14 ―プレデビュタント― 3
前話のプレデビュタントの人数変更 32名から16名に修正
ご迷惑をおかけしております。
どういう状況か分からないので、すぐに声をかける訳にもいかず、ちょうど良さそうな生け垣の切れ目があったのでそこから――すぐに飛び出せる状態で――まずは彼女たちを横から観察。
ここは影にもなっているし、暗めの色のドレスで良かったと考えて思わず苦笑い。
壁を背に立つのはレモンイエロー色のドレスの令嬢。
彼女は確か、最後に呼ばれていたミモザ・アムブロジア侯爵令嬢。
ココアブラウンの髪を可愛らしく結っていて小柄な彼女の愛らしさを引き出していますが――扇で口元を覆っていても――表情は厳しくアプリコット色の瞳を細めて対する令嬢を見ています。
対するシェルピンクのドレスの令嬢は、私より先に呼ばれていた伯爵令嬢だったはず。
うぅ、名前が分からない。
先程はおっとりした表情を見せていたのに、今は怒りのためか顔を赤くしている。
どうやら一方的に文句を言っているよう。
所々聞こえてくる内容から推理すると、アムブロジア侯爵令嬢の婚約者の男性に対してのことみたいですが……。
家同士のことに一介の、しかも爵位が下位のほうから声をかけるなんて。
……恋する乙女、コワイ!
勢いで来たものの、なかなか大変な場面に出くわしてしまったようです。
どうしようか迷う。
お父様から言われたことを思い出せば、私はあの伯爵令嬢には話しかけられるけれど、アムブロジア侯爵令嬢には話しかけられない。
知り合いでもないこの状況で、伯爵令嬢さんは話を聞いてくれるかは微妙な線。
やっぱりジオ兄様について来てもらえば良かったと思って、ふと「なんで慌てて来たんだっけ?」という疑問が頭をよぎる。
……そうだ! なにか光ったものが見えたから来たんだ。
軽食の用意してあるところにナイフはなかったはずだけどフォークはあった気がする。
だから最悪な状況を考えて来たことを思い出し、慌てて彼女たちのほうへ向かって――はしたないと思いつつ――ドレスの裾を掴んで走る。
その距離約3メートル。
半分の距離に近づいた時、伯爵令嬢が何か液体の入ったグラスを――ナイフではなかった。良かった――持っていた手を持ち上げて投げる動作にうつるのが見えた。
―――間に合え!
足を動かしてアムブロジア侯爵令嬢を庇うように二人の間に割って入ったのと同時に伯爵令嬢が投げたグラスが私の肩に当たり、ドレスに液体を零しながら下に落ちていき石畳に触れてパリンと割れた。
薄暗かったから何かと思えば匂いからして葡萄ジュース。
もしこれがかかれば、侯爵令嬢のレモンイエロー色のドレスには厳しい状態でしょうね。
私のドレスは濃い色で良かった、あまり目立たない。
ふぅと息を吐くと、私が現れたことに気が付いたのか「大丈夫ですか?」「なんで!?」と驚く声を上げる令嬢たち。
後ろのアムブロジア侯爵令嬢がどんな表情かは分からないけれど、目の前の伯爵令嬢は今は怒りよりも困惑気な表情。
これで少しは冷静になってくれるといいけど。
それにしても、あー勿体ない。
ジュースもグラスも。王宮で使っているものだし高いよね。
良い香りがするから飲んでみたかった。
お母様、アイビー、メイドさん達、ごめんなさい。
せっかくのドレスを汚してしまいました!
葡萄の染みって落としにくいんだよね、でも濃い色だから大丈夫かな? それとも染め直してみる? などと考えていると「リーア!」とジオ兄様の声が聞こえ、こちらまで走って来てくれました。
手を上げて「兄様」と呼べば、少しほっとした表情が見えました。
ジオ兄様は私の傍まで来ると私の後ろにいる人物に目を瞠り、私を見て眉をひそめると視線を下に降ろして割れたグラスを見る。
顔を上げると伯爵令嬢を見ることなく私を真っ直ぐに見るけれど、その表情はあまり見ることがない厳しい顔。
もしかしてジオ兄様は怒っている?
