らかそうな亜麻色の髪と萌葱色の瞳は垂れ目。
役職は会計。
フリージアと同じ1年だけど気分屋で年下キャラみたいだったかな。
殿下のことを慕っているけれど、彼と比べられるのは好きじゃない。
近衛見習いの侯爵令息でアシンス・オーカー。
鳶色の短髪と金茶色の瞳。
近衛だけあって真面目な性格。
サポートキャラの令嬢と従兄妹だったっけ?
2年で風紀会長。
彼もティナス殿下の幼馴染。お兄さんタイプ。
年上の隠しキャラもいたはずだけど、ジオ義兄様は兄妹だし……違うよね。
ジオラス・ウイスタリア伯爵令息は主人公の2歳上の兄で前生徒会長のはずだけど……。
学園ものなら先生とか?
う~ん、ゲームはメインヒーローしか終わってなかったからなぁ。
悪役令嬢とサポートキャラも今は思い出せないし。
モヤモヤするけどゲーム開始の学園入学まで7年あるし、なんとかなるでしょう。
学園に入学すればティナス殿下に会えるのかな。
彼が存在するということに嬉しくて胸が震える。
一番好きなキャラだから、できれば一度会ってみたい。
でも恋しない。しちゃいけない。
だってゲーム通りなら私は彼の婚約者を追い詰めてしまう立ち位置にいることになる。
それはダメだ。
あの結末は深織もフリージアも望まない。
この世界がゲームかそうじゃないかはまだ分からないけど、現実として今あるフリージアの知識と合わせて考えれば身分差をひしひしと感じるし。
なにより妃教育を受けられるのは侯爵令嬢以上だもの。
一度会えれば十分。
それに私は主人公なんて柄じゃない。
目立つのは嫌いだし、それに出来ればこの世界で前世に出来なかったことがしたい。
幸いにも“ヒロイン”としてなら魔法に適性があるはずだから、出来ることなら人を助ける魔法使いになりたいな。
せっかく前世の記憶があるんだし、目指せハイスペック!
ゲームだとしても現実だとしてもこれなら困ることはないハズ。
目が覚めたら、まずは新しい家族と仲良くなりたいな。
読んでいただき、ありがとうございます。
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