17 ―昇級試験と別れと・・・― 1
ミモザと友人になって次の日から我が家に来た時はビックリしました。
確かに「またね」と言いましたが、次の日から来るとは思いませんよ……。
さすがに三日間連続で来た時は、私が魔法院で仕事をしていることを伝えて週一回にしてもらいました。
それでも2週間ほど集中したいことがあって遠慮してもらったのですが―――。
「え~、フィーちゃんと~三週間も会えないの~?」
「ごめんね、どうしても今度の昇級試験に間に合わせたいの」
「むぅ~」
「終わったらミモザとの時間を取るから」
腕を組んで頬を膨らませているミモザに、「お願いっ」と頭を下げる。
暫しの沈黙の後に「……ほんと?」と声が落ちてきて、分かってくれたと思って体勢を戻しながらの『うん、絶対に』という言葉はミモザのニヤリとした笑顔で言うことは出来なかった。
ミモザの笑顔が怖い……。
アシンス様からもこの笑顔には気を付けるようにと言われていましたが、遅かったようです。
「ミ、ミモザさん?」
「ミモザだよ~、フィーちゃん? 楽しみだな~」
「あ、あの。なにがか、き、聞いても良いかな?」
「うん! 折角フィーちゃんが乗り気だから~次はお泊まりしよう~♪」
「え?」
「どっちが良いかな~。フィーちゃんのトコ~? それともウチに来る~?」
ミモザの家?って侯爵家!? イヤイヤ、絶対無理! 一度で十分です!
でも家だとまた部屋を探られるかも。
うぅ、どっちが精神的に耐えられるか……。
「……我が家でもいいですか?」
「うん! 楽しみに待ってるね~。それから……」
ミモザは私の手を取り、にっこりと笑ったと思ったら『カルセオラリアの加護がありますように』と祈りをくれました。
……この世界の人は落として上げるのが上手くて困ります。
ありがとう、ミモザ。頑張るね。
◇※◇※◇
私のしたいことは初級から中級に上がるための昇級試験。
魔法院の昇級試験は、魔法師は年3回、治療魔法師と魔法技師は年2回。
私が今回こだわっているのはこの秋の試験。
これに受からないと次の試験は半年先の来年の春。それでは遅いのです。
来年の春――今12歳の私が13歳になる年は、ジオ兄様は15歳です。
15歳の春に貴族の子女たちは『アンスリューム学園』へ入学しなければなりません。
学園は寮生活。たとえ王族といえども例外はなし。
年に何回かの長期休みには屋敷に帰って来られるそうですが、逆を言えばそれしか会えないということ。
だから少しでもジオ兄様と一緒に過ごす時間が欲しくて、中級の昇級試験を決めました。
中級になれば――半年間でも――魔物退治の時に着いていけますし、それに私が『これだけできる』と示せれば、きっと安心してもらえると思うのです。
12歳での昇級試験はジオ兄様に続けて二人目。とは言っても兄様は12歳になってすぐという記録を持っていますけれど。
ジオ兄様には理由を話していないので『焦らなくてもいいんだよ』と止められましたが、絶対に受かってみせる! と頑なにオレガノと特訓していたら、ジオ兄様も仕方ないなぁと手伝ってくれました。
―――そして当日。
「リーア、落ち着いてやれば大丈夫だからね。あぁ、僕も緊張してきた。今日は調子が悪くなる気がするから外へ行くのは中止に……」
「駄目ですよ、ジオラス様。さぁ参りましょう」
「なんで今日に限ってオレガノなんだー!(逃げられないじゃないか!)」
「どうしてでございましょうか?(逃がさない為ですよ)」
私を心配して特別訓練室まで着いてきたジオ兄様をオレガノがちゃんと魔法師として仕事をするようにと首根っこを引っ張って行くのを見送って、昇級試験が行われる特別訓練室の中へ入ります。
部屋の中にはお母様くらいの年齢の蠱惑的な美貌の女性が一人。
蜂蜜色の髪を結い上げて、長の証の金の装飾が付いた治療魔法師専用の白のローブを羽織り、切れ長のコバルトグリーンの瞳で私の一挙手一投足を見ているようです。
治療魔法師長のカサブランカ・シャトルーズ様。
王妹であり公爵夫人で攻略対象者のニコティ・シャトルーズの母。
そして“全属性持ち”。
私の試験官は“全属性持ち”でなければならないので、治療魔法師長しか適任者がいなかったという……。
見られているということもありますが、余計にプレッシャーを感じます。
「ようこそ、フリージア・ウイスタリア嬢。今日の試験を楽しみにしていたわ」
「よろしくお願い致します」
妖艶に微笑むカサブランカ様にぎこちなくなってしまいましたが、淑女の礼を返すと「うふふ」と笑う気配。
不味かったかと姿勢を正すと、私を眩しそうに見ているカサブランカ様?
なんだろうと見ていると、気を取り直したようで「さっそく始めましょう」と試験内容を発表してくれました。
試験内容は全属性持ちの特別版。
基本4属性の中級レベルの魔法の安定さ、合成魔法の下級と上級:全種類の発動(のみで可)、特殊属性の光・闇が同レベルかどうか。
この特別訓練室は我が家にあるものと同等クラスだそうなので、遠慮せずに魔法を使いなさいという声で魔力を練りはじめます。
まずは4属性から。
カサブランカ様の放つ魔法に対して、反属性の魔法を使って消さずに同じ威力を保っていられるか。
この結果は、火属性以外は一発合格。火属性は2度目で何とか合格ライン。
最初からですがどうにも私は火属性と相性が悪いみたいです。
ですがよくあることだそうなので、ハイスペックを目指すためにもこれから頑張る項目です。
次は合成魔法。
今回の試験のために重点的に特訓したので難なくクリア!
