12 ―プレデビュタント― 1
※作中のプレデビュタントは造語で作品のためだけの設定です。念のため。
昨日はお休みして申し訳ありませんでした。
ティナス殿下と会った、あの時から早いものであれから1年半が経ち、私は12歳、ジオ兄様は14歳になりました。
一度だけ、また抜け出したのか3人で街にいるのをジオ兄様と一緒に買い物に出た時に見かけました。
護衛はいないのか心配で少しの間見ていましたが、魔法師が2人ほど――ジオ兄様の直属先輩らしいです――がいるとジオ兄様から教えてもらって安心しました。
何かを探しているようだったので手伝いたいなぁと思いながらも、その時の私はシアではなくフリージアでしたし、「おやつが食べたい」とジオ兄様に急かされたので帰宅しました。
去年の収穫祭には王族としての公務があったそうで街には降りなかったそうです。
仮に抜け出していても私は臨時治療センターでお仕事だったので会えなかったでしょう。
これが私たちの距離なんだなと思うとホッとするのと同時になぜだか切なくなる。
忘れなきゃって思うのに……。
これでいいハズなのにどうして考えてしまうんだろう。
それでも私の目標……ハイスペック魔女な治療魔法師になることは変わらない。
日課の早朝ランニングもジオ兄様と一緒に楽しく走っていますし、魔法の修行も魔法院でのお仕事もまだまだ覚えることが多くて四苦八苦していますが楽しいです。
淑女教育は……たまに逃げたくなることもありますが、苦労していたダンスもアイビーが護身術にダンスの動きを取り入れてくれたので、慣れたのかなんとか形になってきたので、もう兄様の足は踏みません!
◇※◇※◇
そんな毎日を送っていますが、今日は特別な日。
私も含めた12歳の女性のプレデビュタントと13歳の男性の社交デビューが王宮で開催されます。
この世界の社交デビューの年齢は男性は13歳で女性は15歳。2年の差がありますが、女性には12歳になるとプレデビュタントというものがあり、小さなパーティーやお茶会などに参加できるようになります。
今日はそのお披露目会。
ジオ兄様は去年社交デビューしたのですが……その時のパートナーが私でした。
その時の私は11歳。普通にならば行くことはできないのですが、兄妹は例外でこういった式の時に特定なパートナーがいなければ兄妹を伴って出て良いそうです。
ジオ兄様のパートナーの時の記憶は……お姉様方の視線が凄すぎたのと王宮のキラキラ感でほとんど覚えていません。
その時にちゃんと覚えていたことはずっとジオ兄様の隣にいたことと、レモンゼリーが美味しかったこと。
殿下が見えた一瞬の光景がなぜか心に残っていた。
それだけで気が付いたら湯浴みも済ませ、ベッドの上で寝る前の就寝の挨拶をジオ兄様とアイビーにしていました。
はっと気が付いて「レモンゼリーしか食べてない!!」と叫んで二人を大爆笑させ、その声に集まった両親とオレガノまで巻き込んだのはイイ思イ出デス……。
そんなに笑わなくても良かったのに。くすん。
「リーア様?」
アイビーの心配そうな声で現実に戻ってきました。若干意識が飛んでいたようです。
ぱちぱちと瞬きすれば鏡の中の着飾ったフリージアも同じように動く。
二度目の正装はネイビーブルーのAラインのドレス。
一度目はふわふわピンクのプリンセスライン。髪形もふわふわで可愛い感じでフリージアには良く似合っていたのですが、私の精神に大ダメージだったので今回は濃い目の色にしてもらいました。
案の定お母様は渋っていましたが、なぜか参戦してくれたジオ兄様という援軍を得て勝利しました!