「兄様、ごめんなさい。服を汚してしまいました」
「そんな事は良いよ、それより何があった?」
「それはですね……」
「私は悪くないわ! その子が悪いのよ!」
突然声を上げた伯爵令嬢はそう言い捨てると、くるっと後ろを向いて歩いていってしまいました。
思いの外あっさりといなくなってしまった彼女を呆然と見送ってから、ジオ兄様へ視線を向ければ彼はまだ厳しい顔のまま。
こんなジオ兄様は見たことがない。
少し悲しくなって俯くと「心配したよ」とジオ兄様は優しく頭を撫でてくれた。
ゆるゆると頭を上げて「ごめんなさい」と言ったら「そうだね」と頬を引っ張られた。
「にーしゃま、いひゃい!」
「痛くしてるんだよ。帰ってこないから心配した」
「ほめんなさい」
「反省してる?」
「ひゃい」
「本当?」
「ひょんほーへす」
「っぷ……すみません。あの、ウイスタリア伯爵令息様? もうその辺でお嬢様をお許しいただけませんか」
クスクスと笑う声でジオ兄様はパッと手を離し、私は頬を押さえてグラスを踏まないように横へ身体をずらし後ろを向くと手で口を押えて笑っているアムブロジア侯爵令嬢。
「お嬢様は私を助けてくださったのです。私に免じてお怒りは収めていただけませんか」
「……詳細を教えていただけるのであれば」
「えぇ、それは……「ミモザ!!」あら、アシー。やっとお迎え?」
話の途中で現れたのは黒のモーニングコートを着た短い鳶色の短髪の少年。
どこかで見たような……金茶色の瞳と言うことは、まさかアシンス・オーカー侯爵令息?
良く見ればゲームのイラストよりは若いけれど、確かに彼だ。
その彼と仲が良い令嬢ってことはもしかして彼女がサポートキャラ?
「お前が移動するからだろう!? まったく……」
「あら、元はといえばアシーが悪いのよ?」
「あのなぁ……、ん?こちらの方々は?」
「ウイスタリア伯爵のご令息とご令嬢よ。助けていただいたの」
「そうか、すまなかった。……助けて? って、おいミモザ。何があった?」
「だ~か~ら~、それを今話そうとしてたの~! そ、れ、を、アシーが邪魔したの~!」
「邪魔って、俺はお前を探しにだな……」
「本当のことじゃない~」
「ってかお前が……」
エスカレートする二人の言い合いは終わりがみえそうになく、どうしようかとジオ兄様を見上げれば兄様は上のほうを見ていた。
兄様?と袖を引けば、彼はこちらを向いて「帰ろうか」とニッコリと微笑み、言い合いをする二人――侯爵令嬢のほう――に声をかける。
爵位が上でも男性と女性の場合、女性は一階級下になるのでジオ兄様は侯爵令嬢に話しかけることができます。
「発言をしてもよろしいでしょうか」
「構いません、ウイスタリア伯爵令息様」
「申し遅れました、ジオラスと申します。それではアムブロジア侯爵令嬢殿」
「ミモザで構いません」
「だから、お前は……」
「アシーは今、関係ない」
バッサリと切り捨てるミモザ様。おぉ凄い。
しゅんと項垂れるオーカー侯爵令息様はワンコみたい……。
「ではミモザ嬢。どのような経緯があったのかは後日お聞きしてもよろしいでしょうか」
「えぇ、後日必ず」
「ありがとうございます。それでは我々はこのまま退出させていただきます」
「えぇ、そのように」
「ちょ、ちょっと。ミモザ!? お前何を勝手に」
「……なによ、アシー。分からないの?」
「だってこのお披露目の主催は王家だ。それを……」
「だからよ。ジオラス様はこの出来事をなかったことにしてくださると言っているのよ?」
「は?」
「……このままお嬢様が広間に戻ればどうなるか分かるでしょう?」
あまり目立たないとはいっても、あからさまに濡れていてしかも葡萄の匂いもします。
魔法が使えればパパッと! とはいきませんが、乾かすことが出来るとは思いますが、魔法禁止のここでは無理ですからね。
着替えるといっても替えなんてありませんし。
それだけではなくここであったことの説明まで求められたら、会場警備の人にお咎めが出てしまうかもしれません。
この付近に騎士や給仕がいませんでしたから、最悪は騒ぎになる可能性がある。
今日は王太子殿下の社交デビューの日。
何も起きてないように出来るのならばその方が良い。
「そうか……。多少ごたついて水を差すことになるのか」
「そういうこと。だから私とアシーでお二人が帰宅されてもお咎めがないようにするのよ」
「あぁ、分かった。って俺も?」
「そうよ、婚約者でしょう? それにアシーのせいでもあるのよ」
「それについては後で聞く。俺も父上に進言するよ」
「ありがとう、アシー。……ではジオラス様」
アムブロジア侯爵令嬢とオーカー侯爵令息は形だけの婚約者ではなくて暖かい繋がりがあるようで素敵。
ほわーと見ているとニッコリを微笑んだ彼女はジオ兄様のほうへ視線を向けて「ひとつだけよろしいですか?」と言う。
「はい、なんでしょうか」
「お嬢様のお名前をお伺いしても?」
「えぇ、もちろん。リーア」
「は、はい。フリージアと申します」
「フリージア様……ミモザと呼んでください! フィーちゃん!」
ジオ兄様に促されてお辞儀をしながら名乗るとミモザ様は私の前にサッと移動して(!)私の手を掴んでアプリコット色の瞳をキラキラさせて私を見上げてくる。
ん?