上級合成の擬似の光と闇が使えないと基本4種で登録してあるのに使えないハズの光や闇魔法を使って“全属性持ち”ということがバレてしまいますからね。
ジオ兄様、オレガノ、ありがとう!!
そして最後は特殊属性の光と闇。
若干、闇属性のほうが強いそうです。
……光属性のほうが得意だと思っていたのですが、なにか変ったのでしょうか。
ドキドキする胸を押さえて合否の発表を待ちます。
用紙に書き終わったのか、カサブランカ様が顔を上げて私に視線を移し「合格よ」とニッコリ微笑んでくれました。
『合格』
受かったんだ。。
ホッとしたら力が抜けて床にへたり込む。
行儀が悪いと思うけれど、緊張から解き放たれ疲労を感じてしまった身体は動かない。
あー良かった。
合格できた。
嬉しい。
これで少しでもジオ兄様と一緒の時間が取れる。
ふぅと息を吐くと「本当に似てるわねぇ」としみじみ言うカサブランカ様?
見上げればその表情は泣き笑いのようで、私まで切なくなる。
「……どなたに似ているのでしょうか?」
「それは貴方の母、アキレアよ」
「お母様をご存知なのですか?」
「えぇ、アキレアとは友人でもありライバルだったわ」
でも一度も勝てなかったけれど。そう言ってふわりと笑うカサブランカ様は先程とは違いキラキラしています。
私の母のことをこんなにも思ってくれる人がいると思うと心がじんわりと温かくなる。
「色々と話したいことはあるけれど、先に終えてからにしましょうか。まずは登録の更新ね」
そう言い、座り込んだ私を立たせてソファーまで連れて行ってくれました。
向い合せに座るとカサブランカ様は箱をテーブルに置いて箱を開けます。
その中には色とりどりの許可石。
「そのままでも良いけど選ぶならこの中からね」と言われ、箱を受け取るとルビーにシトリン、エメラルドにサファイア、アメジストも他にもたくさんの色の石が入っています。
どれにしようかとジャラジャラと触っていると指先にピリッとした感覚を感じました。
あれ?と思い箱から出した指先を見ても傷が付いた様子はなく、もう一度と触っていくとまたある場所で何かを主張するようにピリッとする。
そのあたりを掬い上げ、左の手のひらに載せて右手の指で少しずつ弾いていくと最後に残ったのは、紺と蒼が混ざり合い金と紫銀が星のように散りばめられたラピスラズリの様な石。
持っていると心が温かくなるような気がする。
カサブランカ様に「これにします」と手渡せば「良い石ね」と言って褒めてくれました。
今まで付いていた石は外され、前より複雑になった紋様の写し換えを体に感じながらこのラピスラズリの様な石は私の左耳に付けられました。
なんだかぽわぽわする気がします。
これで私は今から治療魔法師の中級。
ジオ兄様と同じ場所に立つことができる。
兄様、喜んでくれるかな。
カサブランカ様から中級の特典や仕事内容、それからアキレアお母様の話を聞いていると廊下をパタパタと走る音が近づいて来て―――ノックが高速で4回。
何か緊急事態が起こったのでしょうか?
カサブランカ様の指示でドアの内鍵を外し、扉を開けるとジオ兄様が「リーア!」慌てた様子で入ってきて私の肩を掴む。
「ジオ兄様? お早いお帰りですね、何かありましたか?」
「もう終わったの!? 間に合わなかったか。結構急いで殲滅してきたのに。結果は?……ああ、合格したんだね。おめでとう、リーア」
焦ったように矢継ぎ早に言うジオ兄様は何かを認めると、ふっと柔らかい雰囲気になって微笑む。
自分から報告したかったのに一人で結論付けてしまった兄様へ咎めるように名を呼べば、兄様は笑みを深くしてそっと私の左耳に付いた石を触る。
その感覚が擽ったくて肩をすくめると、ごめんごめんと言いながらもう一度、石に触れて私から一歩離れた。
「どうして兄様は私が中級に合格したと分かったのですか?」
「ん? 石が変わっていたからね」
そうでした。兄様も中級に受かった時に水色の――まるでアクアマリンのような――許可石を選んで左耳に付けることに変更したのでしたね。
「改めて、本当におめでとう。リーア、君の努力が実ったね」
「ありがとうございます、ジオ兄様! 私ひとりの力じゃなくて兄様たちが手伝ってくれたからです。これで兄様と一緒に魔物退治にも行けます。サポートですけど」
「リーア、今……サポートって言った?」
「言いましたけど……」
なにか衝撃を受けたように驚く兄様に首を傾げる。
変なこと言ったかな?
「魔物退治のサポート!? あれは……“全属性持ち”だけは、例え治療魔法師でも後衛でサポートだけじゃなくて戦うかもしれないんだよ?」
「知っています。メリア様から教えていただきました」
「危ないよ! 怪我だってするかもしれない」
「そうならないように頑張ります。だから少しでもジオ兄様のサポートをさせてください」
「……まさか、そのために?」
「はい! だって」
――あと半年しか兄様と一緒には行動できないでしょう?――
その言葉は言えなかった。
兄様がギュッと私を抱きしめたから。
その手が震えているような気がしたから、言えなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