そんな勝ち取った(?)ドレスはシンプルだけど銀糸で刺繍がしてあり、所々に小粒パールがアクセント。髪に付けるリボンや靴などの小物も合わせてあって豪華です。
主人公補正ってすごいなぁと観察。
背中まで伸びた菫色の髪はアイビーの魔法のような手によって複雑に編み込まれています。両サイドにかかる髪がクルクルしていて可愛い。
アクアマリンの瞳はパッチリとしていて頬はバラ色。ぷっくりした唇に透き通った肌。フリージアなんだけど自分じゃないみたい。
でも表情は笑顔というより心なしか強張っているみたい。
「ごめんなさい、ちょっと去年を思い出して」
「あぁ、あれでございますね」
「みんなして笑うのだもの」
「あの時のリーア様の悲壮な顔は忘れられません」
くすくすと笑うアイビーに「ひどいっ」と言えば「申し訳ございません」とまた笑う。それにつられて鏡の中の私が笑うとアイビーは安堵した顔になった。
なんだろうと彼女を鏡越しに見れば「やっと笑顔ですね」と言われてしまった。
どうやら緊張しているのを見かねて和ませてくれたみたいです。
「ありがとう、アイビー」
「いいえ、お礼を言われるようなことではありません。リーア様、いつもどおりになされば大丈夫ですよ」
「はい」
「今日もジオラス様のエスコートですものね」
「アイビー……」
それは今、言わないで欲しかった! せっかく忘れていたのに……せめて直前に思い出せば緊張感もぶり返さなかったのに!!
「アイビーはジオ兄様のモテっぷりを知らないから……」
「呼んだかい?」
少し開けてあったドアから覗くようにこちらを見るジオ兄様が鏡越しに見えました。
すかさず「ノックをお忘れです」とアイビーから注意とナイフが飛び、「リーアが呼んでるのかと思って」と笑顔でナイフを無属性の魔法――たぶん〈防御障壁〉あたりかな――で叩き落としてコンコンコンとドアをノックして「入ってもよろしいでしょうか?」と問う。
ジオ兄様の規格外っぷりが発揮されているのですが!?
……私も瞬時に合成魔法のための2属性を高める修行はしていますが、ジオ兄様のように素早くできません。
練習あるのみだと分かっていますが、ジオ兄様のチートっぷりが怖い。
魔王って設定はないハズだけど……ないよね!?
「さて、私のお姫様の支度は終わったかな?」
「後はこの花を飾れば終わりです」
「私がしても良いかな、アイビー」
「お断りします……と言いたいところですが、今日は特別な日ですから」
そう言ってアイビーはジオ兄様に白いフリージアの生花で作った髪飾りを渡す。
あ、社交デビューしてからジオ兄様は外では自分のことを“僕”から“私”と言うようになりました。
只今、練習中なので家の中でもたまに使います。
次期伯爵のためだそうですが、私をからかう時のほうが多い気がする! むー
閑話休題。
真っ直ぐ鏡を見ててね、と言うジオ兄様の指示で鏡を見ながら彼を観察。
ジオ兄様の衣装は私より濃い色の濃紺のモーニングコート。私のドレスと同じような刺繍が水色の糸で刺してあります。
ジオ兄様も髪が伸びたので今日は後ろで濃紺のリボンで纏めています。
妹として贔屓目に見ても格好良いので、ドキドキする女性の気持ちはわかるつもりですが……妹ですと言ってもなぜか嫉妬の目は収まってくれないのですよね。
うぅ、今日もかなぁ。怖いよぅ。
それもジオ兄様のせいだと思うのですよね……可愛がってくれるのは嬉しいのですが、年齢が上がってもスキンシップが収まらない。
お父様は「余計な虫が付かなくて良い」ということを言いますし、頼みの綱のお母様は根負けして最終的には「ほどほどになさい」という判断になってしまいました。あれ?
兄姉が欲しかったので、拒み切れない私も原因の一端だと思いますが……。
きっと学園で離れればジオ兄様も冷静になってくれると今は希望を持っておきます。
「できた。うん、可愛い」
と満足そうに笑ってクルクルと垂らしてあった髪を掬い取ってそこにキスを落す。
な、ぜ、か、こういったスキンシップも増えたのですよ!