どういうこと??
「え、あ、はい。あのミモザ様? フィーちゃんとは……」
「ミモザって呼んでください!」
「えっと、でも……」
「ミ、モ、ザ、です~」
「ミ、ミモザ?」
「はい~、なんですか~」
「ふぃーちゃん、とは」
「フィーちゃんは愛称です~」
えーと、意味がワカリマセン。
そして二重人格なんですか!?
ジオ兄様を見ればこちらをみて唖然とした顔。おぉ、これも珍しいかも。
次にアシンス・オーカー侯爵令息を見れば「本性が……」頭を抱えている。
え? 本性??
視線をミモザに戻せばまた「フィーちゃん♪」と言う。
なんだろう、このカオス状態。
「ミモザ、あの」
「フィーちゃん、お友達になってください~!」
「え? あ、はい。……はい?」
「よかった~。やっぱりお友達を作るには愛称からですよね~」
私の手を取ってニコニコと微笑み『るんるん♪』というのを体現するようなミモザに唖然。
ミモザ以外が固まった状況は、社交デビューするオーカー侯爵令息とそのパートナーのミモザを探しに来た近衛騎士さんが来るまでこの状態でした。
「って時間がない! 行くぞミモザ」
「え~、もう? しょうがないなぁ~。じゃあ、フィーちゃんまたね~」
慌てて行く彼らに反射的に手を振って、何か忘れている気持ちを抱いたままジオ兄様と共に帰路につきました。
伯爵家に着くと、すぐにアイビーに浴室まで運ばれてお風呂へ直行。
お風呂は一人で入らせてもらっているので、そこでコッソリと魔法を使ってズキズキする肩の痛みを取る。
あの時、グラスの持ち手部分がぶつかったようで地味に痛かったけれど、治癒系統はほとんど光属性だから外では使えない。
だからジオ兄様が帰宅することを決めてくれて助かりました。
……バレていないと良いけど。
ふぅと息を吐いて目を閉じて思い出す。
緊張して視線にさらされて、精神的にも体力的にも疲れたけれど嬉しいことがあった。
衝撃的な出会いだったけど友達ができた、のかな。
ミモザがサポートキャラとして出会い友人になるのは学園に入ってからのはずで……。
だから期待してしまう。
ミモザがミモザとしてフリージアを選んでくれたんじゃないかって。
そうだと嬉しいなと体も心もぽかぽかで家族用のプライベートルームへ行くと、後から帰宅したお父様とお母様にむぎゅうと抱き付かれました。なぜか追加でジオ兄様にも。
無事なことの報告とドレスの謝罪をすると、汚してしまったことは特にお咎めはなく、逆に私に怪我がなくて良かったと慰めてくれました。
申し訳なくて嬉しく涙が出たのは内緒。
本当に優しい家族です。
私とジオ兄様が帰宅した後も滞りなく終わったそうで、お父様たちの帰宅時にミモザのお父様のアムブロジア侯爵からお礼を言われたそうです。
良かった。
お母様が殿下とスカーレット公爵令嬢の婚約発表が素晴らしかったと教えてくれて。
言葉から想像したいのに出来なくて、モヤモヤした。
想像力はあるとほうだと思ったのになぁ。
色々安心したらお腹が空いて……。
あれ?
「あー!」
「どうしたの、リーア?」
「ジ、ジオ兄様!? あ、あの!」
「落ち着いて、どうしたの? 何かあった?」
「わ、私……」
「リーア?」
「軽食もお菓子も……」
「……あ」
「一個も食べてこなかったです!!」
「帰ってきちゃったね、僕たち……」
がっくりと項垂れる私にアイビーかポツリと。
「……記録更新ですね」
アイビー! それは言わないでーーー!
くすん。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