理由を聞いても「普通だよ?」とキョトンと返されてしまって、アイビーに助言を求めたら「淑女は笑って返すものです」と。
本当かなぁ。
「ありがとうございます……」
「どういたしまして。じゃあ今度はリーアが僕に付けて」
「私が、ですか?」
お願いと手渡されたのは同じく白いフリージアで作られたコサージュ。
ジオ兄様はお揃いで付けようということなのでしょう。
壊さないように慎重に胸ポケットに差せば破壊力抜群の蕩けるような笑顔を私に向けます。
そんな顔は好きな人のためにするもので、妹に向けてじゃないと思っても勝手に顔が熱くなる。
本当に、妹を実験台にしないで欲しい!
熱くなった頬を押さえて〈水〉で冷やすべきかそれとも〈風〉で涼しくするかそれともジオ兄様に一撃を叩き込むか! と迷っていると「そろそろ時間だね」とジオ兄様が私に向けて右手を差しだします。
時間ならば仕方がないと――後で絶対に仕返ししてやります!――ジオ兄様の手に左手を乗せて一度深呼吸。
出会ってからの4年間。毎日のように手を繋いでいた時期もあったから、悔しいけれどやっぱり落ち着く。
「ジオ兄様、今日はよろしくお願いします」
「うん任せて、私のお姫様」
「……お姫様ってそろそろ止めにしませんか?」
「じゃあ、なんにしようか。レディ? お嬢様? 天使? それとも愛しの妹がいい?」
全部同じような気がする……。
「あー、うー。……頻繁に言わなければ良いです」
「わかったよ、リーア」
ふふっと笑って「緊張も取れたところで行こうか」と私を誘って歩きはじめます。
意地悪なのか優しいのか……ジオ兄様には困らされてばっかりです。
アイビーに見送られて玄関ホールへ。
お父様とお母様と共に王宮へと馬車で向かいます。
馬車に揺られて約1時間。少し眠くなったところで到着です。
ジオ兄様に馬車から降ろしてもらって白磁の王宮を見上げる。
ゲーム画面では何回か見ているけれど、実際に見ると――2回目だけども――王宮の姿は壮観で圧倒されます。
1回目同様にポカンと見てしまった事に気がついて慌てて口を閉じたら左上からクスクス笑う声。
キッと睨めば真面目な顔を作って「なに?」と言うジオ兄様は目が笑ってた。
ぷいっと横を向くと頬をつつくものだから噛んでやろうかと口を開けて横を向いたらお母様の扇がジオ兄様の頭に当たった瞬間だった。
慌てて口を閉じて何でもないですよ~と笑顔を取り繕う。
……やらなくて良かった。
ジオ兄様がお母様に怒られているのを横目にお父様から注意事項の確認。
王宮の庭には魔法感知の魔法具がそこかしこにあるので魔法の使用は――命の危険以外――厳禁。
……って王宮内でそんなことが起こったら不味いですよ、お父様!!
爵位の上の方にはこちらから話しかけてはいけないこと。――これは爵位の低い順から呼ばれるのでそれを参考に。
男性には近づかないこと。――まぁ、ジオ兄様といればまず女性しか寄ってこないので大丈夫でしょう。
時間です。と騎士様に言われたので大人たちは先に庭園へ移動。
子供たちはお披露目用の通路へ移動して爵位順に並んで出番を待ちます。
ジオ兄様にエスコートされて歩く廊下は参加者全員が緊張しているためか声はなく、足音のみが響いている。
不安と期待が入り混じる。
ちゃんと挨拶できるかな。
女の子の友達を作れるかな。
……それから、ティナス殿下の姿は見られるかな。
この気持ちは憧れで……それ以上でもそれ以下でもないハズだもの。
だから祝福したい。
遠くからでもちゃんと見たい。
今日、社交デビューと同時に婚約者の発表する彼のことを。
心臓が苦しいくらいドキドキしてる。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




